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9 水月の過去 ~ 中島優葵が見たもの ~

 ~ side 佳代 ~


「本当に詳しいことは知らないのよ。水月と香月さんが双子で生まれて、大谷家では双子は一緒に育てると成人まで育たないとかで、水月は佐野家に名目上養子になっていたことと、小学校は別々で、中学がぎりぎり学区が被っちゃったくらいなの」

「名目上の養子って言うのは?」

「佐野家に預けられたんじゃなくて、本当の祖父母のところで育ったんだって」

「それなら名前を変える必要なかったんじゃないか」

「ううん。聞いてないけど、名字が変わることが重要だったみたい」

「他には何かあるか」

「う~ん、そうね。小学校に上がるまではよく入れ替わっていたって言ってたかな。それから小学校が違うから、参観には本当の両親が来てくれたって」


 皆が顔を見合わせている。


「それって別々に暮らす意味があったのか」

「さあ? わからないよ。でも、当事者の水月は納得していたの」

「なんか謎が増えたような気がするのですが」


 宮本君も首をひねって考えている。


「じゃあ、中学で一緒に居なかったのは?」

「15歳まではあまり外では接触しないようにしていたようなの」

「15歳までって? なんでだ」

「さあ?」


 結局水月のことは謎が増えただけみたいだった。話してみて改めて私は何も知らないんだと思った。


「交流はあっても一緒に暮らしてなかったんだよな」

「そうだったと思う。けど、中3の1月からは一緒に暮らしていたって聞いたよ」


 私の言葉に皆がまた考えこんだ。そうしたら、中島さんが話しかけてきた。


「あの、安西さん、大谷水月さんが佐野水月さんだったというのは本当なのですか」

「えーと、そう聞いてるけど」

「本当に本当なんですよね」

「それなら優葵、俺たちが証人だ。この間片羽円花もそう言っていたし」


 寺田君の言葉に中島さんが目を見開いた。


「片羽円花さん! えっ? 本当に。うっそ。じゃあ伝説の佐野水月さんと今、一緒にいるの!」


 中島さんのテンションが一気に上がって水月のことを食い入るように見つめている。「えー、うそ。どうしよう。皆に自慢しなきゃ」なんて呟いている。


「中島さんは水月の事知ってるの?」

「知ってるなんてものじゃないですよ。うちの小学校の伝説の人なんですよ」

「伝説って、1つしか年が違わないでしょ」

「でも、逸話が凄いんですよ。水月さん達3人の」

「3人?」

「はい。田所翔琉さんと片羽円花さん、そして佐野水月さん。この3人はとにかく凄かったんですから」


 興奮しすぎていて中島さんが言うことは要領を得なかった。というか、私が会ったあの2人からはそんな印象は受けなかったんだけどな。


「優葵、落ち着いてくれないか。えー、大谷や片羽がなんで伝説扱いになっているのか教えてほしいんだけどな」


 寺田君の言葉に中島さんは口に手を当てて「あっ!」っと言って赤くなった。


「すみません。憧れの人にここで会えるとは思わなかったから興奮してしまいました」


 そう言ってペコリと頭を下げた。


「ねえ、中島さんは水月と同じ小学校だったのなら、何か知らないかしら」

「う~ん、水月さんの事情とは関係ないことなら知ってますけど」

「それでもいいから教えてくれないかしら」

「いいですよ。えーと、さっき言った3人は小学1年から表彰されまくっていたんですよ」

「表彰?」


 意外な言葉が出て、また皆と顔を見合わせる。


「はい。1年の時には消防署と市長からも表彰されたと聞いてます」

「何があったの」

「人助けです。近所のおばさんが急な発作で倒れているのに気がついて、救急車の要請や近所の人に助けを求めて、迅速な対応に事なきを得たとか。その話を伝え聞いた市長が小さな英雄と表彰したんですよ。新聞にも載ったし、全国にも報道されたんじゃなかったかな」

「おい、見た目は子供頭脳は大人じゃないんだから・・・」


 また、皆と顔を見合わせた。それをしたのが小学1年の時って・・・。


「それから2年の時には警察か消防署から表彰されています。この時は自転車に乗った女の子とバイクの接触事故で、3人は周りに助けを求めながら怪我した子を励まして、バイクに乗っていた大学生のお姉さんのケアまでしていましたから」

「・・・まるで見ていたように言うのね」

「はい。見てましたから。実は怪我したのは私の友達なんです。あの時公園で他の友達と待ち合わせしていて急いでいたんです。彼女が私の前を走ってました。だから一部始終見てました」

「それは・・・」


 これは誰のつぶやきだったのか分からない。いやいや、大学生のお姉さんのケアってなに?


「それから3年の時には空き巣泥棒の逮捕に協力したとかで、警察から表彰されました」


 だから、どこの小学生なのよ。それは!


「4年の時には市のPTAから表彰されました。美化活動で」

「美化活動?」

「なんでも、学校に電話があったそうです。4年前から学校帰りにゴミ拾いをしている子供がいて感心していたと。それを功労者賞って言ったかな?その対象になったとかで、これも新聞に名前が載ったはずです」


 う~ん。なんか、水月のイメージがまた変わったような。


「5年の時は表彰もされたけど怒られもしたんですよね~」

「何をしたんだ」

「放火魔の逮捕です。あっ、中心になったのは田所さんですが、分析して指示を出したのが片羽さんと水月さんです」

「はあ~?」

「えーと、あの年は秋ごろからうちの小学校の周辺でボヤ騒ぎが多くなったんです。それで、被害に遭ったクラスメートが田所さんに詰め寄って放火魔を捕まえたいと言い出して。最初は危ないからと反対していたけど、クラスメートの暴走を抑えるために田所さんが指揮することになったとか。それで、片羽さんがそれまでの放火場所から分析して次に放火されそうなところを割り出して、水月さんが見回り班と待ち伏せ班に分けたとか。それも、携帯を持っている子を必ず1人加えていたそうです。で、見事現行犯逮捕したそうです」

