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1 入社式

纏めました。

 本社で行われる入社式に出るため、今年度支社に採用された5人、私、大谷水月(おおたにみづき)を含む新人たちは朝一の新幹線に乗った。引率というのか、課長が一人付き添っている。

 まだ私が採用された支社は本社に近いから、前日に本社の近くに泊まってまで入社式に出ないで済むのが、救いかもしれないなと私は考えていた。それとも泊まりになる方が実は楽だったのだろうか。


 そんな私に隣に座った女性が話しかけてきた。


「ねえ、大谷さん。なんか緊張してこない」

「そう。私は早起きしたから眠い」

「えー、緊張してないの」

「そりゃあ、してるわよ。あまり眠れなかったもの」

「そうだよね。・・・ところでさあ、同期入社の彼ら、イケメンばっかじゃない?」


 この子は同期の安西佳代(あんざいかよ)さん。女性の同期は彼女と私だけ。そして彼女が声を潜めて言ってきた同期入社の彼ら。そう彼ら3人は何でか知らないけど、標準以上の容姿をしていた。

 面接官が容姿で選んだのかい! と、つい言いたくなるくらいに整った容姿をしている。ワイルド系とクール系、それから芸能人似の彼。

 駅に集合した時に名前だけの簡単な挨拶はしたのだが、駅でもホームでもまたこの新幹線の中でも女性の熱い視線を集めているのだった。


 ついでに言うと、安西さんもかわいい系の人だ。フワフワっとした感じで、いるだけで場を和ませてくれるような、そんな人だ。


 それに比べて私はなんで入社できたのか分からない。私は目が少し吊り上がり気味だし、表情も豊かとはいえない。大体が、緊張して顔が強張っているだけなのだけど、もともとの無表情のせいかよく誤解をされていた。

 面接の時にも緊張のあまりニコリとも笑えなかったくらいだ。だから内定をもらった時に奇跡が起きたとおもったものだ。


 私の容姿は、しいて言うなら美人系だと思う。染めていない黒髪はストレートで、肩をこすくらいの長さ。重く見えるから髪を梳いて欲しかったけど、美容師さんに綺麗な髪だから勿体ないと、拒否をされた。

 髪の長さももっと短くしたかったのに、綺麗さが目立たなくなるとか言う理由で、却下された。けど、何故か気に入られて、月に二度お手入れに通うことになったのは、良いことなのか、悪いことなのか。


 今も緊張で表情が死んでるだろうに、話しかけてくれる安西さんはいい子なんだと思う。本社のある最寄り駅に着くまで、安西さんが8割くらいしゃべっていた。


 無事にというと語弊があるかもしれないけど、何事もなく入社式は終わった。課長は本社で会議があるそうで、私達には支社には寄らずそのまま帰っていいと言われて、課長と別れたのだった。



丁度お昼時ということもあり、ご飯を食べてから帰ろうということになった。


「ここ、ここ。ここの定食が美味しいんだよ」


 本社に近い大学に通っていた寺田恒星(てらだこうせい)君が、いいところがあると私達を連れてきたのは、繁華街の一本裏通りのお店だった。大学の運動部の人が好きそうな定食屋。

 女の子を連れてくるには、ちょっとチョイスが違う気がするなあー、と思いながら安西さんをチラッとみた。彼女はまったく気にしていないみたいに見えたから、嫌がってはいないのだろう。


「おばちゃん、五人だけど空いてる?」

「あら、寺田君。卒業したんじゃなかったの」

「今日はこのそばの本社で入社式があってさ。終わったらもう帰っていいと言われたんだ。それで、帰る前に飯食おうってことになって、みんなを連れてきた」

「あらあら。でも、いいのかい。そちらのお嬢さんたちはもう少しきれいな店に連れて行った方がいいんじゃないのかい」


 寺田君が私達の方を向いた。瞳に間違えたのかという色が見えた。


「私も学生の時にこういったお店によく行きました。綺麗なお店もいいんですけど、お腹いっぱい食べられなくて。私はこういったお店の方が好きです」


 そう言って安西さんは私の方を見てきた。安西さんは少し小柄で155センチくらいだろう。167センチの私を見上げるように見ている。かわいいなーと思いながら、私も答えた。


