4 事情説明
それぞれ缶チューハイの1本目を呑み終わったので、もう1本ずつ缶を開けた。佳代が氷をコップに入れて持ってきてくれた。チビトングがついていたから、それで氷をそれぞれのコップにいれて、チューハイを注ぐ。つまみのイカくんを食べてから一口飲んで、私は佳代に話しかけた。
「さてと、なんか、いきなり変なことに巻き込んでごめんね」
「いえ、それはいいんですけど。でも、本当に私が話しを聞いていいんですか」
「うん。と、いうか、出来れば、フォローをお願いしたいんだけどね」
「フォローってなんの?」
「とりあえずは、深見君から逃げるのの」
「ああ、深見君もガキですよね。気をひきたいから意地悪を言うなんて」
「気が付いてたの」
「もちろんですよ」
「って、さあ。普通に話してくれない。です、ます禁止」
「えーと、なんか緊張しちゃって」
佳代はモジモジとしている。私はニッコリ笑うと、彼女にコップを押し付けた。
「そうか、飲みが足りないんだね。じゃあ、これを一気に飲めば普通に話せるようになるよ」
佳代は一気に引いた顔をして円花の方を見た。
「片羽さん。水月さんがムチャぶりするんだけど」
「ああ、諦めた方がいいよ。水月は自分の意見をなかなか変えないから。ということで、佳代。私のことも円花でオッケーだからね」
「・・・なにかが違う。イヤー。さぎよ、詐欺だわ」
「それは佳代もでしょ」
「私も、そんな気がするね」
しばらくそんなやり取りをして遊んだあと、佳代ががっくりと肩を落として言った。
「もう~、分かったわよ。水月と円花って呼ぶから」
「そうそう。じゃあ、新しい友達にカンパーイ」
円花が楽しそうにグラスを触れ合わせてきた。その様子に円花も佳代のことを気に入ったみたいだなと思った。私以上に人見知りする円花が気に入ったんだから、佳代はこちら寄りの人なんだろう。
「では、改めるほどじゃないけど、事情説明と行きますか」
「そうね。まずは・・・どこから話した方がいいかな」
「う~ん、と。私達はあいつらと一緒の大里北中学を出てるのね」
「あー、うん。それは分かったかな」
佳代が頷きながら言った。
「じゃあ、寺田君も言っていた大谷香月。彼女と私は双子だったの」
「えっ、でも、違う名字で通っていたんでしょ」
「うん。うちの大谷家って代々双子が生まれやすかったらしいんだけど、双子が一緒にいると殺し合う定めとか言われていたんだよね」
「それって、迷信のたぐいじゃないの」
「私もそう思いたいけど、祖父の姉妹は一人の男を取り合って殺し合ったらしいのね」
「うそ、ですよね」
佳代は私の言葉に大きく目を見開いたのだった。
私はまた一口チューハイを飲むと言葉を続けた。
「本当のところは判らないけど、祖父の姉妹で成人して結婚したのは1人だったそうなの。まあ、とにかく私達が生まれた時に祖父母が別々に育てるようにと言い張って、私は祖母の実家の佐野家に養子に出されることになったのね」
「では、両親とは別れて暮らしていたの」
「う~ん、それがね。戸籍上は養子なんだけど、私は祖父母のもとで育ったんだよね。それにしょっちゅう香月と入れ替わって両親のもとにもいたから、小学校入学前までは両親にも可愛がられていたのね」
「はあ~?それってありですか」
「どうなんだろうね。でも、香月と円花と3人でよく遊んでいたのは確かよ」
「私は水月の祖母方の親戚なの。水月達とはとこになるかな。いつも不思議だったんだよね。同じ顔した2人が別々の家にいることが。大きくなって事情を知ってね、小学校は別々だったから問題はなかったけど、中学がぎりぎり学区が被っちゃってさ。2人は15歳になるまでは極力接点を持たないようにしてたから、学校で2人を見かけると歯がゆかったのよね」
佳代が円花の言葉に首を傾げている。
「ねえ、なんで15歳まで接点を持たないようにしたの。小学校入学前までは一緒に育ったんでしょ」
「15歳というのはね、なんかその年を過ぎれば、一緒にいても大丈夫らしかったのよ。だから、中学を卒業したら一緒に暮らすことになってたんだよね」
私はその時のことを思いだしながらしみじみと言った。
「でも、それは叶わなかったんですよね。事故に巻き込まれたって、瀬名って人に言ってたから」
「いや、そんなことはなかったんだけど」
「はっ?」
