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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第3章「四校統一大会編」
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第49話「研究試作品」

★☆★☆★



「そうだったそうだった。今回は月姫と秋弥にプレゼントを持ってきたんだった」


 そう言い、綺羅は席を外すと、リビングから出ていった。数十秒が過ぎて再び彼女が戻ってきたときには、その手にブランド物のハンドバッグを持っていた。どうやら自室に置いていた私物を取りに行っていたようだ。


「ちょっと待ってて、すぐに出すから」


 バッグを覗いてゴソゴソと中身を探る。

 それほど底が深いバッグではないが、見た目以上に小物がたくさん詰まっているらしい。

 あれ、これも違うな、などと呟きながらテーブルの上に次から次へと並べていく小物の中には、口紅やアクセサリーといった女性らしい物の他に、マイ箸箱や用途不明のナット、ドライバーといった工具もあった。

 いったい何に使うんだ。そして、なぜそんなものがバッグに直で入っている。と秋弥が内心で突っ込みを入れるが、その言葉は当然、綺羅には聞こえない。月姫も、研究で忙しいときはご飯も食べない(食べ忘れる)と言っていた綺羅が、なぜマイ箸箱なんてものを携帯しているのか疑問に思ったが、やはり声には出さなかった。


「ああ、あったあった」


 そうして、綺羅はやっとの思いで見つけ出したそれを、バッグから取り出してテーブルの上に並べた。


「……これは?」


 秋弥は並べられた二つの小さな箱を視線で示した。

 一辺が五センチほどの立方体の箱が二つ。真ん中のところに箱を二分する一本の切れ目があることから、上下に分かれて開く仕組みになっているようだ。

 綺羅は二つの箱のうち、ひとつを選ぶと、掌に載せて持ち上げた。

 片方の手で箱の下部を軽く抑えて、空いている方の手で箱の蓋を開く。すると、箱の中に入っていたのは立方体の箱よりもさらに小さな、一センチほどの透明な立方体だった。


「マトリョーシカではないよ」


 それはロシアの有名な人形だろう。それと違うことくらい、見ればわかる。

 月姫と秋弥の視線が透明な立方体に注目していることを確認すると、綺羅は立方体を摘み出した。


「開発コード『コア・ルミナスキューブ』。現在私たちの研究チームが取り組んでいるテーマの、まあ、試作品みたいなものだよ」

「試作品って……そんなもの持ち出していいのか?」


 試作品ということは、この透明な立方体——『コア・ルミナスキューブ』なる物体が国家——否、国際機密である第八国際封術研究所の研究成果の一部であるということに他ならない。

 そんなものを一般家庭の食卓に無造作に並べられて、戸惑わない者はいないだろう。


「これは私が研究の合間に手慰みで作ったものだからね、別に構わないよ。まあ、研究試作品のさらに試作品といったところかな。これの設計図はまだ私の頭の中だけにしかないし、開発費用も全て、私個人の研究費から出しているからね。誰に文句を言われることもないよ」


 気軽にそう言うものの、目の前の小さな立方体には封術研究における何らかの最先端技術が用いられていることはほぼ間違いないだろう。それに個人の研究費とは言っても、その研究費を出しているのはパトロンではないのだろうか。


「今日はこれを月姫と秋弥に一個ずつプレゼントするために持ってきたんだ。二人共、デバイスを出して」


 しかし、とりあえず疑問は棚上げにして、二人は言われるがまま、月姫はブレスレット型のデバイスを嵌めた右腕を、秋弥は左腕を、それぞれテーブルの上に伸ばした。


「キューブは二人のために作ったデバイスの、拡張ユニットという位置付けなんだよね」


 綺羅は中身を摘み出したことで空になった箱をテーブルの上に戻してから、空いている方の手で月姫の手首を押さえる。模様や装飾が一切見られない細い環状のブレスレットの表面にうっすらと見えるわずかな窪みに、指で摘んでいた『コア・ルミナスキューブ』を取り付けた。キューブは窪みに向かって吸い寄せられるようにぴたりと嵌り、一度だけ白色に発光した後、元の透明な立方体へと戻った。綺羅はもうひとつの箱からも『コア・ルミナスキューブ』を取り出して、同じように秋弥のデバイスにも取り付ける。

 月姫と秋弥のデバイスは、現在市場に出回っている最高スペックのデバイスから、さらにもう一段階上のスペック——デバイスの研究開発用として諸機関で使われているクラスのデバイスを、二人の個性に合わせて綺羅がチューニングした特注品なのである。拡張ユニットとはその名が示すとおり、デバイスの性能や機能を拡張するための外部装置だ。この拡張ユニットにはデバイスの容量追加や他者のデバイスとの直接接続といったものがあると、デバイスをもらった当初に綺羅から説明を受けたことを思い出したが、その拡張ユニットが実際に使われたのは、この『コア・ルミナスキューブ』が初めてだった。


「『コア・ルミナスキューブ』はバッテリーが不要で、さらに言えばデバイス自体に機能を拡張するものではないから、本当はデバイスに取り付けなくても良いんだけどね。だけどこのままだと小さくて失くしてしまいそうだったし、『コア・ルミナスキューブ』はアクセサリーとしての見栄えも悪くないと思って、デバイスに取り付けられるようにしてみたんだよ」


