15 大谷家と佐野家
交通事故の描写があります。
あまりひどい描写ではありません。
「少し長くなるけどいい?それとも時間を気にしなくていい、金曜にする?」
「出来れば今日がいい」
佳代が即答した。そしてみんなの顔を見た。私も彼らの顔を見て行った。目が合うと頷いてくれた。
「じゃあ、まずは何か書くものくれないかしら。説明するには家系図を書いた方が早いのよ」
深見君が自分の部屋から紙とボールペンを持ってきてくれた。
紙を横にして簡単に家系図を書いていく。
書いた紙を皆にみせた。
「簡単だけどいい?まず大谷家。祖父の兄妹は双子の妹だったの。でも、成人したのは1人だけ。もう1人は13歳の時に怪我から悪い菌が入って亡くなったそうなの。もう1人は成人して結婚したけど、子供を1人産んでその子が2歳の時に亡くなったそうよ」
「あれ?男性の取り合いは? 双子が一緒にいると殺し合う定めとかいったのは?」
「そんなのないわよ。だから、そこが嘘。いい?」
佳代を見ながらそう言ったら、佳代は頷いた。
「で、父も双子で生まれたんだけど、早産の未熟児でもう1人は7日しか生きられなかったそうね。父も危なかったらしいけど危機を乗り越えてそのあとは大病もすることもなく育ったの。もう1人男って書いてあるのは、弟がいたんだけど彼も6歳で亡くなったそうよ」
言葉を切った。チラリとみんなの顔を見ると何とも言えない顔をしていた。
「それから父が結婚して私と香月が生まれたの」
「本当に双子が生まれやすい家系なのね」
「そうらしいわね。曾祖父も双子だったと聞いたわ。ただ男女だったらしいけど」
「ふう~ん。すごいねぇ~」
佳代が相槌を返したくれた。
「次は祖母の佐野家。祖母と妹、弟がいたの。妹は円花の祖母ね。その人の子供は円花の母だけだったのよ。弟は成人して結婚もしたんだけど、趣味の登山で落石にあい亡くなったの。その妻は子供もいなかったしまだ若いからと実家に戻されたのね」
ここまだ言って溜め息を吐く。ほんと、これだけだったら私が養子になる必要はなかったのよね。
「佐野の家も娘たちが産んだ子供を養子に貰ってまで家を続ける気がなかったんだけど、隠し子騒動が起こってしまってね」
「か、隠し子~?」
あれ、そんなに意外な言葉かな。
「そうなの。跡取りが亡くなったことを聞きつけて隠し子がきたらしいの。そして、図々しくも佐野家を継いでやるとか言ったそうよ。ひい婆様が怒って追い出したって聞いてるわ。そのあとも何かにつけて顔を出してたらしいのね。隠し子とその母親の目的は分かってたからひい婆様は一歩も引かなくて、泥沼になりかけたそうよ」
はあ~とため息をついたら寺田君に疑問を投げかけられた。
「その隠し子ってなんなんだ。ひい爺さんに愛人でもいたのか」
「愛人だったら話は簡単よ。そうじゃないから厄介だったの。その母親とひい爺様が出会ったのは旅先だったとかで、朝目が覚めたら隣にいたそうなのね。別れる時にひい爺様が連絡先を渡してしまって、4カ月ほどしたら子供が出来たとその女が来て、話し合った結果子供を産むことになったの。で、生まれた子供をひい爺様が認知したんだけど。その子が成長するにつれ疑問が出てきて。子供とひい爺様が似てなかったのよね」
「似てないって?」
「世の中には似てない親子ってごまんといるけど、その子供は母親ともあまり似てなかったのよ。隔世遺伝で自分の親に似ていると母親は言い張ったようだけど、どう見ても財産狙いにしか見えなくて。ひい爺様達もほとほと困りはてたとか。娘の子供を養子にしようにも1人づつしか成人まで育たなかったのよ。そうしたら、ひ孫を養子にするしかないじゃない」
私の言葉にみんなは納得したような、していいのか?という微妙な顔をしている。
「で、でも、なんで円花に嘘を伝えてあるの?」
その疑問はごもっとも。話せてたらもっと楽だったわよね。
