表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第3章「四校統一大会編」
78/111

第77話「すべては斯くも唐突に(4)」

★☆★☆★



――コイツが姉さんをッ!!


 理性は一瞬にして吹き飛んでいた。

 身体のコントロールを感情に任せた秋弥が全力で踏み込んだ足は、加速術式の効果も相まって地面を大きく沈ませていた。

 その反発力を別の封術式によって増幅し、加えて『防護膜(ハード・コート)』によって移動時の空気抵抗を低減させる。


「うぉぉぉぉぉぉお!!」


 怒気を含んだ雄叫びとともに爆発的な加速力によって一瞬で男の目の前まで移動した秋弥が、右肩に担ぐようにして持ち上げた装具を相手の首元へ向けて振り下ろした。

 装具の刃と男の纏う炎が激突した瞬間、腹の底まで響くほどの轟音が生じた。


『あぁん?』


 しかし、激情に任せた渾身の一撃は男に届いていなかった。発生した轟音と高熱は、男を中心として平地の表面に慎ましやかに生えていた雑草を円形に吹き飛ばしたが、男はそこから微動だにしていない。

 男の周囲で燃えさかっていた蒼い炎が、まるで意思を持っているかのように蠢き、装具の刃を受け止めていたのである。


『……チッ』


 男の瞳がギロリと動き、自身に一撃を与えようとした装具を睨め付けて舌打ちした。


『お前……九槻月姫じゃあねぇなァ?』


 男の意識が秋弥へと向いた、そのとき――重層領域を転移して男の目の前で顕現したリコリスが、自身の身の丈に合わせて召喚した装具『紅のレーヴァティン』を頭上から思い切り振り抜いた。


『おぉっと!?』


 秋弥の装具を防いでいた蒼い炎をいとも簡単に切り裂いて男へと切迫した刃を見て、男は慌てた様子で掌を向けた。リコリスの装具を直接手で握って受け止める。


『……なんだァ、この力はよォ!』


 いびつな形をした『紅のレーヴァティン』の刃を握りしめたまま、男は腕を振ってリコリスの小さな身体を地面へと叩きつけようとした。しかしリコリスはすんでのところで再び重層領域へと潜り込んで回避する。その隙を突いて秋弥も男から離れた。


『ハハッ、ふざけてんのか"彼岸の花姫(リコリス)"。その陳腐な剣はいったい何の冗談だァ?』


 男は嘲笑うと、それに呼応するように蒼い炎がゆらりと揺らいだ。


『お前から斬られたときはちょっと焦ったけどよォ、全然力を感じなかったぜ。まあお前が全力を出していたら、俺は今頃真っ二つだったろうけどなぁ、ハハハハハ!』


 冗談なのか本音なのかわからない男の言葉に、リコリスは答えない。

 それが男の癪に障ったのか、笑い声を止めると炎を宿した瞳でリコリスを睨み付けた。


『おい、何とか言えよ"彼岸の花姫"。まさかさっきのがお前の全力だなんて言うつもりじゃねぇんだろう、あぁ? ……それとも何だ、そのちっこい姿と一緒に力まで失っちまったって言うのか?』

『…………だから何? それが貴方に関係あることなの?』

『は? あるわけねぇだろ。ハハッ、だけどまぁもしそうだとするなら、こりゃあ傑作じゃあねぇか。"彼岸の花姫(ひがんのはなひめ)"様ともあろう者が、そんなちんちくりんな姿になっちまっただけじゃなく、惰弱で脆弱な人間のような力しか持ってないってんだからよォ! ハハハハハハハハッ!!』


 掌で顔を覆い、指の隙間からこちらを見詰めながら大声で笑う男。

 リコリスが不愉快そうに顔を歪めるが、その表情を見て男はさらに笑った。


『まぁいい。"彼岸の花姫"が今どうなっていようと俺には関係ねぇ。全然関係ねぇ。だがな、お前は何者だァ? どうしてあのとき殺したはずの九槻月姫がいるんだよ。ひょっとして殺し損ねちまったのかぁ?』


 この男は秋弥を見て三度、姉の名前を口に出した。

 リコリスや"観察者"のような一部の例外を除いて、言語を介する高位隣神の多くが人間という種を個体として識別しようとはしない。人間は誰を指しても人間であり、それ以上の存在にもそれ以下の存在にもなり得ないからだ。

