第51話「選ばれた意味」
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新学期が始まって約二週間後の九月末日の朝。
封術学園本棟東側の講堂前には、電子スクリーンを見上げるたくさんの学生の姿があった。
彼らが一様に眺めているものは、十月に行われる封術学園の一大イベント『四校統一大会』の出場選手一覧である。そこには、競技種目別に出場選手の名前と学籍が並んでいた。
講堂前に集った学生の数は定期考査の比ではなかった。学内のローカルネットに出場選手の情報が公開されるのは、本日の午後に予定されている学生総会の後だからだ。
腕に覚えのある学生や、昨年の大会に出場していた学生、一年間の努力の成果を祈るようにして確認する学生、単なる野次馬の学生——さまざまな理由で学生たちが講堂前に集まっている。
だが、学年ごとの比率では一年生の数がもっとも少ない。それもそのはずで、四校統一大会の出場選手は定期考査のように学年別に名前と学籍が発表されるのではなく、鷹津封術学園の代表として、全学生の中から三十一人の名前と学籍が発表されるからだ。
必然的に、封術に関する知識や技術の低い低学年の学生が、出場選手の中に名を連ねることは非常に稀だと言って良い。
事実、電子スクリーンを見にやってきた一年生や二年生はその結果を確認すると、すぐに踵を返して教室へと向かっていく。『もしかしたら』という程度のささやかな希望だけを胸に抱いているからこそ、その結果に落胆する気持ちはあまり大きくないのである。
それでも今回の出場選手には、星条悠紀、九槻月姫の二人が入学した年から数えて三年ぶりに、五年生から一年生までの名前が並んでいた。
その内訳は五年生が十七人、四年生が七人、三年生が四人、二年生が二人、一年生が一人となっている。
自分の名前を探して、それを見つけることができなかった学生たちは、そこに並ぶ一年生の名前を見つけて、悔しそうに唇を噛み締めた。
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「やっぱり選ばれてなかったかぁ」
学園中が四校統一大会の話で盛り上がる中、秋弥たちの面々でまず始めに口火を切ったのは堅持だった。
彼は学園の男子寮で暮らしているという特権(?)を利用して、早朝の人が少ない時間帯に四校統一大会の出場選手が掲載された電子スクリーンを確認しに行ったらしい。
「当たり前でしょ、堅持のくせに、身の程を弁えなさいよね」
いつもどおりの玲衣の突っ込みに、んだとコラ、と突っかかる堅持。だが、初めての模擬戦で彼女に苦杯をなめさせられて以来、堅持は彼女に対してあまり強く出られなくなったようだ。
「まあ堅持は仕方ないにしても、シュウ君もやっぱり選ばれなかったんだね」
こちらはいつもよりも少し早い時間に登校して電子スクリーンを確認した玲衣が、わずかに残念そうな口調で言った。秋弥は苦笑いに似た表情を向ける。
『やっぱり』の意味するところは、秋弥の抱えている事情——つまり、彼に内在する異層世界の存在——隣神リコリスのことと密接に関係している。玲衣は秋弥のことを、四校統一大会に出場できるだけの実力をもった人物であると信じた上で、そのような特殊な事情があって選手から外されたのだと思っているようだ。
そして、その考えは概ね、正しかった。
秋弥は自治会長から事前に知らされていたことだが、出場選手候補に秋弥を含めるか否かは、封術教師陣の中でも最後まで意見が分かれていたのである。
四校統一大会は学生たちの競い合いの場であると同時に、学園規模での競い合いの場でもある。ゆえに学園側としては、できる限りベストメンバーで大会に臨みたいという思惑があった——らしい。
しかし、もう何度目かになる月例会議でも未だに、隣神リコリスに対する結論が出ていない以上、学園の名誉と彼を出場させることのリスクを天秤にかけたとき、リスクの方に傾いてしまうのは仕方のないことだと思う。
しかし、月例会議でいつまでも結論が出ない理由は、もっと別のところにあった。
秋弥は当然知らぬことだが、封術教師の中には袋環が目撃した出来事——すなわち、秋弥がリコリスを使役したということを信じていない者もいたのである。袋環の他にも秋弥のクラスメイトたち、学生自治会長の悠紀、治安維持会長のスフィアも目撃しているのだが、全員が『自我意識』を操作する中規模の封術をかけられたのではないかと言い出す者さえいた——それはそれで、そのような危険な術式を使う封術師が、人知れず学生の中に混じっていることは大問題なのだが、それでも高位隣神と比べれば、よほど対処がしやすい相手であることには違いない。
