第60話「四校統一大会—光速の射手—」
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四校統一大会初日のスケジュールは、開会式の後に一種目の競技を控えていた。
競技名『光速の射手』。
遠く離れた位置にランダムに出現する標的に向かって封術を放ち、その精度と速度を競う競技種目である。
『光速の射手』は開会式を行った演習場——つまり、この第一演習場で行われるため、選手団が演習場から出て行ってから、すぐさま競技の準備が行われた。
亜子と聖奈は『光速の射手』に出場する悠紀を応援するために選手用控え室へと向かった。観客席に残った秋弥、玲衣、奈緒の三人は、競技が開始されるまでの間、入場した際に自動的に端末が受信した電子パンフレットを眺めることにした。パンフレットには四校統一大会の全体スケジュールだけでなく、各競技のルール説明や、出場予定選手の紹介も掲載されている。また、巻末には四校統一大会の歴史や各学園の紹介が載っていた。
ホロウィンドウを指で軽く撫でる動作でページをめくる。『光速の射手』のルール説明のページを開いた。
『光速の射手』は各学園から男女三名ずつが参加する。予選は選手一人ひとりが、三十メートルの距離から次々に出現する標的に対して、封術を使って標的を破壊し、そのスコアを競う。試技は一人当たり最大二回。より高スコアとなった結果が予選の結果として反映される。
その結果、上位三名が決勝戦へと進出する。決勝戦は距離が伸びて五十メートルとなり、当てると減点されてしまうダミーの標的も出現するようになる。また、試技は三名が同時に行い、より多くの点数を獲得した選手の優勝となる。
「昨年度の優勝選手はお姉ちゃんだよ」
「ええ、他を寄せ付けない、圧倒的な成績でございました」
過去の優勝選手の名前が並ぶページに差しかかったところで、奈緒と桃花が言った。
「お姉ちゃんの装具は弓だから、射撃系が得意なんだよね」
「それに加えて悠紀お嬢様は、流体制御の精緻さにおいて天賦の才がございます。……まことに残念ながら、同世代の封術師見習いではお嬢様の足元にも及ばないでしょうね」
そう言う桃花の表情は変わらない。あまり残念ではなさそうだ。
それよりも。
「流体制御? ああ、だから星条会長の得意原質は『水』と『風』なんですね」
「はい、そのとおりでございます」
桃花は静かに首肯する。
「お手元のパンフレットにもありますとおり、悠紀お嬢様の得意原質は『水』と『風』です。ただしこれは、強いてあげるとすればこの二つの原質ということであり、悠紀お嬢様に苦手なものはございません」
「お姉ちゃんは何でもできるからね」
奈緒がまるで自分のことのように嬉しそうな顔で同意する。
「それじゃあ今年の『光速の射手』も、優勝は鷹津封術学園がいただきだねっ!」
パンフレットをパラパラとめくりながら話を聞いていた玲衣がそう言うと、「うん!」と奈緒が笑顔で応えた。
「シュウにぃ〜っ!」
と、競技が始まるまでの間、人々の雑談で賑やかになった観客席の遠くの方から、秋弥にとっては聞き慣れた声が聞こえた。
「シュ・ウ・に・ぃ〜っ!」
もう一度、今度は最初に聞いた声よりもだいぶ大きい。
秋弥はその声の主を確信しながら席を立ち、声のする方を向いた。観客席にいた何人かはその愛称に心当たりがあったのか、はたまた、その声が気になったのか、秋弥と同じ方角に視線を向けていたが、すぐに自分には関係ないと思い直して視線を戻していた。
秋弥が顔を向けると、声の主である少女も、秋弥が振り向いたことに気付いたようだった。一度大きく手を振った後、観客席の最上段からぐるりと回り込むようにして、秋弥たちのいる席の近くまでやってきた。
少し小走りでやってきたからだろうか。額にかすかに汗の玉を浮かせた少女は二、三呼吸を整えてから、
「シュウ兄、やっと見つけたぁ」
「来ていたのか、伊万里」
動きやすい七分丈のレギンスパンツに首元部分が花の意匠で縁取られたタンクトップの上から薄いニットのカーディガンを羽織った浅間伊万里は、秋弥の顔を見つめて嬉しそうな笑顔を見せたのだった。
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「久しぶりだね、伊万里ちゃん」
