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天空寺ヌイ


俺は本来、自分から女子に話しかけるような性格ではない。


それは、俺が残念ながらとても細工が優れたという顔立ちをしていないことが理由でもあるし。


相手の方でも、俺なんかに用がないのは分かっているからだ。


色恋沙汰など、もちろん皆無。


15年も過ごしたというのに、その大半はうすぼんやりとした、退屈な日常に桜色がつくことはなかった。


……だが。


この女だけは話が別だ。


天空寺ヌイ。


自殺未遂が趣味だと言って、クラス中の度肝を抜いた女。


おかげでせっかく中々の容姿をしているのに、クラスで完全に浮いている。


この近寄りがたい女に、しかし俺は、近づかなくてはならない。


なぜなら、この女こそが、15年の歳月の中で、長きに渡るループ生活の中で、初めて会った女だからだ。


ループとは同じことの繰り返しを意味する。


なら、そこから抜け出すためには何か変化が必要なはずだ。


天空寺ヌイは、これ以上ないほどキテレツな、極上の変化と言えた。


だからこそ、俺はこの女と近づかなくてはならない。


休み時間。


さっそく席を立った俺は、天空寺ヌイの席に寄っていった。


普段何の意思もなく動いているだけに見える俺の行動に、クラス中が注目する。


「ちょっ、日莉亜くん何やってるの」


「変わり者同士惹かれるのかな?」


「知り合いなのか?」


無論、知り合いなどではない。


そもそも俺に女子の知り合いはいない。


友人などもってのほかだ。


だから、どう話しかけてよいのやら分からない。


自分の席の前でボーと突っ立たれていたからだろうか。


天空寺ヌイの方から、話しかけて来た!!


「何か用?」


その外見に似つかわしくない、恐ろしいほど低い声だった。


俺はとっさのことに言葉が出ず


「えっ……いや、あの、その」


コミュ症ぶりを発揮してしまう。


「ひょっとして、自殺未遂のこと?」


相手から話題を持ちかけてくれた。


とても乗りたいような話題ではなかったが、差し出された救いに飛び付かない手はない。


「そ、そうなんだよ。ほ、本気なのかなって」


するとすっと目を細めて彼女は


「本気よ」とだけ言った。


「……本気?」


「ええ」

こくりと頷く。


「あたしはありとあらゆる自殺の方法を知っている。いつか死ぬために、それを試しているの」


見てみる?


