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8月に書いてたものなので、作中の季節は夏です。

「由香が帰ってくるから、部屋の掃除してから迎えに行く」


 二時過ぎ。

 みんみんと鳴くセミをうるさく思っていた時、草太から届いたのはそんなメッセージだった。


 今日は八月二十四日。

 私の幼馴染の由香が、このクソ田舎に帰ってくる日。

 高校卒業以来、一切帰ってこなかった由香が帰ってくる日。



 私の好きな草太が、一番待ち望んでいた日。









「トキメクー!!」


 私は、そう言う彼の背中をじとっとした瞳で見ていた。

 ばーちゃんが持たせてくれたスイカを入れたビニール袋が、がさと揺れた音でようやく私の存在に気づいたらしい。

 彼は「え、えーちゃん……」なんて言いながら引きつった笑みを浮かべながら、立っている私を見る。



「何してるの」

「そ、掃除……」


 彼の部屋は、異様に散らかっていた。

 ベッドの上には、いくつも服が重ねられている。

 床に座り込んでいる彼の前にはゲーム機や雑誌やワックスなど、とにかく色々なものがごっちゃごちゃに放りこまれた箱がある。


 どうにも私に見られてはいけないものがこんにちはしていたようで、彼はすうっと足を伸ばし、謎の雑誌をベッドの下にシュートした。



「草太。さっきの『トキメクー』って何?」


 そう言えば、彼は床に伏せていた「人生がときめく片付けがどうだの書いてある本」を指さした。

 なるほど。どうにも彼は少し前に流行った「こんもり先生」のときめき仕分けを行っているご様子。


 確かルールは「手にしてときめかないものは全て捨てろ」なんていうものだったような気がする。

 私はテレビでちらっと見ただけなので、あまり詳しくないのだが。



 私は、扇風機の風に揺れるポスターをぼんやりみながら、彼の横に腰を落とす。

 そして「ばーちゃんがスイカ持っていけって言ってたから」なんていう、彼の部屋を訪れたい為に必死に考えた言い訳を呟いた。



「おーありがとう。後で切ってもらって一緒に食べるか。っていうか絵里子。後で迎えに行くってメール送ったのに……」


 そう小さく呟く彼。

 ま、絵里子にも手伝ってもらったらいいか。なんて機嫌よく笑っているが。


 今まで部屋の掃除などめっきりしてこなかった彼。何が彼をこんなにも駆り立てるのかはよく分からない。

 彼は、箱の奥から出てきたロリックマ柄の下敷きを見て、少し目を細めた。



「草太。トキメキ仕分け中なんでしょ……要らないもの、捨てたほうがいいよ」


 分かりきっているのに、私はわざとそう言ってみた。

 彼は、あぐらをかいたまま、その少し汚れてしまっているロリックマ柄の下敷きを見つめるだけ。そして、小さく「これはトキメクよなぁ」なんて呟いた。



 ただの小汚いロリックマの下敷きに「トキメキ」を感じ、捨てられない男などいるものか。

 それなら、トキメキ仕分けなんかやめちまえてめぇは向いてねぇんだよ。なんて私は言いたくなるが、彼にとってこのロリックマ柄の下敷きがどういう意味を持っているのか、という事を私はよくよく知っている。