「あ、玲衣さん! お久しぶりです!」
玲衣の方から声を掛けると、伊万里はそこで初めて玲衣に気付いた様子を見せた。
彼女の方を向いて会釈を返す。
「伊万里ちゃんも観に来てたんだね。とりあえず、空いてる席に座ってよ」
玲衣がそう促すと、伊万里が視線を秋弥に向けた。
空席は、立ったままの秋弥が元々座っていた席を含めて三席ある。秋弥は少し思案すると、自分が座っていた席に伊万里を座らせた。彼自身は聖奈がいなくなって空席となった席に座り直す。すると伊万里は驚いたように眼を丸くしてから、少しだけ身体を玲衣の方に寄せた。胸に手を当ててもう一度呼吸を整えている。
「おっと、ごめん。ちょっと狭かったかな」
観客席は開会式の時点からほぼ満席となっていたが、だからといって一人分の座席が狭くなるということはない。むしろ、こういった施設の中では比較的スペースに余裕のある方だと思う。しかし、自分でも意識しないまま不用意に身体を伊万里の方に寄せていたかもしれないと思い、秋弥はすぐに謝罪したのだった。
「ううん、全然、そんなことないよ」
伊万里が勢い良く首を左右に振る。わずかに頬を紅潮させながら、今度は反射的に身体を遠ざけた分よりもほんの少しだけ多く、自分の身体を秋弥の方へと寄せ直した。
「それにしてもホント、久しぶりだよね。中学の卒業式以来だから六か月ぶりくらいかな。見ない間に伊万里ちゃんもすっかり大人っぽくなったね」
「ホントですか? 玲衣さんにそう言ってもらえるとすごく嬉しいです」
「ね、シュウ君もそう思うよねっ?」
「あぁ、そう思うよ」
とはいえ、秋弥の場合は、中学校を卒業した後も、来年の高校受験に備えるために姉の月姫に勉強を見てもらっている伊万里とは、家で何度も顔を合わせている。特に夏休みに入ってからは受験勉強が本格化し始めたためか、伊万里はほとんど毎日、彼の家に勉強をしにやってきていた。
ゆえに、伊万里の何処がどう変わったのかを具体的に言うことはできなかったのだが、幸いにもその返事だけで二人は満足したようだった。
「だけど、玲衣さんのようになるにはまだまだ先が長いです」
伊万里は玲衣を見て、眩しそうに目を細める。彼女は秋弥たちが中学三年に上がった頃あたりから、何故か玲衣に憧れるようになった。伊万里にどのような心境の変化があったのかは不明だが、人当たりが良くて人望もあり、要領も良い玲衣に下級生が憧れを抱いてしまう気持ちは、わからないでもない。
「あたしはあたし、伊万里ちゃんは伊万里ちゃんだよ」
玲衣が照れ隠しをするように笑った。
「ところで、伊万里」
秋弥はここぞとばかりに話題を元のレールに戻す。
「会場に来ていたのなら連絡してくれれば迎えに行ったのに。どうして何も言ってくれなかったんだ?」
問うと、伊万里は途端に瞳を左右へと泳がせた。咎めるような口調にならないように意識したつもりだったのだが、萎縮させてしまったのだろうか。
言葉を待っていると、やや俯き加減であった伊万里の口が少しだけ動いた。
「……だって、シュウ兄を驚かせたかったんだもん」
「ん? 何か言ったか?」
しかし、そのか細い声は周囲から聞こえる音の波によってかき消されてしまい、秋弥の耳には届かなかった。
「ううん、何でもないよ。連絡しようと思ってたら、偶然見つけちゃっただけ」
「ふぅん……それなら良いんだけど」
伊万里が秋弥の名を呼んだとき、彼は伊万里に対して背を向けていたはずなのだが——本人がそう言うのだから、それ以上は尋ねない方が良いのだろう。
「ところで、ここには伊万里一人で来たわけじゃないよな。浅間さんも一緒か?」
「うん。お父さんはあっちの方で知り合いの人と話してるよ」
伊万里が指差す先を眼で追ってみたが、人の数が多すぎて浅間が何処にいるのかを発見することはできなかった。
「そうか。まあ伊万里が一人じゃなくて安心したよ」
「え、それって……」
どういう意味? と伊万里が期待に満ちた瞳を秋弥へと向けようとしたのだが、すぐに隣から玲衣に話しかけられてしまった。
「ねぇねぇ伊万里ちゃん。大会ならテレビ中継されてるから家でも観られたのに、どうして今回は会場まで観に来たのかな?」
「……むむぅ」
「あ、あれ? あたし、何かマズいことでも聞いちゃったのかな?」
「……いえ、そうじゃないですけど……。えっと、お父さんが、封術学園に入学するつもりなら実際に四校統一大会を観ておいた方が勉強になるからって」
