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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第3章「四校統一大会編」
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第68話「先輩と後輩——鶴木真の場合」

★☆★☆★



 二日目の競技を終えて男子『妖精の尻尾』の代表選手たちと一緒にホテルへと帰ってきた鶴木は、ラウンジに見慣れた赤毛の姿を見つけた。


「すみません、先輩。僕はここで失礼します」

「ん、ああ、今日はご苦労さん。後で今日のフィードバックが作戦スタッフから展開されるから、明日の決勝戦に備えてしっかり確認しておけよ」

「はい、了解しました。それでは、僕はこれで」

「うん。明日も頑張ろうね」


 上級生二人と別れた鶴木は二人が背を向けて去って行く姿を見送ってから、ラウンジの方を振り返った。

 赤毛の少女は鶴木に背を向けていたため、まだ気付いていない。一人用のソファに腰掛けて項垂れているように見える。

 そばまで近付くと、鶴木が声を掛けるよりも先に、赤毛の少女が顔を上げた。


「……おやおや、つるぎんですか」


 気配でも感じたのだろうか。千景が鶴木の顔を見上げて力無く微笑む。


「どうしたのですか、こんなところで」

「どうしたのって……」


 どうしたもこうしたも、鶴木は他の演習場で行われた競技の結果を訊いて知っている。千景がこの場所にいる理由が、女子『妖精の尻尾』で鷹津封術学園が決勝戦へと進めなかったことに関係しているのだということくらい、鶴木には察しが付いていた。

 だけど、そんな風に哀しそうな笑みを向けられてしまうと、掛けるべき言葉を失ってしまう。


「……つるぎんも座ったらどうですか」


 何かを言いたそうにしていた鶴木を見上げて千景が言う。こんなときでも気を配ってくれる彼女の優しさを感じながら、鶴木は引き寄せられるように彼女の対面のソファに腰を下ろした。


「決勝戦進出、おめでとうございます」

「……ありがとうございます」


 鶴木はどうにか言葉を絞り出す。


「火浦先輩は……その、残念でした」

「んー……まぁ、残念でしたね」


 鶴木の言葉尻を真似て、千景が言う。


「それでもあたしは精一杯頑張りましたから。だからこれが、今のあたしの実力の限界だということですよ」


 千景は自分の掌を見つめた。

 自分の手と比べて小さなその両手で、千景はどんな戦いをしたのだろうか。

 女子『妖精の尻尾』と平行して行われていた男子『妖精の尻尾』に出場していた鶴木にはわからない。

 だけど鶴木は、千景のその小さな手がもたらした結果を、知っている。

 千景の持つ実力を、知っている——。


「そんなことはありませんよ」

「いいえ、そんなことはあるのですよ。ここでは結果がすべてです」

「そうかもしれませんが——」


 鶴木は何も言い返せずに沈黙する。


 そのとおりだ。

 結果論は単なる時間の浪費で——。

 言い訳には何の意味もなくて——。

 答え合わせをしても、答えは変わらない。


 たとえ千景が女子『妖精の尻尾』予選リーグ全六試合で唯一、高速で飛翔する赤の妖精を捕獲した選手であったところで、大局的な結果はもう変わることがない。

 鶴木の目の前には、『妖精の尻尾』予選リーグで三位の結果に終わった代表選手がいるだけだ。

 だとしても。


「それでも、『妖精の尻尾』は団体競技です。火浦先輩の実力が十全に発揮できないことだってあると思います」

「おかしなことを言うのですね、つるぎんは。それならば、集団でのあたしの限界が、ここだというだけのお話ですよ」

「だとしても個人としての実力は——」


 ついそう言いかけてしまった鶴木であったが、自分の唇に人差し指を宛がった千景によって、続く言葉を制された。


「大丈夫です。つるぎんの言いたいことはわかっています。ですが、それを今ここで言うのは皮算用にすぎません。だから、言ってはいけないのです」


 それにですね、と千景は口元に笑みを浮かべる。


「今回あたしの出場したのは団体競技で、あたしを選んだのは学園の封術教師たちや学生自治会役員のみなさんです。だからきっとあたしには、選ばれるだけの理由があったんです。だけど、あたしはみなさんの気持ちに応えられませんでした」

「……でもそれは火浦先輩だけの責任ではありません。他の二人だって……」

「そうですね。そうかもしれません。だけど、選ばれた人たちは学園の代表なのですからね。誰一人として手を抜くことはないのですよ。皆が全力で戦い、そして、負けたのです」