「メンゴ!!!! 今日バレンタインデーか!!!! 草太これでいいよな!?」


 そう言って、スクールバックから自分の使い差しのロリックマの下敷きを渡したのは私の幼馴染である「由香」であった。

 ぴっと差し出されたロリックマ柄の下敷きを見て、私のもう一人の幼馴染である「草太」はぎゅうっと眉を寄せた。


 そして、草太は「マジか……」なんて言いつつ、マフラーに顔を埋める。

 ちょっと幼さが残るけど、しっかりとした二重のライン。綺麗に整った眉が少し下がるのを私はただじっと見ていた。



「チョコなら、えーちゃんが美味しいの作ってくれるでしょ。っていうかマジで忘れてただけけど!」


 草太の気持ちなどこれっぽちも知らない彼女は、ごめんごめんなんてケラケラ笑っている。


 放課後、この教室には私たち3人しかいなかった。

 ストーブも使用時間外である為に、すっかり冷え込んでいる。

 教室の中だというのに、マフラーも装着。ちなみに色気なくスカートの下に長いジャージも履いている。


 外は、もうゆるやかに暗くなってきている。

 遅くまで部活をしている由香と草太を待つのは、私の日課である。

 いつもなら、もう少し遅くに待ち合わせ場所であるこの教室にやってくる草太が、普段よりそわそわしながら早めにやってきたのは、今日が2月14日だからだろう。


 それでも、草太の期待をあっさり裏切った彼女は、未だに「ごめんごめん」なんてヘラヘラするのみである。

 