なるほど。確かに封術師見習いが学外で封術を使う舞台はそれほど多くはない。封術学園に通う封術師見習いたちの——それも特に優秀な学生たちの封術を直接観ることができる舞台として、四校統一大会以上に適した舞台はないと言えるだろう。
「えっ、伊万里ちゃんって来年封術学園を受験するつもりだったんだっ!?」
「うん……ってあれ、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないよ〜」
浅間の家柄を考えれば当然のようにとも思えるが、秋弥も初めてそのことを知ったのは、伊万里の父親である浅間総一郎が、彼の入学祝いに家を訪ねて来たときだった。少なくとも秋弥たちが中学生だった頃には、伊万里が封術学園に入学したいと考えている様子は見られなかった。
「そっかぁ、伊万里ちゃんは勉強家さんなんだね。でも、受験勉強の方は大丈夫なの?」
「そっちはカグ姉に見てもらってるから、大丈夫」
伊万里は笑顔でピースサインを作った。
玲衣も一緒になってピースをした。
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「玲衣ちゃん玲衣ちゃん……」
伊万里との久しぶりの再会を喜び合っていると、奈緒が躊躇いがちに、玲衣に声を掛けた。
そこで玲衣は、伊万里と奈緒が初対面であることにようやく思い至った。伊万里の側からみれば、奈緒は偶然知り合いの隣に座っていただけの他人のように見えたのだろうが、これが奈緒の側になると、伊万里は自分の知り合いと仲良さそうに話している他人となるのである。それは、同じ他人でも意味するものが変わってくる。玲衣は奈緒に伊万里を紹介することを完全に忘れていたのだった。
「あ、ごめんね、奈緒。この子は——」
「ひょっとして秋弥くんの……妹さん?」
玲衣の言葉に重ねるように、奈緒が言った。
すると——、
「いもうとぉ!?」
伊万里がショックを受けたように表情を強張らせた。
それを見て、玲衣が少しだけ可笑しそうに笑った。
「あはっ、そう思う気持ちもわからなくはないけどね」
おそらく奈緒は、伊万里が秋弥のことを『シュウ兄』と呼んでいたから、そのような勘違いをしたのだろう。それに伊万里は玲衣と話すときだけ敬語を使っていたので、そのことも少なからず、奈緒が伊万里を秋弥の妹だと判断した材料になっていたのかもしれない。
「この娘は浅間伊万里ちゃん。あたしとシュウ君が通ってた中学校の後輩なんだよ」
「あっ、そうなんだ」
奈緒は玲衣の説明で納得して首を縦に振った。
「初めまして、伊万里ちゃん。私は星条奈緒。玲衣ちゃんと秋弥くんの同級生でクラスメイトだよ」
自己紹介をすると、やっとのことショックから立ち直った伊万里が、奈緒の名前を聞いて目をぱちくりさせた。
「星条? ……もしかして、『星鳥の系譜』序列第一位の、あの星条ですか?」
「う、うん。そうだよ」
「ぅえぇーっ!?」
伊万里は大きな声を上げた。
吃驚したのだろう。何せ、現在進行形で封術師(の見習い)を志そうとしている伊万里の目の前に、『星鳥の系譜』に連なる十三の家系——その頂点に君臨する星条家の人物がいるのだから。
「ちなみに奈緒は、星条家の直系なんだよ」
「えぇー!?」
玲衣が補足すると、伊万里はもう一度驚いて見せた。こんなにリアクションの大きい娘だっただろうか。
「えへへ……、確かに直系ではあるんんだけど、私はお姉ちゃんと違って封術をほとんど教わってなかったから、特別、すごい封術が使えるわけじゃないんだよ」
「そ、そうなんですかぁ?」
「うん。お姉ちゃんたちの封術はずっと見てきたけど……見ていただけだったから。装具を手に入れたのも封術学園に入ってからだから、伊万里ちゃんとほとんど変わらないんだよ」
だから、私とも普通に仲良くしてほしいな、と奈緒が照れくさそうに言った。
「そんな……こ、こちらこそ仲良くしていただけたら嬉しいです!」
伊万里は席を立って背筋を伸ばすと、精一杯のお辞儀をした。
「わわ、そんなに畏まらないで」
伊万里の様子を見て慌てた奈緒に、玲衣がウンウンと頷いた。
「そうだよ、伊万里ちゃん。あたしたちと接するときみたいな感じで大丈夫だよ」
「そうそう。玲衣ちゃんの言うとおり!」
