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青春部


その日から、俺達の協力関係は始まった。


「あなた、恋愛しなさい」


とんでもないことを言う彼女。


「恋愛って……そもそも誰と?どうやって?」


まさか……と目の前のヌイを見やる。


途端、ヌイは後ずさりして


「あたしは嫌よ、あなたとなんか」


「……さいですか」


「そこらへんは任せときなさい。あたしがあなたにぴったりの恋愛環境を作ってあげるから。その経過を見て、あたし自身の症状にもフィードバック出来るかもしれないし」


「俺は実験体かよ……」


「そうよ」


何か文句ある?といった表情。


不死身の女にそんな風に睨まれては、こちらとしては何も言い返す術を持たない。


ただ黙って


「…………はいはい」


せめてもの抵抗として、二つ返事をしたのだった。


「じゃ、帰りなさい」


「は?」


「あたし、お風呂入りたいのよ」


「……はいはい」


そういうわけで、追い出されてしまった。


家への帰り道、衝撃の連続だったことに改めて思いを馳せる。


天空寺ヌイが不死身少女であることが発覚して。


その症状は、俺と同じ青春病によるものかもしれず。


青春病事体は、恋愛をすることで治るかもしれない。


まったく衝撃で。


まったくふざけていた。


それでも、今はヌイが言ったように、信じてみるのも悪くないのかもしれない。


このループの高校生活から抜け出すには。


そんな風に色んな思いが頭を巡りながら、俺はその夜、眠りについた。


※※※※※※※※※※※※


翌朝の目覚めは決していいものとは言えなかった。


昨夜の衝撃が残ったままの頭で学校に行く。


もう何度通ったことか分からない、いつもの通学路。


ケイと待ち合わせをして、朝のHRへと急ぐ。


そんな変わり映えのしない生活。


だが、今朝はそれが違っていた。


ドーン、と背後で音がした。


振り返ると、電柱から落ちたのだろうか。


天空寺ヌイが、そのまま地面につっぷしていた。


額からはどくどくと血が流れている。


「えっ?て、てんくうじ?」


驚いた様子のケイ。


俺はしかし二回目となれば驚きはしない。


「何やってるんだ、お前」


「日課よ」


ふらり。


みるみる血が引いていき、元の綺麗な顔を取り戻すヌイ。


そのまま立ち上がった彼女の顔色は、むしろいつもよりよく見えた。


「あっ……えっ……?」


ケイが唖然と口を開いている。


ヌイは笑って


「あら、とんでもない姿を見られちゃったわね」


そして赤面した。


いや、恥ずかしがるところがおかしいだろ。


「えっ、でも……ええ?」


ぱくぱくと口を開いたり閉じたりしているケイ。


ヌイは手の平をひらひらと振って


「なんでもないのよ。ただ眩暈がして、ちょっと倒れてただけだから」


「で、でも、血、ちが」


「血?血なんて出してないわよ」


「う、嘘だろ……なあ、見たよなあ、奏!?」


俺は助け船を出した。


「いいや……見ていない」


「えっ……えええ!?」


「ケイくん、だっけ?あなたの勘違いじゃない?」


「お前の勘違いだ、ケイ」


「え、ええええええええ!?」


そのまま何事もなかったかのように俺の隣に並ぶヌイ。


俺は耳元に口びるを寄せて


「おい、いつもあんなことしてるのか?」


「自殺未遂は私の日課なのよ。もしかしたら、死ねる体になっているかもしれないでしょう?」


「死にたいのか、お前?」


「死にたくはないわ。でも、不死身だなんて、そんな化物めいた体はいや」


そういってぶるぶると震える真似をして見せる。


俺にとってはそんなことを平然としてしまうお前の方が恐ろしい。


「ケイに見られたぞ?」


「大丈夫よ。彼、頭のめぐり悪そうだし。十分ごまかせるわ」


「確かにケイは馬鹿だが……」


本人を横にして酷い会話もあったものである。


とにかく、何の因果か登校を共にすることになった三人。


歩幅も自然と合わせ、目指す教室へと行く。


「よかったな。奏」


さきほどの衝撃は過ぎ去ったのか、それとも脳内で処理しきれないため綺麗に忘れたのか、ケイがこっそり耳打ちをしてくる。


「何が?」


「好きな人と一諸に登校できてさ」


「いやだから俺は……」


「あたしと日莉亜くんはそんな関係じゃないわ」


ケイの声量は大きいのでばっちり聞こえていたらしい。


あれ、そうなの?という顔をしてみせるケイ。


ヌイは頷いて


「二度とそんなこと言わないで頂戴」


にっこり笑顔で恐ろしい殺気を放った。


「……お、おう」


ガタイのいいケイとはいえ、その迫力には恐れをなしている。


俺はため息をついた。


何だか妙な組み合わせになったものだ。


十分に脅し終わったのかヌイは俺への話を続けて


「日莉亜くん。今日の放課後は当然暇よね?」


「おい、俺だって健全な男子高校生だぞ。予定の一つや二つ」


「ないわよね」


「……まあ、ないけどさ」


素直に認めるのが悔しい。


かんかんでりの太陽の下で、ヌイはにっこり笑って言った。


「じゃあ、あたしにちょっと付き合ってもらうわよ」


「……いったい何する気だ」


「いったでしょ。あたしとあなたは協力関係にあるの」


「何か俺にしろってか」


「安心して。キケンなことじゃないから」


そういって笑う彼女は、しかしとてつもなく危険な存在に見えた。


※※※※※※※※※※


そうして、学校にたどり着いた俺達は、またいつもの日常に溶けていった。


つまりは、何事もなく、ヌイは相変わらずクラスから浮いたままで。


ケイは友人達と談笑し。


友達の友達はただの他人状態の俺は、なにをするでもなくボーとして過ごす。


授業の内容ももとより15年も過ごしていれば、とっくに頭に入っていて、やることがない。


退屈な、それでいてありふれた。


そんな午前午後を過ごしたのだった。


「じゃあな、奏。また明日」


そして放課後。


いつものようにケイと挨拶を交わした俺は、帰宅のために席を立った。


が、その前に立ちふさがる天空寺ヌイ。


「……何の用で?」


「忘れたとは言わせないわよ」


「忘れてないから帰ろうとしたんだ」


嫌な予感しかしないからな!!