 私(えーちゃん)と、由香と、草太は幼馴染であった。


 少子高齢化の波にのまれまくっている片田舎。

 歩いて40分はかかる中学校までの距離。それを楽しく過ごせたのは、このちょっとアホな由香と、私がずっと昔から想いを寄せていた草太の二人がいたからであろう。



「別にいいけど。お前のクソ不味いチョコ食うくらいなら、えーちゃんの貰った方が五億倍有難いし」


 彼はそんな言葉をぽろり、と零す。

 これが彼の本心であれば、どれだけ良かったことか。



 草太は、由香の事が好きだった。

 それを、由香は知らなかった。アンポンタンだから。


 私は、草太の事が好きだった。

 それを、草太は知らなかった。アンポンタンだから。



 草太は去年、ぐちぐち言いながらも由香から貰ったチョコを本当に嬉しそうな顔をしながら受け取っていた。今年だって、とてもこの日を楽しみにしていたはずだ。

 なのに目の前のアンポンタン由香は「ごめん!忘れてた」なんて軽い言葉で草太の一年に一回の楽しみを蹴り飛ばしたのだ。



「草太、由香。ほら喧嘩しないで。今年は作りすぎたから一緒に食べよう」


 そう言えば、由香は「えーちゃん!!愛してる」なんて言いながらぎゅうっと私に抱き付いてくる。

 その様子を冷えた目でみるフリをする草太。あくまでフリである。彼が、由香の事を冷えた目で見る訳などないのだ。

 由香が「えーちゃんのクッキー!」なんて私に釘付けになっている間、私は草太をちらりと見た。

 彼はマフラーに口をうずめながら熱っぽい瞳で、由香の事を見つめていた。

 由香以外の、誰にも向けられないそんな表情。




 タッパーにぶち込んできたクッキー。

 綺麗にラッピングせずにタッパーにぶち込んできたのは、もうこうなる未来が見えていたからか。



「いただきます、えーちゃん」

「絵里子、ありがとう」


 机の端にお尻を乗せて、草太はクッキー1枚片手に微笑んだ。

 いつもは「えーちゃん」と呼ぶくせに、時々真面目に「絵里子」と呼ぶのは本当にやめてほしい。



「えーちゃん、美味しい! 将来はパティシエ?」

「ならない、かな……」

「おー美味しい。毎年えーちゃんの作ったのは美味いな。どっかの誰かさんとは違って」


 その言葉に、由香はぴくりと反応する。

 そして、そこから由香と草太の喧嘩は始まるのだ。


「貰ってる立場のくせに偉そう!」

「今年はもらってませーん」

「うるさいな! 去年まであげてた!」

「あー、えーちゃんのクッキーうまー」


 さくさくと私の作ったクッキーを食べ進める草太。

 それでも、「来年からは、本当に好きな人にしかあげないから!!」なんていう由香の言葉に、簡単に草太はひるんだ。



「由香も草太もバカみたいな喧嘩続けてたら、もうこのクッキーはお預けかな」


 そう言えば、由香は「ご、ごめん!!」なんて言って謝ってむしゃむしゃクッキーを頬張り始めた。

 草太は、少しだけ悲し気に目を伏せる。

 そして、ここで話を切ってくれてありがとう。とでも言いたげな表情で草太は私を見た。





 数か月後のホワイトデーを少し過ぎた辺りに、私は大層高価なお菓子のお返しを草太から貰った。駐輪場でだけど。



「草太……こんなの悪いよ、貰えない……」

「おー、気にすんな。えーちゃんは毎年くれてたから」


 草太は、伏目がちに笑いながらそう言った。

 やけに綺麗なロイヤルブルーの包み紙。そこには、こんなクソ田舎では売っていないに違いない有名お菓子メーカーの名前が。


 草太は、クラスメイトも、由香もいない所でこれを私に渡してきた。

 そんなはずはないのに。ありえないのに。と思っているのに、心の中でどこか期待してしまっている自分がいる。


 雪も解けたせいで、ようやく乗れるにようになった自転車を草太は「どこ置いたかなー」なんて言いながら、探している。



 私は、その時に口を開いた。



 草太、と名前を呼びかける瞬間に、「えーちゃんーーーそうたーーーー」なんていういつもの由香の声が聞こえる。


 今でも思うのが、この時由香がにこにこ笑いながら現れてくれて良かった。という事だ。

 何を自惚れたのか、あの時の私は「好き」なんていうカミングアウトをしかけていたのだ。


 バカの極みである。

 草太は、私にこの包みを渡す時、本当にいつも通りだったというのに。

 由香に名前を呼ばれるだけで、目の前の彼の挙動はすっかりおかしくなってしまっているというのに。

 勝てる訳がない、と思った。



「由香、部活は?」

「終わったー、一緒に帰ろー。草太はおまけー」

「……は? 由香お前が1人で帰れバーカ。俺はえーちゃんと帰るから」

「はい!? 草太、あんたが1人で帰れバーカ!」

「ちょっと二人とも……」

「えーちゃん、俺を選んでくれ! こんなバカ女じゃなくて!」

「えーちゃん! 女の友情ここにありけりだよね!?」


 こうやって、二人が私を挟んで喧嘩をする事はよくあった。

 その様子を、笑ってみつめるのは少々心が痛む。



「……由香、草太。三人で一緒に帰ろう。ほら、草太からお菓子貰ったからさ、コンビニ前で食べよう」

「は!? 草太、なんでえーちゃんだけに!?」

「俺は、ちゃんとバレンタインにお菓子をくれた子にしかお返しはしませーん」

「ロリックマの下敷きを忘れるな!!」

「はー? ゴミ押し付けられたこっちの身にもなれ」

「ほら、もう三人で分けて食べよう……」



 呆れたようにそう言えば、由香は「とりあえず食べれたらいいか」なんて思ったらしく、「中身なに?」なんて聞いてきた。



「何かな?」

「チョコがいーなー」


 そう言って、草太は笑った。

 本当に、彼は残酷だと思った。


 だいたい、草太がわざわざこんなものを私の為に選んでくれる訳がない。なんてこと分かりきっていた。

 もし自分で選んだのなら、中身くらい分かるでしょ。


 私は、彼の世話焼きな母親が「えーちゃんに悪いしこれを持っていきな」なんて持たせてくれた映像が脳内に浮かんで、やるせない気持ちになった。


 そして、長い付き合いである彼の母親が私にだけお菓子を渡すわけがない。

 どうせ由香の分も、彼は持っているに違いない。


 だけど渡せない、これが恋心か。






 その日の夜、由香とバイバイした後、草太は「自分は由香が好きだ」とカミングアウトしてきた。

 私はそんな事もう随分前から知っていたが、ここでそう言えば負けな気がしたので「そうなんだ」なんてぽつりと零した。


 彼にとって、私はとても大切な幼馴染であるらしい。

 えーちゃんにしか相談できない。なんて切なげな表情で彼は私は見た。



 由香とバイバイした後、二人で帰る五分間。

 この時間が私は大好きだった。


 しかし、このカミングアウトをうけた日から、この五分間は地獄のような時間へと変貌した。



 草太が、ぽつ、ぽつと零していく由香への恋心。

 由香の話をする時の草太のあの瞳が。あの赤く染まる頬が、私の胸をぎりぎりと痛ませていく。



 この冬、私はこの胸の痛みを「ハート雑巾絞り」と名付ける事にした。

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