 敗北という結果だけが、残るのです。

 千景はそう言って、儚げに微笑んだ。

 その瞳がかすかに潤んでいるように見えたのは、光の移り加減によるものではないだろう。

 だからかもしれない。

 鶴木の口は、勝手に動いていた。


「……そんな」


 鶴木は赤毛の少女を見詰めて、重い口を開いた。


「そんなことを言うなんて、火浦先輩らしくないですよ」


 すると千景は虚を衝かれたように眼を白黒とさせた。


「あたしらしくない、ですか?」

「そうですよ。もしも僕と火浦先輩の立場が逆だったとしたら、火浦先輩はきっと僕にこんな風に言ったはずです。『全力で戦って負けたということは、他校の代表選手たちが自分たちよりももっと強かったということです。それなら、自分たちはこれからもっと強くなれます』って」


 言い終わるや、鶴木はいつの間にかソファから立ち上がっていて、しかも上級生に向かって大口を叩いていることに気付いて我に返った。

 しかし正面に座る千景は鶴木の言葉に瞳をパチクリさせると、


「なるほど……それもそうですね」


 そう言って、表情を崩した。


「確かにあたしたちは負けてしまいましたが、それで何もかもが終わってしまったというわけではありません。人生が死ぬまで続いていくように、あたしの学園生活はまだ三年も残っているのですから、雪辱(せつじょく)を果たすチャンスはありますよね」


 真っ赤な髪や衣服と同じように太陽のような明るい笑顔で、千景は言った。

 その眩しい笑顔を見た鶴木の表情も緩み、重かった口が軽くなる。


「そうですよ。一度や二度負けたくらいで何になるんですか。それで死ぬわけでもないんですからね。気に病む時間も多少は必要かもしれませんが、今日の結果を次へと繋げるための努力をした方がずっと賢明です」


 数か月前の模擬戦で九槻秋弥に敗北した鶴木真は、火浦千景の言葉によって励まされ、勇気付けられた。

 彼女がいなかったら、今の自分はいなかったかもしれない。こんな風に前向きな言葉を誰かに対して言えなかったかもしれない。

 だから今度は自分が千景の力になれれば良いと、鶴木はそう思っていた。


「あは、まさしくつるぎんの言うとおりですね」


 笑みを見せた千景の瞳から、一滴の滴がこぼれ落ちる。

 光を反射してキラキラと輝きながら千景の頬を伝う涙の滴に、しかし鶴木は気付かないフリをしたのだった。



★☆★☆★



「そういえば、このあと作戦スタッフから今日の試合のフィードバックが送られてくるそうですよ」

「ふぅん、そうなのですか」


 ふと、先ほどの上級生の言葉を思い出した鶴木が千景にそのことを教える。第三者である作戦スタッフの分析結果を見直せば、新しい発見があるだろう。


「んー……明日の決勝戦に進むつるぎんたちの分はともかく、学生自治会の役員たちも暇ではないと思うので、あたしたちの分は後回しになるかもしれませんね」


 仮にそうだとしても、最後の試合が終わるまで決勝進出校がわからなかった以上、まとまってはいなくても途中まで分析したものくらいはあるだろう。

 治安維持会長であり、男子『妖精の尻尾』の作戦スタッフでもあったスフィアに頼めばすぐにもらえるかもしれないと思いながら、鶴木は思い出していた。そういえばスフィアは明日の『螺旋の球形(スフィア・クリスタル)』に選手として出場するが、男子『妖精の尻尾』の決勝戦は『螺旋の球形』の後に行われるため、作戦スタッフは続投するらしい。『螺旋の球形』は特に疲労度の高い競技だというのに、治安維持会のメンバーは誰もがバイタリティに溢れているなと思った。


「まあでも、これで明日はつるぎんの応援に専念できますね」

「えっ!?」


 不意打ちのようなその言葉に動転した鶴木はソファからずり落ちそうになった——幸い、身体が沈み込むほど柔らかい素材でできたソファではそんなことは起こらなかったのだが。

 メガネのブリッジを中指で押し上げて、イタズラっぽく片眼を瞑る先輩を半目で見つめ返す。

 どうしてもこの先輩と話をしていると、いつの間にか主導権を握られてしまうのだ。せっかく今回はイニシアチブを取れたと思っていたのに、すっかりいつものペースだった。

 だけど、それはそれで悪い気はしなかった。


「……ありがとね、つるぎん」

「ん? 何か言いましたか?」


 小さく口を動かした千景に、聞き取れなかった鶴木は何を言ったのかと思って尋ね返した。


「うぅん、明日はあたしの分も頑張ってくださいって言ったのですよ」


 晴れやかな笑顔でそう言われてしまえば、たとえ疑問は残っていても繰り返し尋ねるわけにもいかなくなってしまった。

 やれやれと思いながら、鶴木は決勝戦の前に千景と話ができて良かったと思った。

 心の何処かにあった明日の決勝戦に対する緊張と不安が、少しだけ和らいでいた。


火浦千景が作中の活躍する機会はあるのか。

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