もっとも、その中の誰一人として、『九槻秋弥を月例会議の場に呼んで高位隣神を召還してみせろ』という者はいなかった。
当たり前だ。
封術教師たちは高位隣神の恐ろしさを知っている。それがどんなに安全であると、それこそ目撃者全員が口を揃えて秋弥を弁護したところで、封術教師たちは首を横にしか振らないだろう。
誰だって、避けられるリスクがあるのならば、避けたいものだ。
そうして秋弥の件は保留にされ続けたまま、既に半年ほどが経とうとしているのである。
結局のところ、最終的には昨年に発生した想定外の封術事故も手伝い、封術教師陣は万が一も考えて、不確定要素の秋弥を出場選手候補に含めないという判断で決着したのだった。
なお、秋弥に内在する隣神に関する諸問題を除けば、封術教師たちは秋弥が装具選定でクラス4th相当の隣神と単独で渡り合ったことや、『課外活動』での活躍を報告書で知っていたため、彼の実力が選手候補としての必要十分を満たしていたと、判断していた。
もちろん、そこまでの事情も秋弥には知らされていなかったので、そもそも実力が伴っていなかったのではないか、という線も彼の中では残っていた。
しかし、秋弥以外の誰もが、彼の実力については最初から疑っていなかったようだ。
「そうだよな。実力的に見れば、秋弥なら絶対、選手になれたはずだしな」
と、堅持も玲衣と同じことを思ったのだろう。
そして、堅持のその言葉を皮切りにして、
「装具選定で秋弥さんが戦った隣神は確か……クラス4th、でしたよね。単独でのクラス4th隣神の撃退は封魔師として封術師見習いを卒業する際の指標のひとつですし、秋弥さんが選ばれなかったのはとても残念です」
綾が心底、残念そうに言って、
「一年生で自治会の役員になれたのだって、お姉ちゃんに実力が認められたからだもんね」
奈緒が羨望に似た眼差しを秋弥に向けた。
仲間内から一様に賞賛の言葉を浴びせられて少し照れくさくなった秋弥は、それを紛らわすために頬を掻いて、視線を少しだけ逸らした。
「そうですね。九槻さんは自治会長や維持会長からも、とても頼りにされていますから」
しかし、聖奈がニコニコとした笑顔で言った言葉には、「そうだったかな」と思い悩まずにはいられなかった。学園の二人の会長からは良い様に使われ——もとい、遊ばれているだけのような気がしてならなかったのだが。
「でもさ、他人事のように言ってるけど、聖奈だって前期末の定期考査でも総合と専門科目で学年二位だったし、シュウ君の次点って言ったらちょっと聞こえは悪いけど、聖奈も十分に選手になれたと思うのになあ」
自治会の話が出たからだろうか、今度は聖奈へと言葉の矛先が向いた。
「いえいえ、わたしなんてそんな……。上級生の方々と比べたら知識も技術も未熟ですし、わたしが学園を代表する選手に名を連ねるなんて、とんでもない話です」
それを聖奈は身振り手振りで否定する。学年成績で見れば聖奈よりも低い位にいる玲衣たちも、聖奈がこれを謙遜ではなく心の底からそう思って言っているということが、この数か月の付き合いでわかっていたので、嫌な顔はしない。
これまで封術という異能の技術に触れ合ってこなかった聖奈だが、知識の方はともかくとして、客観的に見れば一年生の枠に収まりきらない実力を備えている。そのことは誰もが認めていることなのだが、本人にはまったくと言って良いほど自覚がなかったのだった。
封術師にとって、当たり前でないことを当たり前のように実行することの難しさを、聖奈は未だ知らないのである。
「そうはいうけどさ。四校統一大会はどちらかと言えば封魔師向けの競技種目が多いから、天河さんにはあまり向いてないかもな」
「そんなことはないと思いますよ。『二体一対』なら調律師がチームに必要不可欠です。ただ、『二体一対』は『神の不在証明』のエキシビションを除けば大会唯一の男女混合種目ですし、しかも二人一組の三チームしか出場できないから……そういう意味では、調律師志望の上位三人が選ばれると思います。一年生の私たちが調律師として出場するのは難しいかもしれないですね」
