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7 7月 ~ お盆と ~

再開です。

 火曜日、職場に着いてすぐ私は休暇の申請をした。理由を聞かれたので、祖父母の初盆であるので13日から16日まで休みたいと伝えた。それと、うちのお寺は7月盆であることも伝えたのだ。この休暇は夏期休暇として受理された。


 休憩時間に調理長とフロアリーダーに家族のことを聞かれたので、私は素直に答えた。

 両親と姉が7年前に事故で亡くなったこと、その後父方の祖父母に育てられたけど、去年の9月に祖父を11月に祖母を亡くしたことを伝えた。


 私は休暇明けから早番をすることが決まった。佳代には帰りのバスの中でそれを話した。そうしたらまた、佳代の部屋に寄ることになってしまった。

 今日は佳代が夕食を作ってくれた。昨日のうちに準備していたそうで、部屋に入ったらすぐに炊き込みご飯をセットした。それから、豆腐とわかめのお味噌汁と茄子の揚げびたし。

 ご飯が炊けるまで少し話をした。


「ねえ、水月が出掛けられないのってどうしてか訊いてもいい」

「うん?ああ。大した理由じゃないんだけど。今年うちは初盆で、あっ、あとうちのお寺が7月盆だってことかな」

「はい?お盆?」

「うん。そう」

「えっ、待って。じゃあ、水月のおじいさんかおばあさんが?」

「えーと、両方なんだけど」


 佳代が凄く驚いた顔をしている。その表情に気遣いが隠れている。勘違いしたのかな。


「あのねえ、先に言うけど、祖父母は事故で亡くなったわけじゃないのよ。祖父は闘病の末病院で、祖母は祖父を送ったことに安心したのか忌明け後、急性心不全で亡くなったの」

「そんな・・・」

「私1人暮らしだからお盆の間くらいはちゃんとしたいなと思っているの」

「だから7月16日まで出掛けられないんだね」

「うん。土日は訪ねてくる人がいると思うから家を空けたくないのね。平日は叔母に留守番を頼んだけど」

「叔母さん?」

「母の妹なの。翔琉のお母さんね」

「あっ、翔琉さんの」

「そうなのよ」


 佳代は複雑な顔をしている。何を考えているんだろう。


「そっか。それじゃあ、遊びになんていけないね。でも、お盆がすんだ後ならいいよね」

「まあ、その後ならね」


 う~ん。まだ佳代は複雑な顔をしているけど、その時炊飯ジャーが鳴った。


「あっ、炊けたみたいね」

「そうだね。ご飯を食べようか」

「じゃあ、支度をしようか」


 その後2人でご飯を食べて、洗い物を終えたら帰ることにした。今日はまだ8時を過ぎたくらいなので私はバスで帰ることにした。佳代とはマンションの下で別れた。私はそのまま家に帰りお風呂に入って寝たのだった。


それから、私の夏期休暇までは特にこれといったことはなかった。しいていえば、忙しい時間にホールの手伝いに出ると、必ず会う人が3人見かけるくらいだ。きっといつもこの時間が昼休憩なのだろう。


そして13日。叔母の田所喜久枝たどころきくえと翔琉とその弟の泰雅たいがが来てくれた。

お昼過ぎに片羽家も来てくれた。祖母の妹の片羽静花かたはねしずかとその娘の伸枝のぶえと円花の3人。7人でお寺に向かい墓地に行く。お墓をきれいにし迎え火を焚いて線香をあげると家へと戻った。


14日、15日と来客を迎えたりして過ぎていった。


そして16日。朝のお膳をあげたあと、浜まで送りに行った。近所の人に交じって浜で松明を焚いて線香を立てる。牛と馬を海の方に向けておき、持たせるお菓子や果物、ご馳走を並べて手を合わせた。

松明が消えるまでそこにいて、並べたものを片付けてゴミ袋に入れると収集場所に置いた。


それから家に戻り提灯などを片付けて、いつもの部屋に戻す。提灯は亡くなった人の数だけなので、7対あるから一つ一つ丁寧に外して箱にしまった。それ以前のものは数年前に、古くなって破れも目立ったので片付けてもう無かった。


 片付けが終わるとお昼にそうめんを茹でた。何となく仏壇を置いてある部屋に持っていき、そこで食べた。


 月曜日からは早番だったので、一番早いバスに乗るために家を出た。会社につくと着替えてお食事処の厨房に入る。朝の支度は初めてだったけど、先輩たちの指示で動き回った。


 8時になりお客さんが入ってきて、接客にも追われるようになった。それも9時が近づくとひと段落した。そして11時まではゆっくりとした接客だ。その間に早番の人は交代で朝食をとった。


