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「それ、由香がバレンタインにくれた下敷き。懐かしいね」

「……バカとしか言いようがない」


 草太は、ぽつり、とそう呟きながらそのロリックマの下敷きをトキメキボックスに突っ込んだ。

 彼の部屋が片付かない未来を感じ取りながらも、彼がまた箱の中からものを出していくのを黙って見ていた。


 夏の終わりも近づいてきてるからか、窓から吹いてくる風は心地が良い。

 私も草太も、そんな風に吹かれながら私たちの幼馴染である「由香」の事を考えていた。



 草太の手に次に握られたのは、由香が読んでいた小説だった。

 なんでこんなものまで出てくるのか。魔窟過ぎるだろう。






「えーちゃんがおすすめしてくれた小説、じゅんあい……ヤバい……泣ける……」


 高校二年の夏だった。

 私たち三人は、近所(というほど近くもないけど)のコンビニの駐車上の車止めの上に座っていた。


 帰り道の途中にあるこの田舎感まるだしのコンビニ。

 どの辺りが田舎感まるだし、と言えば異常なまでに広い駐車場と、光に集まる虫の多さと、窓に張り付くヤモリのオンパレードと、店員のやる気のなさ。といったあたりか。



 私は、コンビニの中で買った缶コーヒーをゆっくり口に含んだ。

 由香は私の隣に座って、小説のレビューを。


 草太は、車止めの上に座る私と由香と向き合うようにしてしゃがんでいる。

 由香に「うんこ座り」とバカにされつつ、彼は棒アイスを舐めながら由香の結構どうでもいい小説の話を聞いて居た。



「お前脳みそすっからかんなのに、よく読めたな。えーちゃんじゃあるまいし」


 草太が、またそんな憎まれ口を叩く。

 由香は草太の事をちょっと睨んだ。


 草太はまたそんな事言って。なんていつも通り諭せば、由香は何故か少し曇った表情を見せた。



「えーちゃん、頭いいもんねぇ」

「え、いやそんな事ないけど……」

「由香はえーちゃんの脳みそ、ちょっとでも貰えば?」


 由香をいじるポイントを見つければ、草太はすぐすこを突っつく。

 本当に「好きな子をいじめたくなる小学生」そのものじゃないか。なんて思っていたとき、由香は膝の上に置いていた、小説に目線を落とした後に小さく口を開いた。



「……ちょっと、聞いてもいい?」

「由香?」


 なんだか、彼女らしくない雰囲気に、私はドキドキしてしまう。

 私ですらこんなドキドキを感じているのだ。前に座る男のドキドキ感はこんなものではないだろう。



「あのー、その」

「……おう」

「えーっと、えーっと」

「……早く言えよ」

「なんかさー、最近ちょーっと思ってることがあって……」


 もじもじとする由香。

 しかし、目の前の男からすればこの数秒も拷問のような時間なのである。



「なんか、そのー」

「……うん」

「えーちゃんと草太って、付き合ってる?」


 え?という声が漏れかけた。

 そんな訳、無いじゃないか。草太が好きなのは由香だというのに。

 私が「付き合ってないよ」なんて答えようとした時、目の前の草太が視界に入った。


 私は、草太が「付き合ってない」なんていつも通りの子どもっぽい表情でムキになって反論すると思ったのだ。

 草太は由香の事が好きだから、勘違いなんてされたくないに決まっているだろうし。



 数秒だけだっただろう。

 でも、私にはその沈黙がとてつもなく長く感じられた。

 