すると、場内の各所に設置されたスピーカーから競技の準備が完了したとのアナウンスが聞こえてきた。
四校統一大会最初の競技——『光速の射手』が始まるようだ。
「ようやく開始か」
「話してたらあっという間だったね」
「そうだな」
相対性理論に照らし合わせれば——などという使い古された表現を用いるつもりはない。時間は常に一定であり、誰に対しても平等なものだ。
「あたしもそろそろ、お父さんのところに戻らないと……」
名残惜しそうに伊万里が表情を落とすと、立ったままの彼女を玲衣が見上げた。
「あ、そうだ、伊万里ちゃん。もし良かったら、今日はあたしたちと一緒に観戦しない?」
「え、良いんですか!?」
予想もしていなかったのだろう。伊万里が思わず問い返すと、「もちろんだよ」と玲衣は応じた。
「やった! それじゃあお父さんに連絡しておきますね」
「そうだな。まあ浅間さんは伊万里と一緒に観られなくて泣いてるかもしれないけど」
自分で言ってその様子を想像したようで、秋弥が小さく笑った。
ショートメールを送り終えた伊万里が席に座り直す。総一郎からの返事は特に気にしていないようだった。
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「あ、最初の選手が出てきたね」
伊万里が演習場へと目を向ける。
『光速の射手』予選第一回目の試技を行う最初の女子選手が場内に立っている姿が見えた。
「そうだ。伊万里、この選手の競技の間だけで良いから、これをかけておくと良いよ」
競技の開始点に向かって歩き始めた女子選手から視線を外して、隣を見る。
「……これは?」
秋弥が手に持っていたのは色の入ったメガネだった。伊万里は首を傾げながら、秋弥に言われるがままメガネを受け取ってかける。メガネのレンズを通して映る視界は全体的に暗くなったが、周囲が見えなくなるというほどのものではなかった。
「玲衣、お前の分もあるぞ」
手を伸ばして玲衣にも同様のメガネを手渡す秋弥。玲衣も頭上にクエスチョンマークを浮かべながらも「シュウ君からプレゼント? やったね!」と元気にはしゃぎながらそれをかけた。伊万里は玲衣とお揃いのメガネをかけて少しだけ嬉しい気持ちになってから、秋弥に尋ねた。
「それで、シュウ兄。このメガネは何なのかな?」
「あぁ、それはだな……」
秋弥は口を開きかけたが、一瞬だけ視線を演習場に立つ女子選手に向けると、出かかった言葉を呑み込んだ。
「競技が始まればすぐにわかるよ。いいか、伊万里。この選手の封術と装術は良く見ておくんだ——この人は、封術師見習いの域を優に超えている」
それ以上秋弥は何も言わなかったので、伊万里も秋弥から視線を外した。ちらりと反対側を伺い見てみると、玲衣と奈緒の視線も演習場に立つ女子選手に向けられている。
これからいったい何が始まろうとしているのか。伊万里は薄暗がりの視界で、皆と同じ方向に目を向けた。
和服を身に纏った女子選手が淑やかに開始点の内側に立つ。
薔薇のコサージュで飾り付けされた眼帯で右眼を覆った女子選手が、片方の瞳だけで標的の出現地点を見詰める。テレビ中継用に設置された複数台のカメラが、さまざまな角度から彼女に向けられる。
女子選手の端整な顔立ちが巨大スクリーンにアップで映し出される。もちろんカメラに映すまでもなく——つまり伊万里が遠目から見ても、綺麗な人だと思えた。そして同時に、伊万里は競技を開始しようとしている女子選手のことを、昨年度の大会でも見たことがあることを思い出した。
彼女の名前と、彼女の残した結果までは思い出せなかったのだが——それは、すぐに思い出されることになった。
女子選手が標的の出現地点から視線を外すと、左手をスッと前へと伸ばした。
途端、地面に向けていた掌の中から淡い光が発生する。
光は掌の左右へと伸びて、女子選手の装具を徐々に形作る。
光のシルエットは、身の丈以上もある弓だった。
その形から、女子選手の装具が遠距離系のものであることが窺える。それはそうだろう。『光速の射手』では予選で三十メートル、決勝戦では五十メートルも離れた場所から標的を狙うのだから、選手の大半が遠距離系装具の使い手であることは容易に想像できる。
しかし、光が消えて女子選手の手に握られた装具を見た瞬間、伊万里は別の感想を抱いた。
(——天使?)
