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18 本社出張

 私は今、本社の社長室の前にいる。隣には伯父である支社長と、深見君と寺田君もいた。

 なぜ、こんなことになっているのかと云うと、支社でのイベントが好評で見に来ていた社長が、11月に本社で行うものも同じコンセプトでやると宣言し、発案者の私を本社に呼び出したのだ。


 金曜日に支社長室に呼ばれてこのことを伝えられた時、私は猛抗議をした。あれは私が提案したのではなくて、深見君と寺田君と宮本君が出したものだと。結局伯父は本社とやり取りをして私だけでなく深見君と寺田君も行くことになった。それぞれの営業課長も深見君と寺田君に、勉強して来いと送り出したのだ。


 で、なんで社長に会うことになるのかな?

 社長室の応接セットに腰かけながらそう思う。


「やあ、よく来てくれたね、君達。会えてうれしいよ」


 私は会いたくなかったけどな。

 そんな気持ちはおくびにも出さずに軽く頭を下げた。


「君たちのおかげで今年は取引先の方々に非常に満足して頂けた。こちらでの活躍も期待しているよ」


 深見君、寺田君と共に頷いておく。その時扉をノックして男の人が2人入ってきた。


「早速だが彼らを頼む」


 社長に言われて2人は頷いた。私達3人は立ち上がった。


「営業本部長の大坪です。よろしく頼む」

「営業1課の平松由高ひらまつゆたかです。よろしく」


 私達も名前を名乗り差し出された手を握っていった。私は2人の後に大坪さんと握手をし、平松さんとも握手をしようとしたのだけど、彼に手を取られたと思ったら引っ張られて彼の腕の中に倒れ込んだ。


「会いたかったよ水月」


 そう言って私の顎に手をかけて少し上向かせると微笑んだ。


 ・・・この男は! 翔琉から何か連絡が来たな。


 そのまま彼は私に顔を近づけて来ようとしたら、誰かに顔を平手で叩かれて、その隙に私は他の人の腕の中にいた。


「痛てぇー」


平松さんは顔を抑えて少し下を向いたら、その後頭部を社長が竹刀で叩いた。


「何をする気だ、由高」

「水月になれなれしく触るな」


 伯父さんと社長が平松さんに食って掛かる。2人の剣幕に恐れる様子もない。

 ・・・というかどこからその竹刀は出てきたんだ。私は深見君に庇われながらその様子をみていた。


「伯父さん、ひでーよ。俺よりそっちの男はいいのかよ」


 平松さんがそう云うのに、伯父達は声を揃えて怒鳴った。


「「お前が言うなー!」」

「まったくお前は。公私をわきまえんか」

「お前に比べたら彼の方が紳士的だろう」


 そのあとしばらく伯父達の説教は続いた。

 私は深見君と寺田君の顔をみた。2人は呆気にとられた顔をしている。

 あー、状況が呑み込めてないよね。


 それより、そろそろ通常に戻ってほしい。ので、声を掛けることにした。


「おじ様方、そろそろ終わりにしませんか。時間が惜しいので」


 私の言葉に伯父達は少しバツの悪そうな顔をした。


「では、余興も終わったようですので失礼します。皆さん行きますよ」


 大坪営業本部長がそう言って扉の方に歩いていった。

 それに焦ったような社長の声が掛かる。


「待ってくれ。水月、今日はお昼を一緒にどうかな」


 私は歩き出しかけて社長の方を見た。


「彼らも一緒なんですよね?」

「・・・・・」


 おい、そこで黙るなや。


「では、遠慮させていただきます。では」


 そう言って扉に3歩進んだらまた声を掛けてきた。


「では、夜はどうだ。夕飯を一緒に食べよう」


 その言葉に私はクルリと向きを変えて社長の前に立った。


「社長、それは社長命令ですか」


 ニッコリ笑って言ったら、社長が鼻白んだ。


「いや、社長としてではなく伯父として」


 その言葉にキッと睨む。


「誰が伯父ですか。私の伯父は泰造伯父さんだけです。それにもし社長命令というのでしたら、パワハラということで会社を辞めさせていただきます。社長こそ公私の別をなさるべきだと思いますけど」