「うぅん……でもそっか、一年生の調律の授業って後期に入ってからだから、やっぱり今の時期だと封魔と対人戦闘訓練、それと考査の成績くらいでしかあたしたちの力って判断できないんだよね、きっと。でも、対人封術合戦の『神の不在証明』とか、封術だけじゃなくて身体能力も必要な『螺旋の球形』はちょっと難しかったかもしれないけど、『光速の射手』なら聖奈にもチャンスがあったのかもしれないよね」
「残念だけど、女子の『光速の射手』の一枠はお姉ちゃんで予約済だったけどね」
奈緒が言うと、玲衣は失念していたというように額を叩いた。
「あぁっと、そうか。自治会長は前回大会の優勝選手だもんな。つうことはやっぱり、秋弥と天河さんは、今回は最初から候補外だったってことかぁ」
そうして、堅持がそう結論付ける。
そもそも入学半年ほどの一年生が全学年約七百五十人の中から選ばれるという方が無理のある話なのである。
「だけど、どうにも納得がいかないんだよな」
だが堅持は、話に一区切りを付けたところで、話題の対象を他に移した。
「秋弥と天河さんが選ばれなかったのは残念だったとしても、どうしてアイツが選ばれてるんだよ」
アイツの部分で堅持が視線を向けた先は、窓際の隅の席だった。
予鈴が鳴る数分前にも関わらず空席となっているその席の主といえば——、
「えっ! 鶴木さんですか!?」
驚いて眼を丸くする綾に、堅持の代わりに玲衣が頷いた。
「うん。でもまあ、別に意外ではないかな」
予想以上に落ち着いた調子の玲衣に、綾は別の意味で眼を大きく広げた。
玲衣は以前に教室内で鶴木と口喧嘩騒ぎを起こしていたので、彼のことをあまり快く思っていないのかもしれないと綾は思っていた。しかし、どうやらそれは彼女の思い過ごしだったようだ。
「実力の方はシュウ君と比較してもピンと来ないけど、鶴木は『星鳥』の一人で封術の経験も豊富だと思うし、治安維持会のメンバーでもあるからね。選ばれても不思議じゃないよっ」
だが、堅持は玲衣の肯定的な言葉を聞いても、やはり納得できないというように眉根をひそめた。
「そうだとしてもよ。アイツの学年成績って天河さんよりも下なんだぜ?」
「いいえ、そうとも限りませんよ」
と、これには綾が異を唱えた。
「鶴木さんの得意原質は『風』と『水』ですが、前期中間の実技試験は『火球』と『風刃』で、前期末の実技試験は『火球』と『電光』と『地針』でしたから」
封魔師は主に『波』を除いた八つの原質を操って事象の改変を行うのだが、術師によって制御が得意な原質と、そうでない原質が存在する。多くの場合は才能や血統によるものが大きいのだが、得手不得手は装具の形状と扱い方によっても少なからず影響を及ぼす。
これまでに行われた二度の実技試験で、鶴木が秋弥と聖奈に続いて三位の成績に甘んじているのは、彼が本来得意としている原質を用いた実技試験の科目が『風刃』のひとつだけだったからだと、綾は言外に言いたいのである。
「あれ? 朱鷺戸さんってずいぶんと鶴木のことに詳しいのな」
堅持が訝しむと、すかさず玲衣が人の悪い笑みを浮かべた。
「これはひょっとして……?」
「ひょっとする?」
奈緒もつい悪ノリして、玲衣に同調した。
途端、綾は顔中を真っ赤に染めて両手を振った。
「ち、違うよ、そういうのじゃないよ!」
「慌てる姿がまた怪しいよね」
だが、これはむしろ逆効果だったようだ。人の悪い笑みをニヤニヤとした笑みに変えて、まるで面白いおもちゃを見つけた子供のような表情の玲衣は、どこかスフィアに似ていて、秋弥は人知れずげんなりした。
「鶴木さんとは家同士で親交があるから少し知ってるだけで、本当に違うんだから!」
鶴木家は封魔師の家系で、朱鷺戸家は調律師の家系だ。封術師の仕事を行う際のパートナーとして、家同士で接する機会も多いのだろう。
冷静さを欠いていて自分がからかわれているというだけのことに気付いていない綾に助け船を出すため、秋弥が口を開こうとした——。
「綾さんの言うとおりだと思いますよ。鶴木さんの装具『ペンデュラム』は、空中に飛ばして方向を変えるために周囲の気流——つまり『風』を操っていますから」
——のだが、秋弥よりも先に、綾に助け船を出したのは、意外にも聖奈の方だった。
「それに、九槻さんとの模擬戦の終盤に鶴木さんが使った『水球』は、下位封魔術でありながら『火球』の上位封魔術である『炎球』とも拮抗していましたし、空気中の水素を急速冷却させて作り出した『氷錐』は水系封魔術の派生術式としては高い難度に数えられる術式です。であれば、鶴木さんの得意原質が『風』と『水』というのも頷けると思います」
