第67話「変わる思い」
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男子『妖精の尻尾』の第一試合が終わると、第二演習場内は二試合目を行うための準備と昼休憩の時間となった。
玲衣たちは星条家の別宅に常駐していた使用人たちが届けてくれた弁当(という体裁の豪奢な料理)を食べながら、第一試合での鶴木の活躍に話の華を咲かせていた。
「や、正直びっくりしちゃった! あたし、鶴木のこと完全に誤解してたよ」
「あたしもです。ついシュウ兄と比べちゃったからアレでしたけど、やっぱり『星鳥の系譜』の人たちって頭一つ飛び抜けてるんですね」
「そんなことないよ、伊万里ちゃん。鶴木君がすごいんだよ」
「あれあれぇ、綾。やっぱり鶴木の肩を持つんだ」
「ち、違うよ、玲衣ちゃん! うぅん、違わないんだけど……そうじゃなくって、変な誤解しないで」
「えぇ!? 綾さんってそうなんですか?」
「ほら! 玲衣ちゃんが変なことを言うから、伊万里ちゃんが誤解しちゃったじゃない」
「あははは」
「奈緒ちゃん……他人事だと思って……」
「だって、綾と鶴木は家同士で親交があったんだもんねぇ」
「それってもしかして、親公認ってことですか?」
「もぅ〜……」
何でも恋愛に結びつけてしまうお年頃なのであった。
「だけどあたし、やっぱり誤解してたんだ」
「え、え、玲衣さん?」
勘違いした様子の伊万里が戸惑いの声を漏らす。違うよ、と玲衣は苦笑してから緩んでいた表情を少しだけ引き締めた。
「大会が始まるまでは、鶴木が代表選手になったことを納得した気になっていただけだったんだって。でも、実際に鶴木が試合で活躍をするのを見て……こう思っちゃったんだよね。やっぱり鶴木は、選ばれるべくして選ばれたんだってさ……」
「玲衣ちゃん……」
「それはそうだよね。鶴木を選んだのだって、封術教師たちと学生自治会の人たちなんだから、ちゃんとした理由があって選んだに決まってるよね。それなのにあたしは、鶴木はシュウ君の代わりに選ばれただけなんだって、頭の何処かでそう思ってたんだ」
玲衣は視線を膝上の弁当箱に移し、しんみりとした表情を隠した。
だけどすぐに顔をあげると、瞳を細めた。
「だから、今度鶴木に謝らなきゃだね」
「……玲衣さん」
入学当初に鶴木と玲衣の間にあったイザコザのことを知らない伊万里であったが、皆の空気から何となく察したようだった。
「それに、桃花さんもありがとうございました。鶴木がなんで『妖精の尻尾』の選手として選ばれたのか、今やっとわかりました」
色眼鏡をとって見れば、それは一目瞭然だった。
鶴木が『妖精の尻尾』の代表選手に選ばれたのは、彼が『星鳥』であることや事情によって出場できなかった秋弥の代わりなどでは決してない。
『妖精の尻尾』という競技のルールが、彼の持つ装具や封術(装術)の特性と合致したからだ。
対人戦闘訓練や学校の成績だけではわからないことが、この世の中にはたくさんある。
思い出してみれば、そのヒントは聖奈が言っていたではないか。
誰にだって得意不得意があって——本来持っている才能を十分に発揮できないもある。だけど、それだけでその人の全てを決めつけて、判断してはいけないということだ。
ましてやそれを、勝手な先入観や自身の感情だけで決めつけるなんて以ての外だった。
「私への感謝の言葉は不要でございます、牧瀬様。それは牧瀬様がご自身でお気付きになられたことなのですから」
一人だけ食事をせずに玲衣たちの様子を見ていた桃花が淡々とした口調で言う。その妙に堅苦しい感じがおかしくて、玲衣は思わず噴き出してしまった。
「でも、桃花さんと一緒にいるといろいろと勉強になりますよね」
「うん。私も小さい頃にたくさん教えてもらったよ……今もだけど」
奈緒が照れたようにそう言うと、桃花以外の皆が笑った。それから四人は星条家の使用人謹製の弁当を食べながら、再び『妖精の尻尾』の話題に戻っていった。
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玲衣から連絡をもらっていた秋弥が観客席に向かうと、仲良く談笑している彼女たちの姿があった。
その中に伊万里の姿を見つけ、昨日の今日ですっかり仲良くなれたようだと安堵する。
そこかしこで食事を摂っている人たちの間をすり抜けて玲衣たちの視界に入るところまで移動する。秋弥に真っ先に気付いたのは、彼女たちから一歩離れたところにいた桃花だった。
「お疲れ様です、九槻様」
