8 深見宅にて
カッコいい女より展開が早め? かな?
中島さんとの自己紹介が終わると、佳代は私から離れてキッチンに行った。
深見君との会話から何かつまみを作るつもりなのが分かった。
深見君はチラシをいくつか持ってこちらにきた。
「どれが食べたい」
どれも宅配もののチラシだった。定番のピザにお寿司、ファミレスの宅配のチラシもあった。皆はどれにするか話している。
「やっぱり定番のピザか」
「最近はファミレスも充実してますよね」
「お寿司も捨てがたいです」
「それともやっぱ、どこかに食べに行くか。そのあと戻って飲めばいいからな」
私はその様子を横目に見ながらゆっくりと立ち上がって見た。うん。ちゃんと力が入る。一歩歩いて大丈夫なのを確認する。
そして1人キッチンにいる佳代のところに行った。
「何か手伝うよ」
「座ってていいよ。簡単な物しか作らないから」
佳代の言葉に頷けなくて並べられているものをみる。並べてあったのはチーズとサラミにハム。それからウィンナーとナゲット。他にサラダ用カット野菜。
「ねえ、深見君。使っていい食材ってなにかある」
私が訊いたら深見君がキッチンにきた。大人3人でもそんなに狭く感じない。
「何をする気なんだ」
「何か頼むのなら作ろうかと思ったんだけど」
深見君に手を掴まれた。そのままみんなのところに引っ張って行かれそうになったので、彼の手を振り払った。
「大谷、何もしなくていいから座っていろ」
「そうよ水月。休んでてよ」
「いや、動いていた方が気がまぎれるから」
そう言ったら、2人に溜め息を吐かれた。そして深見君は、冷蔵庫の中やパスタなどをおいてあるところを見せてくれた。
「もしこれを使ってよければ何か作るけど」
「ほんとうに~。やった。女の子の手料理。俺初めて食べるんだよな~」
私がそう言うと寺田君が嬉しそうな声をあげた。
「ちょっと。私も作ったことあるでしょう」
「えっ。あれは菓子だろう。料理じゃないじゃん」
寺田君の言葉に中島さんは黙ってしまった。多分バレンタインのチョコなどを手作りしたのだろう。
「でもいいのですか。作っていただけるのは嬉しいですが」
宮本君も遠慮がちに言ってきた。
「うん。って、深見君の許可がまだだった」
深見君を見ると、眉間にしわを寄せて私を見ていた。だから、もう大丈夫だと言うように笑った。
深見君はまた溜め息を吐くと好きに使っていいと言ってくれた。
それから、鍋やフライパンなどを置いてあるところを教えてくれて、リビングの方に戻っていった。
私はまず大き目の鍋にお湯を沸かした。それでも、麺を3人前を茹でるので一杯だろう。
食材を取り出しながら、献立を組み上げる。深見君は自分で調理する人のようで調理器具も充実していた。
中島さんも手伝うと言ってそばに来た。彼女にはジャガイモの皮を2個剥いてもらう。剥き終ったらスライサーで薄くしてもらった。その間に玉ねぎの皮を佳代が剥いてくれた。ニラもあったので遠慮なく使わせてもらう。
お湯が沸いたらまず、蕎麦を茹でてもらう。その間に切った野菜をボールに入れていく。
スライスしたジャガイモを受け取りそれを3ミリぐらいの千切りにした。水に少し晒してアクを取ると軽く塩コショウをしてとろけるチーズと合わせる。それを弱火にして油を引いたフライパンに薄く広げて焼いていく。
蕎麦が茹で上がったのでザルにあげて麺を冷水でしめる。
またお湯を沸かしてもらう。その間にさっきのジャガイモを引っくり返す。程よい焼き色になっている。
レンジが塞がっているので、この間におつまみ系をお皿に盛りつけてもらう。
頃合いを見てジャガイモをもう一度引っくり返し、焼き色を見てお皿にとった。それを包丁で適当に切ってもらう。ジャガイモは同じものがもう2枚できた。