 また、11時を過ぎると13時まで忙しさが続いた。その時間が過ぎたら、また交代で昼食をとった。そして16時になると私は上がった。


 今日は佳代と約束はしていない。なので一人でバスに乗って家へと戻った。


 金曜日、今日で早番は終わりだ。来週からは遅番になる。今日は仕事が終わったら佳代と食事に行く約束をしている。なので、佳代が終わるまで2時間ほど時間が空いた。私は久しぶりに本屋やCDショップを見て回った。服屋はウインドウショッピングにとどめた。そこまでの時間が無かったからだ。


 約束の時間に近くなったので会社に戻る。中に入り、涼しさにホッとした。まだ佳代はきていなかった。出入りする人の邪魔にならないように入り口から少し離れた場所に移動した。


 エレベーターから出てくる人を見るとはなしに見ていたら、会いたくない人の姿を見つけた。


私は顔を伏せてトイレに逃げようとしたら、気がついたその人に声を掛けられた。いや、声を掛けるだけならまだしも、肩を抱くように触ってきた。


「やあ、大谷さん。久しぶりだね。元気にしてたかい。君がいなくなってからは、私は火が消えたようにつまらない毎日を送っているよ」

「はあ~」


 相変わらず無駄にさわやかに言ってくる。確かにこの人、高松先輩は少しばかりカッコイイ。いや、同期の彼らには全然及ばないけど。

 なので、気の抜けた相槌を返す。


「ところでこれから一緒に食事でもどうかな。前はいつも断られてばかりだったからね。今度は部署も違うことだし、他の人の目を気にすることはなくなったからね」


 はあ~? 何を言っているのよ、この男は。あんたと食事したくないから断ってたっつうのに、なに自分に都合のいい解釈してんのよ~。


 私は殊更ニッコリと笑いながら言った。


「申し訳ありませんが、高松先輩。先約がありますので、またの機会にしていただけないでしょうか」

「まーたまた。そんな心にもない事を言わなくてもいいからさ。本当は私に誘われてうれしいんだろう。いいんだよ、隠さなくても」


 だ・か・ら・! 誰が喜ぶか。嫌だから断ってるって察しろよ。

 もういい加減、我慢するのも限界に感じてきたからいいかな? 殴っても。


「さあ、ここで立ち話もなんだから歩きながらお店を決めようか」

「えっ、ちょっと、やめてください」


 強引に私の肩を抱いて連れ出そうとするのを、声をあげて抵抗する。周りの人は痴話げんかだとでも思っているのか、私達に関心を払う人はあまりいない。

 周りからの制止がない事に気を大きくしたのか、高松先輩に建物の外へと連れ出された。振りほどこうにも肩に食い込むように指に力を入れられて抵抗らしい抵抗ができない。

 先輩は歩道のところで一度立ち止まった。タクシーを探しているようだ。空車を見つけたのか手をあげた。


「離してください。私は一緒に行きませんから」

「やれやれ、聞き訳がない子だね。ほら、タクシーが来たよ。いい店を知っているからいこ、ブフォ」


 高松先輩の言葉が変に途切れたとおもったら、先輩の体が私から離れ、私は別の男の人に腕を掴まれていた。顔を上げると息を切らした深見君がいた。


「ふ、深見君?」


 深見君は私に大丈夫と言うように微笑み、直ぐに高松先輩の方を向いた。

 高松先輩はまた殴られたようだ。殴られた頬を抑えながら立ち上がると深見君を睨みつけた。


「お前は、営業1課の新人だな。先輩である俺を殴るなんていい度胸しているな」


深見君も高松先輩を睨みつけて言った。


「先輩こそ嫌がる女の子を連れていこうなんてどういうつもりなんですか」


 その時止まったタクシーから声がした。


「お客さん、どうするんですか。乗るの、乗らないの」

「ああ、直ぐ乗るから待っていてくれ。さあ、大谷さん行こう」


 そう言って私に手を出してくる。私はその手を避けるように深見君にくっついた。深見君は先輩の手を叩いて言った。


「水月は嫌がっているだろう。行くなら一人で行けよ」


 高松先輩は私達を睨みつけてきた。


「お前な、人の恋路の邪魔をするなよ」

「あんたこそ人の女に手を出すなよ」


 その言葉に先輩は間の抜けた顔をした。


「それならそうと早く言えよ」

「水月は先約があると断っていたと思いますけどね」


 先輩は私達をもう一度睨みつけると足早に立ち去って行った。それを見ていたら運転手が声を掛けてきた。


