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BLOOD DONOR  作者: ソン
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「完璧な存在」

神は人間を創り出す時、人間という生き物に全てを与えなかった。

なぜなら神は自分と同じ存在も、自分以上の存在も創り出すことを拒んだからだ。

そして人間よりも上の存在であり続けた。

人は神に順従だった。

だが、神はただ1人、完璧な存在であり続けることに、何時しか孤独を抱くようになった

そして、孤独を紛らわすために神は自分と同じ完璧な存在、ヴァンパイアを創り出した。

沢山の学生が下校する時間、正門までのこの道はいつも大勢の学生でごった返す。


彼の周りを取り囲む学生達のざわめきが聞こえる。

そのざわつきは、間違いなく好奇心だ。


ベン・クラークにとって、この時間はいつも苦痛だ。


そして、その好奇心が全て、彼の前を歩く美少女に向けられたものだとも、彼は知っている。


緩く巻かれた栗色の艶のある髪は背中まであり、彼女が歩くたびにフワフワと揺れる。


オフホワイトのレースワンピースは彼女の真っ白な肌にはよく合う。


七分袖の広がったレース口は、彼女の細い手首を強調し、足首まである裾からは細くすらっと伸びる足首が、迷いのカケラもなく一歩、一歩と前に踏み出している。


オリビア・グレイン


彼女の全てが完璧で非の打ち所がない。


なぜなら、彼女は神によって創り上げられたヴァンパイア《完璧》という名の存在だからだ。


「オリビア様の隣で歩いてるのは誰?」


「どうしてクラークなんかが、いつもオリビア様と一緒なんだ。」


「クラークはオリビア様と釣り合わない。」


彼女への好奇心が、ベンに対しての中傷に変わることも、それも紛れも無い事実だ。


ベンにとっての苦痛とは、誰よりも分かっていることを他人から言われることだ。


正確には、改めてオリビアと自身の違いを感じることなのだ。


頭の先から足のつま先まで、彼女の全てが完璧で、欠点など1つも見当たらない。


そして、彼女自身の存在もヴァンパイアという完璧な存在なのだ。


だが、ベンは自身に対して冴えない眼鏡も、決して高いとは言えない背丈も、筋肉のラインが目立たない体型も、紫外線を浴びた形跡のない白い肌も、そんな肌に目立つそばかすも、全てが彼にとってのコンプレックスだ。