その間にお湯が沸いたけど、パスタを茹でるのは少し待ってもらう。ジャガイモを焼き終わったところでパスタを茹で始める。と、同時にフライパンで玉ねぎ、ピーマン、ニンジン、ウインナーを炒めてケチャップや、ソースで濃いめに味をつけておく。パスタが茹で上りフライパンに入れて混ぜ合わせ、ムラが無くなったところで味見をして、少しコショウを足して出来上がり。お皿に盛りつける。
フライパンを洗い、まずは卵2個でいり卵を作る。それを別にとっておく。それから豚肉を炒める。玉ねぎを入れ少し火が入った所でニラを入れる。ニラも少し火が入った所で蕎麦を入れ炒めていく。味付けはめんつゆを使う。めんつゆがそばに吸われてつゆ感が無くなったところで味を見て、火を止める。これもお皿に分け、さっき作ったいり卵を乗せて完成。
もう一度フライパンを洗い油を多めに入れてナゲットを入れる。色の具合を見て引っくり返し、頃合いを見て取り出す。キッチンペーパーもあったので遠慮なく使わせてもらった。油が少しきれたところでお皿に移し、それを持って皆のところに行った。
皆が、あ然とした顔をしていた。いや、違った。寺田君は待ちきれないという感じに顔に書いてあった。
「冷める前に食べてくれると嬉しいけど」
私が言うとみんな慌てて食べ始めたのだった。
ジャガイモだけ味を見ていなかったことを思いだし、取り皿にとって食べてみた。程よい塩っ気とチーズの風味と少しカリカリとした噛み応えに、上手くいったと満足した。
「うまい。なんだこれ。今まで食べたことがない」
「お蕎麦を炒めるなんて発想なかったです」
「このナポリタンも美味しいです。お店に出せますよ」
「水月すごーい。なんであんな短時間でできるわけ」
「材料を見ただけでこれだけのものが作れるのはすごいな」
感嘆の言葉がこそばゆい。皆のお腹に消えていく料理を見ながら、これじゃあ足りないかと席を立とうとした。
「水月どこ行くの」
「いや、足りなそうだからもう少し作ろうかなと思って」
「大丈夫です。十分ですよ」
「そうだ、他にもつまみとかあるから座ってくれ」
隣にいた深見君に手を掴まれて引っ張られたので座り直す。
作った料理は皆のお腹に消えた。作ってもらったのだからと、洗い物は男の人がやってくれた。
その間に私達は乾き物のつまみを並べた。
片付けて戻ってきた時に彼らはグラスとビールを手に持っていた。
「悪い。出すの忘れてた」
皆にグラスが渡りビールが注がれる。寺田君がグラスを持った。
「えー、順序が逆になりましたが、乾杯をしたいと思います。えー、今日の出会いと大谷さんが作ってくれた美味しい料理に乾杯~!」
「「「「「乾杯」」」」」
皆で軽くグラスを触れ合わせてからビールを一口飲む。一口飲んで冷えたビールが美味しくて、そのままゴクゴクと飲み干してしまった。すかさず佳代がビールを注いでくれた。今度は一口にして、おつまみのイカの燻製を食べ始めた。
皆はさっきのことには触れずに話をしていた。気遣ってくれるのはうれしいけど、どうしたものかと考える。仕事で疲れているからと先に帰ろうかと思ったけど、それを言うのは憚られた。
みんなに付きあって、誰かがバカなことを言えば笑い、笑っては飲み、飲んではつまみを食べて。気がつくと仕事の疲れもあったのか眠くなってきていた。
トロンとしている私に気がついた佳代が声を掛けてきた。
「眠いの水月?」
「う~ん。だいじょうぶ~。まだ、おきてるよ~」
「仕事も朝早かったんだし、少し寝た方がいいよ」
「え~~~。だいじょう~ぶよう~」
「いいから。ね」
そう言って佳代は私を膝枕した。起きようと頭は命じるけど、身体はいうことを聞かなかった。私はそのまま佳代の膝枕で寝てしまったのだった。
~ side 佳代 ~
酔いつぶれた水月を膝枕しながら、私はやってしまった~。と頭を抱えたくなった。
いくら水月が先週休みで会えなくて、今週も早番で時間が合わなかったからって、疲れている水月を誘うなんて。こんな事なら、土日に約束すればよかった。
「大谷さん、寝た?」
「うん。ぐっすり」
