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13 支社長

あの人との関係が明らかに。

 支社長室の3人掛けのソファーに私達は3人と2人に別れて座り、支社長は1人掛けのソファーにゆったりと座っている。

 目の前にはグラスと・・・ブランデーか?

 私以外の4人は困惑しているようだ。佳代に至っては固まっている。


 さて、どうしたもんかな。一応このおじさんの出方次第よね。


 秘書の方がグラスに氷を入れてブランデーを注いでくれた。

 支社長がグラスを持つのに合わせて皆も、グラスを持った。


「君達と出会えたことに。乾杯」


 そう言ってグラスを合わせてきた。

 みんなも恐る恐る口をつけて・・・微妙な顔をしている。

 私も一口飲んで「まずい」と言った。


 また、みんなが慌てたように言ってくる。支社長はその様子を笑みを張り付けた顔で見ている。

 さて、どうするかな。


「口に合わなかったかね、水月」


 隠す気ないのね、伯父さん。それなら遠慮なしで行かせてもらうわよ。


「口に合わない以前でしょ。遊ぶなら別の時にしてくれません」

「遊ぶだなんて心外だな。味覚のテストだと思ってくれよ」

「だから、それが遊びでしょ。ところでこの出来損ないはどうしたの」

「ああ、試しに作ったものが失敗してな。見た目じゃわからないから試金石にでもしようかと」

「まあ、香りは良かったよね」


 この会話の間に秘書が別のグラスを皆の前においていった。それを持ってひとくち口に含む。芳醇な香りと濃厚な味が舌と喉を刺激する。


「で、なんか用があるんでしょ。みんなを巻き込まないでさっさと話してよ」

「まあ、そう急ぐな。今年の新入社員は優秀だと報告が来ているんだ。いい機会だから話してみてもいいだろう」

「なら、私がいない所でどうぞ。用がなければ私は帰るわ」


 立ち上がろうとしたら伯父の声が私を止めた。


「水月、子供みたいな真似はやめなさい。分からないお前じゃないだろう。それとも怒っているのか、この間の法事に行けなかったことを」


 私は軽く座り直し背筋を伸ばした。


「来れなかった理由は分かってます。それ以前の問題でしょ。私、言いましたよね。ここでは必要がなければ関わらないでくださいって。伯父と姪の付き合いがしたかったら、会社以外でお願いしますって」


 私の言葉に伯父は重々しく頷いた。


「もちろん解っているとも。ならば支社長として話をしようか」

「最初からそうしてください」


 私達のやり取りを4人は黙って聞いていた。いや、驚きの表情を浮かべて私達を見ていた。


「水月、月曜から移動だ」

「お断りします」

「力を示したのだから、それに見合った部署に異動になるのは当たり前だろう」

「それは不本意でそうなったんですけど」

「不本意でも会社というのはそんなものだろう」


 私は伯父の顔をジッと見つめた。


「それならば辞めるだけですね」

「「水月!」」「大谷!」「「大谷さん」」


 5人の声が重なった。私は伯父の顔を見つめたまま言葉を続けた。


「これも最初に言ったはずですよ。私はここに入るつもりはなかったと。それを伯父さんや叔母さんが勧めたから一応受けましたし、受かったから勤務しています。たまたま腕を磨くのにいいところがあったからこちらにいましたが」


 そう言って言葉をきり伯父の様子を伺った。


「今回は展示会が終わるまでの一時的なものだというからお受けしました。ですが正式に移動の辞令が出るというのなら、話が違うということで辞めさせてもらいます」

「水月、ここは会社なんだぞ」

「わかってますよ。だから従いました。違います? それに我が社のモットーに反してますよね。「明るく楽しい環境を社員のために整える」って嘘だったんですか?」


 伯父は渋面を作ったあと溜め息を吐いた。


「本当に昔から自分の意見は変えないのだからな」

「伯父さんが悪いじゃないですか。私が佳代たちと仲がいいのを利用しようとするから。大方佳代たちの前で言えば私に言うことを利かせられると思ったんじゃないですか。そんなことをしても無駄ですけど。ついでに言うと、私に無理やりいうことを利かせたって知ったら翔琉が何するかわかりませんよ」

「お前は伯父を脅す気か」

「まさか。あのヤンデレが知った時の可能性ですよ」


 私の言葉に伯父が肩を落とした。


「本当にお前も翔琉も勿体ない。もう少し自分の力を生かせる道に・・・」

「それ、いいます?そういうしがらみが嫌だから翔琉は引きこもったんでしょうが」


 伯父はひじ掛けにおいた右腕に額を当てて呻いている。

 佳代がそっと私の袖を引いた。


「ねえ、伯父さんって、水月は支社長と親戚なの」

「あー、まあ、そうだね。母が妹でね」

「えっ、大谷さんって創業者一族なのか?あっ!」


 寺田君が驚いたからか声をあげた。慌てて口を押えたけどもう遅い。


「違うわよ」


 すぐさま否定した。


「でも、支社長は創業者一族で・・・」


 宮本君の疑問はごもっとも。なので答えることにした。


「伯父と私の母は父親が違うのよ。確か祖母は若くして結婚したけどうまくいかなくて別れて、別の人と結婚して母と翔琉の母親の2人の子供を産んだのよ。だから、私には創業者一族の血は流れてません」