 それは人間にとっての蟻と同じだ――多くの人間は餌を探して歩き回る蟻を眺めることはあっても、それぞれの違いになんて頓着せず、単純に蟻と一括りにしてしまうだろう。

 多くの高位隣神は、人間をそういう眼で見ている。

 しかし、蒼炎を纏った男は姉の――九槻月姫の名を呼んだ。

 それは人間という種の集合体の中から特定の個体だけを識別するための名だ。

 そしてこの男はこうも言った。

 殺したはずだ、と――。

 それはつまり――昨年の封術事故にこの男が何らかの関わりを持っていたということに他ならない。


――そもそもあの事故は、人の仕業によるものじゃない。


 数日前、月宮を名乗る双子から告げられた言葉が不意に蘇った。

 人の仕業でなければ、誰の仕業だというのか。

 決まっている。

 目の前の、この隣神(おとこ)だ!


『チッ、だからあんな余計な手間ァかけずに、直接殺っちまえば良かったんだよ…………んあァ? いや、よく見るとやっぱちげぇよなァ。似ているが、違う。全っ然違う。あぁクソ……そういやお前ら人間は、兄弟だとか親子だとかいって似たような奴らが多いんだよなァ。ホント、気味が悪いぜ。なぁ、"彼岸の花姫"よォ。お前もそう思うよなァ?』


 男が先ほどから喋っている言葉は思念言語だ。

 故にこの男の言葉は、秋弥にも理解できる言語に解釈されて彼の脳に届いている。


『答えろ……貴様、九槻月姫に何をした?』


 秋弥が低く響く声で問うと、男はわずかに頬を持ち上げて不敵に笑んだ。


『あぁ? 思念言語が使えるのかよ……ったく、クソ忌々しいな。人間のくせしてよォ』

『答えろ!』

『うるせぇなァ、人間はちょっと黙ってろよ』


 男が苛立ちを露わにして腕を振るった。

 瞬間、地面から勢い良く火柱が立ち上った。

 超高温の火柱が周囲の空気を熱して歪ませながら一直線に秋弥へと迫る。


『くっ……!』


 今から封術式を構築していたのでは間に合わない。秋弥は右側に大きく跳ぶと、火柱の直撃を回避した。

 しかし、秋弥が移動したその場所に向かって、火柱の進路が変わった。どうやら火柱は男の意思で操れるらしい。

 回避しながら稼いだ短い時間で構築した術式を装具に付与する。秋弥は左足から着地すると、踏み込みに全体重を乗せて、上段で構えた装具を振り下ろした。

 前進する力には水を、炎に触れる力には風を。火柱の情報体が持つ『火』の原質に対抗するために『風』と『水』の混成封術式を付与した斬撃は、秋弥の身の丈ほどもある火柱を縦に斬り裂いた。


『チッ、人間のくせに生意気な』


 男が腕を無造作に振るうと、彼の腕に纏わり付いていた蒼い炎が切り離されて、赤い炎の刃となって放たれた。


『秋弥様!』


 血よりも濃厚な紅色の花弁を舞い散らせながら炎の刃と秋弥の間に飛び込んだリコリスが、右腕を前へと突き出す。

 蒼炎の刃がリコリスの掌に触れた途端、炎が跡形もなく消滅する。存在ごと消し飛ばされた炎を見て、男が憎しみを込めた視線をリコリスへと向けた。


『……おい、"彼岸の花姫"よォ。何邪魔してくれてんだよ。……そういやお前、さっきも俺に刃を向けてたよなァ? まさか人間みてぇな存在になっちまっただけじゃなく、クソジジイみてぇに人間に肩入れするって言うんじゃねぇよな、あァ?』


 男の怒りを表すように蒼い炎がいっそう激しさを増した。熱気が秋弥たちのところまで届いてくる。

 『防護膜』の封術式に断熱の性質を付与していても、肌をジリジリと焦がす熱は完全には遮断しきれていない。雑草がまばらに生えていた平野は、男を中心に焦土に変わっていた。