そして、2人が門の正面に停車している迎えの車に乗り込む時にはベンは不釣り合いさを改めてひしひしと感じるのだ。


ベンとオリビアの出会いは2人がまだ幼い時だった。


ベンは、その時のことを今でも鮮明に覚えている。


ベンが物心ついた頃には、ベンの父親は毎晩のように身支度をし、一人でどこかに出かけて行っていた。


そして彼の母親も、そんな父を玄関先で見送っていた。


今、思い返せば母の表情はいつも不安げだった気がする。


幼きベンにとって、父親が毎晩どこに行くのかとても気になった。


ベンは一緒に行きたがった。

父親が毎晩足を運ぶ場所がどこなのか子供ながら好奇心があった。


だが、その好奇心に両親は答えてはくれなかった。


試しに何度かベンが「一緒に行きたい」と駄々をこねてみたが、やはり父親は連れて行ってはくれなかった。


それからベンは駄々をこねることも、父親の行く先について尋ねることもしなかった。


ベンが5つの歳を迎えて幾日か経った頃だった。

その日は、とても月が明るく、とても美しい夜だった。


父親はいつものように身支度を済ますと玄関先で妻に一言言い残すと扉開けた。


だが、ただ一つ、いつもと違うことがあった。


それは、家を出る父親の隣にベンの姿があったことだ。

父親は、ベンの手を引いて足早に、歩きだした。


ベンは心を弾ませ、キラキラした目で父親を見上げた。だが、フードの陰で表情が掴めなかった。


黒いローブを身に纏った親子は街を真っ直ぐと進み、建物の間の細道に入った。そして、長い坂を登りはじめた。


月明かりが2人の影を石畳に写す。彼等以外の者の影はない。

パブからは、男達の陽気な笑い声が聞こえるが、それ以外はとても静かだ。


上に向かううちに建物は少なくなっていき、とうとう坂は街を抜け、森へと続いていった。


ベンは不安を感じ、父親の方を見た。

「父さん…。どこいくの…?」


だが父親は何も言わない。父親は森の中へと足を進めていく。

「街から出ちゃったよ…。どんどん離れていくよ…。」


ベンが再度、口を開いたが何も言わない。ベンはとても不安になった。

「ねぇ!父さん!聞いてるの!」


ベンは父親に引かれている手に痛みを感じた。

振り払おうとしたが、ベンの手を握る父親の手の力はさらに強くなった。


「父さん!痛いよ!僕、自分で歩けるよ。離してよ。」

だが父親は足を速める。


「父さん!離してよ!」

ベンは自分の手首を力一杯引っ張り、父親の手を振りほどいた。父親は足を止めた。


ベンが父親の背に向かって言葉を発しようとした時、それまで何も答えなかった父親がベンの方に振り返り、ベンの目線に合わせて屈むとベンの肩に手をのせた。


「ベン。お父さんがこれから話すことをちゃんと聞いてくれ。今夜、見ることや知ることは、きっと信じられないことだ。だが、決して他の誰かに話してはいけないよ。ベンとお父さんだけの秘密だからね。いいね?」


