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2 研修後 ~ 居酒屋で ~

 入社式の翌日から支社で研修が始まった。会社の社史から始まり、取り扱っている商品についてのことや工場の事。作っているものなどを、5日間で覚えさせられた。

 うちの会社は食品の加工販売をしている。食品もお菓子からレトルト食品、漬物まで多岐にわたっていた。


 この研修は私達だけじゃなくて、うちの支社に近い工場や営業所に採用された新入社員も集められた。全部で36名いた。ほとんどが女性だった。男性は支社採用の3人と工場採用の4人だけだった。といっても、彼女らと一緒の研修は最初の5日間だけだったけど。

 男性陣は女の子たちにモテていた。5日間男性陣、特に支社採用の彼らの周りは休憩時間のたびに女の子達が取り囲んでいた。

ある日、そう研修が始まって3日目くらいの時だったと思う。支社採用の彼らが私と安西さんに話しかけようとした時の、女の子たちの顔は怖かった。状況を察した深見君が上手く彼女達の気をそらしてくれなかったら、どうなっていたことか。彼女達と一緒の研修は5日だけとわかった時にはホッとしたのは内緒だ。


 支社での合同研修の後の研修は週単位で部署が変わっていった。工場での研修もあった。それだけではなくて、自社食品を使ったお食事処にも行かされた。ここのことはレストランや喫茶店ではなくてお食事処といっていた。もちろんここにも一週間配属された。


 このお食事処は自社製品を多く使っている。内緒だけど、定食で使われる切干大根やひじきの煮物などの付け合わせ的なものは、工場で1人前ずつパックされたものを出していたのには驚いた。何でもここは新製品の反応を見るために始めたそうだった。


 そんなこんなで、最後に本社での5日間の研修が行われてた。これは本社支社に採用された人達だけだった。

 本社研修でも彼らの周りには女の子が寄ってきた。

 それだけではなく、安西さんの周りにも他で採用された男たちが寄って来ていたのだ。安西さんが困っていたので軽く男共に睨みを利かせておいたら、それ以降は男共は安西さんに近づいてこなくなった。

 だけど、彼ら3人は5日間女の子達に囲まれたままだった。


 こうして私達の2か月間の研修期間が終わったのだった。


  本社での研修が終わり戻ってきた翌日の土曜日に、研修お疲れ様会をしようと誘われて夕方に居酒屋に集まった。皆、研修の愚痴がいっぱい出てきた。

 研修はどこの部署も1人ずつでの研修だった。合同の研修以外で皆と顔を合わせたのは、営業1課に私がいた時に総務課にいた宮本君と、お昼を食べに食堂に行った時に会った一回だけだった。他の皆も似たようなもので、支社のどこかの課の研修で被った時だけだった。というのもみんなの話でわかったのだった。


研修の話がひとまず終わり、新しい飲み物がきた時に、安西さんが席を立った。その隙に寺田君が私に訊いてきた。


「大谷さん、安西さんは研修の時に、何か言ってなかった」

「何かって?」

「何かって、何かだよ」

「ふう~ん。例えば、3人は女の子にモテモテだったこととか」


 私の言葉に目に見えて宮本君が落ち込んだ。寺田君が慰めるように肩を叩いていた。それを見ながら、飲み物をひとくち口に含み考える。


「まあ、心配いらないと思うけど」


 私の言葉に3人の視線が集中する。


「あの子達が必死に近づこうとしてたのはわかっているから」

「呆れられてない」

「それ以前だと思うけど」

「アプローチが訊いてない?」

「まあ、そうね。というよりどこがアプローチよ。最初からやり方間違えてるでしょ」


 私の言葉に宮本君が心外そうな顔をした。


「ちなみにどこが」

「入社式の帰りの新幹線のこととか」


 寺田君が宮本君にすまなそうな顔をした。宮本君は寺田君を睨んだ。


「まあ、これから頑張れば」

「えっ?」

「だって、まだ(そういう意味の)視界に入ってないよね」


 寺田君がやられた的にオーバーに倒れた振りをした。


「何してるの?」


 丁度戻ってきた安西さんが訊いてきた。


「うーん、コント?かな」

「なにそれ~」


 安西さんはキャハハーと笑っている。もしかしなくても、お酒にあまり強くないのかな。これ以上はあまり飲ませないようにしようと思った。


「水月ちゃん、みんなに毒吐いてないよね~」

「やだなあ~、私がそんなことするわけないじゃない」

「えー、本社の研修で~、いけ好かない子に言ってたじゃん」


 こいつは飲むと口が軽くなるのか。そうだとしたら要注意だな。


「はいはい。そんなこともあったね」

「でもね~、それはね~、私を助けるためだったのよ~。あの子達ってば~、私が~、自分が可愛いからって~、男に媚びを売ってる~とか言ってきたの~。それをね~、やり込めてくれたの~」