「・・・リアル少年探偵団」


 私は力なく彼らの顔を見た。彼らも気の抜けた顔をしている。まだ、大口を開けてないだけましかもしれない。


「それで、6年の時にはどんな偉業を起こしたんだ」

「対外的には何も」

「何も?」


 寺田君が信じられないというように中島さんの顔を見た。


「はい。その代り児童会長として辣腕をふるいました」

「辣腕って・・・」

「小1の時に知己になった市長に頼まれて姉妹都市の小学校との交換留学をしたんですよ。児童会長として留学生たちを満足させて帰国させました。こちらからも彼ら3人を含め10人の児童が行ったそうですが、あちらでの彼らの評判も良くてそれから毎年交流しています」


 ・・・何をコメントしていいかわからない。小6よ、小6。なんで留学生を満足させることが出来たの?


「あっ、あとあの年の学力調査。うちの学校は断トツトップでした。語学の天才と数字の魔術師がいましたからね」


 なんなのそれ。おかしいでしょ。小学生にそのネーミングは。

 だけど宮本君はそうは思わなかったみたいだったの。


「それってもしかして城北小学校のことですか」

「はい、そうです。私の母校です」

「宜和、何か心当たりでもあるのか」

「全国模試の1、2、3位が城北小だったと噂があったのです。なんでもある塾が自分のところの指導で模試の成績が上がったことにしたくて、その時だけ受けてもらった奴がいると聞きました。それと共に語学の天才と数字の魔術師って言葉も噂で流れてきました」

「それが彼らですよ。一度耳から聞いたことは忘れない語学の天才、田所翔琉さんに、IQ180越えと噂の数字の魔術師、片羽円花さん。その2人には劣るけど、並んで恥じないくらいの力を持つ、佐野水月さん。もう、最強だったんですから」


 中島さんのテンションがまた上がっている。両手を握りしめて祈るようなポーズをとっている。


「遼、お前の学校はその噂知ってたか」

「学校ではあまり噂にならなかったけど、塾に通っていたやつから聞いたことがある。城北小の天才達。やることなすことぶっ飛んでて、ストッパーのいうことしか聞かなかったとか」

「そうなんです。そのストッパーが佐野水月さんだったんです。天才2人も水月さんの言うことなら聞いてましたから。児童会長も水月さんが田所さんに頼まなければやらなかったろうってもっぱらの噂でした」


 う~ん。あの2人が天才? そんな風には見えなかったけど。


「だ、だけどさ、おかしくないか。中学ではそんな話聞かなかったぞ」

「仕方ないじゃないですか。田所さんと片羽さん、水月さんは別の学校に行ったんですから」


 寺田君の問いに中島さんが答えた。ということは3人でいてこその無双っぷりだったとか。


「なんか、ますます謎が深まった気がします」


 宮本君の感想に私もうんうんと頷いた。


「でも、話を聞けてよかったよ。中島さんありがとうね」

「あっ、いえ。こんな話でよかったのですか」

「うん。水月が暗い小学校時代を過ごしたのじゃないってわかってうれしいよ」

「それなんですけど、さっき言ってた事で気になっていることがあるんですけど。水月さんは中3の1月から家族と暮らせたんですよね。なのになんで安西さんは水月さんを深見さんとくっつけようとするんですか」


 そうか、中島さんは知らないんだ。


「優葵、それはだな」

「待って、寺田君。私が言う」


 そう、中島さんだけでなく皆が知らない事実がもう一つある。私は眠る水月の顔を見つめてから口を開いた。


「水月の両親と香月さんは7年前に車の事故で亡くなっているの」


 私の言葉に中島さんが息を「ヒッ」と飲み込んだ。


「それだけじゃないの。水月の家族はもういないかもしれないの」

「どういうことなんだ」


 深見君が訊いてきた。私はまた水月の髪を撫ぜながら話しだした。


「水月のおじいさんとおばあさんは去年どちらも病気で亡くなっているんだって。だから、今月が初盆だからちゃんとしたいって言ってた。・・・それにね、水月がこうも言ったの。自分は1人暮らしなんだって」


 皆がショックを受けた顔をしている。私も高3の時に母方の祖父を亡くしている。でも、同居していたわけじゃないから、次に母の実家に行った時にもういない、会えないんだと実感したっけ。それが生まれた時から一緒にいた家族を亡くしたなんて。もしかしたら家族と暮らした家に今は一人で暮らしているのだろうか。


「他には、親戚とかいないのか」

「確か、円花が祖母方のはとこで田所さんが母方の従弟だったと思う」

「親戚だったのか」


 深見君が納得したような声をあげた。


「あっ」


 唐突に寺田君が声をあげた。


「大谷香月も頭良かったよな。確か学年順位1番か2番じゃなかったか」


 何それ。どんだけ頭がいい家系なの。

 皆が何も言えないまま部屋の中が沈黙に支配された時に、水月が小さく身じろぎした。


「う・・・うん」

「水月?」


 目を覚ましたのかと思って声を掛けてみる。それに返事はなかった。水月の手がタオルケットから出ていたので、タオルケットを引っ張って手を隠そうとした時、私の手と水月の手が触れ合った。水月が私の指先を握るように触ってきた。その口元に微かに微笑みが浮かんだ。

 水月は目を覚ますことなくスウスウと寝息を立てていた。


 私は顔を上げて皆を見た。


「えーと、どうしようか。」


 皆も困ったように顔を見合わせたのでした。



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