第66話「四校統一大会—妖精の尻尾—」
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『妖精の尻尾』。
四校統一大会の開催校に決定権のある選択競技のうちの一種目で、各学園の代表選手三名によって行われる団体競技である。
競技は二日に分けて行われる。まずは総当たり形式の予選リーグ全六試合を行い、勝利数(同率の場合は妖精の累計獲得点)の多い上位二校が、三日目の決勝戦へと駒を進める。
『妖精の尻尾』では試合ごとにランダムで対戦フィールドが選ばれる。フィールドの種類は『草原』『廃虚』『河川』『森林』『氷上』『霧雨』の六種類があり、試合開始と同時にフィールドに五羽の妖精を放つ。妖精には赤青黄の三色があり、それぞれに得点が割り振られている。
競技はこの妖精を捕獲することを目的とし、最終的にその点数で競い合うことになる。
妖精の配点は次のとおり。
赤の妖精……二点(五点)。
青の妖精……一点(二点)。
黄の妖精……一点(二点)。
赤の妖精は三色の妖精の中で最も小さく、飛翔速度が最も速いため捕獲が難しく、青と黄の妖精に対して配点が高く設定されている。選手たちには妖精と同じように三色の色がそれぞれ割り当てられており、自分の色と対応した色の妖精を捕獲した場合は括弧内の配点が適用される。
なお、『妖精の尻尾』では競技中に使用してよい封術に制限がある。
封術協会による認定がされていない封術・装術の使用は禁止とする。
殺傷力C判定以上の干渉力を有する封術・装術の使用は禁止とする。
間接的に干渉する封魔術・装術の使用は禁止とする。
干渉範囲十メートル以上の感知系術式の使用は禁止とする。
また、競技には封術の制限の他に、試合時間の制限も設けられている。
試合時間は開始から六十分とし、五羽の妖精をすべて捕獲できなかったとしても、時間となれば自動的に試合は終了となる。
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マップビュー用の特殊バイザーを装着した鶴木真は演習場——競技場に立ち、開始の合図を待っていた。
『妖精の尻尾』では、妖精の配点表からもわかるとおり、赤の色を持つ選手が赤色の妖精の捕獲に成功した場合、その学園の勝利はほとんど決定的なものとなる。
しかし、過去に二度行われた『妖精の尻尾』の記録によると、赤の妖精を捕獲して配点の最大である五点を獲得できたチームはごく少数しかなかった。
その理由は、赤の妖精が高リターンであると同時に、高リスクでもあるためだ。
赤の妖精は見つかり次第、相手チームに取られまいとして、全ての選手が捕獲のために動くのが常であり、色一致による配点の上乗せは、その時点で獲得点が相手チームに負けていない限り、無理して狙うものではない。
それと、過去の記録によるともう一つ、わかることがある。
赤の妖精を捕獲できずに時間切れとなったケースが全体の五割を上回っているのである。
そのため、ある程度の長期戦を想定して封術を行使しなければ、最終的に集中力を切らして負けてしまうことも十分に有り得るという話だ。
だが一方で、『妖精の尻尾』という競技は陽が暮れるほどに妖精の発見難度が下がるという一面もある。というのも、妖精はそれぞれの色で微かに発光しているため、周囲が暗い方が見つけやすくなるからだ——『妖精の尻尾』が選択競技の中でも特に高い人気を誇っている理由は、陽が沈みきってから行われる試合では妖精の舞う姿が光の軌跡として見えることの美しさにある。ただし、その代わりとして妖精の飛翔速度や回避性能が向上するのだが……。
審判を務める男性が銀色のアタッシェケースを手にしてフィールドの中央に立つ。
あのアタッシェケースの中には、五羽の妖精が入っている。
まったく、妖精の名を冠しながら、その光景は何とも夢のない話だなと鶴木は思う。
せめて鳥籠にでも入れてあれば様になるのかもしれないが、既に妖精の姿を見知っている鶴木は、そう思わなかった。
アタッシェケースが開かれて、妖精が飛び立った。
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鶴木は彼自身の装具である篭手——カテゴリ上では強化型中距離系振子である『ペンデュラム』を召還して、対戦相手の猛攻を防いでいた。
妖精が空に放たれて試合が開始された瞬間、相手チームの一人が切迫してきたからだ。
チームメイトの土師と相馬が妖精を見つけるまでの間、鶴木の役割は自分自身と彼らを護ることだった。
