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鬼ごっこ

邂逅!

「あいっかわらず呑気な地区だな……」


風にのって香る肥料と土の匂い。

井戸端会議に花を咲かすお年寄り。

駅を出た俺は、数週間前と変わらないその雰囲気に呆れ返った。

ここは『平穏な田舎』なんかではないはずだ。

俺が四人目を殺したのは、間違いなくこの地区なのだから。

それなのに警戒は薄いし、報道陣の姿すらも見えないというのは、少し油断し過ぎじゃないだろうか。

もっとも、こちらとしてはありがたいんだけれど。


「さて、行くか」


そんなことを思いつつ、俺はゆっくりと歩き出した。



出来るだけ平静を装っているけれど

実は一歩交番へ近づくたびに、言い様のない緊張感が湧き上がっている。

今までの安全策に徹した殺人と違って

これはあまりにも危険な行為。

いくら人気のない、呑気な地区だとしても

ほとんど策を練る時間もなかったうえに

それが自ら姿を表すという自爆行なのだから

決して安全とは言えないのだ。

もし、応援で来た刑事がいたら。

パトロールの時間が違っていたら。

ーーまぁ、不安は尽きない。

と言ってもむざむざ帰るわけにはいかないから

怖気つく自身を奮い立たせるように息を吐いて、一つ目の角を右へ。

交番まで、あと10mもない。

そこで一度足を止めた俺は

怪しまれない程度に辺りを確認しつつ

人の気配がまったく無いことに安堵した。

警戒は未だに、解けないけれど。


「……、よし」


入り口の壁に背を預けて、呼吸を整える。

そして横目で、誰も中にいないことを確かめてからーー

一気に、飛び込んだ。

せまい交番だ、三歩もあれば隅にある机まで楽に行ける。

一目見て例のアレだとわかるよう

USBメモリーに付いた血痕はそのままにしてあるし

テロリストどうこうのニュースが流れたのは今朝だ、いくらなんでも異変に気付く。

俺はコレの中身を見てはいないが、おそらく一度でも見れば判別できるようなものなんだろうし。

机に駆け寄るのと同時にポケットに手を入れ

手探りでUSBメモリーを掴む。

そしてそれを取り出そうとした、


瞬間。


「おーまわりさーん、信号ぶっ壊した犯人捕まえて来ましたよっと」

「お前も一応お巡りさんだろうが。……、って


誰だお前?」


中に入ってくる人影と、軽く反響した二人分の男の声に、思わず体が強張った。

名乗られなくても話の内容や体格

何より感覚でわかる。


こいつら、刑事だ。


「ここの駐在、って訳じゃなさそうだけど」

「先輩ー、どうしたんすかー?」

「いや、よくわからんけど先客がいて、」


振り返りたい衝動を抑え、ばくばくと高鳴り出した鼓動を必死に隠す。

ここで動揺を知られてはいけない、と冷静な脳が叫んでいるが、体は正直で

机に置いた手は微かに震えていた。

どうする、どうする。


「……おい、お前ちょっと」


何も言わない俺を不審に思った、先ほど『先輩』と呼ばれた刑事が怪訝な声でそう言って。

そのとき、俺の中で何かが切れた。


「ーーーーっ!」

「え、ちょ、おい!」

「うおっ!って先輩どんだけ脅したんすか、」

「脅してねぇし、いいから追えって!」


俯いたまま入り口に立つ男二人を突き飛ばして、走り出す。

今の俺には逃げるしか思いつかなかったのだ。

その際もう一人、チャラついた男が居るのが見えたが

……まぁ警察っぽくないからどうでもいい。


「っ、なんなんだよ!なんで刑事が二人も、」


先ほどの角を左に曲がり、すぐに狭い路地へと入る。

昔住んでた地区だ、ある程度の土地勘は残っていると信じたい。

少なくとも、今日たまたま来た刑事よりは。


「待てコラ不審者!」


背後から聞こえる足音は、二人分。

どうやらまだ後を追ってきているらしい。

なんて、頭の隅で考えながら

必死に足を動かす。

最初は右へ、次は左

左、左、右、左、そして

最後に右へ曲がって、路地裏から抜け出る


直前で、手首を掴まれた。

再びどくんと、心臓が大きく跳ねる。


「つーかまえた。俺の先輩刑事が君に用があるみたいでさ、ちょっとお話聞かせてもらえるかい?」


頭上から響く声。

『先輩』と呼ばれていた刑事はもっと小さかったから、この手は『後輩』の方のものなんだろう。

柔らかい口調で言いつつも、安易には逃げられない威圧感が滲み出ていて。

焦りと混乱でいっぱいになった脳内は

昨夜のことまで思い出させて。

六人目の、あの目がフラッシュバックした。


背筋が強張り、全身に冷たいものが走る。

そして。


「っ、!」

「へ?わ、ちょっと!」


何も考えられなくなった俺はポケットに手を突っ込み、一縷(いちる)の望みを託して

指先に触れたソレを掴んで投げつけた。

刑事は一時ソレを眺めていたが

すぐに青ざめてソレに手を伸ばす。

当たり前だ、投げるときに確認はできなかったけれどソレとはまさに


重要な手がかりであるUSBメモリーなのだから。


ポケットにいれていたのはUSBメモリー『だけ』だ、間違えたはずがない。

とにかくこれで、目的は果たした。


隙が出来て力が緩んだ刑事の手を振り払って踵を返し、路地を抜ける。

そして刑事が追ってくる前に横道へと進み

唯一賑わう二階建てスーパーの中へ飛び込んだ。

ここにスーパーがあることも

路地裏の抜け方も

記憶にあって本当に良かったと、心の底から思う。


「も、走れねぇー……」


『立ち入り禁止』と張り紙のされた

二階へ続く階段の踊り場にずるずると座り込んだ俺は、すっかり荒くなった呼吸の間でそう呟いた。

ちなみにここが立ち入り禁止なのは

せっかくエレベーター付けたのに、階段使われたら勿体無い。という店長の冗談のせいだから、別に入ってもいいのは数年前この地区に住んでいた人間なら誰でも知っている。


「はぁ、」


追いかけてくる気配や足音はしない。


と、理解した瞬間体から力が抜けた。

どうせ帰りの電車は今から一時間後、休憩していたって問題はないだろう。


やっと訪れた安堵。

だが俺は、重大なことを忘れていた。


ポケットに入っていたのは

USBメモリーだけではないことを。


次回投稿はさらに遅くなりそうです…

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