「私も安西さんと同じよ。綺麗なお店で肩肘張って食べたくないわ」

「と、いうことだ。おばちゃん美味いものを頼むよ」

「あいよ。座敷も空いてるけど、そっちにするかい」

「じゃあ、そっちで」


 店の奥の6畳ほどの小部屋に通された。みんなでお品書きを見て、注文をする。男子はやはりお肉系を注文していた。私は煮魚定食、安西さんは唐揚げ定食を頼んだ。


「さてっと、朝会った時に軽く自己紹介したけど、改めてしないか」

「いいですね。朝は名前だけでしたものね」


 寺田君の言葉に安西さんが相槌を返す。


「じゃあ、言い出しっぺの俺からな。俺は寺田恒星。この近くのOX大学を卒業した。見ての通りスポーツが好きで、地元に帰ったから早速フットサルチームに入ったぜ。他のスポーツも好きだから、誘ってくれればいつでも助っ人に行くぜ」


 寺田君はそう言ってニカッとわらった。見た目通りのさわやかスポーツマンのようだ。短髪がよく似合う、日に焼けた精悍な顔をしている。だけど笑った顔は目尻にしわが寄って、人懐っこくて幼い感じに見えた。どことなくワンコを想像させるような笑顔だった。



「私は宮本宜和(みやもとよしかず)です。大学はOOO大学をでました。私も地元の会社に入れて良かったと思っています。これからよろしくお願いします」


 そう言って宮本君は頭を下げた。眼鏡をかけた、少し長めの前髪。線の細い、繊細な印象を受けた。あと、真面目な感じも。ニコリともしない彼は、クール系イケメンだよね。


 その彼に寺田君が背中をバシバシ叩きながら言った。


「挨拶が固てーって。緊張してないで、もっと気楽にしろよ。宜和」


 その言葉に私は安西さんと顔を見合わせた。


「二人は知り合いなの」

「おう、小学校からのダチだ」


 寺田君が自信満々に答えた。

 タイプが違いすぎて想像がつかなかったけど、違うからこそ仲がいいのかもしれないと思った。

 じゃれている(宮本君は嫌がって逃げている)二人に呆れた声が掛かった。


「お前達、彼女達に呆れられてるから、そろそろやめろよ」

「何、すかした言い方してんだよ。遼だってダチだろうが」


 寺田君の言葉にもう1人を見つめた。彼は澄ました顔で答えた。


「仲間に見られたくないな。そんなお子ちゃまの」

「遼~!」


それに彼はフフンと鼻で笑った。


「で、俺はこいつらと中学からの付き合いの、深見遼(ふかみりょう)。XX大学を出ている。よろしく」


 その言葉と共にきれいなウィンクをしてきた。彼は3人の中で一番イケメンだと思う。芸能人の誰だかに似た顔は、女の子にもてるだろう。黙って立っていると硬派に見えた彼の中身は、ナンパ野郎だったのかと思った。