 綺羅の説明によると、どうやらこの『コア・ルミナスキューブ』はデバイスの拡張ユニットではなく、あくまでもその位置付けにあるだけのものらしい。


「ありがとうございます。それで、この『コア・ルミナスキューブ』には一体どのような機能が備わっているのですか?」


 その肝心の機能について、月姫が尋ねると、


「ん? ああ、そうだったね。その前に秋弥、突然だけど、どうして空が青いか知ってる?」


 綺羅はまるで見当違いとも思えるようなことを秋弥に問い掛けた。


「中学校で習ったよね?」

「……光波長の中で青色は短い波長を持つから強く散乱されて、その結果として空が青く見えるんだろ?」

「正解。ちなみに光の散乱はレイリー散乱のことだね。レイリー散乱の説明は……月姫、できるかな」

「はい。光の波長よりも小さいサイズの粒子に衝突することによって起こる光の散乱ですね」


 月姫がスラスラと答えると、綺羅は出来の良すぎる娘に対して満足そうに頷いた。


「そうだね。それじゃあ秋弥、原質の『波』とは一体どんな属性、系統を持つ要素かな?」


 原質——それはこの世界のあらゆるものを構成している九つの要素だ。

 『地』『水』『火』『風』『波』『虚空』『意』『理性』『自我意識』の九つがある。


「『波』の系統は存在証明(エリシオン)の波長であり、粒子だろ」

「これまた正解。ちゃんと勉強しているようだね。そこまで理解できているなら、『コア・ルミナスキューブ』の機能説明は容易いよ」


 このキューブはね、と、綺羅は二人のデバイスに取り付けられたそれを指で叩いて示した。


「エリシオン光波長を立方体内に取り込んで、光の色を変えて放出する装置だよ」


 あえて端的な説明をした綺羅であったが、二人が驚いたように目を瞬かせて、その視線を透明なキューブへと落としたのを見て、彼女は人知れず口元に笑みを浮かべた。


「仕組みは至って単純明快。『コア・ルミナスキューブ』の中にエリシオン光波長を散乱させることができる極微粒子を閉じ込めておくことで、その中を通過したエリシオン光波長が微粒子にぶつかり、特定波長だけが散乱するようになる。あとはそれを立方体の内側に施した特殊コーティングで捉えて映し出すんだよ。『コア・ルミナスキューブ』そのものは現層世界の情報体だから、デフォルトでは透明になっているけれど、たとえばそうだね……。リコリス、試しにちょこっとだけ『コア・ルミナスキューブ』に向けて適当な干渉波を起こしてもらえるかな?」


 秋弥の腕に取り付けられたキューブをまじまじと見詰めていたリコリスは、綺羅の言葉に小さく頷くと指をクルクルと回した——その動作は本来必要のないものだったが、異層認識力を持たない綺羅に干渉波を発生させていることをわかりやすく伝えるための動作だった。


「……あれ、何も起こらないね」


 しかし、リコリスが干渉波を起こしても、綺羅が想定していたらしい現象は何も起こらなかったようだ。

 おかしいな、と呟きながらキューブをまじまじと見詰めた綺羅は、


「……ねえ秋弥、リコリスは本当に干渉波を起こしたのかい?」


 頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら、綺羅は秋弥に問うた。


「ああ。といっても、かなり小規模なものだったけど」

「そっか……。うぅん、リコリスの干渉波なら必ず反応すると思ったのだけれど……」

「……こんなことは言いたくないけれどさ。これ、失敗作なんじゃないか?」


 秋弥はなるたけ綺羅のプライドを傷つけないように慎重に、言葉を選んで言うつもりだったけれど、結局は直球で言ってしまった。


「そんなはずはないよ。……ないはずだけど、試験はしていないからね——というか、できなかったのだけれど。まあでも、私の理論に間違いはないから」


 キューブが動作しない理由が見つからない様子で首を捻る綺羅だったが、唐突に合点がいったように手を叩いた。


「そうだ。きっとリコリスが秋弥と重なってしまった(・・・・・・・・)ことで、『波』の固有波長が異層世界から現層世界に変わったんだね。うん、そうとしか理由がつかないよ」

「いや、やっぱり壊れてるんじゃ……」


 何かと理由をつけてキューブの欠陥を認めない綺羅に、秋弥が嘆息気味にボソリと呟く。その隣では、リコリスが綺羅の思いつきにも似た言葉に衝撃を受けて固まっていた。


「リコリスが……秋弥様と一緒……」


 リコリスはある特殊な事情によって秋弥の『意(せいしん)』に宿っているが、彼女はそもそも現層世界と重なり合って存在する別の世界——異層世界の隣神だ。

 その存在定義は未だ異層世界にあり、秋弥の呼び声に応じて現層世界へと顕現することができる——と彼女は今までずっと、そう思い込んでいた。

 しかし、綺羅は言った——秋弥の『意』に宿ったことによって、リコリスの存在定義が異層世界から現層世界に変わったのではないかと。

 それはまるで、現層の生物が神格化して隣神へと変貌する現象とは真逆の現象だ。

 もしもリコリスという存在を示す情報体に、綺羅のいうような変化が起こっているのだとしたら、それは秋弥の『意《こころ》』と長らく時間を共にしてきたからなのか。あるいは、秋弥との『意』の共存がそれを可能としているのか——。


「とにかく! 『コア・ルミナスキューブ』は現層と異層が重なっている場所にいるか、異層からの干渉を受けたときに正常に機能するはずだから、きっと大丈夫だよ。……何で秋弥はそんな疑いの眼で私を見るのかな。そういうところは、月姫を見習った方が良いよ。まあ確かに、これは元々、異層認識ができなくなった月姫のために作った道具(アイテム)だったけれど、秋弥も、これからの『課外活動』で異層を探すときにこのキューブが役に立つはずさ」


 

2012/12/27 可読性向上と誤記修正対応を実施

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