「少年」
翌朝、ベンはオリビアから連絡を貰い、今朝は歩いて登校した。
ベンが校門につくと、黒のロールスロイスが停まっていた。
ちゃうど扉が開いてオリビアが降りてきた。
反対側の扉からはクラウスが降りてきた。
『あら。
おはよう。ベン』
『おはよう』
『おはよう、クラークくん。』
『おはよう…』
『じゃあね…。』
『あー。』
その日からクラウスは校内で噂の的になった。
オリビアと四六時中、一緒にいて、授業中も方時も隣を離れない美形の青年。
さらに婚約者ときたので周りはその存在にざわついた。
オリビアに憧れる女子達はオリビア達のことを美男美女カップル、お似合いだと騒ぎ、
オリビアに恋慕の情を抱く男子はクラウスの存在が面白くないのか皮肉を言い合った。
一方、青年とは正反対で以前まで四六時中一緒にいたクラークに対しての話題はほぼ皆無だ。
オリビアと講義を一緒に受けなくなり、1週間ほど経った頃だった。
ベンは1人、講義を受けていた。
その講義は民俗学を学ぶ講義だった。
講義の終わりを知らせるチャイムが鳴り響くと学生達はそそくさと教室から出ていった。
ベンも出て行こうと、鞄を肩にかけた時だった、聞き覚えのある声に振り返って声のする方を見た。
『だから、先生、何度も言いますが、ヴァンパイアはいますよ!』
『また、君かね。何度も言ってるがね…』
以前、教授にヴァンパイアがいると詰め寄っていた男子学生だった。
結局、教授は男子学生のことを軽くあしらい、教室から出て行ってしまった。
教授がいなくなってから、教室には、男子学生とベンの2人だけになった。
2人の間に沈黙が流れ、ベンは慌てて
教室の階段に振り返り、入り口の方に向かった。
だか、ベンが扉に手をかける前に男子学生が沈黙を破る方が早かった。
『あの。』
『…
はい…。』
ベンは、ひとテンポ置いて、返事してゆっくりと振り返った。
『あの、前も聞かれちゃいましたよね…』
『あ、、うん…。』
『ベン・クラークさんですよね。』
『あ、うん…』
そのあと、次の授業までの廊下を2人で一緒に歩くことになった。
男子学生はニコロと名乗った。
ベンの2つしたで今年入学したばかりの一年だった。
ニコロは少しオレンジかかった髪色でクルクルした髪をしていた。
まだあどけなさが残る顔立ちで
まん丸の目がさらに幼さをだしていて可愛らしい。
『ニコロくんは、ヴァンパイアを信じてるの?』
ベンは内心ドキドキしながら、ニコロに尋ねた。
ニコロは満面の笑みでこたえた。
『はい。』
『どうして?』
『僕、父が民俗学の学者だったんですが、とある国の村の伝承にヴァンパイアのことがあって、それで父もその伝承に深く興味を持って調べてたんですが、学会とかで発表してもあまり信じてもらえなくて…。』
『さっきの講義も民俗学だよね…』
『はい。だから、あの先生にも父の研究の話を何度もしたんですが、信じてもらえなくて…。』
ベンは意を決して、1番モヤモヤしていたことを聞いてみることにした。
『実際に…ヴァンパイアを…
見たことはあるの?』
その質問に対して、ニコロの反応はベンの恐れなどとは程遠いものだった。
『ないです。』
ニコロはヘラヘラと笑ってこたえた。
『そっか…。』
ベンはとにかくオリビアの存在がニコロにバレていたわけじゃなかったことにホッと胸を撫で下ろした。
『また次も声かけさせてもらっていいですか。』
ニコロは人懐っこい笑顔でベンに尋ねた。
『うん。』
そのあと2人は分かれたのだった。
時を同じく、オリビアの隣にはクラウスが座っていた。
周りの学生達は、階段教室になっていることをいいことに
相変わらず、クラウスの方をチラチラと見ては好奇心の目をむけていた。
大半の女子学生達はクラウスと目が合っただけで顔を赤らめて目線を俯いていた。
クラウスが試しに目があった瞬間にウィンクなどしようものなら、その場で失神しそうな勢いである。
男子学生に関しては、相変わらず皮肉を言い合っていた。
『女の子で遊ばないで。』
オリビアはノートに視線を向け、ペンを走らせながらクラウスに発した。
『僕は何もしてないさ。』
クラウスは頬杖をつきながらオリビアの方を見ながらこたえた。
オリビアが何も言葉を返さなくなるとしばらくしてクラウスから口を開いた。
『今度の幾つかの家が集まって行う夜会、君も行くだろ?』
『え…?』
オリビアはその質問が予想外だったのか、少し戸惑った表示をした。
『君のお父様から聞いてるよ。
招待状はもちろんきてるってね。』
『…』
『君がヴァンパイアの家同士の集まりが好きじゃないってことはよく知ってるさ。
でも、ここは君のお父様の顔を立てるって意味でも行くべきなんじゃないのかい。
それに確かこの夜会は君が主役みたいなものだろ。』
オリビアは奥歯を噛んで苦虫を噛んだような表情をした。
『今回ばかり、あなたが正しいわね。』
オリビアは少し腑に落ちないが、意地悪気な表情を浮かべてこたえた。
『僕はいつだって正しいよ』
クラウスは相変わらず頬杖をついたまま、口元緩めてオリビアに笑みを向けた。
クラウスが笑みを浮かべたと同じ頃、教室のあちらこちらから、キャーという黄色声が聞こえた気がした。
『じゃあ、今度の夜会は僕と一緒に行くということだね。』
クラウスはニコッと歯を見せて笑ってみせた。