17 円花の誕生祝い
私の家に帰るとお風呂を沸かし、料理の準備をする。翔琉と円花は部屋の準備と、寝る部屋の支度をした。今日は2人はうちにお泊りだ。
手が空いた2人は順番にお風呂に入った。
昨日や今朝作っておいた円花の好物をテーブルに並べていく。それを2人は居間へと運んで行った。
二人がお風呂を出たので私も入る。
お風呂から出てきたら、仕込んでおいた鳥肉を唐揚げにしながら、オーブンでグラタンを焼いた。
出来上がったら、それを持って居間に移動する。
「さてと、玄関はかった?」
「さっきかっといたぞ」
「布団は?」
「もう敷いてある」
グラスにスパークリングワインを注いでそれぞれが持った。
「円花、誕生日おめでとう」
「おめでとう、円花」
「ありがとう」
「「「乾杯」」」
グラスを触れ合わせて一口飲む。
「ごめんね。本当は誕生日の日に祝ってあげたかったんだけど」
「いいよ。仕事じゃ仕方ないよ。でも本社に行くなんて。なんか作為を感じるんだけどな」
そう。円花の誕生日は5日後だ。だけど私は本社に出張が決まってしまったのだ。しばらくはこちらに戻れないだろう。
「まあ、嫌になったら辞めて戻ってくればいいから」
翔琉がお気楽に言ってきた。
しばらくは3人で雑談に興じた。
食べ終わった食器や料理を片付けて、おつまみ的なものに変えた。お酒は今日はワインのみ。3人でゆっくりと飲んでいく。
「それじゃあ、翔琉。深見に何を言ったのか聞かせてよ」
円花が楽しそうに言った。翔琉は私の顔を見た後ニヤリと笑った。そして私達女子が席を外した後の会話を話し出した。
「お前たちが席を外したら、宮本が俺の本を取り出して「ファンです。もし良ければサインを頂けませんか」って言ったからサインをしてやって、少し本の話に付きあってやった。その間ジッと深見の事見てやってたら、深見が「何か言いたいことがあるのか」と聞いてきたんだ。そこから舌戦を繰り広げたんだよな」
~ side 翔琉 ~
おれは深見の言葉に薄く笑った。嫌な笑いに見えただろう。案の定深見は顔をしかめた。
「深見は水月のことが好きなのか」
ズバリと聞いてやる。こんなことを言われると思わなかったのか、深見は驚いた顔をした。ああ、寺田と宮本も驚いていたな。深見は表情を引き締めるときっぱりと言った。
「俺は大谷が好きだ」
「ふう~ん。まあ、頑張れば」
俺の言葉に間抜けな顔をする3人。
「なにか?」
「大谷に近づくなって云うんじゃないのか」
「なんで俺がそんなこと言うって思ったのさ。水月も子供じゃないし自分で対処できるだろ」
俺の言葉に深見は黙り込んだ。
「そうそう、深見にはお礼を言わないとな。水月の危ない所を2度も助けてくれたんだろう。ありがとな」
俺の言葉にまた、面食らったような顔をする3人。
「それに俺は深見に期待したんだけどな。水月は少なからずお前を意識してるし。助けた後弱ったところにつけ込んだりしなかったところも好感が持てたしな」
「するわけないだろう。傷付いた女の子にそんなこと」
その言葉に俺はニッコリと笑った。
「ああ。だからお前が水月のそばにいることを許してんだよ」
俺の口調が変わったことで深見の顔に警戒するいろが浮かんだ。
「珍しく水月がお前らに気を許しているみたいだし、お前らといるのも楽しそうにしていたからな。そうでなきゃ佳代ちゃん以外は排除したさ」
「田所は大谷の事が好きなのか」
深見が挑むような目をして言ってきた。
「ああ、好きだよ」
深見はムッとした顔をし、2人は驚いたように俺たちの顔を見比べている。
「俺が大谷のそばにいるのが気に食わないのなら」
