運の無い刑事
フラグ回です、はい。
遠くで聞こえる子どもの声。
車は俺たちの前を走る一台のみ。
左右に広がるのは畑、畑、畑。
あれだけ賑わう都市部と同じ街とは思えないほど、まさに田舎な空気。
そこに、俺と後輩はいた。
「……平和っすね」
「そうでも無いだろ。つい最近だぞ
連続殺人事件の現場になったの」
そう、ここは例の連続殺人の
四人目の被害者が出た地区だ。
さて、何故俺たちがここに居るのか。
理由は単純。
捜査会議で決まった方針に則って、四人目の被害者を調べ上げる役割を割り当てられたからだ。
悔しいが、現状で犯人の目星はまるで付いていない。
ただ分かっているのは、殺された六人に何らかの共通点があるということ。
それも、かなり根深い共通点が。
そこで捜査本部は、『闇雲に犯人を探すよりも被害者の関連を調べてあぶり出す方が早い』と判断したのだ。
で、俺たちは四人目の被害者が住んでいて
殺された場所でもあるここを捜査に来た
……んだけれど。
「俺退職したらここに住もうかな」
「早くも隠居のこと考えないで下さいよ先輩ー」
びっくりするほど何も無かった。
というか、建物自体が少ない。
話を聞こうにも、通りがかるのは散歩中のご老人ぐらいだ。
運転席に座る(俺は免許持ってない)後輩もだいぶ気が抜けたように、大きな欠伸を漏らしている。
その行動に緊張感の欠片もないが
かくいう俺も、正直テンションは上がらなかった。
僅かに開けられた助手席の窓から吹き抜ける風が、切迫する雰囲気をも一緒に吹き飛ばしてしまったかのように。
「にしても、テロリストーー『平成改革』っつったか?はなんでおとなしくしてんだろうな。さっさと殺人鬼捕まえてUSBメモリー回収しないとまずいんじゃねぇのか、あいつらの立場だと」
「そうでしょうけど、この街は『羽衣組』の管理下っすからね。裏の事情を知ってる奴らなら、そうそう表立って動けやしませんよ」
少しでも緊張感を出そうと、特に意味もない問うてみれば、後輩は当たり前だと言いたげな表情で答えた。
ところがその答えに、俺は内心首を傾げる。
こいつは人脈が多いからそういう系統ーー要するに『社会の裏側』の情報が入りやすいのは知っているし、何度か聞かせて貰っているけれど、『羽衣組』は初めて出たワードだ。
組、の時点で大方の予想は付くが。
「羽衣組?」
「あれ、先輩知らないんすか?日本最大のヤクザっすよ」
「……ヤクザとかの担当は捜査三課だろ。他人の管轄に興味ないからな」
「縦割り社会の権化みたいなこと言いますねぇ」
はは、軽く笑った後輩に
大人気ないとは感じつつも、自然と不機嫌さが顔に出る。
悪かったな縦割り社会の権化で。
孤立社会よりはマシだろばーか。
「羽衣組ってのは穏健派で有名なヤクザで
あんだけの人数で規模も相当なくせに全員一枚岩っていう、化け物組織ですよ。
組長に心酔してる奴ばっかって噂」
若干拗ねて顔を逸らすと、後輩は笑いを堪えて説明し始めた。
その様子に、ますます苛立ちは増していく。
でもそんな文句が、いかにも子どもじみているのは熟知しているので
あえて何も言わず、俺は暇つぶしに過ぎない会話の先を促した。
「一般人には無関係貫いてて危害は加えねぇし麻薬もしない、同業者である刃向かってきた組織を跡形もなく潰したりしてて。
警察が手出し出来ない奴らまで自由に扱えるってんで、警視庁上層部と繋がって過激派組織の牽制とかしてるらしいですよ。
自分たちの犯罪行為……拳銃所持とか器物損壊、暴力行為を見逃す代わりにね」
「なんでヤクザやってんのか不思議な奴らだな。正義のヒーローでも気取ってんのかよ」
「気取りってレベルじゃないっすよ。そっち方面では警察より人守ってますから
まさにヒーローなんですよ、力を持たない人間から見れば」
確かに、自分の保身のために国民危険に晒す警察なんかより頼りになるかもしれない。
そういう、圧倒的な暴力での抑制は。
といっても、暴力を使ってる以上
褒められたものではないけれど。
「とにかく、テロリストが動かないんじゃあやっぱり被害者の身辺当たるしか方法なさそうだな」
「ですねー。……どっから行きます?」
俺はグローブボックスから地図を取り出し
四つ折りのそれを、邪魔にならない程度に広げる。
ばらばらな位置に付けられた赤い印はすべて、四人目の被害者に関係のある所だ。
交番、職場、常連だった店など
合計6ヶ所。
ここからの距離はどこも大差ないが
最初に行くならここだろう。
赤信号でスピードを徐々に緩め、俺の手元を覗き込む後輩に
場所を指で示し、俺は簡潔に行く先だけを告げた。
「被害者自宅」
「りょーかーい」
そして
間延びした返事をした、後輩の頭を俺が丸めた地図で叩くのと
目の前を走っていた車が急に信号機へつっこんだのは
奇しくも、ほぼ同時だった。
「すいません、先に交番行かなきゃなんないみたいっすけど。それとも、交通課来るまでここで待ちます?」
見事に折れ曲がった信号機と
慌てて車外へ出てきた青年を眺めて後輩は言う。
怪我人がいる気配はしない。
損害は信号機くらいだ。
青年の様子からみて、原因が前方不注意か居眠り運転であることも容易に想像出来る。
よくある事故。
だけどタイミングが壊滅的に悪かった。
ふつふつと湧き上がる、なんとも言えない気持ちと
それに比例して増した頭痛に頭を抱えた俺は
半ば自棄のような口調で吐き捨てる。
「……さっさと連れてきて交番行くぞ!」
流行りなのかなんなのか知らないが
田舎らしいこの風景に不釣合いな程チャラチャラした格好の青年を、一発殴りたい気分だった。
余計な手間かけやがって、という
半分は、八つ当たりによく似た理由で。
次回こそ『鬼ごっこ』を投稿します!