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 由香の乗った電車があと少しで、やってくる。










 高校を出てから初めての夏。

 由香がいなくなった19歳の夏。



 高校3年の時から草太は免許を持っているが、仕事で車をちゃんと使いはじめたからであろうか。草太はめっきり運転が上手くなった。



 草太は、毎日私を駅まで送ってくれた。流石に帰りは申し訳ないので、シェイプアップのため。なんていう適当な言い訳を考え歩くようにしたが。

 これは彼と私の間に恋が芽生えたからではない。ただの、田舎特有のご近所付き合いだ。



「えーちゃん、短大はどう?」


 草太は、いまいち速度の出ない軽トラの中でそう呟いた。

 がん、と軽トラは縦に揺れる。いまいち舗装されきっていない道を走っているのである。当たり前か。



「楽しいよ、保育士になるのは昔からの夢だったし」


 草太の軽トラの中では、昔のアイドルの音楽が流れていた。

 開けた窓から外を見る。

 こんな田舎だというのに。……いや、田舎だからなのかな。最近ようやく綺麗になった河川敷。


 中央が紺っぽく、外側は明るい青になっている川。昔、そう言えば由香が何も知らずに深い所に言ってハマりかけたな。

河川敷に生える草は自由勝手過ぎる。鼻につく、川と草と土の混じった匂い。こう言っても、短大の友達は「川に匂いはないでしょ」なんて私を笑って見せた。



「えーちゃん、風きつい」


 窓を全開にしていた私を見て、草太が少し伸びた髪をうざったそうに左手で抑えながらそう言った。

 ごめんね、と言って窓を少しあげる。


 川の中州あたりでは、やけに長い釣竿を持った近所のおじさんが釣りをしている。

 私と草太に気がついたようでブンブンと手を振ってきたのには苦笑。


 返事のために軽く振り返せば、次はいまいち整えきれていない感が満載な河川敷のグラウンド(っぽい何か)で少年野球を行っている軍団が目に入った。



「えーちゃーーーん! そーーちゃーーーん!」

「うるさ。っていうかあいつら、練習始まるの早いな……」


 運転席に座る草太は、そう言って軽く笑った。

 あ、今日祝日か。なんてぼそっと呟きながら。

 私の短大は、祝日なんかお構いなしで授業があるので、私は普通に今から学校に向かわなければいけないのだが。


 ぶんぶんと手を振るのは、由香の弟だ。

 彼はどう考えても人数が足りていない予感しかしない、少年野球団のユニフォームを着ていた。

 このクソ田舎少年野球団は子どもの情熱よりも、大人の情熱の方がはるかに優っている。



「由香は、元気にしてるかな」


 少し目を伏せながら、そう言えば草太は何も答えなかった。

 私は、田舎者だとバカにされるのが嫌で、必死になって買ったブランドもののカバンを見る。



「そう言えばね、由香が言ってたんだけど……」


 草太の表情は、変わらない。

 私は、そんな草太の横顔を見つめた。



 草太は、とてもかっこよくなった。

 高校時代と違って、四六時中一緒に居なくなったからか。

 それとも、あの涙を見せた日以来、彼は前よりもずっと落ち着いた男になったからか。



「由香、お盆もお正月も帰ってこないんだって」

「親不孝なやつ」

「草太」

「どしたー」

「次、由香が帰ってきたらどうする?」


 そう笑って言ってみせた。



「告白する」


 草太は、真っ直ぐと前を見ながらそう言った。

 私は、そんな事が聞きたかったんじゃない。


 どく、どくといやに胸がなる。

 寝坊をしたから、まともな朝食を食べていないのに、胃の中のものを吐き出しそうだ。



「俺は、今でも後悔してる」

「何を……」

「『由香は東京で幸せになるべき』なんて、子どものくせに大人ぶって、自分の気持ちを伝えなかったことを」


 答え合わせの時間だ。

 草太は由香の事を諦めたのであれ。と祈っていたというのに。残念ながら大外れだった。

 彼は、やはりあの時から今までずっとずっとずっと、由香の事を思い続けていたのだ。



 由香がいなくなった今。

 草太はようやく私を見てくれるんじゃないか。なんて期待をしていた。


 それでも、そんな考えがバカであった事に、私はようやく気が付く。



 二人で一緒に夜道を歩いても。

 二人で一緒にコンビニ前でアイスを食べても。

 二人で一緒にご飯を食べても。


 彼が見ているのは、私ではなくて、由香がいたあの日々なのだ。



「フラれてもいいから、ちゃんと伝えるべきだった」

「……会いたい」


 彼は、車内に流れる古いアイドルソングに負けそうな小さな声で、そう呟いた。

 甘い声で、昔のアイドルは愛を讃える歌を歌っている。私は、そんな草太の横顔に、何も答える事が出来なかった。



「えーちゃん、マジで迷惑かけてごめん」

「迷惑なんて……」

「俺の恋、延長戦~。っていうか、あいついつ帰ってくる?」


 彼は若干吹っ切れたのだろうか。

 対して面白くもない言葉のチョイスをして、笑った。



 彼はどうにも、本気で私の気持ちに気が付いていなかったらしい。

 私が紅天女を演じられる位の演技力があったからなのか。ただ単に、彼が「えーちゃんは俺を好きになる訳がない。ただの幼馴染だし」なんて思っていたからなのか。多分その両方なのだけれど。


 でも、その方が良いのかもしれないと思っている自分もいる。

 ここで、変に自分の気持ちがばれて、「あ、ごめん……」なんてフラれて、草太の幼馴染でいられなくなるのは、私にとって耐えがたいものであったからだ。



 ここから先の、一年間に特筆すべき事はない。




 二人で一緒に花火をしても。

 二人で一緒に夏祭りへ行っても。

 二人で一緒に紅葉を見ても。

 二人で一緒に温かいココアを飲んでも。

 二人で一緒に初雪を喜んでも。

 二人で一緒に大晦日を過ごしても。

 二人で一緒に初詣に行っても。

 二人で一緒にバレンタインのチョコを食べても。

 二人で一緒に沢山の時間を過ごしても。



 彼は私を見ていなかった。

 懐かしそうに目を細めて、居るはずもない由香の姿を探すだけなのだ。

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