それはまさに、秋弥が言おうとしていたことだった。
秋弥と聖奈は自治会役員として事前に選手候補のプロフィールを読んでいたため、出場選手の得意な原質や装具の情報はしっかりと頭の中にインプットしていた。
だが、資料にはその情報を裏付ける根拠までは書かれていなかった。それを聖奈が模擬戦を一度見ただけで見抜いてしまったことに、秋弥は内心で度肝を抜かされた。それに、その洞察力だけでなく、彼女の記憶力にも驚かされた。
「あー、そう言われてみればそうかもね」
逆に、模擬戦の勝敗と大まかな試合の流れしか覚えていなかった玲衣は、何となくで聖奈の言葉に頷いていた。おそらく、適当に綾をからかっていたら思わぬ方向から反撃を受けたので、ここらへんが潮時だとでも思ったのだろう。態度が顔に出やすいタイプだ。
「堅持、あまり鶴木のことを悪く言うなよ。出場候補を選んだのは封術教師たちだけど、その中から出場選手を決めたのは俺たち自治会役員なんだからな」
秋弥が出し損ねた助け船の代わりに堅持をたしなめる。堅持はバツが悪そうに頭を掻きむしった。
「ああ、そうだよな……。頭じゃわかってるんだけどよ。チクショウ。こうなったら、アイツの本当の実力ってヤツを統一大会で見せてもらおうじゃねぇか」
「そういえば、まだ鶴木くん来てないね」
奈緒の言葉とほとんど同じタイミングで本鈴が鳴る。
だが、それが鳴り終わった後になっても、本日の一コマ目である封術基礎Iを教える封術教師と鶴木は教室に現れなかった。
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西側の教室棟と合わせて本棟と呼ばれる東側の多目的棟の六階へ向かって、鶴木真は足早に歩いていた。
彼は憤っていた。
その理由は、電子スクリーンに掲載されていた四校統一大会の出場選手表を見たからだ。
治安維持会の務めとして学生でごった返す講堂付近の見回りを行っていた鶴木は、顔も知らない上級生たちの名前が並ぶ出場選手の中に、偶然にも自分の名前を発見した。
それは、封術学園に通う学生にとっては大変名誉なことであり、憤るよりもむしろ手放しに喜ぶべきことのはずだった。
事実、鶴木は表情にこそ表さなかったものの、内心でガッツポーズを作っていたほどだ。
だが鶴木は、選ばれた三十一人の学生の中に、本来であれば自分よりも選ばれるべきはずの人物の名前がないことに気付いてしまった。
三十一人の名前と学籍が並ぶ電子スクリーンに、一年生の名前は自分一人だけだったのだ。
それに気付いたとき、鶴木の中の冷静な部分に微かな軋みが生まれた。
入学以来、学力においても封術の技術においても、常に自分の上を行く人物。
九槻秋弥。
彼の名前がそこにはなく、代わりに自分の名前がある。
さらに言えば、実力はともかくとして、不本意ながら定期考査の成績においては秋弥に次いで学年二位に位置付けている天河聖奈の名前もない。
それなのになぜ、自分の名前が上級生たちに紛れて、まるで見世物のように並んでいるのか。
鶴木は知らず知らずのうちに沸々と沸き上がってきた憤りを無理矢理押さえ込みながら、治安維持会の務めを放り出して多目的棟へと向かった。
彼の向かった先は、彼のクラスの担任教師である袋環樹の研究室だった。研究室の前まで辿り着くと、ドアホン越しに入室の許可を求め、自動的に開いたドアから中へと入った。
「こんな朝っぱらからどうした、鶴木?」
デスクに向かっていた袋環は座っていた椅子を回転させて、入室した鶴木と向き合った。手に持ったコーヒーカップからは湯気が立ち上っている。
「……立ち話というのも互いに話しづらいからな、そこに座ってくれ」
鶴木は言われるがままに袋環が示した椅子に腰掛けた。
そして、袋環の注意が自分に向いたところで、口を開いた。
「先生、四校統一大会の件でお尋ねしたいことがあります」
「何だ? 言ってみろ」
「はい。今朝講堂前の電子スクリーンで発表された統一大会の出場選手の中に、自分の名前を見つけました。ですが、九槻秋弥や天河聖奈の名前がありませんでした。二人は自分よりも成績が上であるにも関わらず、なぜ自分が選ばれたのでしょうか」
教師である袋環に対して鶴木が一人称に『自分』という言葉を使うのには、彼の家——鶴木家が古くから軍事や警察機関に身を置く家系であることと関係している。そのことを知っているからこそ、鶴木の学生らしからぬ話し方に袋環は余計な口を挟むようなことをしなかった。
