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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第3章「四校統一大会編」
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第57話「先輩と後輩——スフィア・智美・アンダルシアの場合」

★☆★☆★



 四校統一大会前日の朝。

 鷹津封術学園の校門前には、大会に出場する選手三十一名のうち、既に現地にいる悠紀と美空を除いた二十九名が集まっていた。

 四校統一大会は学校行事の一環ではあるが、本日は大会の前日ということもあって、現地入りする以外に特にすることもないため全員が私服姿である。

 学園の入口に停車している二台のマイクロバスのうち、一台には出場選手比率の最も多い五年生十七人が乗り、もう一台には一年生から四年生までの十二名が乗り込んだ。

 左右に二脚ずつ設けられた座席は前後の間隔に余裕があり、前方の席に座って背もたれを適度に倒しているスフィアが長い足を組んでいても、誰に迷惑を掛けるということもなかった。


「いよいよだな、スフィア会長」


 二台のマイクロバスが列を為して動き出すと、隣に座っていた朝倉が声を掛けた。


「そうだね。まぁ、到着まで五、六時間はかかるだろうから、昼寝でもしながらノンビリ待たせてもらうよ」

「ずいぶんと余裕だな」


 言うと、スフィアは口角を釣り上げて笑った。


「ワタシが慌てていたら、皆が動揺するからね。上に立つ者は、常に堂々と構えているのも仕事のうちなのさ」


 言い終えた途端、ふぁあと欠伸をするスフィア。その様子は落ち着いているというよりもむしろ危機感が足りていないだけのように思えて、朝倉は呆れた眼差しを向けた。


「ところでさ、アサクラ副会長。アレは大丈夫なのかい?」


 朝倉は一瞬、スフィアの指す『アレ』が何のことかわからなかった。だが、彼女の足の指先がかすかに動いてるのを見て(靴は脱いだようだ)、どうやら足の指でその方角を示しているということがわかると、朝倉は視線を移した。


「あぁ……アレか」


 朝倉の視線の先には、セミロングの髪をアッシュカラーに染めた男子学生が顔面を蒼白くさせて、辛そうな表情で窓の外の景色を眺めていた。


 時任だ。


 どうやら彼は乗り物が苦手のようで、走行中の音や振動によって早くも乗り物酔いしてしまったようだった。


「そういえば、スフィア会長はあんな時任を見るのは初めてなのか。気にしなくても大丈夫だ。時任は人前で吐くような格好悪い真似は絶対にしないからな」

「いや、そんな心配はこれっぽっちもしてないんだけどね。そんなことよりもむしろ、トキトウの隣や後ろの席から甲斐甲斐しくトキトウの世話をしている女子学生たちは何なのかと、ワタシは聞いたつもりだったのだけれど」


 そんなことは一言も言ってないだろ、と朝倉が声を大にして言わなかったのは、彼自身もその光景を見てげんなりとしたためだった。

 乗り物酔いで顔色を悪くしている時任の隣には、彼が出場する競技『二体一対(パーフェクト・マッチ)』のパートナーである三年の女子学生が、手に持った扇子で彼を扇いでいた。また、時任のすぐ後ろの席では身を乗り出した四年生の女子学生が、彼の額に浮かぶ汗をハンカチで拭っていた。


「ま、まあ……時任は女子学生に人気があるからな」


 朝倉は堅い声でそう言うしかなかったのだが、スフィアはもっと別のことを気にしているようだった。首を軽く横に傾けて時任の後ろの席にいる女子学生へと視線を向けると、さらにその視線を隣に座る女子学生へと移した。


「『二体一対』は封魔師と調律師のチームワークが最も重要となる競技だよ。あの女子学生はトキトウの世話に夢中でパートナーのことを気にしていないように見えるけれど、大会前からそんな調子で、果たして大丈夫なのかな?」


 スフィアの言葉にハッとした慌てて席を立つ。朝倉は隣に座る相手もなく、窓の外を流れる景色を眼で追っていた一年生の名前を呼んで、女子学生たちと座席を変更させた。

 当然のことながら、時任の世話ができなくなった女子学生は恨みがましい視線を朝倉に向けたが、それもしばらくすると隣席の女子学生と楽しく談笑する声が聞こえてきたので、朝倉は静かに胸をなで下ろしたのだった。



★☆★☆★



 学園を出発して一時間。

 高速道路に入ったマイクロバスの窓は、景色を覆い隠すほどの高いガードレールを映すばかりとなってしまった。鶴木は景色を眺めることを止めると、頭をヘッドレストに預けて眠ろうとした。