深見君が立ち上がって水月に手をかけようとするのを止める。
「どこに連れていくの」
「ここじゃ体に悪いからベッドに連れて行こうかと」
ということは深見君のベッドよね。
「動かしたら起きちゃうかもしれないからここでいいよ」
「だけど」
「なら、水月に何かかけるものを持ってきてくれない。洗濯してあって清潔なものを」
深見君が使っているものじゃ駄目という意味で言ってやる。
深見君は席を外すと新しいタオルケットを持ってきた。彼はそれを広げて水月にかけた。
「さてと、これじゃあ、今日集まった意味なくないか」
寺田君がいい出した。うん。最初の目的からは外れたものね。
「そうと言えばそうですが、1つ大谷さんについて分かったことがありますよね」
「なんだ、それは」
「料理が上手くて作り慣れていること」
「確かにな」
私は宮本君と寺田君の会話を水月の髪を触りながら聞いていた。水月の髪は癖がなくスベスベしていて気持ちがいい。
「今日は仕方がないだろう。あんなことが起こるなんて思わなかったんだしな」
「でも、遼の株が上がったんじゃないのか。助けられてグッと来ない女はいないだろう」
寺田君が言った言葉に深見君の眉間にしわが寄った。
「それはどうなんだろうな」
「遼?」
「彼女の様子はいつもと変わらなかった」
そうかな、私達が部屋に着いた時の水月は明らかにおかしかったと思うの。深見君がキッチンに行く様子を伺っていたし。2人の間に何かあったのかな?
それにしてはその後の水月は普通過ぎた。ううん。普通にしようとしていただけ。でも、それは料理を作ることで成功したわ。彼らが騙されるくらいに。
「そうか~。俺たちがくるまで泣いた彼女を慰めていたんじゃないのか」
「いや、彼女は泣かなかった。ただ震えていたから落ち着かせようと胸の鼓動を聞かせただけだ」
その言葉に水月の様子の意味が分かった。そしてやはり違和感も感じた。
「なんだそりゃ。そこで俺がいるから大丈夫だくらい言えよ。ついでにキスするとかよ」
「おい、寺田」
キス発言に思わず寺田君を思いっ切り睨んだ。寺田君の隣で中島さんも睨んでいる。傷付いた女の子に何する気だ、こいつは。
「恒星ってば最低。私お付き合いを考え直そうかな」
「優葵ごめん。失言です。悪気はないんで許してください」
寺田君が慌てて中島さんに謝っている。中島さんの様子から寺田君の失言はいつものことらしい。だけど考えなしのその言葉はダメだよね。よく中島さんは付き合っているなと思った。
さて、困ったなと思う。今日の当初の目的は水月の事情を彼らが水月から聞くことだったのだから。歓迎会の日の後、私は彼らと何度か話をした。その時に寺田君の彼女、中島優葵さんとも会っていた。だから今では普通に話せる仲になっていると思う。
そう彼らを巻き込んだのだ、私は。彼らは水月と話をしたがったけど、お盆がすむまで水月は時間が取れない。だから水月には悪いけど今日の約束を利用させてもらったの。
ううん。違う。来週は遅番と言っていたから、今日しか時間が取れないと彼らを呼んだのは私。
彼らと話をして彼らを知るにつれ、彼らなら信頼できるかもしれないと思った。
彼らも気がついていた。水月のアンバランスさに。
普段は泰然としてうまく受け流す水月が、先輩とはいえお酒の席のこともあり多少きつく接しても、笑って誤魔化せる程度には済ませられる相手にあれはなかったはずだ。
助け出された後に強気な発言をしていたけど震えていた水月。
涙を流していることを指摘されてやっと泣いていることに気がついた水月。
水月が私と変わらない普通の女の子だと気がついたのは、水月が泣いたのを見てからだ。
そして、家の事情。おじいさんとおばあさんがもう亡くなっているのなら、もう水月の家族はいないのかもかもしれない。だから、宮本君には悪いけど、自分のことは棚に上げておくことにした。
