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ヌイの家


「うん、今日は遅くなるから」


スマホ越しに母の驚いた声が聞こえる。


それはそうだろう。なんせ高校に入学してから1ヶ月ーーループしている期間を合わせればもっと長くーー俺は寄り道をして帰るなんてことをしたことがなかったのだから。


ある意味高校生らしいその動きに、母は感動したのか


「ええ、分かったわ。楽しんでくるのよ」


具体的に何をするのかも聞かずにそう送り出してくれた。


俺は電話を切ると、そのままポケットにスマホを入れる。


そして深いため息をついた。


その理由は、今人の形をして隣に立っている女にある。


彼女は俺の胸中を知ってから知らずか薄く笑って


「じゃあ、行きましょうか」


とだけ言った。


あの後。


自殺未遂をしてーというよりも実際に死んでいたヌイが再生するのを目の当たりにした俺は二の句が告げず、ただ呆然とするのみ。


そんな俺に、あれだけ拒否してきたにも関わらずヌイは近づいて


「ねえ」


「……なっ、何だ??」


「この後、時間ある?」


自分の家に寄るように誘ってきたのだ。


自分の秘密を知られたから、警戒心が溶けたのか?


分からない。


この女がーー甦りなんて得たいの知れないことが出来る彼女がーー何を考えているのか。


だが、本当に単調だったループ生活に、唯一訪れた手がかりだ。


逃すわけにはいかない。


俺は黙ってヌイの後を行く。


心なしか楽しそうな彼女の歩調は気のせいだろうか?


見慣れた校舎を抜け、見慣れた街を行く。


空はすっかり暮れて、暗闇が辺りを支配しようとしていた。


俺は見覚えのないカーブを曲がった彼女に付き従う。


気のせいか、どんどん人通りが少なくなっている。


警戒すべきだろうか?


秘密を知られたから、消されるという可能性も……


だが、死ぬということは、今の俺にとって意味のあることではない。


なぜなら、死んだところで、このループを抜け出せないからだ。


それは三周目の段階で試してみたことだった。


自殺。


飛び降りだ。


飛び降りた先にあるのは天国か地獄か。


そんな覚悟をしていたのに、目覚めたのはふかふかのベッドの上だった。


4月の陽気な日のことだ。


……だからこそ、死ぬことすら救いにならないからこそ。


俺はこのループを抜け出さなくてはならない。


そんな考えごとをしているうちに、頭からヌイの言葉が降ってきた。


「着いたわよ」


淡々とした声。


見上げるとそこには、中々しゃだつな洋装のビルがあった。


慣れた様子で玄関口に入るヌイ。


俺は慌てて後を追った。


何やらパネルを操作していたかと思うとドアが開く。


「さあどうぞ」


俺は促されるままにそのドアをくぐった。


すぐ正面にエレベーターがあり、ヌイがそれに躊躇なく乗り込む。


二人は無言のままその鉄の篭に揺られた。


たどり着いたのは地面が遥か下に見える高層階。


さっきのドアのセキュリティ具合といい、こいつ、実は金持ちなのか?