 社長が私の物言いにタジタジとなる。隣で泰造伯父さんが嬉しそうにしているけど・・・。

 いい加減にしないと翔琉を動員するぞ。


「いや、久しぶりに会ったのだし、食事しながら話でもと・・・」


 社長が言い訳を口にする。溜め息を吐きかけて、それは流石に失礼かとおもい息を飲み込んだ。

 この人と会ったのも祖母の葬儀の時。伯父の従兄でこの会社の創業者のひ孫。あの時は中平一族が勢ぞろいしたんだったよね。そのあとのあれこれにも力を貸してくれたんだっけ。

 両親を亡くした私を気遣ってくれたのはいいけど、自分の子供や親類に女の子がいなかったからって、構い倒すのはやめてほしい。

 それに気付いてるからね。あわよくば自分の息子の雅貴さんとくっつけようと思っているのは。


「それならこちらの都合を聞いてからにしてください。今日は美希子さんが夕食を作って待っていてくれてます。別の日にしてください」


 私の言葉に顔を上げて社長は言った。


「じゃあ、明日」

「・・・彼らも一緒なら」


 私の言葉に深見君と寺田君がギョッとした顔をした。寺田君なんて自分の顔の前でないないと、手を振っている。


「水月~」


 社長が情けない声を出した。仕方がない、譲歩するか。


「じゃあ、週末で。どっちにしろこちらには3週間いるんだから、どこかで時間が合うでしょう。あっ、そうそう泰造伯父さんにも言いましたけど、私に無理やりいうことを利かせるのは無しですよ。公私もちゃんと分けてくださいね。でないと翔琉の出番になりますから」


 そう言ってニッコリ笑うと扉の方に歩いていった。扉を出る前に振り返りもう一言。


「余計な時間を取らせないでください。そんなことしてる間があったら仕事しろ」


 そう言って扉をでた。そのあと、「失礼します」という声を上げて深見君と寺田君、大坪営業本部長と平松さんも出てきた。扉を閉めて数歩歩いたら、大坪営業本部長と平松さんがお腹を抱えて笑い出した。しばらく笑いが収まらず、ヒィヒィ言っている。


「お前、あそこまで言うか~」


 やっと笑いが収まった平松さん、もとい由高が目尻に溜まった涙を払いながら言ってきた。


「いやいや、あれで正解ですよ。いい薬です」


 大坪さんも笑いを収めるとそう言ってきた。

 私達は営業のあるフロアに行くと、小会議室にコーヒーを持って移動した。


「先ほどは失礼したね。あの人たちも水月ちゃんが絡まなければまともなんだけど」


 大坪さんがそう言った。深見君と寺田君はお互いの目を見てアイコンタクトをしている。多分お前が訊けよと、話しているのだろう。


「そうそう。伯父たちにも困ったもんだよな」

「それは由高のせいでしょう。水月ちゃんに何をする気だったんですか」


 大坪さんが由高に突っ込む。


「何もしないよ。伯父がどう反応するか見たかっただけさ」

「どうだか」


 2人の会話に置いてきぼりの深見君と寺田君に大坪さんが苦笑いを向けた。


「わかったと思うけど、我々も社長の親類になるんだ。私の祖母が創業者の娘でね。由高は社長の弟の子供だ。名字が違うのは婿養子にはいったからだな」

「一族だからって優遇はないけどな。この会社って実力主義だから、使えない奴は閑職に回されるんだぜ。ただな、毅司さんとこの朱希あきちゃんが産まれるまで親戚に女の子がいなくてさ、水月のことを知った一族中喜んじゃってね。直接血の繋がりはなくても、泰造さんの姪なら俺たちの姪とか言いだしてな。何かっていうと構いたがるんだ。水月にはいい迷惑だったろうけどな」


 由高の言葉に頷いておく。


「あの、大谷さんと何時から面識があるんですか」


 深見君が訊いてきた。


「泰造さんの母親の葬儀の時です。別れたとはいえ、一度は一族の人間になった方ですからね。それにあれは嫌いになって別れたのではなくて小姑のいじめによるものだったそうですよ。仲を改善しようと頑張っていたそうですが、日に日にやせ細っていくのを見ていられなくて、離縁したそうですから」