女子選手の召還した装具は、まるで天使の翼を模しているかのようだった。純白の翼からはキラキラとした粒子のようなものが舞っている。おそらく、装具の周囲に漂う原質が装具に干渉しているのだろう。
天使の翼を持つ和服姿の女子選手がゆっくりと瞳を閉じる。
それは純粋に、美しい光景だった。
伊万里はその美しさに、目を奪われていた。
言葉を、奪われていた。
伊万里は気付いていなかったが、いつしか会場全体も異様なほど静まり返っていた。
誰も、何も発しない。
息を呑む音ですら、惜しいと感じるほどの静寂だ。
やがて女子選手が、瞳を閉じたときよりもさらにゆっくりと、瞼を開いた。
天使の翼——弓を垂直に構えて、射撃体勢を作る。
その姿は完璧なまでに洗練されていて、一切の無駄を感じられない。
気負いすらもないように思える。
静寂の中で、競技開始のブザーが鳴り響いた。
瞬間、三十メートル先から最初の標的が出現した——
「…………!」
——しかし、伊万里が標的を視界に捉えたときには、標的は既に射貫かれた後だった。
あまりにも一瞬の出来事で、伊万里は言葉を失う。
伊万里は標的が出現するその瞬間まで女子選手の方をずっと見詰めていたのだが、女子選手が矢を射る瞬間すら見ることができなかった。
今度こそはと、伊万里は目を凝らして注意深く女子選手を見詰める。女子選手の左手は弓を構えた姿勢のままで固定されており、右手も構えられているのだが、その手は矢を掴んではいなかった。
にも関わらず、二つ目の標的が出現したその瞬間には、すべてが終わっていた。
何が起こっているのか、伊万里には全くわからなかった。
理解できなかった。
理解が、追いつかなかった。
彼女に理解できたことは、およそ彼女が想像もしていないようなことが場内で行われているということだけだった。
標的の出現する数が増加しても。
標的の出現する頻度が上昇しても。
一定の速度で——。
一瞬の速度で——。
次から次へと出現する標的が、次から次へと撃ち抜かれていく。
だんだんと眼が慣れてくると、ようやく伊万里にも見えてきたものがあった。
射撃間隔が短くなるにつれ、女子選手の右手が断続的な光を放っていることに気付いたのだ。
しかもその光は、競技が始まる前に秋弥がくれたメガネをかけていなければ、見ることすらできなかった光だ。
それはすなわち、女子選手の放つ矢が封術によって作られた情報体であると同時に、肉眼では捉えきれない何かであるということを意味している。そして、高い異層認識力を持つはずの自分や玲衣がそれを肉眼で捉えることができなかったのは、その情報体の正体が『光』そのものであるからだった。
去年はテレビモニター越しに見ていたから——特殊な加工処理が施された機器を通して見ていたから、すぐには思い出せなかったのだ。だけど、スクリーンに映し出されているスコアが途切れることなく上昇し続けるのを見て、伊万里はやっとのこと、その女子選手が誰なのか思い至った。
「やっぱりお姉ちゃんはすごいなぁ……」
玲衣を挟んで隣に座っている奈緒の独り言が聞こえてくる。
そうだ。星条家の直系である奈緒が姉と呼ぶ、その女子選手の名は——。
「今はまだ何もわからなくて良いさ。だけど、これだけは覚えておいてほしい。あの人は、俺たちと同じ封術師見習いなんだ」
信じられないと思う気持ちは、しかし、女子選手が四校統一大会に出場しているという現実の前に一蹴される。
事実は、事実としてしか表すことができない。
わずかに顔を向けた秋弥は、口元だけで笑みを作った。
「シュウ兄……あの人って」
「ああ、そうだよ。星条家次期当主候補の——星条悠紀だ」
今回からいよいよ『将来有望な封術師の見習いたち』による七日間のお祭りが本格的に始まります。
最初の競技は『光速の射手』。競技イメージはそのまま射的です。はじめからクライマックスの人が登場です。
さて、キャラクター紹介は当然この人……ではなく、その妹です。
▪星条奈緒
年齢 :15歳
所属 :鷹津封術学園
学年 :1年3組
容姿 :天然パーマの栗色髪で湿気に弱い。
同級生の中でも比較的発育が良い方。
性格 :内向的で争いごとが苦手でいつも周囲の眼を意識している。
一人称 :私
装具 :特殊型遠隔系十字弓「暁」
得意系統:-
得意術式:-
2012/12/27 可読性向上と誤記修正対応を実施