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過去に戻った!?


「いったいどうなっている?」


俺がそんなに感情を露わにするのは珍しい。


自分で言うのも何だがこれほど無感動な人間もいたものじゃないとさえ思う。


それだけに、俺が混乱する様は相手にも動揺を与えたようだ。


母は目を白黒させる俺をみて


「いったいどうしたのあんた……何にそんなに驚いているの?」


と眉をひそめる。


「黙ってくれ……俺にもわけがわからないんだ」


「いいから、早く着替えちゃいなさい。本当に遅れちゃうわよ?」


しぶしぶ通した制服の袖はまだ長く、俺の身長が縮んでいることを実感する。


パクつく母の朝食の味に変わりはない。


ただ、ほんの少し塩辛さがあった。


以前母が好んでしていた味付けだ。


俺は周りを見渡す。


カレンダーは四月を指している。


テレビのニュースは三年前の出来事を報道している。


新聞も三年前の日付だった。


俺は眩暈がした。


いったいどういうことだ?これは?


だがそんな混乱を置いてきぼりにして、母に急かされた俺は家を出る。


同じ目的地に向かって歩く同志たちの背中が見えた。


しぶしぶ、頭の中はまっ白になりながら、その道を行く。


背中に痛みが走った。


「痛っ!!」


「よお、奏!!」


浅野ケイ。


俺の唯一の友達。


中学からの腐れ縁だ。


済世高校はそこそこ偏差値の高い高校だったので、どうして血の巡りの悪いこいつが受かったのか、中学生ながら不思議に思っていたことを覚えている。


そんなケイは俺の顔を見て心配そうに


「おい、どうした奏。なんか元気ないぞ?」


「いや、なんでもない。心配するな」


俺はまさか自分がタイムスリップしたなんて馬鹿げたことを言えるわけもなく、首を振る。


ケイはしかし心配気な顔から何かを思いついたような表情になって


「なるほどな。」


「……?何がなるほどなんだ」


にんまりと口角を吊り上げるケイ。


「お前、緊張してるんだろ?高校生活が無事に送れるかどうかで」


「なっ!?」


「安心しろって。確かにお前はとっつきづらいけど」


「違う」


「確かにお前は会話のしづらい困ったちゃんだけど」


「だから違って」


「何が違うんだ?」


ぽかんとした表情。


俺はため息をついた。


駄目だ。この男のペースに呑まれてはならない。


その後も、俺は「いやあ……お前にも人間らしい感情があったんだなあ」とか


「お前にも友達出来るかなっていう不安があるもんなんだなあ」とか


とにかく失礼な発言をしまくるケイを横に、俺は通学路を進んだ。


見慣れた道だ。


だが、ケイにとってはそうではないらしく


「あれ、そっちだっけ?」


「こっちだよ」


「あれ、ここを曲がるのか?」


「そうだ」


しょっちゅうそんな会話が繰り替えされる。


そんなに入り組んだ道でもないが、確かに初めて目にするものからすれば迷いやすいルートではある。


初めてのもの、になら。


だが、浅野ケイには初めてではないはずなのだ。


俺と共に、三年間通った仲なのだから。


しかし、現実はこれは三年前の四月だと告げている。


学校にたどり着いてもそれは変わらなかった。


門の前に生徒を誘導する上級生の姿が見える。


その傍らには、三年間担任としてお世話になった佐々木の姿もあった。


無精ひげを伸ばしたそのいかつい顔はインパクト抜群で、最初は生徒に避けられていたものだ。


だからこそ、その内面に秘めた心優しさがギャップとして受けているのだろうが。


今日も戦々恐々として一年生らしき生徒達が門をくぐっている。


俺は試してみることにした。


「先生、おはようございます」


本来なら俺は自分から挨拶をするようなキャラではない。


だから先生も目を丸くすることだろう。


予想は外れた。


「おう、おはようさん。新入生か?挨拶は良い心がけだな」


びっくりしていない。


これは、俺のパーソナリティを知らない人間の反応だ。


やはり、「初めて」なのか……


ケイと俺は昇降口に急ぐ。


既に自分のクラスを確認するための生徒達の列が出来ていた。


ケイが嬉しそうに


「いよいよだなあ。俺、何組なんだろう」


そわそわと落ち着きがない。


俺は口を開いた。


「五組だよ。俺と同じだ」


「?何それ?予想?」


「まあ見てろ」


やがて列が進み、昇降口前の壁に貼られたクラス割りの紙が視えてくる。


ケイは視線をすばやく走らせて


「おわっ!?」


と喚声をあげた。


五組のクラス構成を把握したのだろう。


俺もケイの肩越しにクラス表を見やる。


……やはり、一年の時のメンバーだ。


ほとんど会話などしたことがなかったが、一度クラスを共にした人間の名前くらい覚えている。


それだけに、ぞくりとした。


何から何まで同じだったから。


「すげー。どうやって当てたんだ?エスパー?」


ケイが一人ではしゃいでいる。


俺は動じずに


「たまたまだよ」


とだけ答えておいた。


内心の動揺をさとられるわけにはいかない。


クラスの確認もすんだので、そのまま自分達の教室へと歩を進める。


ドアを開けると、ちらほら散らばったクラスメイト達の姿があった。


……やはり。


記憶にあるクラスと一諸だ。


各々が席につき始めたころ、やがて先ほどの佐々木が入ってくる。


クラスは一様に悲鳴に包まれるが俺は気にしない。


そんな反応は、とっくに済ませたものだからだ。


「今日からよろしくな、皆」


佐々木のスキンヘッドがまぶしい。


やがて簡単な自己紹介が始まる。


個性のない、それでいて見覚えのある者たち。


俺自身もそんな個性のなさに溶け込むように無難な挨拶をした後。


ケイが一発ギャグを披露し、クラスの空気を長しえに冷まさせてくれた後。


いよいよ俺は確信した。


間違いない。


ここは、三年前のあの教室だ。


俺は、卒業したんじゃなかったのか?


様々な思考が駆け巡る。


その日の夜はまったく寝られなかった。





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