ヌイはそんな俺の心を見透かしたように


「安心しなさい。危険なことはしないから。ただ、この紙に署名してくれればいいの」


そういって、どこからから一枚のA4用紙を取り出した。


それを俺の机の上に置くと、彼女は一点を指差した。


そこには人一人分の名前を書くだけのスペースが空いている。


ヌイは長い髪が被さるようにしているため、丁度その署名欄以外の全てが隠れていた。


「さあ、ご署名を」


「なんだ。何か怪しげな薬の治験とかじゃないだろうな」


「大丈夫よ。言ったでしょ?あなたに危険はないわ」


「……いやだといったら」


「あたしの自殺未遂フルコースを見てもらうことになるわ」


「書きますよ書きゃいいんでしょ」


そんなものは死んでもみたくない。


俺はペンを取り出すと、彼女の指が差す欄にさらさらと自分の名前を記していく。


それが済んだのを確認したヌイは満足そうに


「中々綺麗な字ね」


「一時期書道を習ってたんだよ」


「なるほど。いい心がけだわ」


別にこの瞬間のために練習していたわけではない。


ヌイはその紙を慎重に折り畳むと。


「じゃ、職員室に行きましょうか」


「……本当に何をする気なんだ、お前」


「来れば分かるわ」


そういって、すたすたと歩きはじめるヌイ。


俺は仕方なしに、彼女の後にづづいた。


放課後だけあって、ブラスバンド部の華麗な音色があたりを彩っている。


野球部の無粋な掛け声も、不思議とそれに調和しているように思えた。


夕日で血のように赤く染まった廊下を行く。


すれ違う生徒は、顔だけ見れば美人のヌイとそれに付き従うように歩いている俺の姿を、いぶかしげに眺めている。


見世物じゃないぞ。


そんなことを思っているうちに、そもそも普段の日常生活でもあまり入りたくないところに着いた。


職員室。


我らが担任の佐々木をはじめとして、先生達が詰めているところ。


特に放課後となると出来の悪い生徒達が補習紛いのことをされているのはおなじみの光景だ。


ヌイはその扉を躊躇なく開けると、すたすたと中に入った。


俺もすばやく後に続く。


中々に広いが雑多な印象を受けるそこに、ヌイは気後れもせずに踏み込んでいく。


俺は彼女の影になるようにして続いていた。


そして、たどり着いたのは。


佐々木のところだった。


「どうした?二人とも?まだ帰っていなかったのか?」


担任である彼は、当然俺達が帰宅部であることを知っている。


そんな佐々木の疑問に答える代わりに、ヌイはごそごそと服をまさぐる。


そして出てきたのは、先ほど俺が署名した紙だった。


……ここまできたら、俺にもなんとなく分かる。


「お前、まさか……」


俺の声を無視して、ヌイは告げた。


「先生、お願いがあります」


「お願い?」


「はい」


そうしてその紙を差し出す。


「私達、部活を作りたいんです」


佐々木は目を丸くした。


当然だろう。普段活動的でない二人が……とんでもなく異色の二人が……そんなことをいきなり提案してきては。


俺はやっぱりか……という思いで彼女を見やる。


部活。


その設立には、二名の生徒と、一名の顧問が居れば足りる。


「部活ねえ……お前らが……」


佐々木はいぶかしげな表情をするが、しかし差し出された申請書はどうやら書式を完全に満たしていたらしい。


「部員はお前達で……顧問が八塚先生、か。なるほど」


少し考えこんだ後。


「……まあ、受理するしかないか」


「ありがとうございます!!」


とびきりの笑顔でそれに応えるヌイ。


彼女のそんな表情は初めて見たのだろう、佐々木はしかし嬉しそうで


「ま、まあ、何かやろうとするのはいいことだしな」


「さっそく明日から活動しても大丈夫ですか?」


「もちろん、八塚先生の準備と、部室が空いてさえいれば……」


「そこらへんの手配は済んでいます」


ふふん、と得意気な彼女。


佐々木は苦笑して


「じゃあ、俺が言えることは何もないな。……まあ、せいぜい頑張れ」


「ありがとうございます」


ぺこりとお辞儀をする。


そしてそのままもう用件は終わりとばかりに職員室を出ていった。


後を追う俺の身にもなってほしい。


「失礼しました」


後ろ手にドアを閉めた俺の前に、満足そうに顔をほころばせるヌイが立った。


「いよいよね」


「なあ、その部活とやらが……」


「ええ、あなたが恋愛をするのに……ひいては青春病を直すのに必要な部活よ」


「何をする部活なんだ……」


「聞いて驚かないでよ」


そして彼女は間を作って


「名付けて、『青春部』よ。青春が送れていない生徒達のための部活」


「……そのままじゃねえか」


なんのひねりもない。


というか、何をするのやら分からない。


だが、ヌイは自信があるようで……


「まあ、見ていなさい」


と薄く笑ったのだった。






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