浮上アリア
ところが、浮上アリアの方は青春部に対して極めて非協力的だった。
歓迎の両腕を広げたヌイに対して
「は?絶対いやなんですけど?」
と完全に無視。
置いてきぼりの格好を食らったヌイはそのまま空を掴んでいる。
俺は自分も立ち上がり
「よ、ようこそ、『青春部』へ」
にやにやと笑いを浮かべる。
「キモっ」
浮上アリアはそれだけ言った。
そして周りを見渡し
「殺風景なところね。……ま、どうでもいいんだけど」
ともらすと。
そのまま「じゃあね」の声と共に部室を後にしてしまった。
固まる俺とヌイ。
無慈悲に時計の針が時間を刻んでいく。
やがてハグのポーズで固まっていたヌイが動いて
「……まあ、初日はこんなものでしょう」
とだけ言った。
「めちゃくちゃなじむ気なさそうだったけど」
俺、ホントにあんなやつと恋愛をするのか?
だが、ヌイはくるりとこちらの方を向くと
「不満なの?」
「不満というか……あっちが完全に『青春部』を都合のいい道具としてしか考えていなんじゃ、毎日来てもらうことも出来なさそうだろ」
「まあ、見ていなさい」
ヌイは何かの闘志を燃やされたのからんらんと目を輝かせている。
俺にはそんな情熱はないのでただ頷くしかなかった。
「……さいですか」
※※※※※※
「今日もあなたと100パーセント!!」
浮上アリアの声が響く。
部室ではない。テレビのコマーシャルである。
画面の中の彼女はそのかわいらしい笑顔を存分に振りまき、飲料水の宣伝をしている。
俺はしげしげとそれを眺める。
……やっぱり、あの浮上アリアだよな。
金髪の美少女。
だが、性格はオンとオフでは真逆。
こんなものを相手にしろというのか、ヌイは。
「あら、あなたその子好きなの?」
食いつくようにしていたからだろう、母親がちょっかいをかけるような口調で呼びかける。
俺は首を振って
「好きじゃないよ、別に」
だが、好きにならないと恋愛などできはしない。
そして、恋愛が出来ないと青春病も治らない。
これは手ごわいぞ……と俺は一人ごちた。
※※※※※※※※※※
翌日の放課後。
部室に入ると、ヌイが死んでいた。
いや、正確に言うならば、首を天井から吊って死んでいたところだった。
俺が入ってきたのに気づいたのか、彼女は蘇って
「あら、早いのね。感心感心」
「……お前、本当にいつもそんなことしてるんだな」
まだ揺れているロープを見て俺は言う。
脚立からひらりと飛び降りた彼女はにっこりと笑って
「あたりまえじゃない。死ねないのは何より辛いものよ」
「俺ならその能力羨ましいけどな」
「当事者にしか分からない苦しみというのもあるわ」
そういうものか。
俺は首をふりふり席に腰かけて
「それで……?」
「ん?」
「今日はどうするんだ?」
「せっかく入った新入部員よ。これを逃す手はないでしょう」
「そりゃそうかもしれないけど。……多分来ないぞ、彼女」
浮上アリアにとっては所属している何かしらの部活が必要なだけであって。
昨日の様子からいっても、まず実際の部活動に参加などしそうもない。
……というより、俺達自身も、この青春部が何をするところかまったく分かっていないわけだが。
「表向きはね」
相変わらず心を読んだようにヌイが言う。
「真実は、あなたの恋愛成就よ」
「そんなの上手くいくわけ……」
「何事もやってみないと分からないわ」
ヌイは珍しく力をこめていう。
そしてこちらに向かってにっこり笑って
「というわけで」
「……どういうわけだ」
「働いてもらうわよ、奏」
冷静に考えれば、それがヌイに初めて名前を呼ばれた瞬間だった。
※※※※※※※※※
その日から、俺は浮上アリアに接近することになった。
放課後、都合のいい時間を見計らって彼女の教室に行く。
先輩たちが普段授業を受けているクラス。
高校3年間を5回も繰り返している俺のこと、当然その階にも来たことはある。
本来なら慣れていないはずの廊下を行く。
だが、その日は空振りだった。
ものすごくおどおどして
「あ、あのアリア先輩は……」
と聞いた俺に。
同級生と思わしき中々美人な先輩方は
「今日は芸能活動でお休みよ」
と親切に教えてくれた。
「何あれ?」
「告白じゃない?」
ありがたくないひそひそ話を背に受けながら俺は仕方なく帰途につく。
ヌイに報告すると
「なかなかやるわね、彼女」
「いや、ただ今日学校に来ていなかっただけだけどね」
「なんでもいいわ。障害が大きいほど恋は燃えやすいものよ」
そういって彼女はくるりとこちらを向くと
「明日もアタックするのよ」
そのとおり、俺は連日浮上アリアに近づくことになった。
だが、彼女は芸能人で。
俺は一介のぶさいくな男子生徒。
元より、近づくことすら難しい。
今日は学校に来ていると聞いたのでクラスまでいってみると
「うわ、なんだこれ」
周りを男子生徒に囲まれたアリア。
優雅に椅子に腰かけているものの、その様子は少し困惑しているようで
「アリア様をお守りするのだ!!」