 しかし眼を瞑って数分、隣の空席に誰かが移ってきたのか、ふわりとした柑橘系の香りが鶴木の鼻腔をくすぐった。


「おや、起こしてしまいましたか?」


 瞳を数回瞬かせると、ぼやけていた視界に特徴的な赤毛が移った。


「……火浦先輩?」


 脇に置いていた眼鏡を取ってかけると、ようやくクリアになった鶴木の視界に赤毛の女子学生がいた。髪色よりも深い赤と黒のボーダーシャツにデニムのスカートを履いた火浦千景は「おはよー、つるぎん」と胸の前で手をパタパタと振った。


「あたしも一人で退屈してたから、こっちに来てみました」


 マイクロバスは二十名弱が座れるだけの座席数が確保されているため、好き好んで隣の席を選ばなければ、一人で座る者も数名は現れる。

 鶴木は一年生からただ一人選ばれた学生だということもあって、彼の隣に座る物好きはいなかった。そして、千景もまた二年生から二人だけ選ばれたうちの一人なのだが、『光速の射手』に出場するもう一人の二年生が、同じ種目に出場する上級生と情報共有をするために相席している関係で一人だった。


「ねぇつるぎん、少し、あたしとお話をしませんか?」


 そう問われた鶴木に、断る理由はなかった。



★☆★☆★



 やけに近くの席が騒がしくなったと思っていたら、どうやら千景が席を移ってきていたらしい。

 微睡みから覚醒したスフィアは、腕を頭上へと伸ばしながら欠伸を噛み殺す。

 首を左右に傾けてストレッチをすると、ヘッドレストに手を掛けて身体を起こし、通路部分に身を乗り出した。


「おやおや、リーダーもお目覚めですか?」

「チカゲ、君の声はハキハキしていて聞き取りやすいんだよ」


 その声で起こされたんだよ、と言外に訴えたつもりだったのだが、千景はそれに気付いていないのか、はたまた気付いていないフリをしているのか、ニカッと笑った。


「褒め言葉ですか? 嬉しいですね、ありがとうございます」


 おそらくは後者なのだろうが、眠りから起こされたことに不満があったわけではなかった。むしろ車内では眠る以外にすることがなかったのでそうしていただけだったので、スフィアは自分がいた座席の肘置き部分に腰を下ろすと、二人の会話に加わることにした。


「二人は何の話をしていたのかな?」

「えっと、あたしもつるぎんも統一大会に出るのは初めてなので、二人で情報共有をしていたのですよ」

「なるほどね。うん、最初はいろいろと不安になる気持ちもわかるよ」

「リーダーは今年で二回目の出場でしたよね。リーダーも去年はそういう気持ちになったのですか?」


 千景がそう尋ねる。


「ワタシ? どうだったかなぁ……。そのときにはもう治安維持会には入っていたけれど、当時は維持会メンバーで大会に出場したのはワタシ一人だけだったし……。あぁ、そうだ。そのときはずっと、カグヤと話をしていたような気がするよ」

「ふむふむ、くっきーのお姉さんの九槻月姫さんですか」

「そうだよ。カグヤはそのとき三度目の出場だったけれど、話していたのは他愛の無い雑談だったように思えるよ」

「雑談、ですか」

「そうだね。あまり大会前に気負いすぎるのも良くないから。まあ今にして思えば、無意識のうちに出来る限り普段どおりであろうとしていたのかもしれないけどね」


 当時を思い出しているのか、スフィアは視線を中空に這わせながら言った。


「会長は、九槻のお姉さんと、たとえばどんな話をしていたんですか?」

「ンー、何だったかなぁ……。本当に単なる雑談だったからね。そういうのって記憶に残りにくいものだから、正直、まったく覚えていないよ。でもたぶん、前日の夜ご飯の話とか、週末の予定とか、テレビの話題とか、カグヤの弟——シュウヤの話とかだと思うよ」

「……本当に封術とは何の関係もない話ばかりなんですね」

「それも一例だけどね。たぶんそういう感じの話だと思っているだけで、実際にはそうじゃなかったかもしれないよ」


 スフィアが軽く首を竦めると、そういうものですか、と鶴木は適当に首肯した。


「まあワタシからアドバイスできることがあるとすれば、大会前はあまり考えすぎないようにリラックスするということかな。ギリギリになってからいろいろと詰め込みすぎても頭が混乱してしまうし、それは結局のところ、付け焼き刃でしかないからね。持続もしないし、身に付かない」