「実は年が明けてすぐ同居してたの。ほら、卒業後だといろいろな手続きもあるのに引っ越しまでもじゃ大変でしょ。2月じゃあ受験に集中できないだろうからってね」
佳代は何となくホッとしたような顔をした。家族から疎外されて育ったとでも思ったのかな。
「なんか佳代は、変に誤解してない。あのね、両親や香月とは別に育ったけど、別々の小学校だったからこそ、参観には両親がきてくれてたのよ」
「えー。だって別の名字になったって・・・」
「うん。だけどそれは一時避難みたいなものだからって言ってたし、全く知らない状態で育つより、交流しながらの方が後々のためにいいんじゃないかって。おかげで、変に張り合おうなんて考えなくてすんだもの」
「そうそう。いつだったか、参観に香月も来たことがあったのよ。水月とそっくりの女の子が来たってすごーく噂になったよね」
「ああ、あの時ね。あっちの学校が午後がない日だったっけ」
「そんなことしてたんですか」
この言葉に佳代はとても驚いたようだ。
そんなに驚くことかな。私は軽く首を傾げた。
円花が私の代わりに続きを話し出した。
「まあ、いいんじゃないの。サボったわけじゃなかったんだし。でも、そろそろ思い出話はいいにしようか。これでわかったと思うけど、水月の側は香月のことを隠してなかったのよ。香月の方も隠してはいなかったけど、水月が向こうの家に遊びに行ったことはなかったから、知っている人は本当に少なかったと思うわ」
「あっ、だから香月さんの親友と言い張った瀬名さんが知らないってことは、香月さんにとっては親友に値しない人だったのね」
「当たり」
「でも、事故が起きなくて高校が一緒だったなら、瀬名さんも知ることになったんじゃないの」
佳代の疑問はもっともね。
「それはないわね」
「ええ、なかったよね」
「どうして?」
「瀬名とは同じ高校に行かなかったから」
佳代がわからないという顔をしている。
「私達はミッション系の私立高校に進学したのよ」
「瀬名が言ってたのは、試しに受けた公立高校のことね。受かったけど、入学手続きはしなかったもの」
「騙したの?」
「騙してないわよ。香月は力試しでそこを受けると言ってたし、合格しても通うとは言ってなかったはずよ」
「もしかして、それが報復」
おいおい。物騒な言葉を言うなあ~。
「やだなー。報復なんてものじゃないわよ。どちらかというと距離を置いてフェードアウトかな」
「でも、水月に嫌がらせしてたんでしょ。なら、その報復をしても・・・」
「やあ~ねえ~。物騒な言い方して~。これからの人生をひっかき回されたくないから離れようとしただけよ」
佳代はまだ納得できない顔をしている。
「あのね、あんな性格の瀬名に香月以外に友達いると思う」
「・・・いなかったんですね」
円花の問いにやっと納得したようだ。
「そう。だから、香月が一緒にいないことが報復っちゃっ報復だったんじゃない」
「でも、瀬名さんもかわいそうよね」
つい、私はつぶやいた。
「まーた、水月はそんなこという。あんた、あすかにされたこと忘れたわけじゃないでしょ」
「でも、あれって和泉君のせいだから」
「そういえば、中学の時には言葉濁して教えてくれなかったけど、何があったのよ。あすかが和泉のことを好きなのを知っていて、あんたがちょっかい掛けるとは思えないんだけど」
意外にするどいわね。でも、真実を話すには耐性が必要よね。円花は真直ぐな性格しているから、全部話せないわ。さて、どうしますか。
「ねえ、いまならいいんじゃない。教えてよ」
「原因はなんだったんですか」
佳代まで言うんかい。
話すのは構わないんだけどね、本当に。ショックを受けても知らないからね。
「う~ん。そうね、瀬名さんが私に嫌がらせしたのは、和泉君と私が仲が良く見えたことよね」
「そうよ。それが・・・って違うの」
「いや、正しいっちゃ正しいのよ。和泉君とはよく話しはしたしね。中3の時に一緒のクラスで同じ班になって話す機会が増えたのが、始まりだったかな。・・・ねえ、円花には瀬名さんが和泉君のことを好きっていう風にみえたのよね」
「そうだけど・・・まさか」
「和泉君も瀬名さんのことを好きだったのよ」
「えーーー。うそ。てっきり嫌々付き合っているんだとばっかり思っていたわよ」
「あー、やっぱり。そう見えてたんだ。私に構ってたのって瀬名さんが嫉妬してくるのがうれしくて、その愚かな姿が見たいっていってたのよね」