そう言って、自分の制服の袖をまくりあげようとするヌイ。


俺は慌てて


「い、いや、そこまでは」


「……そう」


残念そうに服を戻す。


「……」


「……そろそろいいかしら?」


「えっ!?」


「次の授業の予習、したいから」


そして取り出す理科の教科書とノート。


俺はその有無を言わさぬ態度にどうしようもなく


「あ、ああ」


とだけいって自分の席に退散してしまった。


クラスメイトのひそひそ話はまだ続いている。


「今のどういうこと?」


「奏くん、気があるのかな?」


「知り合いじゃなかったのか」


予習をしろよ、お前ら。


俺は次にどうやってヌイに近づこうか、そればっかりを授業中に考えていた。


※※※※※※※※※※※※※※


天空寺ヌイは変わった女だ。


それは何も自殺未遂が趣味だと言ったからだけではない。


例えば、休み時間中は余念なく次の授業の予習をしているのに、いざ授業となるとろくに話を聞いている様子がない。


視点をぼーっと外に持っていき、ただ眺めている。


昼食の時間はもっと変わっていて、小ぶりな弁当箱を開けたかと思うとすぐに食べ終わり、そのままどこかに出掛けていく。


そして帰って来た時には必ずどこか怪我をしていることが常だった。


それは腕の時もあれば、髪の毛が明らかに傷んでいることもあったし、頬に傷を負っていることもあった。


まさか、自殺未遂……


そんな言葉がクラス中に飛び交う。


俺はと言えばそんな女に本来は関わりたくなどない。


だが変化の糸口として、ヌイには近づかなくてはならない。


そのギャップに悶えながらも、休み時間の度に話しかけてみる。


だがその返答はつれないもので


「ああ」とか「ええ」とかそんな言葉ばかり。


そこでどうしようもなくなって俺は赤面するとそのまま席に帰るのだ。


放課後はいち早く席を立ち、すたすたと帰っていくヌイ。


軽そうに鞄を背負い、しかしどこか影を感じさせる歩調。


俺は意を決して近づくものの


「なに?」


「いや、よければ一緒に帰ろうかと思って」


「いや」


「えっ……ああ」


そうですか。


明らかに拒否されてしまっては、こちらとしてもやりようがなく、とぼとぼと帰途につく。


胸の中はまた変化を掴むことができなかったという悔しさと、あんな変な女に関わらなくてすんだという安堵が奇妙な案分で同居している。


そんな日々が一ヶ月ほど続いた。


「意外だったよ、奏」


その日もいつもと同じように、ケイと机を挟んで購買で買ってきたパンを食していた。


「何がだ?」


俺はメロンパンの甘さに舌鼓を打ちながら尋ねる。


ケイはあんパンを口に運びながら


「だってさ、猛アタックしかけてるぢゃん、お前」


「猛アタック?」


「クラス中の評判だぞ。お前はあの変人、天空寺ヌイのことが好きなんだって」


「マジか」


「なおかつそんな変人にすら振られているどうしようもない男だって」


「マジか」


泣きたくなってきた。


ケイは笑って


「まあ、あんだけ熱烈にアタックしていればな」


「違うぞケイ。そこには誤解がある」


「誤解?どこに」


「だから……」


といいかけて口をつむぐ。


俺が天空寺ヌイを好きだという噂が立つのは甚だ不本意だ。


もともとあってないようなものだが、不名誉極まりない。


だが、だからといって釈明するわけにはいかない。


俺は高校生活のループに囚われており、その時間の檻から抜け出すためにヌイに近づこうとしている。


そんなこと、言えるわけがない。ますます変人扱いされてしまうだけだ。


だから俺はパンを思いっきりかじると


「別に好意があるわけじゃない」


「またまた~~。お前はああいう幸うす自殺志願系統の女が好きだったんだろ?」


分かってるって。


そう言いたげなケイのドヤ顔。


俺はため息をついて


「どんなタイプだよ、それ」


歯切れ悪く突っ込んだのだった。


※※※※※※※※※※※


今日が終わった。


相変わらずうすぼんやりとした学生生活の1日だった。


運動部に入っているケイは放課後忙しいので、一人とぼとぼと歩くことになる。


もっとも、思考を整理するにはその方が都合が良かった。


このループ生活は、なんとしても終わらせなくてはならない。


ならば、目に見える変化に飛び付いて、そいつを離さないべきだ。


天空寺ヌイは明らかに異常な変化だった。


だが、肝心の彼女自身は俺に興味がないようだ。


どうすればいい?


まさか15年も余分に生きてきて、今さら男女間の機敏に悩むことになるとは思いもしなかった。


こちらからアクションをしかけても何も出来ないのなら。


それこそ、変化の方から飛び込んでくるのを待つべきか?


天空寺ヌイが、突然現れたように。


このまま日常を過ごしていれば、もしかしたら……


そんなふうに、ぼんやり思考を巡らせていたからだろうか。


まさに飛び込んできた変化に、俺はすぐには対応出来なかった。


夕暮れが校舎を照らしている。


その中をとぼとぼと歩く俺。


その背後で。


ドーンと、何かが落ちる音がした。


何だ!?


何が起こった?


ばっと後ろを見渡す。


視界の中心に、それはいた。


変な方向に曲がった手足。


どくどくと拡がる血。


うつろな目。


薄笑いを浮かべた口元。


天空寺ヌイが、そこにいた。


音からして、今まさに落下してきたのだ。


俺は混乱して


「えっ!?はっ!?」


こういう時にとるべきであろう適切な行動が出来ない。


ただ頭の中が真っ白になって、自分の呼吸も上手くいかない。


いったい何が……


自殺未遂。


その言葉を思い出す。


まさか未遂じゃあきたらなくなって、ほ、本当の飛び降り自殺を。


天空寺ヌイの無惨な肢体を前に、戸惑う俺。


その戸惑いはしかし、まだ序の口でしかなかった。


どうしたものかとあわあわとしている俺の耳に。


突然、声が響いた。


「大丈夫よ」


「えっ!?」


目でみたものが信じられない。


現実離れしているとは、こういう光景のことを言うのだろう。


変な方向に曲がっていた手足は元のとおり、あるべき位置に。


流れる血流は消え、頭蓋骨は元のとおりに。


拡がっていた黒髪をさっと押さえ彼女は。


立ち上がった。


「なっ!?……はっ!?」


驚く俺に。


天空寺ヌイは彼女ならではの独特な痙攣するような笑みを浮かべた。


「あたし、死ねないのよ」


「し、死ねない?」


「そう」


そうして告げる信じられない真実。


「だから、自殺未遂が趣味なの」


たなずむ血の色をした夕日に照らされる影が二つ。


一つはループを抜け出せない男子高校生。


一つは死ねないの経常的自殺未遂の女子高生。


そのとき初めて。


本当の意味で、二人は出会った。




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