六人目の謎
「捜査員は現場に急行せよ!」
「「はい!」」
本部長の、珍しく迫力のある声を受けて
弾かれたように全員立ち上がる。
確かな緊張感が、部屋中に満ちていた。
……何しろ、数時間前
連続殺人事件の、遂に六人目の被害者まで
出してしまったのだから。
「先輩、行きましょう」
「、あぁ」
神妙な面持ちで部屋を出る後輩に続き
俺も現場へ向かって歩き出した。
野次馬やマスコミを押しのけて
黄色のビニールテープの前に出る。
そして、近くに居た警備員に警察手帳を晒し
ブルーシートを潜り抜けた。
そこには
ぐったりと倒れている、一人の男性。
生死を確かめなくても
もう息をしていないのは、わかりきっている。
「……凶器と死因は?」
辺りに撒き散らされた血液に思わず眉を顰めて
近くにいた鑑識の一人に問うと
その人は慣れた口調で答えてくれた。
「凶器は包丁、死因は頚動脈の損傷による失血死です」
前の五件と全く同じ手口。
おそらく、証拠はないんだろうな。
そう思いながら死体の脇にしゃがみ、傷や付近の様子を見ていると
死体を挟んで向かい側にいた後輩が
急に素っ頓狂な声を上げた。
「あれ?先輩ちょっとこっち来て下さいー」
呼ばれたとおり、後輩の隣に行くと
後輩は白い手袋を穿いた手で
死体の右腕を掴み、手のひらを見せる。
「ほら、血が掠れてるじゃないですかー」
確かに、死体の右の手のひらは
血の跡が掠れていた。
だが死体の衣服や道路に、手形のような跡はない。
と、なると
「犯人の手を掴んだ、か?」
「多分そうでしょうね」
俺が呟いた直後、嫌味っぽい話し方で
聞き覚えのある声が同意してみせた。
無意識の内に体が強張る。
それぐらい、聞こえてきた新村さんの声色は
苛立ちに満ちていた。
「手のひらの血液から、僅かな繊維が発見されました。おそらく犯人の衣服の物でしょう。
……いつも通り指紋などはありませんでしたけど」
「……なんでそんな機嫌悪いんすか」
「仕事が増えたからに決まっているでしょう?」
にっこりと微笑んだ新村さんは
後輩の頭を掴む。
そして後輩が言葉を発するより先に
流れるような動作で
ヘッドロックを極めた。
「い、たい痛い痛い!何、俺なんかした!?」
「八つ当たりです」
「理不尽!」
目の前にあるのは死体だと言うのに
どっかの高校生みたいなやり取り。
何してんだこいつら。
「話、戻しましょうよ。新村さん。
やっぱ目撃者もいないんすか?」
とりあえず話題を逸らそうと
適当な話を振る。
特に何の意味も持たない質問だったのだ
が、返ってきた答えは
意外過ぎるものだった。
「目撃者はいませんが……
その代わりに見つかった情報があります。
非常にまずい情報です。
明日、情報が発表されれば
日本は大混乱ですね」
「はぁ?」
ギブギブ、と必死に助けを求める後輩を完璧に無視して答えた新村さんは
かすかに眉をひそめている。
鑑識の人が、慎重に死体を運びだしている中
苦々しい表情で、吐き出すように新村さんが言う。
「被害者は、遺書を所持していました。
自殺用の物ではなく、『自分が殺された時』のための」
「遺書?」
「その遺書がこれです」
新村さんはやっと後輩を解放し
どこからか、ビニール袋に入った紙を取り出して俺に渡した。
それを受け取って
上から順番に目を通していく。
ーーーーその内容に、俺は言葉を失った。
遺書には、こう書かれていたのだ。
『私が死んだ後、私に代わって誰かが目的を達成してくれることを祈って、ここに記す。
私は、テロリストグループ『平成改革』のメンバーだ。
だが私はグループを抜ける。
無差別殺人なんて、馬鹿げているからだ。
そして私は、計画を必ず止めようと思い
組織の情報を持ち逃げした。
これを読んでいる人がいるということは
私はもう死んでいるのだろう。
もう私に、止める方法がないのなら
せめて誰かが止めてくれるように
私の持つ情報のすべてを、渡そう。
スーツの内ポケットにあるUSBメモリー。
その中に、テロについての情報が入っている。
どうか、日本を救って欲しい』
簡潔に、必要なことだけを書き殴られた遺書。
もしこれが、本物だったなら
「残念ながら本物っぽいですよ。
筆跡は一致しましたし、公にはなっていませんがテロリストグループ『平成改革』は実在しています。
ですが、肝心のUSBメモリーが見つからない」
あまりの急展開に頭がついていかない。
後輩も同じなのだろう
ただただ呆然と話に聞き入っている。
被害者がテロリストで。
無差別殺人の計画が進行していて。
残されていた筈の重要な情報が無くなっていて。
まるで、ドラマでも観ている気分だが
間違いなくこれは現実。
しかも、まだ終わりではないらしい。
「被害者が犯人の手を掴んだ時に
何らかの方法で、犯人にUSBメモリーを渡した可能性が非常に高いんですよ。
そしておそらく犯人は、そのUSBメモリーの中身に気付いていない。あれだけ慎重な犯人です。気付いていたなら、置いて行ってるでしょうしね。
ーーーーつまり、連続殺人犯が
テロリストの情報持ったまま逃げてるってことです」
出してしまった、六人目の被害者が残した謎は
考え得るかぎり
最大に最低な状況を作ってしまっていた。
どうりで刑事部長が真剣だった訳だ。
その後
指示を出すために去って行った新村さんを見送って
俺と後輩は捜査に向かう。
とりあえず最初の目標は
連続殺人犯の、逮捕。
推理ものっぽくなってきた気がします(笑)