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倒れていた男の小話

作者: ジン

 目がうっすらと開いた。ぼんやりと現実感が戻ってくる。何台も、車やトラックが通り過ぎるのが見えた。右へ、左へと視界が動いた。私は、欄干にもたれかかって、座り込んでいた。陽は高くのぼっている。恐らく、昼過ぎだろう。


 私が、意識を失っている間、何台の車や自転車、人が通ったのだろうか。そんなことが頭に浮かび、すぐに消え失せた。誰も、気にも止めなかったのだ。彼らには、彼らの日常があり、私はそんな日常の背景でしかない。


 記憶を掘り返してみた。国道を北上していたのは、覚えている。牛丼屋の前で足を止めて、すぐに歩きだしたのが、私が思い出せた最後の記憶だ。何処を目指し、何を求めていたのか、今となってはよくわからない。ただ、はっきりとしているのは、私が路上で倒れていた。たったそれだけだった。


 ニット帽を深く被り直し、ゆっくりと私は立ち上がった。機械を点検するように、ていねいに身体を動かした。腰と背中が酷く痛んだ。長時間、無理な体制で寝ていたからだろう。少し、歩くと膝が悲鳴を上げた。しかし、歩けないほどではなかった。少しの間なら、歩いていられるだろう。ここが、何処なのかははっきりしない。見覚えはあるが、正確な場所や地名は判然としなかった。とりあえず、私は歩きだした。ジッとしているよりかは、いいように思えた。


 ヨタヨタと歩いた。人と何度もすれ違った。若い男性、女性。年配者。幼い人間。彼らの表情からは、なんの感情も見出だせなかった。十数分歩いて、私は不意に足を止めた。時間がひどくゆっくりと、流れていく感覚。威嚇するように音を上げる車の群れ、好き勝手に歩く人々、全てがまるで遠い世界のよくできたパノラマのように感じた。


 ふと、私は祭りにはじめて行った時のことを思い出した。当時、私には父親がいなかった。母が女手一つで、必死に現実と戦っていた。私は、そんな母と一緒に、祭りの催物を見物しに行った。あの時の、まるで自分が現実から遠いところへ来てしまったかのような、あの奇妙な浮遊感。非現実の世界へと迷い込んでしまったような、あの空恐ろしい感覚。


 そうだ、今の感覚はその時とよく似ている。私は、頭の中でそう呟いた。私は、また迷い込んだ。


 バス停のベンチに、力なく、崩れ落ちるように腰掛けた。瞼が酷く重い。ずっと、幼い頃から知っていた。無感情の人々の顔が浮かび、消えた。無機質な鉄の車が通り過ぎ、去って行く。全ては背景だ。色や形が、瞼が落ちてゆくにつれて、歪んで、消える。静寂と闇がやってきて、次第に落ちていくのを感じた。


 何かを考えようとした。しかし、すぐにどうでもよくなった。今は、ひどく眠い。

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