「……秋弥様の装具は、この男には届かないと思う」


 リコリスが秋弥の横に並び立つと、男の炎を見据えながら言った。


「……」


 完全な不意打ちで放った初撃がいとも容易く防がれてしまったことからも、それは明らかだ。しかし、火柱は斬り裂けたのだから何か方法はあるはずだ……。


「うぅん、違うの。あの蒼い炎は性質そのものが根本的に違うから……だからきっと、秋弥様の『(そうぐ)』は届かないと思う」


 秋弥の心を読んだリコリスが言いづらそうにそう口にした。

 他ならぬリコリスがそういうのだから、その判断はおそらく正しいのだろう。


(だがこいつは、姉さんを……)


 冷静にならなければと思う一方で、秋弥の心中は男に対する憎悪で沸々と煮えたぎっていた。

 蒼炎の男が何らかの形で昨年度の封術事故に加担していたのは間違いない。

 できることならば姉を傷つけ苦しめた代償として今すぐにでも目の前の隣神を討滅したかったが、リコリスに言われるまでもなく、今の秋弥にはクラス1stの隣神を討滅できるだけの力がない――それは男と相対した時点で、本能的にも感覚的にも理解していたことだった。

 だけど、せめて一撃だけでも、この男に姉を傷つけた報いを与えたい……!

 秋弥のその強い『(おもい)』を感じ取ったリコリスは、静かに装具の柄へと左手を伸ばした。


「だから、秋弥様。リコリスがあの男の蒼い炎を防ぐから、その隙に攻撃して」


 言葉とともに、熱風に黄金の髪を靡かせたリコリスの姿が消えた。次の瞬間には男の背後に姿を現していたリコリスが、上体を捻って魔剣を水平に振った。


『見えてんだよ』


 左足を軸にしてぐるりと身体を回転させた男がリコリスの刃を腕で防ぐ。触れた箇所が瞬時に燃え上がり、幾匹もの炎の蛇が生まれる。炎蛇は我先にと魔剣を這ってリコリスの身体を目指した。

 リコリスは炎蛇を避けるために空気の層を蹴って宙で反転すると、右腕の軌跡に沿って発現させた花片を一斉に発射した。炎蛇は花片の射線に合わせるようにうねり、その一本一本を燃やして灰へと変えていく。

 花片を燃やし尽くしても勢いの衰えない五匹の炎蛇が、地に足を付けたリコリスを喰らうべく襲いかかる。リコリスが前に手を伸ばして創り出した花の障壁に激突した炎蛇は断末魔の轟音を立てて消滅するが、暴れ狂う四匹の炎蛇を前にして、花の障壁が最後まで保つとは思えない。

 次から次へと襲い来る超高熱と衝撃によって、花の障壁が徐々に押し返される。

 リコリスの真紅の瞳が炎を映して鮮やかに輝いた、その瞬間――、


「――ッ!」


 花の障壁が音を立てて砕け、大口を開けた炎蛇たちがリコリスを呑み込んだ。

 しかし、炎蛇たちが喰らったのは雑草が燃えて焼け野となった地面だけだった。リコリスは障壁の裏側から領域そのものを魔剣により切断し、再びつなぎ合わせた領域――男の真正面から出現して突き攻撃を放った。

 これには男も目を見開いた。全身に纏っていた蒼炎を両腕に集めて、魔剣の刃を掴んで止める。


――秋弥様!


 リコリスの声が響くよりも先に、秋弥は掌に高密度の嵐を創り出して球に封じ込める風・水混成封術式『嵐気流(ストーム・ストリーム)』を発現させて蒼炎の男へと切迫していた。


「せぁあああああ!」


 蒼炎の防壁が解かれた男の顔面めがけて『嵐気流』の掌底を放つ。リコリスの魔剣に気を取られている男の顔面を容赦なく吹き飛ばす勢いで放った掌底は確実に男を捉えた――かに見えた。


『……足りねぇなァ!!』


 その刹那、男の眼光から溢れ出した大量の蒼い炎が巨大な防壁となって『嵐気流』を完全に防いだ。秋弥の身体は風圧と衝撃で弾かれたように吹き飛ばされたが、地面へとぶつかる寸前で何とか体勢を立て直し、手を突いて着地する。


