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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
間章「真夏の日の夢」
43/111

第42話「2053/0X/XX 19:XX:XX The others」

★☆★☆★



 暗い。

 くらい。

 クライ。


 ここはどこ?


 真っ暗で何も見えないよ。


 ずっと上の方に空が見えるけれど、ぽっかりと空いた穴みたいだ。


 ——穴?


 うぅん……ぼくは何をしていたんだっけ。

 えぇっと、うぅんと……ああ、そっか。思い出した。


 ぼくは、かくれんぼをしていたんだ。


 友達を誘って、ぼくの家の近くで、かくれんぼをすることになったんだ。

 それで、どうしたっけ?


 そうそう、じゃんけんで勝ったぼくは隠れる役になったから、友達にも教えていない、ぼくだけの秘密基地みたいな場所に隠れようとしたんだ。


 そうしたら、いつもは閉じているはずのマンホールの『ふた』が開いていて、うっかりそこに落っこちたんだ。

 ということは、今ぼくが見上げている空は、マンホールの入口になるんだね。


 でも、なんでマンホールの『ふた』は開いていたのかな。


 空の穴はまん丸だ。そういえば前に本で読んだことがある。マンホールの『ふた』が丸い形をしているのは、『ふた』が穴の中に落ちないようにするためなんだって。


 何で丸形だと穴に落ちないかって?


 うぅんと……あ、確か四角い形をしていると、『たいかくせん』の長さが一辺の長さよりも長くなっちゃうから、『ふた』を斜めにすると穴の中に落っこちちゃうとかだったような。うん、何だかそんな理由だった。


 ——って、マンホールの雑学は、どうでも良いんだ。


 とにかく、ぼくはあそこから、この真っ暗なところに落っこちたんだ。

 身体のあちこちが痛かったけれど、骨折とかはしていないみたい。友達のXXXX君が骨折したときは腕にギプスっていう固い布みたいなものを巻いて、怪我をした部分が動かないように固定していたけれど、大げさなんじゃないかってぼくは思う。

 だって、あの高さから落ちても、ぼくは怪我ひとつしていないんだもの。


 だけどどうしよう。

 困ったなぁ。


 地上に上がろうにも、上るためのはしごがないよ。

 いや、あるにはあったんだけど、ぼくの身長だと手を伸ばしてジャンプすればやっと手すりの端っこが掴めるくらいの高さにあるんだ。でも、手すりを掴んでから、『けんすい』をするみたいに身体を上に持ち上げて、足場に足を掛けるだけの力はぼくにはないから。

 ぼくみたいな子供がこんなところに来ることなんて、大人は『こうりょ』していなかったのかな。


 あ、でもでも、やる前から諦めたわけじゃないんだよ。

 何回か試して、それでもダメだったんだ。

 仕方がないから、助けを呼ぼう。

 もうかくれんぼどころじゃないからね。そのくらい、ぼくにだってわかるよ。


 ——おぉ〜い。

 ——だれかぁ〜。

 

 口元に両手を当てて、ぼくは天井の穴へ向かって力の限り声を出してみた。

 誰か、気付いてくれれば良いのだけれど。


 だけど、何度も呼び掛けてみたけれど、結局誰も、ぼくの声には気付いてくれなかった。

 うん、まあぼくが見つけた秘密基地は誰にも見つからないということの証明になったね。


 そんなことがわかっても、今は全然嬉しくないけれど。


 ああもう、ホントにどうしよう。

 ぼくは『ためいき』を吐いた。声を出しすぎて少し疲れてもいたからね。


 ひとまずその場にしゃがみ込んで、しばらく待ってみることにした。

 時々、思い出したように天井を見上げて、声を出したりもした。

 それでも、一向に助けは来なかった。

 きっと今頃、かくれんぼで見つからないぼくをみんなが探しているんじゃないかな。

 放っておかれていることはないと思うけど、どうかな。

 ひょっとして、いつまでも見つからないぼくのことを心配したお母さんが、探し回っているかもしれない。今は何時くらいだろう。ここにいると時間の感覚が『まひ』しちゃうね。


 ぼくはもう一度だけ天井に向かって叫び声を上げてみた。

 壁に反響して、ぼくの声が『ゆがむ』。

 自分の声が、自分の声じゃないみたいに聞こえて、なんだか少しだけ楽しくなってきた。


 それはそうと、ちゃんと声は届いたかな?