 へえ~、そうだったんだ。母も祖母からその話は聞いてなかったわね。


「君たちは水月ちゃんの同期だし、これから何かと関わることになると思うから今の事は覚えておいてくれたまえ」


 お~い。彼らに何をさせる気だ~。


「じゃあ、みんなに紹介しに行こうか」


 そう言って私達は営業部に案内されたのだった。

 営業1課のホープと紹介されたのは、佳代が言っていた新田聖乃にったきよのさんだった。彼女は同じ女性ということもあり、私と組むことになった。深見君は由高と寺田君はやはり今年の新入社員の牛田武典うしだたけのり君と組むことになったのだった。


 それから、私達はこの日仕事が終わったら、泰造伯父さんに連れられて彼の家に行った。

 本当はホテルに泊まるつもりでいたのだけど、伯父が家に泊まれと言い張ったのだ。

 伯父と伯母は支社に近いところのマンションに住んでいて、いまこの家は長男一家が住んでいる。

 離れもあるし、気兼ねなく泊まってくれと言われたけど、じゃあ「深見君と寺田君はどうするんだ。親戚だからって同じにしなきゃおかしい」と言ったら、彼らも一緒に泊まることになった。すまん。


 伯父の長男一家は息子の毅司つよしさん、奥さんの美希子みきこさん、長女で12歳の朱希あきちゃん、長男で9歳の佑輔たすく君、次女で4歳ののんちゃんこと希美のぞみちゃんの5人暮らしだ。


 家に着いたら私達は熱烈大歓迎を受けた。のんちゃんは私にくっついて離れようとしないくらいだった。


 深見君と寺田君に離れを使ってもらって、私は客間を使わせてもらうことが決まっていた。

 2人は恐縮していたけど、素直に従っていた。彼らは週末は地元に戻ることにしたそうだ。

 洗濯をすると美希子さんがいったけど、そこまでの迷惑はかけられないと断っていた。

 離れにはユニットバスもあるから、困らないだろう。

 食事は今日は夕食をこちらで食べるけど、明日からは分からないので私達は別に食べると言った。朝食だけ中平家と一緒に食べることにしたのだった。


 離れに案内される彼らにくっついて行ってついでに覗いてみた。それぞれ個別の部屋に案内された。部屋は8畳くらいの部屋だった。ベッドとハンガーラックがあるだけのシンプルな部屋。他にミニキッチンや洗面所の場所の説明をして、美希子さんは母屋に戻っていった。


「なあー、大谷さん。本当にいいのかな」

「伯父さんがいいって言ってるんだから甘えましょ。それに本社や支社でも、経費削減になるって喜ばれてるらしいし」

「うっ・・・」


 そう言ったら、寺田君が言葉を詰まらせた。きっとビジネスホテルに移りたいというつもりだったのだろう。


「でも、いいな。離れか~。まだ部屋が余っているみたいだから、私もこっちがいいって言ってみようかな~」


 そう言ったら、2人にギョッとした顔をされた。


「それはやめた方がいい」

「いや、絶対やめてくれ」


 寺田君と深見君が強い調子で言った。


「え~。客間って疲れそうで嫌なんだけど」

「え~、じゃない!お前は女なんだぞ。1つ屋根の下に居れるわけないだろう」

「つまんな~い」

「つまんな~いじゃない。こっちに来るなら襲うぞ」


 深見君が威嚇するように言ってきた。


「やだな~。深見君がそんなことするわけないじゃん」


 ケラケラ笑いながらそう言ったら、なぜか深見君は肩を落として向こうを向いてしまった。

 その肩を寺田君が叩いてなんか言っていた。聞こえた言葉は「ドンマイ」だけだったけど・・・。


 そのあと私は2人に離れから追い出されたのだった。


 そんな感じで出張の3週間が始まったのだった。



ヒーローポジのはずなのに・・・。

夏には意識してたよね? 

秋になって冷めたのか?

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