「おーーー!!」
と何やら周りの男子が叫んでいる。
これまた親切な先輩に聞いたところ、さすが芸能人といったところか。
浮上アリアには校内限定のファンクラブがあり、放課後はこうして親衛隊のような活動をしているらしい。
困惑気味のアリアの表情もそれで合点がいく。
いくら自分を好いてくれているとはいえ、こんなにがちがちに固められていてはさすがに迷惑だろう。
「あの、あたし喉がかわいたから今日はこの辺で」
「いえ、アリア様。お飲み物でしたら我々がお持ちいたしますから」
「で、でもほら、そろそろ家に帰らないと」
「なら、お見送りさせていただきます」
その言通り、ぞろぞろとアリアに続いて廊下に出る親衛隊たち。
俺は慌てて彼女に近づこうとするが
「む?なんだ貴様は」
「無礼者。アリア様に気軽に近づくなど」
新鋭達の中でも下っ端ぽいやつらにけちらされてしまった。
そしてみるみるうちにいなくなっていくアリア。
俺は切なく手を伸ばすが彼女には届かない。
「む、無理だ」
部室に帰った俺は、へろへろになりながらヌイにそう告げた。
ところがヌイは俺の報告を聞いても満足せず
「恋愛相手としてはますます燃える展開じゃない。こんな獲物を逃す手はないわ」
なんだか猟師みたいなことを言っている。
「獲物ってお前……」
「なんでもいいから、とにかく彼女には青春部に来てもらわないといけないわ」
「でも、芸能活動でただでさえ忙しいし、オフの日はあの親衛隊に取り囲まれているんだぞ」
「忘れてない?奏」
ヌイはそういって俺を指差す。
俺は動じて
「な、なにを」
「彼女、初めてこの部室に来たときは一人だったのよ」
「そ、そういえば……」
「つまり、その親衛隊とやらをまく方法はいくらでもあるはずよ。彼女自身、今の現状に満足なんかしていないはずだしね」
「そうかあ……人を侍らすのを好きな可能性も」
「それだとしても、とにかくあなたはやるしかないわ」
そういってヌイはいつの間に持ってきたのか手製のコーヒーをひと口ぐぐっとすすった。
俺は嘆息した。
とにかく、やるしかないのか……
※※※※※※※※※
それからは、苦難の連続だった。
昼休みなら親衛隊もいないだろうと上級生の教室に行く。
事実浮上アリアは囲われておらず、代わりに何人かの友人達と談笑していた。
俺は勇気をふるって近づくと
「あ、あの」
とどもった声を出した。
あら、とアリアは気がついて
「たしか、青春部の」
「そ、そう。その件で」
「青春部?何それ?」
「面白そう~~」
周りの女子がはやし立てる。
俺は彼女達は無視して
「青春部に来てもらえませんか、先輩。部員である以上、活動をしないと」
「気が向いたらね」
ひらひらと手を振るアリア。
だめだ、まったく脈がない。
俺は食い下がって
「ほら、放課後暇なときでも構わないので、とにかく来てくだされば……」
「……一応部員のあたしがいうのもなんだけど」
とアリアは眉をひそめて
「青春部って、具体的に何をやってるの?」
「えっ……そ、そりゃあ青春っぽいことを」
「青春って何よ」
そんなの俺が聞きたい。
「幽霊部員なんて、どこの部活にもいるものでしょう」
うっとうしそうにアリアは手を振ると
「まあ、気が向いたら行ってあげるわ」
そういって友人達との会話に戻る彼女。
俺は諦めてとぼとぼと帰途につく。
そんなことが数十回は繰り返された。
あるいは、放課後。
親衛隊に囲まれた彼女の後をこっそりつける。
校舎を抜け、見慣れた街を行く。
しばらく道なりにいったところで
「ここまででいいわ」
とアリアが言った。
「かしこまりました」
意外にも親衛隊隊長はあっさり頷いて
「今日もお気をつけて」
ビシっとした敬礼をしてみせる。
親衛隊全員がそれにつづいた。
かなり耳目を集めているが彼等にはそんなこと気にする価値もないらしい。
そのまま解散していく親衛隊。
俺はそれが過ぎ去るのを待って
「や、やあ、先輩」
「……つけてきたの?」
嫌そうな表情。
「部活に来てもらうまでは、何がなんでもついてまわりますよ」
「そんなことして平気なの?」
「?それはどういう」
すっと彼女は俺の後ろを指差す。
俺がそちらの方向を向くと
「こ、この不届きものめ~~~!!」
お前ら帰ったんじゃなかったのかよ。
親衛隊の皆さんが血気盛んにいなさった。
俺は首を振って
「いや、これは、その……」
「ご愁傷さま」
そのまますたすたと歩き去るアリア。
「あ、あの、部活」
俺の声は彼女には届かない。
「覚悟しろ、このストーカーめ!!!」
俺はそのまま親衛隊の最中に放り込まれた。
蹴るや殴るは当たり前。
俺が早めに白旗をあげたので諦めたのか
「ふん、これにこりて2度とアリア様に近づかないことだな」
俺だって近づきたくて近づいているわけじゃないのに。
この時ほどヌイの能力を羨ましく思ったことはない。
そんな騒動が、2~3回は繰り返された。
浮上アリアはまったく部活に来る様子を見せない。
俺は自分の運命を呪った。