「お客さん、乗らないのなら行くけど」

「あっ、すみません。乗ります」


 そう言って深見君は私の手を引いてタクシーに乗り込んだ。


「カマタの方に行ってください」


 タクシーは走り出した。深見君は私の手を掴んだままだった。しばらく呆然自失していた私はハッと気がついた。


「どこに行くの。私、佳代と約束してたのよ」

「落ち着け、大谷。わかっているから。だけど、あそこにあのままいて皆の視線を集めたかったのか」


 確かにあのやり取りの間、通行人の視線を集めていた。あのまま留まれば奇異の視線にさらされたことだろう。


「でも、じゃあ、どこに行くの」

「俺の部屋」


 深見君の言葉に身体が硬直する。だけど続いた言葉にすぐに息を吐き出し、身体の力も抜いた。


「あいつらも安西さんを連れてくるから」

「そう」


 深見君の住むマンションに着いた。部屋は2LDKだった。


「好きなところに座ってて」


 深見君はそう言ってエアコンをつけると別の部屋へと姿を消した。私はぼんやりと部屋の中を見回していた。モノトーンで統一された家具。なのにローテーブルの周りには夏らしいイ草調の丸いクッションが6ケおいてあった。


「座ってなかったのか」


 着替えた深見君が部屋から出てきた。ソファーの方に私を誘導しようと背中に手を当ててきた。動こうとして足の力が抜けて座り込んでしまった。


「おい、大丈夫か」


 深見君が片膝をついて私の顔を覗き込んできた。そしてそっと私の頭を抱えこむように抱きしめてきた。

 私は目を瞑ってそっと深見君のシャツを掴んだ。この前と違って涙は出てこなかったけど、身体の震えが止まらなかった。

 

深見君の胸に耳を当てるように体を預けた。規則正しい心臓の音に私の心も落ち着いてきた。


 しばらくして震えも収まり気持ちも落ち着いたので、深見君の腕を軽く叩いて抱擁を解いてもらう。

 顔を見ると心配そうな顔をしていた。


「もう、大丈夫か」

「うん。ありがとう」

「何か飲むか。といっても、ミネラルウォーターとビールくらいしかないけど」


 深見君はそう言いながらキッチンの方へ行った。

 彼が離れたことを少し淋しく思いながら私は答えた。


「それなら水で」


 コップにミネラルウォーターを注ぐと私に渡してくれた。私は床に座ったまま水を飲みほした。

 深見君が手を出したのでコップを渡す。

 そして足に力をいれて立ち上がろうとしたけど、足はいうことを聞いてくれずに立ち上がることが出来なかった。


「もしかして立てないとか」


 深見君がそばに来ながら聞いてきた。私は頷いて返事をする。少し考えた深見君が「ちょっとごめんな」と言って私をひょいっと抱き上げた。急な浮遊感に驚いて彼の首に抱きついてしまった。一瞬深見君の体が強張ったような気がしたけど、直ぐにソファーの上に下ろされた。

 お礼を言おうと彼の方を向いた私と、膝の裏から手を抜こうと屈んでいた彼の顔が近づいて、軽く接触した。

 直ぐに彼は離れたので、今のことは彼の中では意識するようなことじゃないのだと思った。


 その時チャイムが鳴り佳代たちが来たようで、深見君は玄関に向かった。

 私はついさっき彼に触れたところ・・・唇に指をあてた。


「水月~、大丈夫~。ごめんね~。私が遅くなったばかりに、嫌な目に合わせて」


 佳代が部屋に入ってくるなりそう言って私のところに来た。その後ろから宮本君と、寺田君、それから知らない女の子。深見君は受け取った袋を持ってキッチンの方に行った。


「ううん。佳代のせいじゃないでしょ。しつこい高松先輩が悪かったのよ」

「ほんとにあの先輩、大谷のこと狙ってたんだな」

「まあ、何事もなくてよかったです」


 寺田君と宮本君の言葉に微笑みを返す。そして女の子をみた。寺田君が女の子の肩に手を置いて紹介してくれた。


「俺の彼女の中島優葵なかじまゆうき。俺たちの一つ下だ」

「中島優葵です。よろしくお願いします」

「大谷水月です。こちらこそよろしくね」


 中島さんは意志の強そうな目をした女の子だ。寺田君と同じで何かスポーツをやっているのかもしれない。ポニーテールにした髪型もよく似合っている。日焼けした笑顔が眩しい女の子だ。



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