 みんな絶句している。そんなに驚くことだろうか。


「えーと、水月もう一ついい?翔琉さんがヤンデレって?」


 あー、つい失言をしてしまった。言い訳するのもめんどくさいから本当のことを話しますか。


「えーと、翔琉は天才でこじらせ系の引きこもりヤンデレなんだけど」

「ちょっと、言葉がひどい。それにいろいろ増えてるし。それは私が知る翔琉さんじゃないから!」

「あいつがそう簡単に素を見せるわけないじゃん。カモフラージュは得意よね」


 しみじみと言ったら伯父に突っ込まれた。


「水月、それは流石に言うのが早いだろう。もう少し夢を見させてやったらどうなんだ」

「伯父さんもたいがいひどいこと言ってるわよ。円花と翔琉の相手をする身にもなってよ」

「えっ?円花さんも?」


 あっ、やばっ。どうも飲みすぎたみたいね。余計な言葉まで口をついて出るわ。

 私は佳代の肩に手を置いて言った。


「夢はいつかは覚めるのよ」

「何かがちがーう!」


 あら、ダメか。

 そうしたら深見君が言いだした。


「大谷、俺も訊きたいことがある。田所翔琉、片羽円花、佐野水月の3人は城北小学校で伝説になっているって聞いたのだが、どうなんだ」


 伝説~? なんだそれは! まあ、確かにいろいろやらかした自覚はあるけど。


「誰に聞いたの」

「中島さんが言ってた」


 中島さん? わからなくて首を傾げて深見君をみた。


「彼女も城北小学校だったそうだ」


 ああ、なら知っていても可笑しくないよね。


「まあ、いろいろあったけど」

「じゃあ、あれは本当なのですか。小学1年から表彰されまくっていたというのは」

「ん~?ああ、確かにもらっていたわね。いろいろと」


 そうか。小学校の頃ことなんか忘れてたわ。ああ、この頃からあの2人に振り回されていたっけ。


「うわー、本当にリアル少年探偵団してたのかよ」


 寺田君の口調が崩れた。伯父も何も言わないから黙認してくれるのだろう。


「それは何かな、君達。良ければ私にも教えてもらえないかな。恥ずかしいことに水月たちのことを知ったのは、私の母が亡くなった時だったのでね。水月の小学校時代のことは何も知らないのだよ」


 確かにそうだった。中1の時に祖母が亡くなり、葬儀に来たこの人が人目も憚らず泣き崩れていたのは・・・うん、覚えているとも。それで少しでも妹達のそばにとか言ってこちらに来たのも覚えているともさ。


「あっ、また聞きでよければ話しますよ」


 寺田君の言葉に伯父が頷いている。


「まずは小学1年の時には消防署と市長から表彰されたと聞きました」

「ほう、消防と市長から」

「はい。人助けをしたそうです。近所のおばさんが急な発作で倒れているのに気がついて、救急車の要請や近所の人に助けを求め、迅速な対応に事なきを得たそうです。その話を伝え聞いた市長が小さな英雄と表彰したそうです」

「ほう、それはすごいな」


 ああ、確かにあったわね。そんなことが。


「2年の時には警察か消防署から表彰されたそうです。この時は自転車に乗った女の子とバイクの接触事故で、3人は周りに助けを求めながら怪我した子を励まして、バイクに乗っていた大学生のお姉さんのケアまでしたと聞きました」

「それはそれは」


 ああ、これも覚えてる。お姉さんが呆然自失してて頼りにならないから、周りに声を掛けて手伝ってもらったのよね。まあ、逃げたりヒステリーを起こさないだけ助かったけど。


「それから3年の時には空き巣泥棒の逮捕に協力したとかで、警察から表彰されたらしいです」


 うん。翔琉がすごく楽しんでたよ。それを言うなら円花もか。


「4年の時には市のPTAから美化活動で表彰されたそうです」

「美化活動?」

「なんでも、学校に電話があって、4年前から学校帰りにゴミ拾いをしている子供がいて感心していたとかで、功労賞をもらったって言ってました」


 あー、あれか~。


「5年の時は表彰もされて怒られもしたとか」

「何をしたんだ」

「放火魔の逮捕だそうです」


 伯父が私の顔を見てきた。睨むなや。危ないことはしてないからな。


「なんでもあの年は城北小学校の周辺でボヤ騒ぎが多くなっていたそうで、被害に遭ったクラスメートが放火魔を捕まえたいと言い出したとか。で、田所さんが指揮して、片羽さんが分析して次に放火されそうなところを割り出して、大谷さんが組み分けをしただったかな。で、見事現行犯逮捕したそうです」