私は水月に幸せになってもらいたい。出会ってまだ3カ月だけど、そう思うくらいに水月に心酔しているんだと思う。今までの友達と違うつかず離れずの距離が心地いい。何があったのか根掘り葉掘り訊きだそうとしないのも、自分が身に染みてわかっているからなんだと思う。
だから、ごめんね、水月。本当は水月の口から話して欲しかったけど、私から言うね。
まだ、確実に大丈夫と見極められないけど、深見君ならいいと思うんだ。今日だって水月が強引に連れて行かれるのを見て、「家で合流」って言って飛び出していったのよ。
そんな彼なら水月のことを大切にしてくれると思うの。
だってね、私じゃ無理だもの。親友になれても家族にはなれないのだから。
私は一度深呼吸すると言った。
「ねえ、いいかな。今日はもう水月から話は聞けないわけでしょ。だから、そっちはいいにしてこの間と今日の水月について話さない」
「この間というのは歓迎会の日のことですか」
「そう。あの3次会の時の水月は明らかにおかしいもの。研修の時に私を助けるために啖呵を切った水月とは大違いなのよ」
私の言葉に皆が考え込む。
宮本君が顎に手を当てながら言った。
「言われてみればおかしいですよね。あんなにかわすのが上手い大谷さんが抵抗できなかったなんて」
「そうだよな。遼に対しての牽制は上手かったもんな」
「でしょ。なのに今日だってあんなに簡単に捕まってたし。あの先輩が、と言う訳じゃないと思うんだけど、水月は何かに怯えているのよ。それをあの先輩が呼び起こすんだと思うの。もっと言うなら恋愛がらみで」
「そう断言できるんですか、安西さん」
「うん。深見君も言われたと思うけど、水月は目的があるから恋愛をしたくないって私にも言ったのね。その言葉に嘘はないと思うけど、それを言い訳にしてるように感じるの。どちらかというと恋愛じたいを拒否してるみたいな感じね」
「恋愛を拒否? なんで? そんなことを思うくらいひどい目に遭ったというの」
中島さんが痛ましいものを見るように水月に視線を向けた。
「酷いことってなんだ」
「それはわかんないよ。でも、水月は自分を守るために恋愛から遠ざかろうとしてるんじゃないかと思うの」
皆の視線が水月に集まった。水月は身じろぎもせずに眠り続けている。
「私はまだ水月のことを何にも知らないけど、でも水月に幸せになって欲しいの。だから深見君。もし本気で水月のことを好きなら私、協力するから」
そう言って深見君のことをじっと見つめる。
「深見君が水月を幸せにしてくれるのなら、何でもする」
「だけど、安西は俺を大谷に近づけないようにしてただろう」
「うん。それに付いては謝る。水月に頼まれたからとはいえ、ごめんなさい」
そう言って頭を下げた。深見君が面食らったように私を見つめた。
「何故って、聞いていいか」
「だって水月は最初から深見君のことを意識してたから」
私の言葉にみんなが驚いている。
「俺が彼女のことを気にかけてたからか」
「違うと思う。もっと前に深見君が中学の同級生だって気がついてたと思うの」
そう、そう考えれば水月の言動に筋が通る。
「だけど、それはおかしくないか。なら黙っている必要ないだろう」
「だから、そこに何か言えない秘密があるんじゃない。ほら、大谷香月さんと双子ってことは秘密だったんでしょ」
「双子? あの2人は双子だったのか」
「うん。そう訊いた」
私の言葉にみんなが顔を見合わせる。
「安西さんは事情を訊いたのか」
「少しだけね。隠してないとは言っていたけど、本当は本人の口から聞いたほうがいい話なんだけど」
私は顔をしかめて言った。
「ということは話してくれるのか」
「だって、そうでもしないと水月は誤魔化し続けると思うんだもん」
言っていて泣きたくなってきた。孤独な水月を助けてあげたい。でも、自分が孤独なことに気づかない水月。いつでも強くてカッコよくて自慢の親友。
深見君が私の頭に手をポンと置いた。
「言える範囲でいいから教えてくれ」
私は頷いたのだった。