10 泊まった翌日
少し甘い・・・かな?
目が覚めた時、目の前には佳代の顔があり、手まで握っていたのには驚いた。その隣には中島さんの姿も見えた。とりあえずトイレに行こうと部屋を出て、目についた扉を開けて見た。トイレだったので使わせてもらうために中に入った。
出てきてキッチンの方に行ったら、昨日みんなで食事したところに宮本君と寺田君が寝ていた。どうやらみんな泊まったようだ。と、いうかなんでみんなの分のタオルケットがあるのだろう。疑問に思いながらキッチンで蛇口から水を出しコップに入れて水を飲んだ。
さて、どうしようかと思っていたら、深見君が自分の部屋からあくびをしながら出てきた。
私がキッチンにいるのを見て、動きが止まった。
とりあえず、あいさつね。
「おはよう、深見君」
「あ、ああ。おはよう、大谷。起きるのが早いんだな」
「早番で早く起きるクセがついたみたい。深見君こそ早くない」
「あー、その、トイレに行きたくなって・・・」
あら、じゃあ話している場合じゃないわね。私は身振りでどうぞとした。深見君も頷いてトイレに消えた。
戻ってきた深見君は少しバツが悪そうな顔をしている。
「ところでここで何をしていたんだ」
「喉が渇いたから水を飲んでいたの」
「そうか。まだ、みんなが起きるまで時間があるから、もう少し寝たらどうだ」
「そんなに眠くないけど・・・」
みんなは何時まで起きていたんだろう。
深見君もそばに来て冷蔵庫からミネラルウォーターをだして水を飲んだ。そして私を見て言った。
「それなら少し話さないか」
「いいけど・・・」
ここで話していたら宮本君と寺田君が目を覚ましてしまうかもしれない。そう思ったら、深見君が「こっち」と自分の部屋に私を誘った。私が部屋に入ると、扉を完全に閉めずに彼も部屋に入って来た。
深見君の部屋はベッドとハンガーラックとデスクと椅子しかなかった。机の上も片付いていて几帳面な性格なのかと思った。
私は椅子に座った。深見君はベッドの端に座る。なんとなく気まずくて目が合わせられない。
「大谷はよく眠れたのか。身体が痛いところはないか」
「あー、うん。大丈夫。よく寝たし、痛い所もないよ」
「そうか。しばらく床で寝てたから痛くしたかと思った」
その言葉にさっき起きた時に感じた疑問が頭をもたげた。
「ねえ、1人暮らしなのになんで、みんなの分タオルケットがあったの」
深見君はああ、という顔をした。何と言おうか考えるように顎を触っている。
「姉が泊まりに来るときのために置いていったからだな」
「姉?」
「姉には3人子供がいるんだ。そいつらが俺のところに泊まりにきたがった時のためにって、押し付けられた」
3人も子供がいるんだ。そっか、深見君は叔父さんなんだ。つい顔を下に向けそうになった。
「どうかしたのか」
「ううん。深見君も叔父さんなんだなと、思っただけ」
「まあ、小6から叔父さんしてるからな」
「小6? 一体いくつ年が離れているの」
「俺には兄が1人と姉が2人いて、一番上の兄とは16歳離れているな。一番近い歳の姉でも7歳だな」
目が点になる。佳代もそうだけど年が離れた兄弟って・・・。
ふと心に浮かんだ考えに捕らわれそうになる。それを振り払うように口元に笑みを浮かべた。
「甥や姪は何人いるの」
「それぞれ3人ずつだから9人かな」
「みんなが揃ったら賑やかそうね」
「ああ」
深見君はそれだけ言って黙ってしまった。何か気に障るようなことを言ったのだろうか。深見君が私の顔を見てきた。
「大谷は前に今は恋愛したくないっていったよな。前に昨日みたいなことがあったからなのか」
深見君の言葉に心臓がどきどきと早鐘を打ったように鳴っている。深見君の目を見れなくて視線を逸らす。
「言いたくないなら言わなくていい。だが俺は大谷のことが好きだ。出来れば付き合いたいと思っている」
言葉を切って私を見ている。私は視線をさまよわせた。言葉が出て来ない。