桃花が席を立ち、恭しく頭を下げる。秋弥はあいさつに困りながらも、とりあえず「こんにちは、桃花さん」と応えた。
「あ、やっときたねっ!」
「遅いよシュウ兄」
「こんにちは、秋弥さん」
玲衣と綾が談笑を中断して視線をこちらに向けた。秋弥は軽く手を上げて応じると、昨日は来ていなかった綾の方に顔を向けた。
「綾ひとりだけか? 堅持はどうした?」
「それがね、訊いてよシュウ君。堅持のやつ、今日はずっと『事象の地平面』を観戦するから、『妖精の尻尾』には来られないんだって」
すると、綾でなく玲衣が怒ったように言った。
「そうか。……玲衣は堅持がいなくて残念そうだな」
「なっ、そんなわけないじゃん!」
ちょっとした冗談のつもりだったのが、意外にも過剰な反応を返されてしまったので、秋弥は面食らってしまった。
「堅持なんてどうでも良いのよ。それよりも、聖奈は?」
もう一人の自治会役員も秋弥と一緒に来るだろうと予想していた玲衣が左右に視線を動かしながら尋ねた。
「第一試合が時間切れまで続いたから第二演習場に来る時間がないって、さっき天河から連絡があったぞ」
「えぇ〜、お昼くらいなら大丈夫だと思ったのに」
「試合のフィードバックとか作戦の見直しとか、いろいろとやることがあるからな。仕方ないさ」
「……残念」
「とりあえず、俺も座って良いか?」
ずっと立ちっぱなしでいるのもおかしな話だったので秋弥がそう言うと、玲衣がスペースを空けてくれた。
空けてくれた席は何故か伊万里と玲衣の間だったのだが、気を利かせてくれたのだろうと思うようにした——何の気なのかは考えないようにする。
秋弥が腰を下ろすと、桃花から弁当を手渡された。彼女にお礼を言って蓋を開けると、およそ弁当とは思えないクオリティの料理が詰まっていた。
「あれ、シュウ君のだけ何か大きいね?」
玲衣がそう言うので、秋弥は皆が食べている弁当をサッと眺めた。確かに、弁当箱自体が少し大きいように思える。
「作戦スタッフである九槻様にはしっかりと活力を付けていただかないといけませんので」
「……そうですか。ありがとうございます」
とはいえ、それは食べきれないほどの常識外れの量ではなかったので、秋弥はもう一度礼を言った。
「玲衣たちは午後もここで観戦するのか?」
「うぅん……どうしよっか?」
玲衣が綾に視線で問いかける。彼女が自分の意見を言わないところをみると、特にどの競技を観戦したいといった希望はないらしい。
「私はやっぱり、鶴木君の応援がしたいかな。あ、変な意味じゃないよ、クラスメイトだからだよ」
「そのネタはもう良いから……。それじゃあ奈緒は?」
「私? 私はもうお姉ちゃんの活躍が観られたから、あとは玲衣ちゃんたちに合わせるよ」
「相変わらずだね。それなら伊万里ちゃんはどうしたいかな。今日は男子と女子の『妖精の尻尾』予選と『事象の地平面』予選があるよっ」
「んと、えっと……『事象の地平面』を観てみたいけど、それは四日目でも良いから、あたしも今日は何でも良いです」
「んー……それなら今日は鶴木の応援ということで良いかなっ?」
全員から同意の言葉を訊いた玲衣が、「というわけだよ」と言って秋弥に視線を戻した。
「わかった。何か、玲衣の口から鶴木の応援って言葉を訊くと、ちょっと意外に思えるな」
「それってどういう意味かなっ!」
鶴木たちの第一試合を観戦して、玲衣も何か思うところがあったのかもしれない。入学当初の一件以来、鶴木と良い人間関係を築けていなかった玲衣であるが、今回のことで、気持ちの上で何らかの進展があったようだ。
「もちろん、良い意味だよ」
「そう。それなら良いんだけど」
それでも玲衣は気にかかる様子だったが、秋弥はそれ以上この話題を続けようとは思わなかった。
そもそも玲衣と鶴木の仲が険悪になった理由は彼自身にあったので、ここで余計な口出しをして、玲衣がまた変な意地を張り出してしまっては元も子もない。
「秋弥さんと聖奈ちゃんは、今日はずっと同じ競技の作戦スタッフなんですか?」
一口サイズにカットされた肉巻きを咀嚼していると、綾がそう言う。
「ああ、そうだよ。だから、みんなが今日はずっと第二演習場にいるつもりなら、天河とは会えないだろうな」
午後は五試合が行われるので、最終試合が開始されるのは十九時からとなる。試合時間が最長で六十分なので、第一試合が時間ギリギリまで続いたことから想定すると、おそらく最終試合の終了時間は十九時半を過ぎるだろう。
「そうなんですか……それなら明日は?」
「今日と同じで俺も天河も『妖精の尻尾』の作戦スタッフだよ。だけど明日の決勝戦は同じ演習場で行われるから、昼になったら天河と一緒に顔を出しに来るよ」