 そう言って私の腕に両腕を絡ませてしがみついてきた。


「水月ちゃんは私のナイトなの~」


 そう言った、安西さんの手が微かに震えていた。


「はいはい。安西さんはちょっと飲みすぎよ」

「佳代」

「えっ」

「佳代って、名前で呼んでくれなきゃ、い・や!」


 えーと、酔ってるだけだよね。なんか、変なスイッチ押したかな。試しに呼んでみることにした。


「佳代、さん?」

「ムウー。なんで疑問形」

「じゃあ、佳代ちゃん」

「わーい、水月ちゃん好き」


 今度は首に腕を回して抱きついてきた。その時私の耳元に唇を寄せて小声で「ごめんね」と囁いてきた。私は安西さんを抱きとめると、ヨシヨシと頭を撫ぜた。

 顔を上げて彼らを見ると、戸惑っている顔、うらやましそうな顔、面白がっている顔を、それぞれがしていた。

 こういう時の正しい対処法は・・・。


 ニヤリに近い笑いを彼らに向けた。あれドヤ顔だっけ。まあ、いいか。


彼らは私にますます戸惑った顔、ムッとした顔、もっと面白がっている顔を向けてきた。気がすんだのか、安西さんが離れて座り直した。そして、ペコリと頭を下げた。


「失礼しました」

「いやいや、かわいい女の子のじゃれ合いは目の保養ですから~」


 深見君がかる~く返す。


「で、安西さんは女の子の方が大好きな人なのかな」

「違うよ~。水月ちゃんと親友になりたいの~」

「ほうー、そうか、そうか。気に入られたようだね」


 私の方に視線を向けながら言ってきた。なんか、言葉に棘が含まれている気がするのは気のせいかしら。


「まあ、かわいいは正義でしょ」

「なんだ、そりゃ」


 私の言葉に深見君が返して、みんなが笑い出した。

 笑いが収まると、不意に深見君に疑問を投げかけられた。


「大谷さんって、大里北中学に通ってなかった」


 本当に不意打ちだった。気が緩んでいたところでの質問。一瞬言葉に詰まった。

 私は口元に笑みを浮かべると逆に訊いてみた。


「なんでそう思うの」

「面接の時からどこかで見たことがあると思っていたんだ。昨日中学の時の友達と話をしていて、大谷の名前が出てきたから」


 それは誰と話したのだろう。中学の時の友達で今も連絡を取っているのは、私には一人しかいない。


「えー、マジ。同中だったのかよ」

「私とは一緒のクラスになってませんよね」


 寺田君と宮本君も話に入って来た。安西さんが小声で「いいな~。同じ中学なんて」といっていた。


「他の誰かと間違えてない」

「いや、大谷って俺たちの学年に一人だけだったよな」


 そうか、香月(かづき)と間違えているんだ。


「じゃあ、私じゃないんじゃない」

「そうかな。大谷さんの写メを和泉(いずみ)に見せたら間違いないって言っていたけど。なんで嘘をつくかな」


 和泉君の名前が出て、ドクンと心臓が大きく鳴った。またも、不意打ち。彼の名前をここで聞くとは思わなかったから。そうか深見君は彼と仲が良くて、彼は香月と仲が良かった瀬名さんと付き合っていたっけ。


「おい、遼。それって違くねえ~。お前が言う大谷って、生徒会の書記をやった、大谷香月(おおたにかづき)のことだろう。名前が違うだろう。間違えるなんて失礼だぞ」

「そうですよ。名字が変わるならまだしも、名前を変える必要はないでしょう」


 寺田君が口を挟んでくれて、宮本君も言ってくれた。


「でも、似てるんだよ。瀬名が間違えるくらい似てるってどうよ」


 深見君が睨むように私を見ていた。

 今更こんなことを聞かれるとは、思わなかった。香月がいなくなって7年が経つのに。こんな不意打ちはひどすぎる。

 思わず、口の端が上がって皮肉な笑みが浮かびそうになった。


「ねえ、深見君。さっきから、水月ちゃんに失礼よ。たまたまその人に似ているだけなんでしょう。もしかしたら親戚かもしれないのに、責めるような言い方はないんじゃない」


 安西さんがテーブルから乗り出すように、深見君に顔を近づけて言ってくれた。その言葉にその可能性は思い浮かばなかったのか、深見君はあっ、という顔をして私を見てきた。


「すまん。その、ちょっと、間違えて・・・」


 深見君が焦ったように声を出す。安西さんが私を見てきた。そして、またしても抱きついてきた。


「水月ちゃん、大丈夫よ。こんな失礼な奴の事なんか、気にしなくていいからね」


 私は溜め息を吐くと、安西さんの背中をポンポンと叩いた。


「うん、まあ、気にしてないから」

「駄目だよ。そんなすぐに許しちゃあ。バカな男をつけあがらせるだけだから」


 安西さんが私から体を離して今度は諭すようにいう。


「いや、気にしてないだけで、暴言については許す気はないけど」


 私の返事に安西さんが嬉しそうに笑った。そして、深見君に流し目をくれると言った。


「さすが水月ちゃん」


 その後は、なぜか安西さんは男たちをそっちのけで、私の世話を焼き始めた。彼らは安西さんの機嫌を直そうと話しかけたけど、安西さんは無視をし続けた。


 しばらくは安西さんの好きにさせていたら、彼らからのどうにかしてくれという視線が刺さるように向いてきた。

 それに負けた私は、安西さんのご機嫌取りをすることになった。そのことに安西さんは尚更怒っていたけど、私が言った「せっかく同期になったんだし仲良く・・・は、無理でも、普通に話す仲でいたいかな」の言葉で、態度を軟化してくれた。


 そのあとの会話は・・・少しぎこちなかったけど、さっきの事もあり積極的にフォローする気になれなかった。

 けど、寺田君の頑張りについついツッコミをしていたら、いつの間にかぎこちなさは取れていた。


 集まったのは夕方の5時だったので、居酒屋を出たのは夜の8時頃だった。

 安西さんは私を引っ張って帰ろうとした。だけど彼らに、まだ早い時間だし明日は日曜で休みだからもう少し遊ばないかと言われた。

 安西さんは私の方を見ながら少し考えていた。そして私が行くならと言った。

 私もとくに用があるわけじゃないし、急いで帰る必要もないので了承した。

 みんなで話し合った結果、カラオケをすることになった。

 寺田君が懇意にしている店が駅の方だというので、みんなで駅に向かって歩き出したのだった。



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