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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
間章「真夏の日の夢」
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45/111

第44話「2053/08/21 17:13:00 九槻秋弥」

★☆★☆★



 下水道の出口前で待機していた無人自動制御車に乗り込んで学園へと戻った俺は、校門の前で待っていた三人と合流した。

 会長は俺が戻ってくるまでの間に私服から制服に着替え直したようだ。私服に着替えるときにはずいぶんと時間がかかっていたものだが、その逆は早いようだ。

 そして、俺はそのままの足で女子寮のある部室棟へと向かうと、入学時のオリエンテーションではついぞ立ち入ることのなかった——そしてこれからも立ち入る予定のなかった女子寮へと入ったのである。


(まさかこんな理由で女子寮棟に入ることになるとは思わなかった)


 余談だが、学生証に付与された入寮権と網膜認証、指紋認証を経てようやく入寮することが許される寮棟の扉を、星条会長は右腕の袖を生体認証端末に向けただけで、簡単に開いてしまった。

 どうやら自治会役員専用の制服の右袖に埋め込まれている認証タグには、こういった使い方があるらしいことを、俺はこのとき、不可抗力的に知ることとなったのである。




 玄関口でスリッパに履き替えて(綾以外は寮生ではないため、貸し出し用のスリッパを履いた)、寮長室の隣にある窓口で会長が女子寮長である眼鏡をかけた女子学生に事情を説明して男子学生の入寮許可を取ると、帳簿に寮生以外の三人の名前を記帳した。

 天河と綾の寮室は三階にあるということで、綾を先頭にして俺たちは寮室へと向かう。

 この時点になって、さすがに部屋の中にまで入ることは気が咎めたのだが、綾の方はというと、入口の扉を押さえて、「どうぞ」と俺たちを招き入れてくれた。


 部屋の中は綺麗に片付けられていた。これを意外ととるかどうかは判断に迷うところだが、聖條女学院出身の天河と、生真面目な性格の綾が相部屋となっているのだ。汚く散らかっている部屋を想像するほうがよほど難しいだろう。


 俺はあまり視線を動かして部屋の中を覗き見ないように注意しながら、天河が普段寝起きをしているベッドまで案内してもらうと、その上に天河を横たえた。


 全く、隣神を斃すよりもよほど重労働だった。

 肉体的にも、もちろん、精神的にも。


「お疲れ様です、秋弥さん」


 一息吐く間に、綾が飲み物の入ったコップを持ってきてくれた。

 俺は礼を言ってから差し出されたコップを受け取ると、一気に飲んで喉を潤した。

 冷たい飲み物が身体に染み渡った。


「朱鷺戸さん、申し訳ないのだけれど、天河さんが目を覚ましたら私に連絡してもらえるかしら?」

「あ、はい、わかりました」

「牧瀬さんはあまり遅くならないうちに家に帰りなさいね」

「あ、あたしはシュウ君と一緒に帰るから大丈夫ですっ」

「そう。それなら余計に心配ね」

「……どういう意味ですか?」

「どういう意味か言ってほしいの?」


 片方の目を瞑り、口元に人差し指を宛がった仕草で会長が悪戯っぽく言った。


「冗談よ。秋弥君、牧瀬さんのことをしっかりとエスコートしてあげるのよ」


 前言を撤回しておきながら、しっかりと言いたいことは言う会長の言葉に、俺は疲れがどっと押し寄せたような気がして肩を落とした。


「……帰る前に連絡するけど、もしも先に帰るようなら言ってくれ」

「はーぃ」


 それから、俺と会長は三人を部屋に残して、女子寮を後にしたのだった。



★☆★☆★



 自治会室に戻ってきた俺たちは、すぐにそれぞれの仕事に取りかかった。

 具体的には、星条会長は四校統一大会関連の諸雑務を、俺は『神隠し』事件の報告書(レポート)作成を。


 そして二十分程度を費やして出来上がった報告書を会長に確認してもらっている間に、途中で放ったままになっていた俺自身の仕事へと戻る。

 だが数分経たずして、俺は会長に呼ばれて、ホロウィンドウから顔を上げることとなった。

 見ると、会長の表情が険しかった。

 報告書の内容に不備でもあっただろうか。


「多少の脚色は見られるけれど、報告書の内容に嘘は書かれていないわ。上出来よ」


 そういうものの、やはり会長の表情は優れない。

 むしろ眉根をひそめて、何かを言おうとして言い出せず、迷っているというような、そんな表情だった。


「だけどこの報告書には、秋弥君が行使した術式のことが書かれていないわね」


 会長の言うとおり、俺が作成した報告書には、封魔を用いて隣神を斃したとだけ記載しており、魔剣の固有装術『狭き門』に関しては一切記載していない。

 だが、『課外活動』の報告書には、そこまでのことを記載する義務はない。

 事実と結論さえ明確に書かれていれば、それ以上のことは要求されない。

 嘘が書かれていないというのは、そういう意味だ。


「術式の秘密はむやみやたらと他人には明かさない。そして、詮索もしない。だから、報告書にはその過程を詳細に記載する必要はないわ。それが神器を代表とする固有装術であればなおのこと」


