高給バイト
時計の秒針の音だけが聞こえる静かな部屋に、チャイムが鳴り響く。
小走りで玄関まで行き、それから深呼吸をひとつ。
あの時給に群がった中で、たった1人選ばれたのだ。
頑張らなくては。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと押し開く。
黒いスーツに身を包んだ、横に大柄な男がのそっと入ってきた。
「お、お帰りなさいませ」
彼が眼鏡を押し上げ、期待に満ちた目で私をみる。
深呼吸をひとつして口角をあげる。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいま、ゆきちゃん」
満足気に頷く姿に、そっと胸を撫で下ろす。
鞄を預かり、一歩後からついて行く。
「ゆきちゃん、今日のメニューはなに?」
鞄をクローゼットに置き、預かったスーツをハンガーに掛ける。
「本日のメニューはこちらになっております」
そう言って、ホワイトボードで作った簡易メニューを丁寧に手渡す。
「今日はクリームシチューか。いいね、さっそくご飯にしてくれる?」
「はい、すぐに用意しますね」
急いでキッチンに向かう。
作ってから少したってぬるくなったシチューを温め直す。
煮物のラップをとり、冷蔵庫からサラダを出した。
なにやら視線を感じて顔をあげると、彼が眼鏡を拭きながらこちらを見ていた。
「どうしたんですか?」
「やっぱりゆきちゃんにはその服が似合うなーと思ってね。写真を見た時に僕のハートにびびびっときたんだよね」
言われて胸元を見下ろす。
紺色の生地に乙女ちっくな白いフリル。
頭にはカチューシャ、首元にはリボンを結び、腕はバルーン袖のように丸みをおびたシルエットだ。
スカートは意外と長く、ちょうど膝ぐらいまである。
アイロンはかかっているみたいだけど、見たところ何度も洗濯をしたように僅かに毛羽立ちがあった。
シチューをかき回しながらあーあ、と心の中で呟く。
お金持ってるんだったら、これぐらい新調してよね。
コンロの火を止め、シチューをスープ皿に移す。
振り返ると、彼はもう私なんて見ていなかった。
目はテレビに釘付けだ。
画面ではセーラー服を着た二次元の女の子が、スカートをひらひらとさせながら歌にダンスに大忙しだ。
鼻の下を伸ばす彼をよそに、私は冷めた思いで彼女を見つめる。
こんなピンクの髪にしろとか言われたらどうしよう。
そうなったらいくらこの時給でも、割に合わない。
ぼーっと立ち尽くす私に、彼はようやく気付いたようだ。
短くなった鼻の下をさすり、
「今日からよろしくね、ゆきちゃん」
と、にちゃっと笑った。
1000文字小説です。
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ハルはる(http://ameblo.jp/hayamirai/)の「オタクちっくな台詞で5のお題」を使用しました。