そう思っていたら脳内を読まれたかのようにヌイが口を出す。


「あたしは死ねないからね。この身体を使って、稼ぎ口はいくらでもあるのよ」


「……なるほど」


俺は頷くしかない。


廊下を進んでいた彼女は、突然立ち止まり、そのままドアの一つに向き合った。


ここでもパネルを操作している。


やがてその口を開けた部屋にヌイは上がり込むと、こちらを振り向いて


「さあ、入って」


いよいよ乗り込む時がきた。


※※※※※※※※※※※


中は意外と普通だった。てっきり禍々しい儀式の後でもあるのかと思っていたのに。


俺のこそこそうかがうような姿勢が目についたのだろう。


ヌイはくすりと笑って


「心配しなくとも、何も出てきやしないわ」


それから俺を応接間に案内した。


そこは一段と広々とした空間で、窓からは綺麗な夜景がのぞめた。


俺は気になっていたことを口にする。


「親は?」


「そんなものいないわ」


さらりと口にされた言葉に、俺は唖然として


「わ、悪かった」


「嘘よ」


「えっ!?」


「親がいないなんて冗談。ただ別居しているだけよ」


私は一人で生きていけるから、と彼女は言った。


……こいつの笑いのツボが分からない。


それから俺たちは向かい合って座った。


差し出されたコーヒーに恐る恐る口をつける。


インスタントかもしれないが、意外と旨かった。


「……さて」


と彼女は自分でもコーヒーを呷るようにして飲んでから


「お話しましょうか?」


と続けた。


俺はその真意を図りかねて


「いったい……どういう風の吹き回しだ」


「?何が?」


「あれだけ俺が話しかけても拒否していたくせに」


「だって、気味悪かったもの」


何でもないような口ぶりで言う。


「気味悪い?」


「ええ。あたしに近づいてくる男は、大体があたしに好意を持って近づいてくる奴らだった。そういうのがうざったくて、あたしは人を遠ざけるようにしていたのに」


俺は改めて目の前に座る少女を見やった。


笑いなれていないのか、ぴくぴくと痙攣するような笑みをもらす。


だがその瞳は予想外にも澄んでいる。


長い黒髪に、今にも折れそうな華奢な体。


整った鼻筋。


確かに、一度落ち着いて外見だけを見てみれば、もてそうな女だと言えなくもない。


ヌイは続けて


「なのに、あんたは私に近づこうとした。しかも、好意をもってるそぶりなんかまったく見せずに。」


それはそうだ。


俺は自分から女性を好きになるような男ではない。


ヌイは体を椅子に預けて


「だから、気味が悪かったのよ、あなた」


びしっと指をさされてしまった。


その台詞はこちらのものだという言葉をぐっと飲み込む。


俺は居心地の悪さを感じながらも


「じゃあ、何で今は俺を」


「あの現場を見られてしまったから、かしら。あなたに対する気味悪さより、好奇心が打ち勝ったからでもあるわ」


「?なぜ?」


「だってあなた、あたしが死んで甦ったというのに、あんまりびっくりしなかったじゃない」


そんなことはない。


人生観がひっくりかえるほど動揺したつもりだ。


ただ、それが顔に現れていなかった可能性はある。


それに、ループなんて現象を体験していると、大抵の不思議なことになれてきたということもあるかもしれない。


ヌイはにやっと不自然に笑って


「これは、あなたにも何かあるな、と感じたのよ」


「俺にも?」


「ええ」


こくりと頷く。


「思春期だもの。何かしらあたしたちにはあるものでしょう?」


それからふふふと笑みをこぼした。


俺はもぞもぞと動いて


「俺はそういうわけじゃ」


「嘘。あなたは何か持っている」


ヌイはそれからいきなり親指を突き立てて


「もし話してくれたら、あたしを好きにしてくれていいわ


「なっ!?」


誰がそんなこと。


俺の顔がまっ赤になっていたせいだろうか、彼女は面白そうに


「意外とうぶなのね」


「お前こそ、どういうつもりだ。自分の体なんだから、もっと大事に……」


「死に続けているとね、そこらへん、どうでも良くなってしまうのよ」


そして彼女はコーヒーに口をつけた。


「さあ、どうする?話してくれるの?くれないの?」


その瞳は、今や不気味な光で輝いていた。


俺は嘆息した。


……どのみち、こいつがループの鍵であることは間違いないのだ。


ならば、話すべきだろう。


「……実は」


そうして、俺は全てを話した。


※※※※※※※※※※※


その後。


どれくらい時間がたっただろうか。


とにかく、俺が自分の数奇な人生について語ったその後。


彼女はにっこり笑って


「面白い」


その一言だけ呟いた。


「面白いって…」


俺にとっては地獄にも等しい日々だ。


だからこそ、こうして……


「あたしが助けになると思った。こんな変わったやつ、前のループではいなかったから」


心を見透かしているのか?


「顔に書いてあるわよ」


「水洗いした方がいいかな?」


「洗っても汚い姿が浮かぶだけだわ」


そう呟くと、ヌイは椅子から腰をあげる。


それから、広いその室内をこつこつと歩き始めた。


「ループね……なるほど」


何かぶつぶつと呟いている。


「あなたの場合はそう出たわけね」


「……何が言いたい?」


「いい?これから言うことは馬鹿げて聞こえるかもしれないけど、無視してはダメよ」


「無視なんて……」


俺がそういいかけた時、ヌイはいきなりこちらに近寄ってくると


「青春病よ。それ」


耳元でいたずらっぽくささやいた。



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