 会長は確信に触れようとして、だけどその回りくどさに俺は心底うんざりしながらも、辛抱強く待った。


「だけどね、秋弥君。貴方が行使した術式のことなのだけれど」

「余計な詮索はしないでください、と言ったはずなのですが」


 俺は努めて無表情に、意識的に感情を込めない声音で言う。

 しかし会長は、俺の言葉を無視して話を続けた。


「術式の発動中、秋弥君は何を視ていたの?」


 会長の問いかけに、俺は苦笑を禁じ得なかった。

 なるほど、会長には——否、会長の眼には『視えて』いたのか。


 俺は会長の左眼に刻まれた封術紋が、何らかの視覚拡張系術式の類いであると推測した。

 視覚拡張系の術式には、視界を鮮明にする洞察眼(インサイト)や、遠くまで見渡せる望遠眼(ディスタンス)、視野角に広げる全景眼(マルチスコープ)などがある。

 封術紋には特定術式の構築式が予め刻まれている。封術紋は特定術式しか用いることができない反面、術者は術式を演算することなく、ほとんど瞬時に術式を発動させることが可能となるのである。


 俺は会長の瞳を見つめ返した。

 否定を、黙秘を許さない強い視線だ。


 その瞳は、いったい何を見つめているのか。

 何を、映しているのだろうか。


 ここで俺が魔剣の固有装術『狭き門』の特性を素直に話した場合、魔剣が持つ原質『波』(エリシオン)を操る希有な特性についても話さなければならなくなるだろう。

 だけど、会長はその左眼で、おそらくは視てしまっている。

 俺が魔剣によって隣神の存在証明(エリシオン)を制御する様を、視てしまっているはずだ。

 俺は小さく息を吐き出してから、会長の問いかけに正直に答えるべく、紅の装具を手元に召還した。

 もはや、隠していても埒が明かない。

 ならばいっそ、固有装術『狭き門』の秘密を星条会長には全て話してしまおうと、俺は思った。


「俺がこの装具を用いて行使した術式は、対象物を構成するあらゆる情報を読み取って、その最小単位である原質へと分解して装具へと取り込む術式です。対象物の原質を取り込んだ装具は、対象物が本来存在すべき異層への門を開き、そちら側で対象物を再構成させています」


 固有装術『狭き門』の原理は『理解』と『分解』、そして『再構築』によって成り立っている。

 重層世界のあらゆるものは、個々の原質の組み合わせ——配列によって構成されている。俺は対象となる情報体に装具を突き立てることで、まずはその情報体の構成情報を『理解』する。続いて、情報体を原質の状態まで『分解』して、現層と異層を結ぶ門の役割を果たす装具へと取り込む。最後に、向こう側——すなわち異層領域で情報体を元通りに『再構成』する。

 それを行う力が、この魔剣——装具『紅のレーヴァテイン』には内在している。


「会長の問いにお答えすると、術式の発動中に俺が視ていたものは、隣神の……情報体の記憶情報そのものです」


 取り込んだ原質を異層世界へと送る過程で、情報体の記憶情報は装具の内側を通過する。

 装具の内側とは『(こころ)』——すなわち精神そのものであり、術式を演算する領域——術者の無意識領域下のことだ。

 ゆえに俺は、情報体の記憶を視る。

 否応なく、見せつけられる。

 他者の記憶が強制的に、俺の脳内にフラッシュバックされるのである。


「……そんな」


 会長はその意味を正確に理解したのだろう。

 声をかすかに震わせながら、視線を揺らした。


「秋弥君……私は貴方に言ったわよね。危険はないのかって。そして貴方はこう答えたわ。大丈夫、と」


 俺は何も答えることができなかった。

 当たり前だ。

 この術式は、強大すぎる力を有している反面、術者に対してそれ相応のリスクを孕んでいる。

 俺はそのことを知っていて、それでも術式を行使しているのだから。


「その術式は危険よ。いつかきっと、貴方は他人の……いいえ、隣神の記憶に飲み込まれてしまうわ。最悪の場合、自我を失ってしまうかもしれない」


 会長の言うことは間違いなく正論だ。

 正論に反論することはできない。

 俺は、口をつぐむしかない。

 わかっている。

 他者の記憶を追体験するということが、どれほど強力な洗脳効果を有しているかくらい、わかっている。

 だけど——。


「たとえそうなったとしても、俺はこの術式を使い続けます」


 それでも、俺の意思は変わらない。揺るがない。


「どうして!?」


 会長が堪らずに声を荒げた。

 ヒステリック気味だ。こんな会長は珍しい。

 それだけ俺のことを心配してくれているのだろう。

 その気持ちは、素直に有り難いものだと感じることができる。

 そう感じる俺の心もまた、今のところは正常なのだとも理解できる。


 だから俺は答えた。


 悲しみを抱いたまま、未練を残したままで現層世界(このせかい)を去り、それでも神格化して(りんしんとなって)現層世界に留まり続ける人や生物を斃さずに救う、その理由を——。


「それは俺が——」



予想以上に長くなってしまいましたが、これにて間章「真夏の日の夢」の連載は終了です。


間章は今までの書き方と異なり、一人称視点であったり会話や地の文に空行をあけたりしたため、話数としては多いですが、一話あたりの文字数は少なく、全体の文字数も少なくなっています。

そのわりに遅筆のため連載ペースが遅くなってしまい申し訳ありませんでした……。


■次回予告

あまり間を置かずに第3章「四校統一大会編」の連載を開始しますが、今までと異なり、不定期更新になると思います。

また、3章は1章や2章と同様に一人称視点ではなく、さらに会話や地の文の空行も作らない予定です。※間章のように空行を入れた方が読みやすければ、改めて考えます。


この間章をひとつの転機として、3章以降の物語は進んでいきます。天河聖奈と九槻秋弥が抱える事情についても少しずつ紐解かれますので、宜しければこのままお付き合いいただけたら幸いです。


2013/01/05 可読性向上と誤記修正対応を実施

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