「それは円花の祖母のせいね。静花さんは名前に反して気の強い性格をしていたの。隠し子の話を聞いた時の反応は凄かったと聞いてるわ。その娘と孫の円花も似た性格をしているのね。思い込んだら一直線。考えを変えるなんてしてくれないから。普段はいいんだけど、何かのスイッチが入ると人が変わったようになるのよ。周りの意見なんて耳に入らないの。ほんといい迷惑だわ。だから、私が生まれた時に、建前上のあの話をして片羽家に納得させたと言う訳」
いけない。つい本音の愚痴が。でも、もう少し円花も人の話は聞いてほしいわよね。
「あっ!ああ、そういうこと。建前上の嘘なのね」
「まあね」
「だから交流があったり入れ替わったりしてたんだ」
「そう」
佳代が納得したように頷いた。
「でもさ、なんで15歳の時に名字を戻したんだ」
寺田君の疑問もその通り。
「一番の理由は必要がなくなったから。あ、でも、その前に私は祖父母のもとで育ったんだけど一緒に暮らしてたのは祖父母だけじゃなかったのね。曾祖父母も一緒だったの。私が養子になると同時に祖父母も佐野家に同居することにしたのよ。一緒に暮らしてないと偽装だなんだと言い掛かりつけられそうだったし、曾祖父母に老いを感じてきたから心配になったんだって、祖父が言ったことがあったのね」
一度溜め息を吐くとすぐに続きを話す。
「私が中1の時にひい爺様が亡くなったの。案の定隠し子が乗り込んできたわね。息子である自分が葬儀をだすっていってたわ。でも養子とはいえ佐野の名字を名乗る私がいるからさ。私の名前で葬儀を出して、実際は祖父母が取り仕切って終わったの。でもそのあと今度は弁護士を連れて乗り込んできて、認知されているんだから自分にも遺産相続の権利があるって言いだしたのね。だけどそれはこちらが認知取り消しの申し立てを裁判所に提出して認められていたから、その事実を突きつけたらしっぽを巻いて逃げて行ったわよ」
あら~。みんな口を開けてポカンとしてるわ。何か説明が足りなかったかしら。
「あ、あのね、水月。何をしたらそうなるの?」
「えー、おかしいこと言ったかな?」
「だって認知の取り消しって・・・。簡単には出来ないんでしょ」
ああ、そのことか。
「それは翔琉のおかげね。彼が隠し子とひい爺様のDNA鑑定をしてその結果を添えて裁判所に提出したのよ」
あれ、また絶句してる。
「ちなみにそれっていつしたの」
「う~ん、小6の2月だったかな、提出したのが。認められたという通知を受け取ったのがひい爺様が亡くなった日というのは、良かったのか悪かったのかよね。あっ、でも、ひい爺様はその知らせを聞いてうれしそうな顔をして亡くなったから、良かったのよね」
うん、うんと頷く。
「いや、おかしいだろ。なんで小6の子供がDNA鑑定なんてするんだよ」
「それは翔琉だから」
いや、私も最初は驚いたのよ。祖父たちの話からDNA鑑定をしたらと言い出した時には。でも鑑定に必要な遺伝子が分かるものがないって言ったら、数日後にはたばこの吸い殻と切った爪と髪の毛と使ったストローをどこからか入手してきた。それも隠し子の一筆付きで。紙には『これは私の物であると断言します』と名前と印鑑まで押してあったのだから。
うん。ほんと出来る奴ってそつがないよね。
みんなが何か呻いているけど、言葉が足りないことに気がついて話しだす。
「そうそう、DNA鑑定は翔琉のお父さんが依頼したよ。手続きは叔父さんの妹の旦那様の弁護士さんがすべてしてくれたから祖父母は話だけ聞いてる状態ですんで楽だったと言ってたのよ。持つべきものはいい縁だっていってたかな」
「おかしいだろそれ・・・」
寺田君が呆れたような脱力したような声を出した。宮本君がポソリとこんなことを言った。
「どっかのサスペンスのネタに出来そうです」
「もうなってるよ」
私がそう言ったら、みんなに注目された。いや、土曜日に言ったよね。
「だから、翔琉がもうそれをネタに書いてるってば。毎年1冊はサスペンスもの書いて本を出してるからね」
