15回目の女
一週間が過ぎる頃には、俺は変わり映えのしない生活をもう三年続けることに、諦めを見いだしていた。
確かに状況は意味が分からない。
正体の分からない異常に俺は巻き込まれている。
通常ではあり得ないことであり、なおかつ他人に相談するには憚られるような体験。
それを今、俺は文字通り全身で味わっている。
だが、いつまでも混乱しているわけにもいかない。
タイムスリップしようが、所詮俺は俺のままなのだ。
今までどおり、変わり映えのしない、平凡な日常生活を送ればいい。
事実、そうなった。
俺は相変わらず友人が出来ることなく過ごし。
夏休みは既にやり終えていた新作ゲームに手を伸ばし。
文化祭はケイに誘われるまま、ぶらぶら見てまわった。
合間に退屈な通学と、勉強が挟まるだけの毎日。
そんな三年間を。
そして、卒業式の日。
迎えた朝は以前と同じく爽やかで、俺の心証風景にはそぐわない。
「悲しいか?奏?」
交わした覚えのある会話を道中する。
聞いた覚えのある訓示を聞く。
歩いた覚えのある、どこか寂寥とした道を行く。
家に帰り、両親にそつない感想をもらす。
そしてベッドに横になる。
ああ、高校生活とはこんなものかと肌で感じる。
こんなものだったのかと。
そして少しの後悔と共に、俺は眠りにつく。
さようなら、三年間。
貴重なる高校生活。
さようなら、卒業式。
グッバイ。
※※※※※※※※※※※
そして俺は目を覚ました。
「奏~~早く起きなさい!!遅刻するわよ」
聞きなれた母の声がする。
……聞きなれた?
ガバッと上体を起こす。
同じ布団の温もりがそこにある。
同じような爽やかな空。
同じような母の催促の声。
「こらっ!!奏~、起きなさい!!」
そして卓上カレンダーは。
四月をさしていた。
俺は目眩を覚えた
※※※※※※※※
俺は再び高校三年間を過ごすことになった。
以前と変わり映えのしない風景。
さすがに二回目ともなると本当に変わりようがない。
行く先々で同じような光景に出くわす。
もちろん、以前と俺がまったく同じ行動をするわけではないから、微妙に変化のある日常ではあったのだろう。
だが、そんな宇宙レベルで些細な変化にこちらは気付きようがない。
少なくとも、自分が気づくような大きな変化はなかった。
不気味なくらいうすぼんやりとした日々を過ごす。
ただ学校に行き、家に帰り、寝る。
そんな日々を、混乱しながらも送っていく。
「どうした?元気がないぞ、奏」
そして卒業式。
同じ訓示を聞き、同じ涙を見て。
同じような寂寥感覚を覚えながら、帰途につく。
両親との会話も慣れたもので、全く交わり映えがない。
……そしてベッドにつく。
さようなら、卒業式。
今度こそ……
※※※※※※※※※
だが、俺の願いは叶わなかった。
「奏!!早く起きなさい!!遅刻するわよ!!」
三年ぶりにそんな声を聞く。
卓上のカレンダーは四月を指している。
爽やかな陽気。
俺の心は絶望に染まった。
そして確信した。
これはタイムスリップなんかではない。
これは……ループだ。
※※※※※※※※※※※※
一度だけのタイムスリップなら、まだ同じ三年間を過ごすことに納得がいっただろう。
だが、ループとなると話は別だ。
俺はこのうすぼんやりとした日々という脅威から、抜けださなければならない。
いや、別にこの日々が嫌なわけではない。
ただ、とはいっても、何もない日常が永遠に続く。
そんな退屈の大量摂取は、自分といえどもたえられそうにない。
なんとかして、この地獄から抜けださなければならない。
そう思い、何か行動をしようとしはするのだが、何をしていいのやら思い付かない。
ただ無為に時間が過ぎていき。
そして卒業式の日を迎えた。
このまま、終わってしまうのか。
また一から始まるのか。
そう思うと、恐怖で足元が覚束ない。
「大丈夫か?奏?」
心配そうなケイの顔。
これも何度みた光景だろう。
相変わらずの訓示をくらい。
孤独を食らう。
そのまま家に帰り。
寝付けないままに、眠りを迎えた。
……今度こそは。
※※※※※※※※※※※
そんなループを、五回繰り返した。
三年間を五回だ。
精神的には十五年。
もう廃人同然になり、引きこもってすごしたこともあった。
逆にふっきれて、非行を繰り返し、逮捕までされたこともあった。
だが、変わらなかった。
卒業式はやってきて。
そして、始業式がやってくる。
まだ同じ1日を繰り返すのでないだけ、三年の中にもレパートリーがあるのでマシだ。
それでも気が狂うような日々を過ごした。
どうすればいいんだ?
何か変化を起こせばいいのか?
だが、その方法が分からない…………
そんな時だった。
変化の方から飛び込んで来たのは。
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その朝も、いつもと同じように始まった。
「あら、早いのね」
さすがに母に起こされる日々は過ぎている。
俺は自分で寝起きをすると、その日を迎えた。
もう幾度も繰り返した始業式を。
幾度も繰り返した道中を行く。
幾度も繰り返した変化のない道。
変化のないクラスメイト。
「あれ?道こっちだっけ?」
変化なく頭の鈍いケイ。
そして変化のない…………
いや、違う。
俺の心臓がどくどくと音を立てる。
座ったまま俺は、その場に釘付けになっている。
何をしようにも、目が話せなかった。
長い髪。
虚ろな瞳。
整ってはいるが、メイクなどしたことがなさそうな、自然物を感じさせる顔立ち。
15回目にして、俺は知らない女に出会った。
彼女は黒板を背にすると、彼女なりに薄く笑って
「こんにちは。私の名前は天空寺ヌイです」
それからクラスに波紋を巻き起こした。
「趣味は自殺未遂をすることです」
にっこり。
さざめくクラスメイト。
あんぐりと口をあける佐々木。
元から馬鹿そうなケイ。
そして目を離せない俺。
……この女だ。
この女が、鍵になるに違いない。
俺はそう確信した。