 そう言って、スフィアは口角を釣り上げるとニヤリと笑った。

 その笑みには気負いや緊張の色はまるで感じられず、斜に構えたりもせず、したたかで堂々としているように見えた。


「何だか、会長を見ていると安心しますね」

「そうですね。とても、心強いです」

「あはは。二人にそう思ってもらえるようにするのも治安維持会の会長であるワタシの仕事のひとつだからね。それに、ワタシは嬉しいのさ。こうして治安維持会のメンバーが三人も集まるなんて珍しいことだからね。だから、こういうときに先輩らしいところを見せておかないと、他に見せ所がないんだよ」


 冗談めかした口調でスフィアが笑いながら言うと、鶴木と千景の二人も笑みを見せた。


「そんなことはありませんよリーダー。学生自治会のように部屋に集まって顔を合わせるようなことはしていませんが、あたしはリーダーからメールで送られてくる情報や指示だけでも十分に満足しています」

「自分も火浦先輩と同意見です。自分たちの役割はデスクワークではなくフィールドワークが主体になりますから。移動しながらでも使えるメンバー間通話やRTM《リアルタイムメッセージ》は非常に重宝しています」

「そう言ってくれると有り難い限りだよ。まあでも、会長のワタシが自治会室に入り浸っているせいで、一部の自治会役員にはあまり評判が良くないんだよね」


 言いながらスフィアが背後をチラリと窺う。すると、デバイスを立ち上げてこれまでに収集した他学園の情報を整理していた朝倉の肩がピクッと跳ねた。どうやら朝倉の耳にもスフィアたちの会話が聞こえていたようだった。

 顔を上げた朝倉が、自覚をしているのならもう少し治安維持会長らしい仕事をしてくれ、と視線で訴えかけていたが、スフィアはそれを何処吹く風という感じでスルーすると——、


「だけど、今のやり方は効率が良いと思うし、実際に、成果もあげているからね。ワタシが治安維持会の会長でいる限り、このやり方を変えるつもりはないよ」



★☆★☆★



 鷹津封術学園の選手団を乗せた二台のマイクロバスが大会期間中に宿泊するホテルの前に到着すると、悠紀たち学生自治会の役員が出迎えにきていた。

 真っ先に下車した朝倉が悠紀にあいさつと報告をしている間に、スフィアたち治安維持会メンバーはバスから下車する学生たちの確認を行う。全員の確認が取れたところで、朝倉からの報告を聞き終えた悠紀が、皆を誘導してホテルの中へと導いた。


「やあ、シュウヤ。そっちは楽しめたかい?」


 秋弥の姿を目敏く見つけたスフィアがそう声を掛けると、秋弥は彼女と歩調を合わせてから、


「……何の話かわかりませんが」

「惚けても無駄だよ。一昨日はユウキの家に泊まったんだろう? 自治会の女子役員たちと一緒にね」


 含みを持たせた言い回しをするスフィアに、秋弥はどう返答したものかと複雑な表情を浮かべた。


「確かに、それはある意味で事実ですが……しかし、スフィア会長。事実を言うのなら正確に言ってください。そうしないと誤解されてしまうでしょう」

「おや、ワタシの発言のどこに、不正確な情報があったかな?」

「指摘しないとわからないようであれば指摘しますが、それでも良いですか?」

「可愛くないね。カグヤとは大違いだよ」

「姉さんは俺よりも人間が出来ていますからね」


 売り言葉に買い言葉で言葉の応酬をするスフィアと秋弥を見て、二人のすぐ後ろを歩いていた聖奈が口元を隠すようにクスッと笑った。


「お二人は仲がとても良いですね」


 すると、二人が同時に振り返り、


「そうだね」「そんなことはない」


 正反対の応えを返した。


予定では次々回から開催となる四校統一大会のため、このあたりで登場人物の紹介をしようと思います(今更!)。


登場人物の紹介は基本的にはその回で登場する人物の中から選ぶことにします

(主人公とヒロインの紹介は当分先になると思います)。


今回はこの人——。


■スフィア・智美・アンダルシア

年齢  :18歳

所属  :鷹津封術学園

学年  :4年1組

役職  :治安維持会 会長

容姿  :セミロングの金髪に灰色の瞳を持つ英国風美少女

一人称 :ワタシ

装具  :強化型遠隔系双銃「炎熱」「雪風」

得意系統:『火』『風』

得意術式:銃装術『銃撃の舞踊(バレット・ダンス)』


2012/12/27 可読性向上と誤記修正対応を実施

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