鶺鴒封術学園のフォーメーションは、作戦スタッフからの説明によると二人が捜索と捕獲を担当し、一人が遊撃ということだった。となると、切迫してきた選手は遊撃手ということで間違いないだろう。
こちらに攻めてくる相手が一人であるならば、いくら自分よりも年上の選手だからといっても、鶴木は自分一人で対応可能だった。
間接系の封術が禁止されている以上、攻撃をするならば装具による直接攻撃しかありえない。必然的に遠距離からの攻撃を警戒しなくても良くなるため、鶴木は目の前の相手にのみ集中することができた。
鶴木は防戦一方だったが、それは相手の攻撃に圧倒されているからではなく、足止めこそが彼の役目だからに他ならない。接近戦においては、振子を射出して戦うよりも篭手を利用した戦いの方が賢明といえた。
鶴木の篭手と遊撃手の持つ曲刀がぶつかり合い、エリシオンの光情報流が散る。
殺傷力C判定以下の威力に制限されているとはいえ、直撃を受ければ打撲程度では済まない。
良くて打撲、悪くて骨折する程度の干渉力を有する封術・装術が殺傷力Cと定められている。それくらいの負傷は覚悟しなければならないだろう。
だがそれも、当たらなければ意味がない。
曲刀の軌道に篭手を合わせて弾く。十数回の接触によって、遊撃手もこのまま攻撃を続けたところで有効的なダメージを与えられないと理解したのだろう。
一旦距離を取ると、何らかの封術を行使して、その効果を装具に付与した。
次に何が来るかと、鶴木は身構える。その間も、チームメイトが競技場を高速で飛翔する五羽の妖精を捜し続けている。今のところ妖精の姿を目視で確認することはできなかったが、自分の近くにいないことくらいなら気配——周囲の空間を満たす干渉圧でわかる。
と、遊撃手が再び鶴木へと迫った。
一見すると見かけ上の変化はない。
だが、と鶴木は警戒する。
封術を行使したということは、何らかの事象改変が行われたということだ。しかも装具に直接的に作用するような何かを……。
相手の一振りを、鶴木は篭手での防御ではなく、足の動きによって回避した。彼の目の前を曲刀の形をした装具が通り過ぎていく。
目前の装具を見詰めるが、装具の刀身に変化は見られない。遊撃手の装具は特殊型近接系曲刀にカテゴライズされているため、鶴木は装具自体の形状変化を警戒したのだが、少なくとも刀身に変化はなさそうだった。
続く横薙ぎの一撃を、今度は篭手で防いだ。これも、先ほどまでと同じように弾き返せた。
いったい、何が変わったというのか。
遊撃手の目的がこちらの足止めだけであるならば、それはもう既に成功している。
だが、それではどうにも腑に落ちない。
横薙ぎから連続して繰り出された振り下ろしを、鶴木は頭上に掲げた腕——篭手で防ごうとした。
その瞬間だった。
篭手に接触した曲刀が、その部分を支点にして折れ曲がったのである。
(——曲刀……まさか!)
鶴木はその現象を目の当たりにして理解する。
横薙ぎの一撃を受け止めた際に何も起こらなかったのは、こちらの油断を誘うためだったのだ。
(間に合うかっ!?)
鶴木は篭手が装着されていない左腕を折れ曲がった刃の軌道上に向けて伸ばした。と同時に、無意識領域下で封術式を構築する。左手に事象改変の光情報流が集まり、ひとつの現象が発現した。
鶴木の左手がギリギリのところで刃を掴む。掌には裂傷ができ、予期していなかった衝撃が鶴木を襲った。殺傷力を制限されている関係で刃の切れ味は幾分落とされているが、その分、本来ありえないはずの打撃性能が向上しているようだ。
「ぐっ……」
それでも鶴木は握った刃を離さずに、篭手を装着した右手で遊撃手の胸部を殴打した。まさか曲刀の攻撃が防がれるとは思っていなかった相手選手はガードもままならず、攻撃を受けて後方に下がった。
『大丈夫か?』
鶴木たちのチームは全員がアクセサリー型の端末を用いていることから、チーム内の通信手段に聴覚の直接接続機能を利用している。
鶴木の脳に、捜索役の五年生選手である土師の声が電気信号となって届いてくる。
『……大丈夫です。僕のことよりも妖精を——』
『鶴木君! 黄の妖精を見つけたぞ!』
鶴木の声に、四年生選手の相馬の声が重なった。すぐさま鶴木のバイザーに黄の妖精を発見した地点の情報が送られてきた。
鶴木は左腕に感じる痛みを意識の端に追い払うと、下ろしていた右腕を正面に向けて構えた。
そして、その地点に向けて補助具である振子を射出した。
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相手チームの反応は、一瞬だが遅れた。