「今は付き合うことを考えたくないのなら考えなくていい。俺が大谷のことを好きだって覚えていてくれればいいから」
そう言って彼はベッドから立ち上がり私のそばに来て跪いた。私の左手を取ると両手で包み込んだ。
「俺は大谷を守りたい。もう、傷付いて欲しくないんだ」
そう言って左手を持ち上げると指先にキスをした。動揺した私は椅子から立ち上がり部屋から出ようとして彼を避けて通ろうとしたら、ベッドの角に足を引っかけて倒れそうになった。
「危ない」
とっさに腕をひかれて彼の胸の中に倒れ込んだ。深見君がふぅ~と息を吐き出してから身を起こした。
「悪い。動揺させるつもりはなかったんだ。ただ、俺は大谷の味方だからいつでも頼ってくれと言いたかっただけなんだ」
そう言って私を立たせてくれた。
「みんなが起きたらファミレスにでも行こう」
そう言って彼の部屋から出された。私は佳代たちが眠る部屋に戻った。まだ佳代も中島さんも眠っていた。
私は壁に背中を預けて膝を立てて座った。膝に顔を押し付けて思わず呻いてしまった。
「どう~しよう~・・・」
それから1時間後に佳代が目を覚ました。佳代と朝の挨拶をしていたら、中島さんも目を覚ました。とりあえずタオルケットとマットを畳んでおく。廊下に出たら男性陣も起きたようで声が聞こえた。
挨拶をして、順番に洗面所を使う。お化粧は・・・昨日落とさずに寝てしまったから肌に良くないけど、クレンジングも化粧水もないのだから仕方がない。軽くファンデーションをつけて肌を誤魔化すことにした。
みんなの支度が済むと深見君が車をだしてくれてファミレスに向かった。セダンタイプなので全員は乗れないから、意外と深見君家に近かった寺田君がもう一台車を出した。
ファミレスでご飯を食べている時に、来週海に行こうという話になった。私は用があっていけないというと、その翌週ならどうかと訊かれた。用はなかったけど海に行きたくなかったので、そう伝えたら残念そうな顔をされた。
代わりに8月14日に行われる花火大会に誘われた。今年は丁度土曜日なので昼過ぎに集まってみんなでいくことになった。この時中島さんに浴衣を着ないのかと聞かれた。佳代は持っていないし着付けもできないというので、つい着せてあげようかと言ってしまった。
私が着付けができることに驚かれたけど、佳代が「じゃあ、浴衣を買いに行くのも付き合って」と言ってきたのでOKした。
そうしたら、男の人の着付けもできるのか聞かれたので一応できると答えたら、何故か彼らにも浴衣を着付けすることになってしまった。
食事が済んでファミレスの駐車場で、寺田君と中島さんと別れた。助手席には宮本君が乗り私と佳代は送ってもらうことになった。家の位置から私から送ってもらうことになった。
家に近い所で止めて下ろしてもらう。この時に家の前まで送るといわれたけど、家の前は一方通行の道なのでかなり遠回りになると断った。一方通行の道に入って歩いていく。
3件目の家に入る所で、深見君が車を発進させるのが見えた。
門を通り抜け玄関扉を開ける。
「こんにちは。水月です。円花~、いる?」
玄関で声を掛けると居間からおばさんが顔を出した。
「あら、水月ちゃんいらっしゃい。上がって~。円花なら部屋にいるわよ」
おばさんが答える間に階段を駆け下りてくる音がした。
「水月? 珍しいわね。連絡なしで来るなんて」
「うん。ちょっと、ね。でね、お風呂かりていいかな」
円花がおばさんと顔を見合わせた。
「もちろん、どうぞ」
「着替えは置いてあるやつを持ってくるね。珍しいね。朝帰りなんて」
「ああ、うん。まあ、あとで聞いてほしいかな」
「わかった。お風呂入ってて。着替えはおいておくから」
勝手知ったるで、洗面所に行って服を脱ぐとお風呂場に入った。シャワーを出して全身にお湯を当てる。髪を洗っていると円花が着替えをおいておくと声を掛けてきた。お礼を言ってシャワーで髪の泡を流し体を洗った。シャワーを止めて軽く体を拭くと、ドアを開けた。洗面所に出ると着替えと共にバスタオルがおいてあった。身体を拭いている時に洗面台の鏡が目に入った。身体を拭く手を止めて鏡に映る自分を見た。
