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青春病


「もちろん、医学的に解明された病気ではないわ」


ヌイは席に落ち着くと続ける。


「ネット上の噂に過ぎない。単純な嘘かもしれない」


「なら……」


そんなもの本気にする必要がない。


そう言おうとしたところ、人差し指で唇をふさがれてしまった。


「こうしてあたし達という実体験者がいるじゃない」


そうして薄く笑った。


「実体験者…」


「あくまでも、ネット上の噂に過ぎないけれど」


ヌイは落ち着いて続ける。


「青春病は、青春を謳歌するべき者が、謳歌出来ていない時に起こる病気なの」


「青春を謳歌するべき者?」


「つまり思春期よ」


青春には、不思議な力がある。


甘酸っぱい、それでいて切ない青春。


そんな青春を、謳歌するものには祝福を。


しかし、謳歌できないものには……


「青春の神が、鉄槌を下す」


「青春の神?」


「そう言われているのよ」


ネット上で、とヌイは笑った。


「なんだそのふざけた神は」


「ふざけてるわよね?しかも、青春の形なんて、人それぞれだし、それを堪能出来てないなんて言われても、どうしようもない」


全くだ。


元々定義もきちんと成り立っていないものに足元をからめとられ。


こんな変な症状が起こっているのだとしたら。


理不尽なことこのうえない。


そんな神ならいない方がましだ。


ヌイは俺の心を読み取ったように


「どうする?信じて見る?」


「信じたところで救われはしないだろう」


「パスカルの賭けって聞いたことある?」


「……何の話だ」


「パスカルという哲学者がその著書『パンセ』の中で提唱している考え方よ」


「どういう考え方なんだ?」


「曰く、神が存在していようがしていまいが、存在していると考えて行動した方が人間にとって得である」


「それは……」


それはそうかもしれないが。


いや、そうなのか?


突然の問に、俺の頭は混乱する。


ヌイはにこりと笑って


「これを我らが青春病にも当てはめてみたらいいんじゃないかしら。本当はそんな神様いないかもしれないけれど、青春の神様がいたとして、その神のために行動するのは悪いことじゃないと」


「……その場合、供物は何になるんだ」


「青春よ」


「それが分からない」


俺は首を振った。


「そんな不確かなもの」


「確かに不確かね。でも、何の足掛かりもない状態でいるよりは、何かしらよりどころとなる考えがあった方がいいんじゃないかしら。」


「……仮に信じるとしても」


俺はコーヒーをすすって


「何をすればいいんだ。どうすればこのループから脱け出せるんだ?」


「青春を送ればいいのよ。うすぼんやりした、今までの日常ではなく、ね」


そういうヌイの口調には青春のひとかけらも含まれていなそうだ。


俺は頭を掻いた。


「わけがわからん」


「あなたのタイムループ、あたしの不死身体質。これらが科学では証明できない神様の仕業だとするなら、その神が望むことをするべき。単純な話よ。」


「そこまでいうなら」


今度は俺が前のめりになって


「お前には、具体的に、青春を送るということが、どういうことを意味するのか分かっているのか?」


「さっぱり」


ヌイは肩をすくめた。


「おい!!」


「仕方ないじゃない。ネットでも無数の意見が書き込まれているけれど、確かなものは何一つとしてないわ。……だから、あなたが必要なのよ」


「……どういう?」


「あなた、人を好きになったことがある?」


射るような視線。


突然の質問に、俺は困惑して


「へ?……いや、ないけれど」


「なら、好きになられたことは?」


「……ないよ」


「でしょうね」


「なんだこれは?新手のイジメか?」


「違うわよ。」


ヌイはコーヒーのおかわりをした。茶色の液体が並々とカップにそそがれていく。


「あなたは恋をしたことがない。これが、もし青春病の引き金だとしたら?」


「恋をすることが青春だっていうのか?」


「あら、可能性は高いんじゃない?現にあたしもしたことがないし」


そういってコーヒーをすする。


俺も一口呷った。


苦味が口中に拡がる。


俺はそれを我慢しながら


「青春の神様が求めるのは、恋愛だと?」


「その可能性は高い」


「そんな馬鹿な」


「あら、なぜ?」


「恋愛したことのない人間が、この世界に何人いると思ってるんだ。なぜ俺達だけ、ただ恋愛したことがないだけで、こんな出来事に巻き込まれなければならないんだ」


「でも」


とヌイは考えるように顎に手を当てた。


「それはそれこそ確率の問題なのかもしれない。たまたま、恋愛していない、青春していない人間の内から、あたし達が選ばれたのかもしれない」


「甚だありがたくない当選だな」


「どうせなら五億円当たったとかならよかったんだけどね」


ヌイはカップをテーブルの上に置いて


「とにかく、そこらへんも含めて、実験してみる価値はあると思うわ」


「実験?」


「あなたが私という存在をループ6回目にして発見したこと。これ事体が、既に何かの運命かもしれない。神様が、いつまでたっても青春しようとしない私達に激励の意味で、出合わせてくれたのかもしれない」


「何を……」


言っているの言葉は、ヌイのいたずらっぽい笑みにかき消されてしまった。


「私達は協力するべきだわ」


「協力って……具体的に何をするんだ」


俺の当然の疑問に


「恋愛よ」


とヌイは答えた。


「は?」


「あなた、恋愛しなさい。それがループから脱け出す術に違いないわ」


満足そうに告げたのである。


これが、ヌイとの協力関係の始まりだった。





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