雨の日の災難。
ここからが本番です!
叩きつけるような雨が
街に、傘に、降り注いでいる。
こんな日は家で居たいものだが
これからすることには、雨の日の方が適しているんだから
しょうがない。
誰に言うでもなく呟いて、俺は時間を潰すために入ったデパートから出た。
できる限り、平静を
というより普通を装って歩く。
目深に被ったフードの間から、気付かれないようにあたりを見渡して。
今日の標的は
サラリーマン風の男。
こいつが今日この道を通るのも
いずれ、ひと気のない道に入るのも
予測通りだ。
「ーーーーんだ。ーーーーではーーーー」
携帯電話で会話をしている標的は
無防備にも簡単に路地裏へ入った。
思わず口角が上がる。
殺人鬼が出るから気をつけて、なんて連日報道されているはずなのに
人は何処かで、自分には関係ないと
思い込んでしまう生き物なんだろう。
その方が、殺人鬼としてはやりやすいんだけれど。
俺は歩く速度を変えないように、焦る気持ちを押さえて標的の後をつけた。
雨が降れば足音は消えるし
証拠も残りにくい。
その上人目につきにくくなるから
殺人には最高の天候。
現に標的も街の人も、誰一人俺に気付いていない。
「ーーるいが、ーー以上はーーーー」
物音を立てないよう細心の注意を払って近付いて
後ろから標的の携帯電話を奪い取る。
驚いた標的が振り返る前に
片手で通話を切り、携帯を投げ捨て
もう片方の手で首を押さえた。
「な、誰だお前!」
標的はやっと自分の危機を察して
必死に声を荒げている。
うるさいな、誰かに聞かれたらどうするんだ。
俺はまだ、少なくともあと一人殺すまでは
見つかるわけにはいかない。
思わず手に力が入るのを感じながら
首に包丁を押し当てて
一気に引いた。
途端に、雨と混じった鮮血が飛び
標的はがくりと地面に倒れ込む。
身体中が返り血塗れで、気持ち悪い。
「あー……くっそ、ベタベタする」
だが、まだやることがある。
もう一つ線を刻まないと、この殺人は完璧とは呼べないんだ。
即死だろうと、たいして警戒もせずに
標的の側へしゃがみこむ。
そして、再び包丁を押し当てた
瞬間ーーーー
「……っ!」
かろうじて生きていた標的が
勢いよく体を反転させ、包丁を持ったままの俺の手首を掴んだ。
手加減なしに握られて(当然か)、鈍い痛みが走る。
「おいおい、!」
血に濡れた目と視線が合い、ぞくりと背筋が凍った。
そういえば、人間は日常生活だと60パーセントぐらいの力しか出せないようになってて、残りの40パーセントまで使えるのは死ぬ直前くらいだと聞いたことがある。
もしかしてそれか。
獣のように荒い呼吸を繰り返す標的に
そんなどうでもいいことを思い出す。
今この情報は明らかに必要無かった。
「離せよ……!」
懇願してみたものの、聞き入れられるはずがなく
それどころか、反対の手が俺の腹部に触れて。
本格的に危険と判断し
とっさに標的の体を蹴り飛ばした。
標的はうまい具合に一回転してくれて
手首からも腹部からも手が離れる。
そのことに安堵の溜息を吐きつつ、俺は
未だに呻いている標的の首を引き裂いた。
再び舞う鮮血。
今度こそ彼は絶命している。
交差するように刻まれた二つの傷を確認して
すぐに俺はその場から逃げ出した。
いつもより時間がかかったし
何より、最後に見たあの目を
早く忘れたかったから。
俺が、パーカーのポケットに入れられた長方形の物体に気付くのは
まだ先の話。