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お約束の敵役。

ちょっとギャグ風味です。

「何考えてんだ?刑事部長は……」

「脅しじゃないんですか?殺人鬼に、早く出てこないとテロリストに殺されるぞーっていう」


先ほど買った缶コーヒーを片手に問う俺に

自動販売機のボタンを押して、後輩は言う。

ぴ、という電子音のすぐ後に受け取り口へ落ちてきたのは

甘ったるいことで有名な炭酸飲料だった。

……本当甘いの好きだなコイツ。


「でも発表はやり過ぎですよねぇ。

テロリスト煽ってるようなモンですし」


後輩は、俺なら一口で降参するだろうジュースを平然と煽って

近くの壁に体を預ける。


俺も、こいつと同意見だ。

あの会見は、確かに多少の牽制にはなるかもしれないけれど、それでも圧倒的にデメリットの方が多い。

わざわざテロリストに情報を与えるなんて。

いやそれ以上に

連続殺人犯が身の危険に気付いて手放したりテロリストに渡したりしたらどうするつもりなんだ。

混乱を煽るような会見

わざわざ与えた情報。

まるでーー


「『USBメモリーが破棄されるのを望んでいるみたいだ』、ですか?」


俺の心を読んだかのように後輩は言って

さっさと飲み干した缶をゴミ箱に放る。

小学生とかがよくやるような行動だが

いくらなんでもこの距離は無理だろ。

心の中でそう吐き捨てて、俺はもう一度今回の事件に集中しようとコーヒーを煽った。

だが案の定ゴミ箱を飛び越えた缶が

壁に向かって飛んで行き

思わずそれを目で追ってしまって

壁の辺りに視線をやる。

すると

激突する寸前で、誰かの手がその缶を取った。

ぱしっと手首をひねるだけで受け取られた缶は、ゴミ箱に入れられる

のではなく

そのまま勢いを付けて、こちらの方へ投げ返されたた。

まるで野球のボールの様に、缶は後輩の頭部目掛けてまっすぐに飛び

額の丁度ど真ん中に命中する。

すこーんと、漫画みたいな音が休憩室に響き渡り

隣にいた後輩は、仰向けに床へ倒れこんだ。

ぴくりとも動かない後輩に、俺は鈍痛を訴え出した頭を押さえ、缶を投げ返した人影を伏し目がちに伺う。

自業自得だな、今回は。

まぁ、やり過ぎだけど。いつも以上に。


「休憩ですか、新村さん」

「そうですよ駄目ですか鑑識が休憩したら。こちとら死体とにらめっこで心身ともに疲れ切ってんですよアロスタティック負荷で軽く三途の川渡りかけてんですよそれでも馬車馬よろしく働けとでも言うんですかああそうですか警視庁爆発しろ」

「え?あ、えっと

とりあえず『アロスタティック』?ってなんですか」

「ストレスがある一定の限度を超えると、そのせいで体や心に摩耗が生じる。それがアロスタティック負荷です。ま、僕にとっては死体なんて生身の人間と大差ないんですけどね心臓動いてないだけであはははは」


べらべらと早口でまくし立てた新村さんは

完全に据わった目で俺を見た。

数10㎝下から俺を見上げるその視線は、まさに殺人鬼のような怒りに満ちていて。

俺は、恐怖に背筋が凍るのを感じた。

視線が俺から後輩に移っても緊張感は続き

出来るなら今すぐ逃げ出したいが

迂闊に動いたら死ぬ、と僅かに残った俺の動物的本能が叫んでいる。

とはいえこの人と無言とか怖すぎるので

仕方なく、おそるおそる口を開いた。


「どうしたんですか?なんか……すげえ機嫌悪いような……」


すると、新村さんは不気味に口角を上げ

地に伏す後輩を踏みつけて起こしながら答える。


「ええ、機嫌はすこぶる悪いですよどっかの刑事部長と公安部長が素晴らしく無能なせいで。あんなのが犯人逮捕とか世も末ですね真面目に正義夢見て警察入った警察官全員に土下座して謝れよって話ですよまぁ僕は正義っつーか給料良かったから入っただけなんですけどねあいつらよりはマシだと自負しますよこれからは。あぁ思い出したら腹立ってきた。


……やっぱアンモニアぶちまいて来れば良かったか」


もう駄目だこの人。

思考が完全に犯罪者だ。危険思想過ぎる。


まだぐりぐりと踏みつけられている後輩に心の底から同情した。

が、すぐに思考は別のものへ移行する。


「公安部長と刑事部長?」


恐怖で幻聴が聞こえた訳じゃなければ

確かに、新村さんはそう言った。

今回の事件はテロも絡んでいるから、公安が動いていたっておかしくない。

それでも

その言葉には、どこか違和感があって。

思ったまま聞き返した俺を

新村さんはちらりと見やって、小さく舌打ちを零す。

それから、やっと起き上がった後輩を華麗に無視し自販機へと歩を進め

何枚か小銭を挿入した後。

だぁん、と乱暴に『大納言おしるこ』のボタンを押し潰した。


まさかのおしるこ一択だった。


迫力と意外性に目を見開く俺と後輩に背を向けたまま

新村さんは別段低い声で言う。


「今朝、六人目の被害者宅を捜索してきました。特に手がかりは見つかりませんでしたが、彼の日記を発見したんです。その日記のあるページに、こう書かれていました。


警察には失望した。このデータにあることが本当なら、日本に未来は無い。

アレと同じメモリーに入れておけば、発見してくれた人がテロと一緒に公にしてくれるだろうか。


って。

……だから、日記を見てしまった僕が呼び出されて、口止めと証拠隠滅を命じられた訳です。

USBメモリーが見つかり次第壊せと」


全く状況を理解していなかった後輩にも

ことの重大さはわかったのだろう。

USBメモリーが、殺人鬼の持っているアレのことだということも

テロの情報と同じく入れられた警察の情報が、まずいものだということも

その結果

どのような結論を下したのかも。


「壊したら、テロ止めらんなくなるんじゃないんですか?」

「自信があるんでしょうね。

情報は無くても止める自信が。

だから無能は嫌いなんですよ、自分の力を過信して最善を選ばないから」


二人の会話に耳を傾けつつ、俺はややこしくなってきた事件に溜息を漏らす。

お約束みたいな隠蔽工作。

ドラマや小説でおなじみの権力悪。

フィクションならそんな敵役とも格好良く戦うけれど

ここにいるのは

腹黒鑑識課長

脳筋平刑事

平々凡々刑事

の三人だ、主役には最も適してない。

それなのに、相手はテロリスト・殺人鬼・上層部という犯罪御三家。

ぶっちゃけ勝ち目無いな。


なんて、現実逃避して。

俺は、とりあえず辞職届は書いておこうと心に決めた。


ああ、空が青いなぁ。


新村さん出張ってるなぁ……

でも鑑識さんって大好きなんです!

もしも来世があるなら鑑識さんになりたいです。


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