「ヒミツ?」


「あー、そうだ。約束できるかい?」


「うん。分かった。」

ベンがそういうと、父親は少しだけ表情を和らげるとまたベンの手を引いて歩きはじめた。今度はベンも痛くなかった。


少しすると生い茂る木々は拓け、白い大きな屋敷の前に出た。


親子が屋敷の中に入るなり、父親は屋敷の者に連れられ階段の方へと向かっていった。

ベンは屋敷に入ってすぐに入り口の傍にある部屋で待っているように言われた。


ベンは部屋に入るなり、部屋全体を見まわした。


見る限り部屋には無駄なものはなく、まるで応接室のようにテーブルと椅子があるだけだ。


ベンは椅子に座った。

幼いベンにとって、誰もいない部屋で、一人で待っていることは、とてもつまらないことであると同時に、とても不安なことだった。


その時、薔薇の香りがフワッと鼻に触った。

香りがした方を振り返ると大きな出窓のカーテンが揺れている。


ベンは出窓に近づいた。

窓は開いていた。窓の外は屋敷の裏だ。

ベンは外に目を向けて納得した。


窓の外は、薔薇畑になっていた。

雲に月がかかり、ハッキリとは見えないが、風が吹くたびに鼻に薔薇の香りが触れる。


丁度、風の流れで雲から月明かりがさした。

ベンは息を飲んだ。


それは確かに真っ赤な薔薇が一面に広がり赤い絨毯のようになっていた。


だが、ベンが息を飲んだのは、そのことではない。


真っ赤な薔薇の中に真っ白な寝衣をまとった少女が立っている。


白い寝衣はシルクなのか、月明かりを反射しキラキラしている。


少女が、薔薇に手を伸ばすと寝衣から覗く肌が、月の光を浴びて、なめらかな肌の質がみえる。


風が吹くたびに、少女の髪と寝衣は薔薇たちと同じ方向に揺れる。

その度にベンの鼻を薔薇の香りが通り抜けていく。


少女はベンの存在には気づいていないのか、ただ薔薇の蕾に手を伸ばしては、顔を近づけていた。


少女は本当に美しく、ベンはずっと少女を見ていたかった。少女からは時を感じることがなかった。


少女が彼の存在に気づいたのは、少女を見つめてどれだけたったか分からない頃だった。


そのあと、ベンは父親からオリビアとオリビアの父親を紹介された。


また、2人が、ヴァンパイアであることも教えられた。

さらに、クラーク家がグレイン家のために自らの血を提供するブラッドドナーという役目を代々担ってきたこと。


また、オリビアとオリビアの父親を含めた、この屋敷にいる者達がベンの父親の血を飲んでいることを説明された。


だが、幼かったベンにとっては、ヴァンパイアという存在も、グレイン家とクラーク家のその奇妙な関係についても恐ろしいという感覚はなかった。


何よりも目の前の少女の美しさに魅入っていた。

それから、ベンがオリビアの遊び相手として、毎晩、父と一緒にこの屋敷を訪れるようになるまでは、そう時間はかからなかった。


そして月日は流れ、ベンが十代後半になる頃、父親からドナーとしての役割を代わった。

大学に通う今でも、ベンはオリビアと一緒に過ごしていた。


ただ一つ変わったことは、オリビアがブラッドドナーであるクラーク家の血を口にしなくなったことだ。


正確には、オリビアはベンの血を口にしないのだ。

その代わりに彼女は、動物の血を飲むようになった。


ベンにとって、ブラッドドナーは、ヴァンパイアであるオリビアに食、すなわち生を与える立場になることだった。


しかし、グレイン家でオリビアだけが、彼女1人だけがベンの血を口にすることはなかった。

そしてとうとう今まで、口にすることはなかった。


車内は静かにエンジン音だけが響く。


ベンは窓の外の景色に目を向けていた。

彼にとって、登下校の道中で窓の外を見ることは、特に変わったことではない。毎日していることだ。


「ベン?」

美しい鈴音のような声が聞こえ、ベンは応える。


「ん?」

心配そうなオリビアの表情をみた。

長い睫毛の下に大きな瞳がじっとこちらを覗いている。

だが、彼はその瞳を見ずに視線を下に向けた。

吸い込まれると戻ってくることが、出来ない気がしたからだ。


オリビアの手がベンの手の上にのった。彼女の手は冷たい。

ベンはそっとオリビアの手の下から自分の手を引いた。

だが、彼女はその行動に対して、何も言及せずにベンに問いかえす。


「どうかしたの?」


「なにがだい?」


「考え事をしてるように見えたの…。」


オリビアがベンにこの質問をする時は、いつも言葉の最後の方が、小さくなり聞き取りづらくなる。

彼女の控え目な意思が、表れているのだろう。


「いつもと変わりないよ」


ベンにとって、この返答は嘘ではない。

今も昔も何も変わらない。

彼女は出会った時も今も完璧で美しい。

そして彼女は何にも執着も依存もしない

。人間のように何か足りないものもない。

彼女は全てが完璧で、彼女1人で事足りる。きっとそれはこの先も変わらないと彼は確信している。


「そう…」


そしてまた車内に沈黙が流れる。そしてベンは家路に着いた。これがいつもの流れだ。



ベンを自宅に送り、帰宅したあとオリビアは、いつものように温室で午後を過ごしていた。


白いガーデンチェアに、同色のテーブル。

テーブルの上には、紅茶の入ったティーポットと空のティーカップ。

ティーポットの傍に小さな白い小瓶。しおりを挟んだ茶色い表紙の本。

ガーデンチェアに腰掛けると、読みかけの本を開いた。しばらく本の世界にふけた。



「ここは相変わらず素晴らしいね。」


オリビアは本から顔を上げた。温室の入り口に父親の姿があった。


父親は温室中を見渡しながら、オリビアの方に向かって歩いてきた。


「数といい、種類といい、これだけのものを美しく保つとは、オリビア、お前が全て世話をしているのかい?」

オリビアは本を閉じて、父親に笑みを向けた。


「いいえ、お父様。私1人ではここまで管理することは出来ないわ。セバスチャンのおかげよ。」


「そうか。セバスチャンか。」


「これからお茶にしようと思っていたところよ。お父様もいかがかしら。」


「じゃあ、少し頂こうかな。」


父親は、オリビアと対面になる形に椅子に腰掛けた。


オリビアは2つティーカップを並べるとポットを傾けて並んだカップにお茶を注いだ。


「そこのローズをお茶にしたの。香りがとってもいいのよ。」

「それは楽しみだ。」


そして、片方のカップを父親の方に差し出した。

「ありがとう。」


オリビアは、もう片方のカップを自分の方に引き寄せた。


父親は紅茶を口に含んだ。

「うん。とてもいい香りだ。」

「ありがとう。」


オリビアは白い小瓶を手にすると、ほんの少し傾けて、何かを1滴だけ自分のカップの紅茶の中に入れた。


父親はそれを見逃さなかった。

「またそんな獣臭いものを口にしているのかい。」


オリビアは紅茶を口にすると父親の顔を見ずに笑みを浮かべて静かに返した。

「紅茶に入れると臭みも気にならなくなるのよ。お父様もお味見されると、きっとお気に召すわ。」


「ベンくんかい?お前がそうやって強情になっているのは。」


「強情だなんて…。お父様。私は、ただ人のものより動物のものを好んでるの。」


「一体いつまでそうやって続けるつもりだい?」


オリビアは目線を下に向け、なにも答えない。


父親は空になったティーカップをテーブルの上に置き、立ち上がった。

「すまない。せっかくのお茶の時間が台無しになったね。とても美味しかったよ。ありがとう。」


父親はクルリと向きを変えると扉の方へと向かった。


扉が閉まる音だけが温室中に響いた。


「愛してる限りよ」

オリビアは静かに呟いて、ティーカップに口付けた。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  はじめまして。秋人司です。  Twitterでご紹介いただきましたので、読みに来ました。  とりあえず、1話を拝読したところです。  まず、個人的な話なんですが。  私はヴァンパイアと…
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