 田舎虫の、しゃんしゃんと無く音や、近くの田んぼに住んでいるカエルの鳴き声しか聞こえない。



「何でそう思った?」


 草太は、そう言った。

 混乱しているのは、私も由香も同じくである。


 由香は少しあわあわと謎のしどろもどろパントマイム披露した後に、小さく口を開いた。



「なんか、草太は、えーちゃんの話ばっかりだし……」


 ええと、その、なんていうか、いや……なんてごにょごにょ下を向いて続ける彼女。

 目の前にいる草太は由香に見えないうちに、一瞬だけ、口元を緩めた。

 その表情を見て、気づいてしまった。



 草太は、由香が勘違いした事を喜んでいるのだ、と。



 私も草太も、由香の性格をよく分かっている。

 彼女は少し幼稚で、何でもかんでも頭を突っ込みたがる。


 いつもの彼女ならサクッと「えーちゃんと草太付き合ってる!?」なんて確信を得た瞬間聞いてくるに決まっている。

 そんな彼女が「最近ずっと思ってたことがあって」なんて言って切り出してきたのだ。ここ数日だけ疑問に思っていたとは思えない。



 好きな子が、自分の事で悶々と悩んでいる。

 これほどに彼を喜ばせるシチュレーションはなかった。



 彼は、わざとらしく答えを与えない。

 私は、ぎりぎりとした胸の痛みを感じながらも、沈黙を貫いた。



「えーちゃんはー」


 いつもは、間延びしたもの言いなんてしないくせに。

 由香は、草太を見ている。



「俺なんかじゃもったいない」


 草太は、そう言った。

 由香は、ばっと顔をあげると「心の底から同意する!」と急にいつもの通りのトーンで言った。

 そこから由香は、私が草太にはいかに勿体ないか。という事を嬉々とした表情で語りだした。二人して、えーちゃんいいところトークで盛り上がっている。


 彼は、無意識のうちに私をフッている。

 つんとする鼻の痛みを感じながら、私はもう一度口にコーヒーを含んだ。



「あ、そう言えば絵里子。お前最近告白されたらしいな」


 ぴっと、ひとさし指を立てながら草太はそう言った。

 どうして知っているんだろう。なんて思っていたのがどうにも顔に出ていたらしい。彼はにやにや笑いながら「それ、俺の友達~」なんて言う。



「えーちゃん、彼氏!?!? 先、越されたー!!」

「由香、お前もしかして、自分がえーちゃんと同じスタートラインに居るとでも?」

「うるさいな!!!」


 そう言って、由香と草太の喧嘩はまた始まった。

 私は、それに笑っているふりをする事しかできなかった。








 その日の夜、いつも通り由香があの角を曲がっていく。

 私と草太はいつもの通り、その背中が家の門をくぐるまでしっかり見届ける。



 からから、と自転車を押し始めればここから、また五分間の地獄タイムがやってくる。

 今日は、由香の背中を見つめる草太の横顔がヤケにぽわぽわしていたので、よりキツい時間になるだろう。という私の予想は見事に当たった。



「えーちゃん」

「……はい」

「好きでよかったー、俺、いま死にそー」



 彼は、無駄に綺麗な星空を仰ぎながらそう言った。

 その横顔は、依然、ぽわぽわとしている。

 こんな些細な事で喜べるって、俺ヤバいかなー。なんて彼はてれてれ笑っている。



「由香、勘違いしてたね。面白い子」


 私がそう言えば「えーちゃん、悪い気分にさせてごめん」と本気で申し訳なさそうに謝ってきた。

 それは、「告白されたばっかりなのに、俺なんかと変に勘ぐられて」みたいなよく分からないお節介からくるものなんだろう。



「えーちゃん。そう言えば、おめでとう、色々」

「……付き合わないけど、ね」


 そう言えば、隣の草太は「もったいない!!」なんて真剣に驚いた顔をする。


 私は、これ以上なにも言えなくなってしまってただ黙って暗闇にぼんやりと浮かぶ蛍光灯の光を見ていた。



 ここで、勘違いしないで欲しいのは、この「草太」という私の幼馴染は決して悪い人間ではないという事だ。

 少し、鈍感なのかもしれない。なんて私は思っていたが実際そうではなかったようで。


 私も、実際他の人から告白を受けて初めて気が付いたのだ。

 「え、この人私のこと好きだったの?」と。


 それはきっと、私が草太の事が好きで。草太の事しか目に入っていなかったからだ。

 ああ、だから草太は私の気持ちに気が付かないのか。なんてようやくその時悟った。



 どう考えて報われない恋をしている私視点で見るから、草太は呑気で鈍感で人の気持ちに気が付けないパッパラパーに見えるのだ。

 私の事を好いてくれていた彼視点でみれば、私もきっと呑気で鈍感で人の気持ちに気が付けないパッパラパーに見えていたに違いないだろう。



「明日、あの小説借りてみれば?」

「俺、小説はちょっと」

「『苦手だけど、由香が面白いっていうなら頑張って読む』とでも言えばいいじゃない」


 そう言うと、隣の草太はなるほど。と言った。

 また、私の胸はぎりと痛む。


 由香に小説を薦めたのは私だ。

 これは、由香が「なんか小説読んでみたい」なんて適当な事を言いだしたから。



「私も読んだことあるから、もしギブアップしても話の内容は教えてあげる。由香との、話のネタになると良いね」

「ナイスアイデアえーちゃん……」


 私は、一体いつまでいい人ぶるのだろう?

 本当はここまで見越して、由香に小説を薦めたというのに?


 からから、と車輪の回る音がする。

 草太は以前ご機嫌で、今日音楽の時間に習った曲を鼻歌で披露している。



「草太は……由香の、どこが好きなの?」


 そう言えば、草太は笑った。



「……バカなとこ?」


 そこが、可愛い。なんて草太は笑う。

 バカなとこ。なんて。


 もう何年も、何年も絶対に報われる訳のない恋をしているバカが、いま、草太の隣にはいるというのに。


 どうして、私じゃだめなんだろう。

 そう思っている時点で、私は最強のバカであるはずなのに。

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