その理由は、鶴木がその場から一歩も動かなかったからだ。振子の射出を見た捜索役のうちの一人が捕獲役として動き出そうとしたときには、鶴木の振子が黄の妖精へと迫っていた。
鶴木の装具『ペンデュラム』は、装具の本体である篭手と補助具である振子を極細のワイヤーで繋いでいる。そのため、遠目には振子に間接的な作用が及んでいるように見えるだろうが、実際には篭手からワイヤーを経由して振子に制御命令が届くため、『妖精の尻尾』のルールに抵触しない。
捕獲役が黄の妖精を捕まえるために動き出す。
それよりも少し前に、遊撃手が振子と篭手を繋ぐワイヤーを切断しようとして動いていた。
相手にもこちらの情報は知られている。それが鶴木のように『星鳥の系譜』に連なる者であるならば、なおのことだ。
振子を対処する場合には、装具の本体を持つ鶴木自身を直接攻撃するよりもワイヤーを切断する方が容易であることくらい、事前に調査済みだということだ。
それでも、殺傷力C判定以下の干渉力を持つ術式では、鶴木の創り出したワイヤーを切断することができるはずもない——。
だからこれは、切断ではない。
伸びきって張り詰めたワイヤーに向かって遊撃手の装具が振り下ろされる。
ワイヤーが引っ張られれば、振子は進行方向とは逆方向に作用する力を受けてしまう。遊撃手の狙いはそれだろう。
鶴木は口元に笑みを浮かべた。
振り下ろされた装具がワイヤーに触れる寸前——鶴木は自らの意思でワイヤーを緩めた。
接触時の反動を期待していた遊撃手は、装具が空振りとなったことで体勢を崩す。
それでも振子の飛翔は止まらない。
篭手と振子を繋ぐワイヤーは、振子に制御命令を伝達する役割を持つ。その状態が張り詰めていようと緩んでいようと、関係ない。
もっとも、相手選手の狙いどおり、張り詰めた状態のワイヤーが引っ張られれば振子にも篭手にも影響を受けるが、自らワイヤーを伸ばして緩めたのであれば、何の問題もなかった。
遊撃手の攻撃を巧みに避けた鶴木の装具が、黄の妖精に迫る。
宙に舞う妖精に追随し、振子の運動とワイヤーによって妖精を拘束する。
ワイヤーを通じて妖精を捕らえた情報を受け取った鶴木は、振子を篭手へと引き寄せる。
急激に鶴木の手元へと引き戻されていくワイヤーと振子。選手が妖精を手にするまでは得点として加算されないとはいえ、奪い返すのは難しいと判断した相手チームの捕獲役は追跡を諦めた。
先取点を手に入れたのは、鷹津封術学園だった。
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状況は進む。
黄の妖精の捕獲によって色一致の追加点を得た鷹津封術学園の得点は現在、五点。対戦相手である鶺鴒封術学園の得点は、二点。
鶴木たちは先取点を得た後、続けて青の妖精も捕獲した。もう一羽の青の妖精は相手チームに取られたものの、黄の妖精は二羽とも捕獲に成功して、色一致の追加点を得ている。
そして、残っているのは赤の妖精だけだ。
相手チームが勝利するには、色一致による追加点を狙うしかない。ならば必然、赤色のタグを持つ選手が赤の妖精の捕獲に動き出すはずだ。
赤タグを持つ相手の選手は——遊撃手だった。
配点の高い赤の妖精を捕獲しようとするならば、捕獲役を務める選手が赤タグである方が良いはずだ。しかし、相手チームがその選択をしなかったのは、鶴木たちがそうであるように、捕獲できる可能性の高い黄と青の妖精に重きを置いたためだ。特に、相手チームは二人の選手が捜索役と捕獲役を兼任している。これは黄と青の妖精のいずれかを発見した場合、同色のタグを持つ選手が捕獲役となり、一方が捜索役となるためだろうと、作戦スタッフであるスフィアからの説明にあった。事実、そのとおりであり、相手チームが得た二点は青の妖精と同色のタグを持つ選手が捕まえていた。
鶴木は防戦から一転、遊撃手に対して振子による牽制を行う。心理的にも優位に立つ鶴木たちだったが、勝敗は最後までわからない。競技場を移動して赤の妖精を探す二人にしても、遊撃手を牽制する鶴木にしても、それは重々理解している。
試合開始から半分が過ぎた頃、ついに赤の妖精が見つかった。
最初に発見したのは、相手チームの選手だった。
赤の妖精の発見位置がチーム内で伝わると、捜索を行っていた相手選手が鶴木と遊撃手の間に飛び込んだ。
刀剣型の装具で振子を弾き飛ばす。
その隙に遊撃手が鶴木の間合いから外れる。その行動によって、鶴木たちも赤の妖精が相手チームによって発見されたことを認識した。