「まさか、竜爪黒羽ですか。高校生でサスペンス大賞を取った気鋭の新進作家」
宮本君が大きな声を出した。
「そうだけど、知ってたんだ」
「知ってるなんてものじゃないですよ。今まで出された5冊はどれもベストセラーになりましたし、もうすぐ発売される新刊も待ちきれないファンがいっぱいです。1年に1冊ではなくてもっと出してほしいという要望が出版社に送られているとか。かくいう私も待ちきれないファンの1人です」
あー、噂には聞いていたけど、本当に熱狂的なファンがついてるんだ。
「それは・・・。でも、サスペンスは年に1冊が限度だって言ってたから無理だよね」
「何故ですか」
「他にも書いてて手が回らないって言ってたよ」
「他の作品ですか。私は読んだことがないのですが」
「他の名前で書いてるからね」
「他の名前ですか。ちなみに何という名前でしょうか」
「えーと、ごめん。名前はよく覚えてないの。本になったのならタイトルは分かるけど」
「教えてください」
舌をぺろりと出して上唇をなぞるように触る。それから右のこめかみに人差し指を当てて軽く押しながら考える。
「えーと、三日月家の人々に、フェイラーモンの戦記。それから、アブルの丘に。と、銀色の実の冒険でしょ。あー、なんだっけ、やたら長いタイトルの・・・何とかの丘に建つ家に何とかの前に立ち寄ってはいけない・・・だったかな。ごめん、その何とかが思い出せないや。ああ、もう一つあった。少女向けのアップル学園で恋をして、シリーズだったわね」
佳代が首を捻ると言ってきた。
「待って、水月。おかしくない?三日月家の人々はフィクションでしょ。フェイラーモンの戦記はファンタジーだったよね。アブルの丘には戦争に引き裂かれた男女の恋愛の話で、銀色の実の冒険は児童書。それも絵本じゃない。やたら長いタイトルのそれはホラーでしょ。あと少女向けのシリーズ?全部ジャンルが違いすぎるじゃない」
というか、よく全部知ってたな。私だって全部は読んだことないわよ。
「私に言われてもねえ~」
「あっ、ごめん」
「まあ、いいけど。翔琉が言うにはいろいろ読んでいて、知識は頭にあるからいろいろなものに挑戦してみたんだって。まだ、自分が書きたいジャンルが分からないとも言ってたわね」
「それでもいいのか?」
「いいんじゃない」
お茶をひとくち飲んで喉を潤すと、みんなも思い出したようにお茶を飲みだした。
「で、話がそれたけど、名字を戻したのは隠し子の件が片付いたのと曾祖母も中3の時に亡くなって、佐野を名乗る必要がなくなったからよ」
「これを波乱万丈って言わずに何を言えって言うんだよ」
寺田君がボヤくように言った。
「だから、わたしは当事者だけど当事者じゃないでしょう。親や祖父母の都合だったってだけで」
思わずムッと言い返したら、手を合わせた寺田君に謝られた。
佳代がまた疑問を口にした。
「ねえ、じゃあ、事故の事は?中学の卒業式のあと、家族4人で旅行に行って、多重事故に巻き込まれたっていったよね」
「ああ、あれね」
また舌をぺろりと出して上唇をなぞるように触る。ふむ、あまり詳しく話す必要もないか。
「あれは言葉通りよ。中学の卒業式のあと、始めて家族4人で旅行に行ったの。家を出て高速に乗って走らせていたら多重事故に巻き込まれたのね。私も怪我をしたけど何とか助かったわ」
「怪我は?・・・その、家族が亡くなるくらいなら大怪我をしたんじゃないのかと」
チッ。やっぱり誤魔化しておけばよかったかしら。
「えーと、まあ、怪我はしたけどね」
「後遺症は?」
「う~ん?そこまで酷くないって。というか、そこは思い出したくないことなんだけど」
「あっ!ごめんなさい」
私の言葉に佳代がハッとした顔をして謝ってきた。他の3人も気まずい顔をした。
「じゃあ、もういいかしら。説明するのは」
みんなが頷いたと思ったら、深見君が何かを思いついたのか言いだした。