2人が引いた顔をした。そして、顔を見合わせた後聞いてきた。
「ねえ、まさか、和泉はわざとあすかの性格を増長させたとか」
「えーと、これ以上は知らない方がいい気がするんだけど・・・」
「ここまで聞いて今更でしょう」
まあ、そう思うよね。私は遠い目をしながら答えた。
「まあ想像通りで、最後は自分だけを見てくれればいいと言ってました」
「う~わ~。初めてあすかに同情したわ。なんて男に引っ掛かったのよ」
「水月さん、いつからって言ってました」
「えーと、小学2年の時って言ってたかな。あの上から目線の女王様口調にゾクッとしたとか」
円花は首を振って言った。
「やめ、やめ。この話はもうなし。それよりも、水月。深見から逃げたいってなんかされたの」
「いや、興味を持たれているだけだったのだけど・・・」
「けど?」
「さっきの会話でバレたからね。どう出てくるのか、予想がつかないというか」
あの感じだと覚えていそうよね、彼。
「深見君と水月さんは同じクラスになったことがあったんですか」
「1年の時だったかな」
「覚えていたんですかね」
「わからないけど、でも確実にもっと興味を引いたと思うんだ」
「でも、深見君はかっこいいですよね。そんな変な事言わないし」
「今日のあの発言で彼はない」
私がきっぱり言い切ったら、円花が訊いてきた。
「何を言ったのあの男は」
「私を同中と言ったのはいいけど、香月と間違えて嘘つき呼ばわりされた」
「はん。それじゃ駄目ね。佳代、水月に協力してやってね」
「はい」
ここで、買ってきたチューハイを飲み切ってしまった。
佳代がもう少し買ってこようかと言ったけど、円花もお酒はいらないと言ったら水出しの緑茶を出してくれた。昨日帰って来てから作っておいたものだそうだ。
私はコンビニで買ってきたスイーツを食べながら疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「ところでさ、なんで佳代には友達がいないわけ」
「あっ、私もそう思った。こんなサッパリしてれば、友達の1人や2人いてもおかしくないのに」
佳代は苦いものをかんだように顔をしかめた。
「私もね、いたんですよ。小学校の時には親友って呼べる子が。でも、卒業と同時に引っ越しちゃって。その後は親しくなっても友達・・・っていえるのかな。学校で中身のない会話ばっかする人は何人もいたよ。でも、一歩踏み込んで付きあえる人はいなかったかな。ああ、大学の時にいたね。でも、結局彼女も私も地元に帰っちゃったから。メールは出来ても、直ぐには会えないでしょう。別に友達100人なんて言わないから、中身がある会話ができる人と友達になりたかったの」
「ということは、表面的にしか付きあえない何かがあったんだ」
私の言葉に佳代は黙ってしまった。無理に聞き出すつもりはなかったから、そう言おうとしたら佳代の方が先に口を開いた。
「私のこの部屋。大卒で一人暮らしするには広い部屋だと思いません」
「うん。そう思う」
私が「まあね」という前に円花が答えてしまった。それに佳代が苦笑をこぼした。
「私3人兄妹の末っ子なんです。兄達とは8歳と6歳離れていて、大学を卒業して帰ってきたら、上の兄が結婚して実家に入っていたの。これはいいんですよ。私の部屋もどうぞどうぞって、使ってもらったから。でも、私の居場所を取ったみたいに思ったのか、この部屋を用意してくれたんですよ」
「へえ~」
「でね、私は小さい頃から女の子の遊びより男の子の遊びの方が好きだったの。もちろん兄たちの影響が大きかったとは思うのよ。でも、見た目が女の子っぽいから、みんな私は女の子らしいと思ってたの。小学校はよかったのよ。中学に入って今まで通り男の子たちと話してたら周りが騒ぐようになって。そのうちに男に媚びを売っているとか言いだすし、酷い噂を流されたこともあったし。高校では周りに合わせていたけど、毎日むなしくてしょうがなかったわ。そのくせ私が行くと男子の合コン参加率が上がるとかってだしにされてさ。そんなんで、友達作ろうって思うわけないじゃん」
かわいい子にはかわいい子なりの苦労があったのね。
「そっかそっか。佳代も苦労したんだね」
と言って円花が佳代の頭を撫ぜた。
「でも、これからは水月がいるし、私もいるからね」
「円花さ~ん」
「あっ!」
佳代が勢いよく円花に抱きついて、ローテーブルを引っくり返したのだった。