第1話 心の声
「明日菜、今日の放課後時間あるか?」
アイツは少し神妙な面持ちで私に話しかけて来た。
「あっ…えっと…ごめん!今日は部活あるし、その後塾があるから無理だわ…。何かあるの?」
「…そっか」
アイツはそう言って深く息を吸うと、何か決心したような顔つきで私を真っ直ぐな目で見た。
「じゃあ今言うしかないか。」
……え?
「…は?え、いやいや待って。え?」
アイツは私の動揺振りなど少しも気にしてないようだ。
「明日菜…オレ…ずっと前からお前の事…」
…!?
「え、ちょ…まさかこれって…!」
告白!?
「…な……すな………明日奈!!!」
「ふぁえっっ!?」
反射的に声主の方を見ると、そこには笑いを一生懸命堪えてる幼馴染の顔があった。
「お…お前…寝起きの第一声が…ふぁえっ…って……!」
ついに耐えられなくなったのか彼は教室中に響き渡る程の大声で笑いだした。
「な…!しょ、しょうがないでしょ!大体、幸人が突然私の名前呼ぶから!!し、しかもあんなに大きな声で…!」
「だって明日奈、普通に起こしても起きねぇんだもん、ハハハ…!」
否定はできない。
「ふぅ〜…、あー面白かった。ってかお前、めっちゃニヤニヤしながら寝てたけど何か良い夢でも見てたの?」
!!!
「えっ!?に、にに、ニヤニヤしてた!?」
「なんでそんな動揺してんだよ…。あっ!分かったぞ、お前エッチな夢見てただろ!」
「はっ!?そんな夢見ないし!」
「じゃあ、どんな夢なんだよ。」
これはバレたらマズい。非常にマズい。何としてでもこの非常にマズい状況を切り抜けなければ…!
「い、言わないよ!ほら、もう五時だよ!そろそろ帰ろ!」
私はそう言うと机の横に掛けてあったスクールバックを持って幸人を置いて教室から出て行った。ごめん幸人、この場を切り抜けるにはこうするしか無かったんだよぉ…。
「あっ、話逸らしやがったな!おい、待てよ明日奈!」
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夕方の五時だと言うのに空はまだ明るく、沈む気配の無い太陽が空の上で堂々と輝いていた。そのせいだろうか、帰り道に通る小さな公園では五時を過ぎたというのに小学生達が楽しそうに遊んでいる。
「ああいうの見るとさ、なんか俺達の小さい頃思い出すよな。俺達、毎日一緒に遊んでたよな。」
「そうだね、懐かしいな。」
私と幸人は私達が生まれる前から親同士の仲が良く、物心つく前からずっと一緒にいたいわゆる幼馴染という奴だ。小さい頃から毎日ずっと一緒に遊んでたし、どこへ行くにしても何をするにしてもいつも隣には幸人がいた。
そんな幼馴染の異性に恋心を抱いてしまうのは至って普通のことだと私は思う。なにせ幼稚園の頃に七夕の短冊に書いた願い事は『幸人のお嫁さん』だっだ。当時の私は、そんな事を色んな人に見られる七夕の短冊によく書けたものだと今では思う。だが私の片想いはそれ程長いのだ。だから今日見た夢はまさに 私の理想であり念願なのだ。
「ところでよー、夢って言うので思い出したんだけど今日先生が言ってたの覚えてるか?」
「あぁ、進路を決める上での将来の夢ってやつ?」
「そうそう、自分の将来の夢を具体的に考えてこいーってやつな。明日奈は何か思いついたか?」
夢…か…。
「全然。私、将来の夢とかそういうの無いし。」
「うわ、冷めてるな〜。」
「じゃあ、幸人は将来の夢あるの?」
確か昔の幸人の夢は勇者だったよな、フフフ。
「将来の夢っていうかこんな生活を送りたいな、っていうのなら。」
「へー、どんな生活なの?」
「いや普通にさ、結婚して可愛い子供がいて幸せに生きていく、って感じだよ。普通すぎてつまんないだろ?ハハハ」
その生活の中に私はいるのかな。
「…その中に私っている?」
自分で発したその言葉に私はギョッとした。
しまった…!つい心の声が漏れてしまった。
恐る恐る幸人の方を見ると、幸人はキョトンとしたような表情でこちらを見ている。
「どういう事だ?俺の未来の中に明日奈がいるか…ってことか…?」
どうしよう、コイツ言葉の意味をしっかり理解してるし…。ダメだ、もう引き返せない。
私は覚悟した。
「…そうだよ。どういう事か分かるでしょ。」
「それって…俺達が大人になっても幼馴染のままでいるか、って事だろ!何当たり前のこと言ってん」
「違うよ!!そうじゃなくて…」
「そうじゃなくて?」
「そうじゃなくて……その…あの…」
喉元まで出かかっている言葉が、なぜか出そうにも出せなかった。
「…なんだよ、はっきり言えよ。」
幸人は何だか少し察したような面持ちでこちらを見た。
「…その…、す、好きなの。」
「…え?」
「…好きなの、幸人の事が…ずっと…ずっと好きなの。だから、幸人の思う理想の生活に私がいたらって思ったの。」
言ってしまった。ついに言ってしまった。あの夢はこの事を表していたのだろうか。中々返事を返してこない幸人の方をチラリと見ると、幸人は何やら複雑そうな何か言いたげな様な顔をしていた。
十秒…いや二十秒だろうか…。嫌に長く感じた数十秒が過ぎ、ようやく幸人は口を開いた。
「明日奈…」
「……はい。」
「…ありがとな。」
「…!」
「…だけど俺、今他に好きな人がいるんだ。」
…え?
「実は昨日その子に告白して…その…OK貰ったんだ。だから今日の帰りに明日奈に報告しようと思って…」
私の中で何かが砕けた。
「…その、ごめんな。でも俺、明日奈には正直でいたいんだ。気持ちは嬉しいけど…本当に……。明日奈…?おい明日奈!どこ行くんだよ!!明日奈!!」
何を言われていたのかは良く分かってない。だけど一つだけ分かっている事がある。振られた事だ。私はずっと想い続けてた幼馴染に振られたのだ。正直OKされると思ってた。期待してたのだ。だけど期待は私を裏切った。しかも相手に彼女がいるという残酷な形で。私は衝動的にその場から離れたくなったのだろう。私は私でも良く分かんないまま、どこかに向かって走り出してた。
その時であった。
幸人の「危ない!」という声が微かに聞こえた気がした。
私は何故かその言葉を聞いた途端身体が動かなくなった。
動かなくなって、ふと何か嫌なものを感じた気がした。
そこには
私に襲いかかってくる様にこちらに向かってくる車の姿。
どう足掻いてももう避けれない。
私がその鉄の塊と衝突する直前。
ああ、それはハッキリと覚えている。
私の幼馴染の懐かしいような何処か暖かい温もりが私を覆ったのだった。