「・・・・・」


 伯父が何も言わずに私の顔を見ている。目を合わせないように逸らしておく。


「6年の時には表彰されることはなかったそうですが、姉妹都市の小学校との交換留学を成功させるのに一役かったそうです」


 みんなが私を見つめてきた。いや、珍獣じゃないんだからさ~。そんな目で見ないでよ。


「他には何か逸話はないのかい」

「あー、逸話というか、噂というか」

「なんだね」

「学力調査で城北小がトップだったらしくて。語学の天才・田所翔琉と数字の魔術師・片羽円花がいたからだったとか」


 ・・・危ない。お酒を吹き出す所だった。もう、勝手に話してって気分でお酒を飲んでいたら聞こえた言葉。

 言われてたなー、そういうことを。


「ほおー、あの子達にそんな二つ名があったのか。惜しいことをしたかな」


 伯父がそうつぶやいた。


「大谷さん。そのあとに、ある塾の全国模試に参加しませんでしたか」


 宮本君の言葉に軽く首を捻る。


「えーと、塾? ・・・ああ、円花と翔琉と香月と1回だけ、参加したのがあったけど」

「その時の順位を覚えてませんか?」

「順位? 翔琉と円花が1位で、私と香月が3位だったかな?」


 あれ? なんでみんな肩を落としているの。


「天才が4人・・・」

「いや、私と香月は天才じゃないから」

「だけどその成績」

「あのね、円花と翔琉と一緒にいたのよ。一緒に勉強してればわからないところは教えてくれたの。だから成績に反映されたんだってば」

「・・・・・」


 みんなの無言が痛い。


「はあー、やはりうちに来るように翔琉と円花くんに話をしておけばよかったな」


 伯父がしみじみと言った。


「いや、それはやめた方がいいでしょう。円花は数字命だし、翔琉は自分が気に入らないことはしないから、会社がガタガタになるでしょう」

「やはり無理か」

「ええ」

「お前が手綱を持ってもか」

「そこまで期待しないでください。絶対無理ですから。というよりあいつらと一緒に働くくらいならとっとと辞めますから」


 伯父が深々と溜め息を吐いた。


「水月にそこまで言われるんじゃ諦めるか」


 って、まだ諦めてなかったの。


「それにしてもあの2人は付き合っているのだろう」

「ええ、一応」

「上手くやっているのか」

「うーん、お互いに嫌ってないけど、ある一点の譲れないものが同じだから、一緒に居る感じかな」

「ある一点か」


 そう言って私の顔を見てきたけど、私は知らないからね。


「あの、水月。戻して悪いのだけど、あの2人に対する水月の評価って?」

「ああ、あの2人。本当に天才なのよ。タイプは違うけどね。翔琉はとにかく頭がいいの。聞いたことは一度で覚えちゃうし。知的好奇心が語学の方に向いていたわね。円花は小さい頃から人見知りが激しい子で、ただ数字が大好きだったの。統計とかとるのが好きでいろいろな数字を集めていたかな。そんなだから他人に関心がなかったのよ。心配したおばさん達に頼まれて私が幼稚園の時から面倒みてたのよね」

「それがなんであんな評価になるの」

「えー、円花は私がいれば他の人と話す仲介をしてくれるからって引っ付かれて、翔琉は彼と他の男の子との喧嘩に割って入って私が殴られてからだったかな」

「殴られたって・・・」

「幼稚園の子供の喧嘩だから。いやー、このあとが大変で、殴った子は親にさんざん怒られて泣きながら謝るし、翔琉も叔母さんにおこられて、叔父さんにも鉄拳くらわされるし、じい様にもお寺に連れてかれて正座で説法を聞かされてたし。そのあとなんかデレてきたんだよね、私に。他の人、気に食わなければ先生の言うこともきかないのが、私のいうことは聞くんだから、先生方も6年間一緒のクラスにしたのよ。おかげで小学校の6年間2人のお守りをずっとしてたわよ」

「水月にヤンデレ?」

「違うと思う。ヤンでるのは文字中毒ってところ。小学校の時からネットに潜って手あたり次第情報収集していたし、本が面白くないって自分で書きだしたし。0か100かだから付きあえる人は少ないと思うな」


 あれ? 伯父さんまで引いた顔をしているけど? 変な事言ったかしら?


「まあ、いい。ああ、水月。お前の立場は今までどおりにするが、なにかあった時には出てもらうからな」


 伯父の言葉に私は伯父を睨んだ。


「そんな顔をするな。社長までお前に興味を持ったんだ。本社に移動させないためにも、それくらいはしてくれ」


 そう言えば社長も来てたって言ったっけ。仕方がないから頷いておく。


「じゃあ、タクシーを呼ぶからそれが来たら帰っていいぞ」

「あっ、なら2台お願いします」

「なんでだ」

「方向が違うから」

「承知しました」


 秘書の方がそう言って部屋を出て行ったのだった。



水月の酔いは・・・心の中に留めておく言葉が口から出ちゃう。

というやつです。

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