ばかね。どうして忘れていたのかしら。もう、恋はしないって決めていたのに。
こんなことで動揺してどうするのよ。気持ちを強く持たないと。
・・・でも、嬉しかったな。好きだって言ってくれて、守りたいって言ってくれた深見君の気持ちが。
もしかしたら、彼なら受け入れてくるのかもしれない。そうちょっぴり期待してしまったわ。
だけど、受け入れてもらえなかったら。彼みたいに拒絶されたら・・・。
怖い。そうなったら私は立ち直れないだろう。
・・・だから、忘れよう。次に会った時には今までのように・・・。笑って・・・笑顔で・・・。
服を着て居間にいるおばさんにお礼を言って円花の部屋にいく。ドアを開けると翔琉がいた。
「よう、朝帰りしたって~。な~にやってんの、おまえは」
「ちょっとね。でも、丁度いいや。翔琉も話を聞いて」
「へえ~、俺もいいのか」
「分かっているくせに」
円花が自室のミニ冷蔵庫から麦茶を出してくれた。一息に飲み干したら、もう一杯注いでくれた。もう一口飲んで溜め息を吐いてから話し出した。
「昨日、この間話した経理の先輩に強引に連れ出されそうになったの」
円花と翔琉は顔をしかめてチラリとお互いの顔を見ていた。
「それを深見君が助けてくれてね、その後彼の部屋に行って食事してお酒を飲んだら寝ちゃって。目が覚めたら朝だったの。で、朝ご飯を食べた後送ってくれました。なんだけどね」
すごく簡単に説明したら、2人の眉間にしわが寄ったままだった。
「ねえ、水月。嫌なことがあったからって自分を捨てちゃいけないわ」
円花の言葉に首を傾げる。ああ、説明を端折りすぎたか。
「ごめん、言葉が足りなかった。2人だけじゃなかったわよ。佳代や宮本君、寺田君、寺田君の彼女も来たから。それに私が寝ちゃったから、みんなも泊まってくれてたし」
この言葉に2人の眉間のしわが取れた。
「そうだったのね」
「でも、珍しいな。水月が酔いつぶれるなんて」
「酔いつぶれてないわよ。今週はずっと早番だったから、思っていたより疲れがたまっていて寝ちゃっただけよ」
「それなら安心」
「どれくらい飲んだんだよ」
「えーと、コップにビールを5杯注いでくれて、ワインをみんなで1本空けたからコップに2杯で、焼酎を水割りで5杯作ってくれて飲んだのを覚えてるよ」
「二日酔いは?」
「全くないよ」
「だろうな」
そう言って3人で笑った。
「佳代たちは酔いつぶれたと思ったかな」
「そう思わせておけばいいんじゃねぇ」
「そうね。翔琉に賛成」
2人の言葉にホッと息をつく。
「ところでさあ、水月がうちに来たってことは家を知られたくなかったの?」
「う、うん。」
「何か言われたの、深見に」
うっ、円花も鋭い。まあ、私の行動を見れば答えは出ているようなものよね。手近にあったクッションを抱え込んだ。
「その、好きだと告白されました」
小さな声で俯いて答える。
「それで?」
円花~、容赦ないな。ほんとに。
「えーと、今は恋愛したくないって伝えてあったんで、自分が好きなことを覚えておいてくれればいいって」
「へえ~。いい男じゃん、深見。強引にどうこうしようとしないのがいいね。あれ、でも、キスくらいはされたの」
う~。なんて答えにくいことを~。
「あ、あの。その・・・指先に・・・」
「指先? どうなったらそんなところにキスすることになるわけ」
私は抱えていたクッションに顔を埋めた。耳まで真っ赤になっている自身がある。
「まあ、いいわ。それで、水月は深見と恋愛する気がないのね」
円花の問いにクッションに顔を埋めたまま頷いた。どちらかの溜め息が聞こえてきた。
「わかった。そういうことなら、いつでも家に来ていいよ。なんなら合鍵渡すけど」
私はクッションから顔を上げて答えた。
「今はいいよ。もし必要になったらよろしく」
そして、私は翔琉の車で家に送ってもらったのだった。