 わからないけれど、いつまでもジッとしていても仕方がないよね。

 だからぼくはとりあえず、立ち上がって、下水道の奥へ進んでみることにしたんだ。





 下水道というのは、どこかで外に繋がっているはずだ。

 そんなぼくの浅はかな知識が、ぼくの『こうどうししん』になった。

 ホントのところ、どうなのかは知らないけれど。


 真っ暗で先も見えない下水道の奥へと向かって、ぼくは壁伝いに歩いていった。

 すぐ近くで水の流れる音が聞こえた。

 見えなくてわからないけれど、誤って水の中に入ってしまわないように慎重に歩いた方が良さそうだ。


 ぼくはまるで、未開の地を探索する冒険者にでもなったような気分だった。

 場違いとわかっていても、気持ちが『こうよう』してくる。

 怖いという感情も、暗いという感情も、先の見えない不安もあるけれど、ぼくの好奇心がそれを上回っていた。


 だって、憧れだったんだ。

 ぼくは、ゲームの主人公になったみたいだった。

 この先にはお宝を守るモンスターがいて、ぼくはそいつをやっつけるんだ。

 武器は……ないけど。

 防具は……着ている洋服だけだけど。

 ……うん、大丈夫だよ。ここはきっと、最初のダンジョンなんだ。ほら、勇者だって最初は貧相な装備でおつかいクエストをやらされるんだ。大体そんな感じだよ。


 ぼくは無意味に歌を歌いながら下水道の奥へと進んでいった——歌っていたのは休みの日に朝から放送している戦隊ヒーローの主題歌だった。

 その歌は不安を紛らわすためだったんだけど、震えた声は下水道内で反響してぼくの耳に届いていた。だからぼくはそれに気が付かなかったんだ。

 ……ホントは気が付かないフリをしていただけなんだけどね。


 かすかな光の降り注ぐスタート地点が次第に遠ざかっていくと、辺りは本格的に真っ暗闇になってしまったんだ。

 暗闇に慣れてきた瞳を凝らしても、前後左右が全くわからない。

 深夜に目を覚ましたときのように、薄ぼんやりと辺りが見えたりすることもない、完全な真っ暗闇だった。


 ぼくはその暗闇の中を右に曲がったり、左に折れたり、突き当たったら戻って別の道を探したりした。

 たまに下水に足を入れてしまいそうになって、慌てたりもした。

 下水の深さはどのくらいあるのだろう。うっかり水の中に落っこちてしまったら、泳ぎが苦手なぼくは溺れてしまうかもしれない。

 だから慎重に、慎重に。

 しばらく道なりに進んで行くと、壁に突き当たった。

 他に道はないかと、ぼくは壁をぺたぺた触れながら探った。

 でも、特に何も見当たらず、『きんぞく』のひんやりとした感触だけが、てのひらに伝わってくるだけだった。


 しょうがない。そういうこともあるさ。

 ぼくはもう何度目かになるUターンを決めて、元来た道を引き返した。


 他に道はあったかな。

 今は何時かな。

 みんな、どうしてるかな。

 お腹空いたな。


 そんなことを考えていたとき、何かがぼくのてのひらに触れた。

 『きんぞく』の冷たい感触は相変わらずだけど、壁の『しつかん』とは違う何かだ。

 何だろうと、ぼくは両手でぺたぺたと触れて、それが『はしご』であることがわかった。


 やった、これを上っていけば、ここから出られる。


 ぼくは思わず叫び声を上げながら、手すり部分を両手でしっかりと握って、足場を上っていった。

 天井からの光がなかったことは気がかりだったけれど、とりあえず天井に頭がぶつかるところまで上ってみよう。

 ぼくは周りが見えない恐怖をものともせず、音を立てて勢い良く『はしご』を上った。学校のグラウンドにこれと似たようなアスレチックジムがあって、実は結構、こういうのには得意なんだ。


 カッ、カッ、カッ。


 テンポ良くはしごを上っていくと、案外すぐに天井についてしまった。

 思ったとおり、マンホールの『ふた』は閉まっていた。

 うすうす気付いていたとはいえ、ぼくの『らくたん』は大きかった。

 だけどぼくは片方の手を手すりから足場に移して、足場を力強く握った。そしてもう右手を手すりから離すと、天井の『ふた』に触れた。

 両足と左手に力を込めて、身体全体でマンホールの『ふた』を押し上げようとしたんだ。


 ………。

 ……。


 うぅん、ダメだ。ビクともしない。

 そもそもマンホールの『ふた』ってどれくらいの重さがあるのかな。五キロくらい?

 あ、もしかして、ネジで留まっていたりするとか?

 一回捻ってから押し上げるとか?

 上に何かモノが乗っかってるのかも。


 何にしても、『ふた』が開かないと、またフリダシに戻っちゃう。

 ぼくはもう一度、手すりから片手を離して、天井に触れた。


 そのときだった。


 足場を握っていたぼくの左手が、つるりと滑った。


 ——あれ?