「だからさ、水月から聞いてんだろうがよ。あいつの生い立ちを。それで、なんでそんな言葉が出てくんだよ」
深見が言いかけた言葉を遮って言ってやる。
「俺は言ったよな。頑張ればって。水月が嫌がらない限り邪魔はしねえよ。お前にキスされたのも困惑してたけど嫌がってはいなかった」
「なんでその話を・・・」
俺の言葉に今度は呆然としやがった。
「当たり前だろう。俺と水月の間に隠すようなことはないってことだ。おっと、そこで嫉妬すんなよ。睨んだって事実は変わらないだろうがよ。水月はな、お前らに生い立ちを話してもいいぐらいには信頼しているんだぜ。だけど分かってんだろう。あいつはまだすべてを話していない。そこまで話せるほどは信頼されてないってことだ。それと同時に恋愛をすることも拒否しているのもわかっているよな。あいつは今は恋愛をしたくないと言ったっていってたけど、まさかそれを鵜吞みにしてねえよな」
俺の言葉に深見は考え込んだ。
「田所、大谷が恋愛したくないと思わせることがあったのか」
「それを俺に聞いてどうするよ。水月が自分で言わないことを俺が言うわけないだろう」
深見は黙り込んだ。
「田所さんは深見に何をさせたいのですか」
宮本が訊いてきた。
「だから、頑張れば、ということだ。ああ、だが、水月が嫌がる事はするなよ。無理やり事に及ぼうとしたら、男の象徴が無くなるとおもえよ」
と、クギを刺すことは忘れなかった。
という話を少し割愛して話した。円花が呆れた声を出した。
「それって牽制じゃなくてエールを送ってんじゃん。もうー、何してんのよ」
そう言って水月を見つめる円花。俺も水月を見た。水月はうっすらと頬を染めていた。深見の言葉がうれしかったのだろう。
「大丈夫だって。水月に何かあればすぐ俺に話しが伝わることは言ったし、水月の嫌がることをすれば俺が制裁するって伝えたからな」
「まあ、それならいいか」
「それよりそろそろ寝るか。明日は久々の遠出だろ。朝も早いからな」
俺がそう言うと2人は頷いた。
グラスを片付けておやすみの挨拶をして水月は自分の部屋に行こうとした。
「水月、たまには一緒に寝るか」
「な~に言ってるのよ。2人も早く寝てね」
そう言って水月は自分の部屋にいった。俺と円花は布団を敷いた部屋に入って、それぞれの布団にもぐりこんだ。水月は誤解しているが円花と恋人になってからこの家に泊まった時、俺たちはこの家で肌を重ねたことはない。せいぜいが一緒の布団で抱き合って眠るぐらいだ。
そう思っていたら円花が話してきた。
「それで、翔琉は他になんて言ったの」
「ああ~。さっき言わなかったことではあの続きで、『そうだな、2度助けて貰っているから、ヒントをやるよ。水月が話してないことは後2つ。それが何かなんて聞くなよ。水月がお前に話せたんなら本当に認めてやるよ』俺の言葉に少し考えて深見は頷いた。『わかった。大谷に信頼して貰えるようにする』と言ったから俺は『まあ、水月相手じゃ言葉だけじゃ落ちないだろうから、キスぐらいは許してやるよ。だけど、それ以上は合意が出るまですんなよ。出なけりゃ逃げるからな、あいつは』この言葉にあいつは目を瞠ってたな。他2人は驚いた顔をしてたけどよ。最後に『ああ、だけど分かっていると思うけど、水月を泣かしたらどうなるかは分かってるよな。そこんとこ覚えてて、水月を口説け』で締めくくったところにお前たちが戻って来たんだよ」
円花は俺の顔を見て呆れたようにいった。
「あんたねえ、エールは送れと言ったけど、焚き付けろとは言ってないわよ」
「いや、あれくらい言わなきゃ無理だろう、あいつは」