「大谷、支社長との関係は」
「土曜に言ったとおりだけど」
「本当にそれ以外ないのか」
それ以外って・・・。これ以上変わった事情はないんだけどな。
「何を期待してるのかな?」
「いや、期待じゃなくて支社長がいっていただろう。母が亡くなってからと。それで何時からの付き合いなのかと思っただけだ」
何だ、そういうことか。
「伯父と初めて会ったのは中1の時よ。祖母が亡くなって、伯父のことを聞いていた母が連絡して葬儀に来て・・・。そこからの付き合いよ」
「支社長はこちらの人なのか」
「違うわ。確か本社に近い所に自宅があったと思うけど」
「じゃあ、単身赴任か」
「いいえ、伯母も一緒よ。自宅は長男一家がいるわね」
はあ~。もういい加減疲れてきたな~。もういいかな、話すのやめても。
「もう、いいかな。明日も仕事だしそろそろ帰りたいんだけど」
私の言葉にみんなが顔を見合わせた。
「そうね。その、ごめんね、水月。いろいろ聞いちゃって」
「うん?話すって言ったのは私だし、知られて困るようなことは話してないから」
そう答えた時に私の携帯がなった。見ると翔琉からだった。
みんなに断って離れながらでる。
「はい、翔琉?・・・今?食事してたけど。・・・うん。そろそろ帰ろうかと思っていたとこ。・・・いいよ、自分で帰るから。・・・いや、佳代のところじゃないから。・・・だから!迎えは。・・・いや、その。・・・わかった。カマタのXXXマンション。・・・15分後ね。・・・円花?・・・・・えっ?・・・・・いや、うん。・・・わかった。聞いてみるけど、期待しないでよ。・・・じゃあ、待ってるから」
はあ~。また面倒なことを頼みおってからに~!
溜め息を吐きながら皆の元に戻る。
正座をして座る。
「今のは翔琉からで、15分後に迎えにくるって」
と、まず伝える。それからみんなの目を見てから続きをいう。
「えーと、お願いがあります。今度の土曜か日曜。空いていたら付き合ってください」
ペコリとついでに頭を下げる。
「えっ? えっ? 水月? どういうこと」
顔を上げるとみんな面食らった顔をしていた。まあ、そうよね。
「もうすぐ円花の誕生日なんだけど、誕生日プレゼントにみんなに会いたいそうなの。なので付き合ってほしいなあ~、と」
「俺たちも?」
寺田君に聞かれた。
「そう」
「なんでだ」
いや、疑問はごもっともなんだけど。面識があるような無いような状態だしね。
「たぶん私の周りにいる人間に興味を持っただけだと思うんだけど。でも、これを機に円花も外に目が向いてくれるならうれしいし。円花がいるとこって研究室だから年が近い友人が出来にくいらしくて。私が同期のみんなと楽しそうだってやっかまれていたし。翔琉も基本引きこもって普段はよっぽどのことがないと家から出ないから、こういった機会でもないと同年代の人と会わないのね」
って、なんで私が言い訳しているのよ。でも、珍しくあの2人からのおねだりだし、他人と会うのはいいことよね。うん。
「えーと、私はいいよ。どちらも空いてるし。それに円花の誕生日ならお祝いしたいもの」
「私もいいですよ。というよりぜひお会いしたいです。竜爪黒羽さんに会えるのでしたらどこへでも行きます」
宮本君が意気込んで言う。
「うん。ありがとう。でも、そのことは内緒でお願いしたいかな。翔琉はメディアに出ることを嫌がっているから」
「はい。もちろんです」
「俺は土曜ならいいぞ。それと出来れば昼間がいいんだが。日曜にフットサルの試合があるんだ」
寺田君の答えに頷く。
「翔琉とも昼間でカラオケにしようとは言ってたから」
「俺も大丈夫だよ。来週だと用が入っていたけどな」
みんなに色よい返事を貰えたので、ニッコリ笑ってお礼を言った。
「みんな、ありがとう。2人が暴走しないように手綱は引き締めるから」
私の言葉にみんなは顔を引きつらせたのだった。
チートな天才小学生。