「くっ……」


 秋弥は男を見やる。

 男の両腕がリコリスの魔剣をジリジリと押し返している。このまま競り合いを続けていても、競り負けてしまうのはリコリスだ。

 そう思った直後、リコリスが装具を握る手の力をふと緩めた。続けて男の身体をすり抜けるように重層領域内を転移して男の背後から現れると、後頭部を強く踏みつけた。


『ぐ……』


 ほとんど拮抗していた力の一方が突然消失したことで前のめりになりかけていた男は、リコリスに後頭部を踏まれたことで大きくバランスを崩した。ぐらりと傾いた上体を追いかけるように蒼炎が尾を引いていく。

 再び訪れた攻撃のチャンスに、秋弥は地を蹴った。そして『嵐気流』と並列演算していた地・水混成封術式『地盤液化(クイックサンド)』を発現させる。

 『地盤液化』の影響で干渉範囲一帯の地下に眠っていた水が地面へと向かって急速に浸透し始める。瞬く間に地盤を構成している情報体の粒子間圧力が減少し、地盤が不安定になった。そこに足を踏み入れてしまった男は、数瞬前までは強固だった地盤に足を取られて、さらに大きくバランスを崩した。

 無防備となった男の背中へ向けて、秋弥はもう一度『嵐気流』の掌底を撃ち込んだ。今度こそ、秋弥の一撃は男の背中を確実に捉えていた。


『……人間の分際で、いてぇじゃねぇかよォ!』


 背中に『嵐気流』の直撃を受けた男は、しかし、その衝撃にほんの少し身体を揺らしただけだった。


「なっ……」


 何故だ。

 そう思う間もなく、首だけで振り返った男は背中に回した右腕で秋弥の腕を掴むと、身体についたホコリを払い除けるかのように軽々と投げ飛ばした。


「秋弥様!?」


 呆然としたまま地面に倒れる秋弥のもとにリコリスが急いで駆け寄る。彼女に助け起こされた秋弥は、申し訳なさそうに自分を見詰めるリコリスに視線を向けた。


「ごめんなさい、秋弥様。リコリスが蒼い炎をちゃんと抑えていなかったから……」


 続いて蒼炎の男に視線を移すと、リコリスの魔剣を受け止めるために両腕に集めていたはずの蒼炎が、いつの間にか男の全身を覆っていた。

 魔剣を防ぐために、すべての蒼炎は不要だったということなのだろう。

 どうやらあの蒼炎は、想像を絶するほどの防御性能を秘めているようだ。


(……俺の力では届かないのか)


 目の前の男はクラス1stに属する高位隣神だ。こちら側には同じくクラス1st級のリコリスがいるとはいえ、男の推測どおり、リコリスは"彼岸の花姫"としての力の大部分を失ってしまっている。二人だけでは、およそ太刀打ちできるような相手ではない。


(だけど……)


 力が届かないのならば、せめてこの男から情報を引き出して、封術事故を起こした目的と手段を明らかにさせたかった。そうしなければ、姉だけでなく、封術事故に遭った多くの人々が報われない。

 しかし全ての高位隣神が"観察者"のように人間の言葉を介したり、人間の言葉に耳を傾けたりはしない。目の前の高位隣神にしたところで、人間を惰弱だ脆弱だと蔑み、見下していることからも、満足に話が通じる相手だとは到底思えない。


(退くしかないのか……)


 少なくとも封術事故にクラス1stの高位隣神が関わっていたことだけでもハッキリしたのだから、未練はあるが、この場は撤退すべきだろう。男の目的が"観察者"の殺害だけであるのならば、昨年のように大会を観戦している多くの観客まで巻き込まれることもないはずだ。

 それが異層世界の存在に唯一対抗し得る封術師としての、最良の判断だ。

 だが物事は何でも思い通りに進んでいくとは限らない。

 秋弥とリコリスが撤退のタイミングを見計らっているその眼前で、男の蒼炎が膨れあがった。


『ったく……予定にはねぇけど、もう面倒だ』


 男が右腕を振り上げる。その腕に蒼炎の蛇が宿った。


『お前ら、ここで仲良く消し炭になっとけよ』


 すべてを滅する灼熱の刃が振り下ろされようとした、まさにそのとき――。

 光速で飛来した光の塊が、蒼炎の男の身体に激突した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