「じゃあ、次は私ね。私は安西佳代です。・・・女子大学をでました。私も地元に近いこの会社に入れて良かったと思っています。これからよろしくお願いします」


 安西さんはそう言ってニコリと笑った。彼女の自己紹介に男性陣は笑って「よろしく」と返していた。

 さて、最後は私の番か。


「私の名前は大谷水月です。--大学をでました。よろしくお願いします」


 なんかそっけなくなったけど、他にいうこともないし、まあ、いいかな。


 と、思ったところで、定食が運ばれてきた。


 寺田君は豚肉の生姜焼き定食、宮本君は焼肉定食、深見君はとんかつ定食を頼んでいた。安西さんの唐揚げ定食も大学生が良く使う店なだけあり、ボリュームがいっぱいだった。

 私の煮魚定食はもう少しかかるというので、みんなには先に食べ始めてもらう。みんなはすまながったけど、先に食べ始めた。


 しばらく待つと私の煮魚定食がきた。


「今日の魚はメバルだよ」


 と、おばちゃんが私の前に煮魚定食をおいてくれた。


 私はおばちゃんに「ありがとうございます」とお礼をいってから、軽く手を合わせて「いただきます」と言ってメバルの身を骨から外しだしたのだった。



メバルの身を外し終わると茶碗を持ち食事を始めた。メバルの味も甘辛く程よい味でご飯に合うなと思い食事をする。ふと顔を上げたらみんなが私を見ているのに気が付いた。


「大谷さんって、綺麗に食べるのね」


 感心したように安西さんが言ってきた。続けて寺田君も言った。


「俺も。魚の骨を綺麗にとる人を、初めてみたよ」

「私もです。魚を食べるのは好きな方ですが、ここまで綺麗には外せませんね」

「というかさ、定食屋で煮魚定食頼む女子って初めてなんだけど」


 宮本君と深見君まで、そんなことを言ってきた。

 やはり煮魚定食はまずかったか。だけど、今日の気分は煮魚だったんだよね。


「そうかな。魚から骨を外すのは慣れだと思うんだけど」

「確かにそうかな」


 宮本君が相槌を打ってくれた。


「だけど、いまって家で煮魚はそんなに食べないんじゃないのか」

「うちは祖父母がいたし、和食が多かったから」


 深見君が言ったことに返事をする。よく見たら、男性達はほとんど食べ終わっていた。

 安西さんも唐揚げは食べ終わって、付け合わせやご飯とお味噌汁だけになっていた。お腹いっぱい食べられない発言の通りに少し大食いなのかと思った。


「大谷さんはいいところのお嬢さんじゃないのか?」


 寺田君の言葉に飲み込みかけていたお味噌汁を吹き出しかけた。私のどこを見たらそんな言葉が出てくるんだろう。


「恒星、それは違うと思うぞ。いいところのお嬢さんは入社試験を受けないだろう」

「遼はなんで、それを知ってるんだ」

「一緒の面接だったから」


 深見君の言葉に面接の時を思い出す。一次面接は5人ずつ呼ばれて面接したのよね。あの時に一緒だった中に彼はいなかったと思う。私の記憶の中にないから多分待合室にいる時に一緒だったのかな。


「へえー、一次面接が一緒だったんだ」


 それから私が食べ終わるまで入社試験や面接の話を4人はしていた。二次面接(個人面接)で何を聞かれたのか、ということで盛り上がっていた。


 食べ終わったので、箸をおいて軽く手を合わせて「ごちそうさまでした」と言ってしまったら。


「やっぱりいいところのお嬢さんだろう」


 と、寺田君に言われてしまった。


「そんなわけないってば。祖父母がうるさかったから癖になってるだけだって」

「あー、それあるよね。私もご飯の時にお茶が出て飲んでいたから、最後に飲まないとなんか気持ち悪いんだよねー」

「あっ、それもあるかな」


 安西さんの相槌に軽く返しておく。


「それじゃ、大谷さんも食べ終わったようだし帰るとするか」


 立ち上がると、それぞれが会計を済ませて店を出たのだった。



駅まで歩き、来た時と逆のルートで電車を乗り継いでいく。

 新幹線に乗ったときに、席を二人掛けの方に深見君と座ることになった。安西さんは寺田君と宮本君の間に座らされた。勝手に決められたので抗議しようかと思ったけど、安西さんが「仕方がないよね」という顔をしたから文句を言うのをやめた。


 隣に座った深見君は話し相手としては最高だった。自分から話すのが苦手な私でも、押しつけがましくない話し方で、最寄り駅まで楽しませてくれた。彼なら営業向きかなと思った。


 最寄り駅で彼らはもう少し話をしようと言い、どこか店に入ろうと誘われたけど、明日からの研修の支度があるからといって、私と安西さんは家に帰った。送ろうかと言われたけど時間が早いことと、彼らとは住んでいる方向が違ったので駅で別れた。

 安西さんとは偶然にもバスの路線が一緒だった。バスに乗り走りだすと、どちらからともなく溜め息を吐いた。それに気が付き顔を見合わせた。安西さんの顔に苦笑いが浮かんでいるのを見て、同じ気持ちなのかなと思った。


「困っちゃうね」

「そうね。悪気はないのでしょうけど」

「そうなの。悪気はないのはわかったけど、いきなり二人で挟むのはやめてほしいよね。合コンじゃないんだから」

「プッ。確かに。合コンじゃないものね」


 安西さんの言葉に二人で顔を見合わせて笑った。


「大谷さんは深見君と何を話してたの」

「う~ん。あまり意味ある話はしなかったかな。まあ、よくある人気芸人の話とか」

「そうなんだ。こっちは二人して質問攻めだよ。どこの中学から始まって、家族構成や恋人はいるかまで」

「あら~」


 軽く目を瞠って安西さんをみる。これじゃあ合コン発言がでるわけだ。


「女の子との会話に慣れてないのはわかるけど、見方を変えるとがっつき過ぎ」

「そうだね」

「あれ。大谷さんも合コンによくいってたの」

「あまり行きたくなかったけど、人数合わせでちょこちょことね」

「へえ~。ちなみに彼氏は?」

「いないよ」

「別れて戻ってきたのではなくて」

「もともといなかったの」

「そうなんだ。私もいないんだよね」

「それ、正直に話したの」

「うん。まずかったかな」

「う~ん、寺田君と宮本君の出方次第じゃない」

「そうだよね。あっ、私次で降りるの」

「じゃあ、また明日ね」

「うん。お疲れ様」

「お疲れ様」


 安西さんが降りた後、もう15分バスに揺られて家の近くの停留所で降りた。そこから歩いて5分。家にたどり着いた。バックから鍵を取り出して、鍵を開けて家の中へ入る。


「ただいま」


 返事が返ってくることはないのはわかっていたけど、今までの習慣で言葉が口から出たのだった。



謎はなくしました。

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