「ふむ……、なんだ、そんなことか」
「そんなこと、ですか?」
ピクリと鶴木の眉が動いたのを見た袋環は、つまらなそうに顎を軽く持ち上げた。
「ああ、そうだ」
「先生にとっては大したことではないのかもしれませんが、自分にとっては大切なことです」
「そうかもしれないな。だが、そんな疑問を持つこと自体が愚かなことだということに、まずは気付いてほしいものだがな」
「……それは、どういう意味ですか?」
自分の質問を愚問だと言われた鶴木は、憤る気持ちを袋環へと向けた。言葉の上では丁寧さを装っているが、彼の視線や表情の強張りがそれを裏切っている。
しかし、袋環が学生に対して臆することはない。コーヒーを口へと運び、ゆっくりと足を組み替えた。
「勘違いするなよ、鶴木」
ぴしゃりと言い放った袋環の言葉に、鶴木は反射的に背筋を伸ばした。
「そもそもの問題として、鶴木を選手の候補に選んだのは私たち封術教師陣だが、最終的に鶴木を選んだのは自治会役員の連中だということを忘れるな。尋ねるべき相手を間違えているぞ」
鶴木はハッとして息を呑んだ。袋環に指摘されるまで忘れていたことだが、四校統一大会の出場選手に関しては、封術教師陣に最終決定権はない。ゆえに、鶴木の疑問は、最初から答えを持っていない相手に尋ねていることになる。これは確かに、意味のない無駄な問いかけでしかなかった。
しかしそれでも、一次選考で全学生の中から選手候補を選んだのは封術教師陣だ。もしもその中に秋弥と聖奈が含まれていなかったとしたら、やはりその理由を持っているのは袋環たち封術教師ということになる——。
「だが、今回に限って言えば、鶴木の言うとおり、私たちは最初から、選手候補の中に九槻と天河の二人を含めてはいなかった」
「でしたら——」
「慌てるな、鶴木。九槻と天河を候補から外した理由はちゃんとある。……これは本来、君たち一般学生に話すようなことではないのだが、鶴木には良い薬になるだろう」
後半の言葉は鶴木に言ったというよりも、自分に言い聞かせたようなものだった。
「まず天河だが、彼女は学園の成績では鶴木よりも上位だな。だが、対人にしろ対隣神にしろ、天河には封術の経験が圧倒的に不足している。その点、鶴木は『星鳥の系譜』であるがゆえに、封術師としての実践経験が他の一年生よりも頭一つ以上飛び抜けている。四校統一大会では実技試験の成績よりも経験がものを言うからな。だからまずは天河を候補から外した」
「……」
それはまあ納得のできる理由だ。だが——、
「次に九槻だが、はっきりと言おう。鶴木の実力は九槻に対して明らかに劣っている」
袋環の口から残酷な現実を突きつけられても、鶴木はほとんど動じなかった。
なぜなら彼は、心の底ではそれをしっかりと理解していたからだ。
自分は九槻よりも劣っている、と。
装具選定で顕現したクラス4thの隣神に臆することなく戦い、模擬戦では真っ向から戦って敗北した。
だからこそ、自分よりも優秀であるはずの秋弥が選ばれずに、劣っている自分が選ばれたことに納得ができなかったのである。
「しかし、九槻の中に潜んでいるあの高位隣神の存在のことは鶴木も知っているだろう。その処遇について前向きな決定が下らない限り、九槻を衆目の前で競わせるわけにはいかないんだ。もっと言えば、九槻を自治会の『課外活動』に参加させることも見送った方が良いと私は思っているのだが、そこは自治会長に一任している。……少し話は逸れたが、以上の理由から、九槻も候補から外した。そして、その結果として、君が選ばれた」
「……」
結局は秋弥の代わりとして、お情けで選ばれたに過ぎないということだ。
これならいっそ選ばれない方がマシだったと、鶴木は思っていた。もう何も言葉にならず、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちにさえなった。
「認めることだ、鶴木。これが、現実だ」
それでも、袋環は構わずに言葉を続けた。
「たとえどんな理由があろうとも、九槻と天河が選ばれず、君が選ばれたという現実はもう、変わることはない」
ならば——、
「鶴木、君は選ばれたものの責任として、その力を示すしかないんだ。それが、君を候補に選んだ私たち封術教師陣や、君を選んだ自治会役員の連中、そして、君を治安維持会メンバーにした治安維持会長が、君に期待していることなのだからな」
2012/12/27 可読性向上と誤記修正対応を実施