すぐさま、遊撃手が向かった方角にいた相馬が遊撃手の対処にあたり、土師が捜索範囲を絞って赤の妖精を探す。
鶴木は振子を遊撃手に向けて放ちながら、遊撃手と同じ方向に走り出した。万が一こちらの捜索が失敗に終わったとしても、遊撃手の動きを追っていれば赤の妖精の居場所まで近付くことができるからだ。
『鶴木、相馬。妖精の位置を送ったぞ』
しかし、その考えはまったくの杞憂だった。
土師からの情報連携を受けた鶴木のバイザーに、妖精の発見位置が表示される。
残った妖精が赤の妖精一羽となったため、発見位置の近くにいた土師は捜索からそのまま妖精の捕獲に動く。
相手選手——遊撃手以外の二人も妖精の捜索を止めて、こちらの捕獲を妨害するために動いた。
競技場の全選手が、赤の妖精を目指して行動を開始した。
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鷹津封術学園の勝利条件は二つある。
ひとつ、赤タグを持つ相手選手以外が妖精を捕獲すること。
ひとつ、時間切れとなること。
このうちのどちらかを満たせば、鷹津封術学園の勝利となる。
対して鶺鴒封術学園の勝利条件は一つ。
赤タグを持つ選手が赤の妖精を捕獲すること。
この条件下において、戦力が一か所に集中してしまえば、それぞれの役割は自ずと決まってくる。
「これでどうだっ!」
相馬が遊撃手に向かって装具を振るった。防御を余儀なくされた遊撃手は曲刀でこれを受け止める。
「右がガラ空きだぜ!」
妖精の捕獲から遊撃手の妨害に移った土師が反対側から遊撃手を狙う。
キィィンという高音が鳴り響く。土師の攻撃は捜索役だった相手選手が持つ装具によって防がれてしまう。
土師と相馬の攻撃を防ぎながら赤の妖精に近付く遊撃手に対して、鶴木を妨害する選手は一人だけだった。
赤の妖精へと迫りながら、鶴木は自衛のために二個の振子を射出する。対戦相手の遊撃手を土師と相馬が足止めしていてくれる限り、こちらに負けはない。
だが、それはイコールで勝ちというわけではない。
戦力的にみれば向こうは二対二のイーブンだったが、土師と相馬の二人が相手選手に押し負けてしまう可能性だってないとは言えない。自分も加わって三人で相手の遊撃手を足止めし、時間切れを狙うという作戦もありだったが、それは作戦名『皇帝』に含まれていない。
作戦名『皇帝』では、捕獲役を務める鶴木がフィールドに舞う五羽の妖精をすべて手中に収め、フィールドを支配することを目的としているからだ。妖精が残り一羽となり、妖精を発見した土師が捕獲に動いた後ですぐに相手チームの遊撃手の妨害に移ったのは、勝利条件の観点からみた合理的な判断でもあるが、作戦上の彼の役割が妖精の捕獲ではないからだ。
もちろん、勝利条件や作戦以前に、これが最終試合であるならばいざ知らず、残り二試合を行うことを考慮すれば、できる限り体力は温存すべきなのである。
鶴木は相手の妨害を装具で防ぎつつ応戦しながら、視界の端で動く何かを発見した。
(——見つけた!)
近くで相手選手が舌打ちをした音が聞こえたような気がした。封術によって強化した脚力をもって、相手選手が鶴木の正面へと回り込む。
鶴木が視線を右へと向ける。そちらに左足を踏み込むと、相手選手が反応して動いた。
その瞬間、鶴木は踏み込んだ左足で思いきり地面を蹴った。背後を振り向くように身体を時計回りに捻り、右側に移動させていた重心を左側へと移す。
視線と重心の移動を用いたフェイントだ。
しかも踏み込んだ瞬間に発動させた加速の術式により緩急をつけたため、相手選手は完全にフェイントに釣られてしまった。
鶴木は相手選手の右側を抜けて赤の妖精を目指す。
だが、フェイントで避けた相手選手の反応速度は驚嘆に値するものだった。
相手選手が振り返り様に伸ばした手が、鶴木の腕を掴む。
鶴木はバランスを崩して倒れそうになった。
それでも、鶴木の視線は赤の妖精をしっかりと捉えていた。
倒れ込みながらも、鶴木は右腕の装具を赤の妖精に向けると、振子を射出する。
振子が鶴木の視覚情報に従って飛翔していく。
鶴木にとって手足のように扱うことができる振子は——彼の意思が示すままに、赤の妖精を捕獲した。
『妖精の尻尾』は陸上版クデ○ッチをイメージしています。
いかんせん封術では空を飛ぶことができないので……。
※以下、お詫び
都合により「登場人物紹介」と「世界観設定」を『序章』と『第一章』の間に移動させました。
これらの更新を行った場合には下記のように更新項目のアナウンスを行いますので、どうかご容赦願います。
登場人物紹介を更新しました。
・鶴木真