円花が分からないという顔をした。
「下手したらあいつは女を知らねえな」
「うっそ。あのルックスで」
円花が驚いた声を出した。
「あのルックスだからだろ。あと、姉貴の影響か。あいつは何もしなくても女が寄ってきてただろう。だからそういう女は苦手なんじゃないかと思う。水月に手を出さないのもどうしていいかわからないというのなら説明がつく。話術は姉にでも鍛えられたんだろ。相手を不快にさせない会話術が身についてんだな。だが、フェミニスト気質なのか適当にあしらうことが出来なくて女性に囲まれる。それが嫌で男友達とばかり遊んでたんじゃないのか」
「よく、そこまで推測できるわね」
「水月の幸せのためだろ。そんくらいわからないでどうするよ」
俺は溜め息を吐いた。
「まあね。へたれ深見には丁度いいのかもしれないわね」
「そうだろう」
円花は少し黙った後、こう言ってきた。
「翔琉、そっちいってもいい」
「いいぜ」
円花が俺の布団にもぐりこんできた。そして胸元に顔を埋めていった。
「ねえ、翔琉。私達、間違ってないよね」
くぐもって聞き取りにくいけど、言いたいことはわかった。
「ああ。間違ってねえよ」
「水月、怒るかな」
妙に弱気になってるなと思って円花のつむじを見ていたら円花が顔を上げた。
「大丈夫だよ。こんなことで水月は怒らないさ。あとは深見が凍った水月の心を溶かしてくれるのを待つだけだ」
「そうだよね。・・・水月も幸せになれるよね」
「ああ。ダメだった時には俺たちがいるんだから、心配するな」
「そうよね」
弱気になってる円花をギュッと抱きしめてやる。
「そんなに不安なら埋めてやろうか」
耳元で囁いたら円花が笑ってきた。
「翔琉のバーカ」
「そんなことを言うのはこの口か」
そう言ってキスをしたら円花がクスクスと笑った。
そして、今日も円花を抱きしめたまま眠ったのだった。
翌日、朝の5時に大谷家を出て隣の県まで遊びに行った。
円花がアウトレットに行きたいと言ったからだ。
あと、なんか知らんが滝を見たいとも言っていた。
円花に条件を聞いて見にいきやすいものをピックアップした。あまり有名な滝でなくてよくて落差は10メートルくらいなどというから、そのほうが探すのが大変だった。
滝は9月に雨が多かったこともあり水量が多くて見ごたえがあった。
円花だけでなく水月も喜んでいたからここに来たのは正解だったのだろう。
それにしても相変わらず2人を見る男共の視線が鬱陶しい。水月は円花が見られていると思っているようだが、男共の視線はほぼお前を見ているんだからな。おかげで一緒にいる俺に嫉妬の視線が飛んでくること、飛んでくること!
まあ、そいつらに優越の視線を向けるのは楽しいけどな。
明日からの本社出張。また無駄に注目されるんだろうな、こいつは。
・・・しゃーない。円花のためだし、あいつに連絡して周りに牽制させておくか。特におっさんたちに水月を掻っ攫われないように気をつけないとな。
大学の二の舞いはごめんだからな。
そんなことを考えていたら円花が声を掛けてきた。
「翔琉~、そろそろアウトレットのほうに行こうよ。それで、次は私が運転するね~」
「分かったよ、円花。水月もそれでいいか」
「うん。次の休憩で私に変わるからね」
「別に俺一人の運転でもいいんだけどよ」
「あら。私の誕生日なんだから、私の好きにしていいって約束でしょ。たまには高速を飛ばしたいじゃない」
「あんましかっ飛ばすなよ」
「もちろんよ」
そうして俺達は1日楽しんだのだった。
だけど、水月の出張の事があるので、早めに家に送って行ったのだった。
本人に内緒で許可を出されている件!