そう言うと、綾は嬉しそうな笑みを見せた。
「最初の試合で鶺鴒封術学園に勝てたんだから、このまま行けば決勝戦進出は鷹津封術学園で決まりだよね」
横から玲衣が周りに聞こえそうなほど溌剌とした声で言う。
すると秋弥は眉をひそめた。
「ん、どしたの?」
「いや……確かに玲衣のいうとおり第一試合で勝てたから良いけど、午後からは厳しい試合になりそうだからさ」
「そうなの?」
首を傾げる玲衣と伊万里。両隣が頭の上に疑問符を浮かべているので、秋弥は一旦箸を止めた。
「ああ。午後からは烏丸封術学園が出てくるからな」
それでも言葉の意味がわからない様子の二人。四校統一大会の観戦経験が多い綾と奈緒は秋弥が何を言いたいかわかっているようで、微笑ましい光景をおかずにして弁当に舌鼓を打っていた。
「『妖精の尻尾』は選択競技だから、開催校の烏丸封術学園が選んだ競技だってことはわかるよな。ということは、必然的に烏丸封術学園の代表選手が有利になる競技を選ぶはずだってことだよ」
「あ、そういうこと」
合点がいった伊万里と玲衣が、納得顔で頷いた。
「実際問題、烏丸封術学園は過去の『妖精の尻尾』でも必ず決勝まで勝ち進んでいるし、優勝経験もある。さすがに当時のメンバーはもう卒業しているけど、それでも今回、烏丸封術学園が『妖精の尻尾』を選んできたということは、烏丸封術学園に勝算があるということだ」
「そっかぁ……。でも、シュウ君が作戦スタッフにいるんだから大丈夫だよ、ね?」
玲衣がそう言うと、秋弥は曖昧な笑みを見せた。
「俺が作戦スタッフかどうかは別として、鷹津封術学園が初戦で鶺鴒封術学園に勝てたのは大きいよ。予選は全部で六試合だから、全勝できれば当然決勝戦に進めるけど、あと一勝……つまり二勝できれば、決勝戦に進出できる可能性は高い」
「それじゃあ、まずはあと一勝だねっ!」
「そういうことだ。幸い俺たちの試合は第四と第五だから、烏丸封術学園と鷺宮封術学園の戦いを分析させてもらうさ」
しかし、鷹津封術学園は第四試合にて烏丸封術学園に敗北した。この時点で全勝校は第二試合と第四試合で勝利した烏丸封術学園のみとなる。続く第五試合では連戦による疲労もあった鷹津封術学園だが、第三試合で勝利した鷺宮封術学園に辛くも勝利する。第五試合を終えた時点で鶺鴒封術学園と鷺宮封術学園が二敗ずつとなったため、二勝した鷹津封術学園が烏丸封術学園とともに決勝戦進出を決めた。
また、第一演習場で行われていた『事象の地平面』予選リーグでは、鷹津封術学園が全勝による一位通過を果たし、以降の順位は二位が烏丸封術学園、三位が鶺鴒封術学園、四位が鷺宮封術学園となった。この結果により、『事象の地平面』の決勝トーナメントの組み合わせが決まった。
そして、第三演習場の女子『妖精の尻尾』予選リーグは思わぬ混戦となった。まず特出していたのは男子『妖精の尻尾』と同様に烏丸封術学園で、全学園に勝利して決勝戦へと駒を進めた。鷹津封術学園を含む残りの三校はそれぞれが一勝二敗となったことで、決勝戦に進出する学園が妖精の獲得点によって決まることとなった。その結果、僅差ながらも決勝戦へと進出したのは鶺鴒封術学園となった。作戦スタッフに星条悠紀を加えていた鷹津封術学園だったが、残念ながら三位に終わってしまう。だが、実際には二位から四位までの獲得点は一点ずつの違いだけであり、特出していた烏丸封術学園を除いて、代表選手たちの力量差はほとんどなかったと言えるだろう。
こうして、四校統一大会二日目の全日程が終了した。
おまけ(四校統一大会二日目 全日程の勝敗表)
■男子『妖精の尻尾』予選リーグ
(○:勝 ●:負 数字は妖精の獲得点)
第一試合 : 7○鷹津VS鶺鴒●2
第二試合 : 9○烏丸VS鷺宮●2
第三試合 : 4○鷺宮VS鶺鴒●3
第四試合 : 5○烏丸VS鷹津●4
第五試合 : 4○鷹津VS鷺宮●2
第六試合 : 7○鶺鴒VS烏丸●2
■女子『妖精の尻尾』予選リーグ
(○:勝 ●:負 数字は妖精の獲得点)
第一試合 : 4○烏丸VS鶺鴒●3
第二試合 : 4○鷹津VS鷺宮●3
第三試合 : 3○烏丸VS鷹津●1
第四試合 : 5○鷺宮VS鶺鴒●2
第五試合 : 6○鶺鴒VS鷹津●5
第六試合 : 1●鷺宮VS烏丸○6
■男子『事象の地平面』予選リーグ
(○:勝 ●:負)
第一試合 : ○鷹津VS烏丸●
第二試合 : ○鶺鴒VS鷺宮●
第三試合 : ●鷺宮VS鷹津○
第四試合 : ●鶺鴒VS烏丸○
第五試合 : ●鶺鴒VS鷹津○
第六試合 : ●鷺宮VS烏丸○