 と思う暇しかなかった。


 ぼくの両手は手すりを掴むことも足場に触れることもなく——。

 前後左右上下もわからないまま——。

 真っ暗闇の中を——。

 地面目がけて——。


 ——落ちていった。





 そしてぼくは、ぼくが既に死んでいるということを、思い出したんだ。



★☆★☆★



 あぁ、やっぱりね。ぼくの思ったとおりだ。


 最初のところまで戻ってみると、そこには「ぼく」が横たわっていた。

 ぼくはその場にしゃがみ込んで、横たわった「ぼく」を眺めた。

 鏡に映る逆さまのぼくみたいに、ぼくの真似をしない「ぼく」だ。


 ねぇ、右足が変な方向に曲がっているよ。痛くない?


 あはは、変なの。

 だってぼくはこんなに元気なのに。

 ぼくはその場で飛び跳ねてみせるけれど、横たわった「ぼく」は何も言ってはくれなかった。


 ——おかしいね。


 「ぼく」の目は開いているのに、ぼくが見えていないのかな。

 目が開いたまま、寝ちゃってるのかな?

 ぼくにそんな『とくぎ』があったなんて、産まれて初めて知ったよ。


 ねぇ、何とか言ってよ。


 ぼくが二人いるんだよ。


 おかしいでしょ?

 おかしいよね?


 ねぇ。

 ねぇってば!


 ……何で何も言ってくれないの?


 もしかして「ぼく」は、ぼくが嫌いなの?


 そうなんだよね?

 そうだったらそうだって言ってよ。


 言ってくれなきゃ、わからないよ……。


 何で……

 ねぇ、何でだよ。


 ぼくはただ、友達と一緒にかくれんぼをしていただけじゃないか。

 ぼくが何か悪いことでもした?

 そんなことないよね!?


 門限だって毎日ちゃんと守ってるし、この間だって算数のテストで八十点取ったんだよ!

 お母さんもぼくのことを良い子だって言ってくれたよ。

 お父さんだって、ぼくを『じまん』の息子だって言ってくれたんだよ。


 なのに、どうしてだよ……。



 こんなのって、おかしいよ……。



★☆★☆★



 わかってる。

 わかってるよ。


 ぼくはただ、寂しかっただけなんだ。


 誰にも知られず、暗い穴の中で、ひとりぼっちだったんだ。


 だからぼくは——。

 「ぼく」が死んだあの日からずっと、助けを呼び続けてたんだ。



★☆★☆★



 一人目の男の子は、ぼくよりも背が高かったかもしれない。

 だけど、穴に落っこちて死んじゃった。



 二人目のおじいさんは優しそうだった。ぼくが生まれたときにはもうおじいちゃんはいなかったけれど、いたらきっと、このおじいさんみたいな感じだったのかもしれないね。

 だけど、打ち所が悪くて死んじゃった。



 三人目のお姉さんは制服を着ていた。学校の名前は覚えてないけど、友達のお姉ちゃんが通っている学校とおんなじだった。

 だけど、悲鳴を上げて死んじゃった。



 四人目のおじさんは薄ら笑いを浮かべながらぼくのことを見ていた。ぼくは知ってるよ。そういう『しゅみ』の人がいるってことをね。

 だけど、おじさんはぼくのことしか見えていなかったから、足を踏み外して死んじゃった。



 五人目のお兄さんは格好良くて、何かのスポーツをしていそうな感じだった。そういえばぼくは将来、サッカー選手になりたかったな。

 だけど、どんなに身体を鍛えても死ぬときは簡単に死んじゃうんだってわかった。



 六人目のおばあさんは……うぅん、友達のお母さんは「お姉さんって呼びなさい」って言ってたから、おばさんと言っておいた方が良いかもしれないね。そのおばさんはぼくに声を掛けてくれた。「そっちは危ないよ」と言ってくれた。

 だけど、その警告はもう、遅すぎたんだ。



 七人目のお兄さんは他のみんなとは違っていた。魔法みたいな不思議な力でぼくのことを助けてくれようとしたんだ。

 だけど、魔法なんてこの世界には最初からなかったんだ。



 そして八人目の綺麗なお姉さんは、眠ったまま目を覚まさなかったんだ。



★☆★☆★



 結局誰も、本当の意味で「ぼく」のことを見つけることはできないんだ。

 ぼくは目を覚まさないお姉さんをそばで眺めていた。


 そのとき、誰かがやってきたんだ。


 振り返ってみると、お兄さんが一人とお姉さんが三人、生身の姿でぼくの前に立っていた。

 

 助けを呼んでもいないのに、ぼくのところへ来てくれたのかな?


 うぅん、そうじゃない。

 きっとこのお兄さんたちは、眠ったまま目を覚まさないお姉さんを探しにきただけなんだ。

 だからやっぱり、「ぼく」のことを見つけてくれたわけじゃないんだ。


 ぼくは少しだけ寂しい気持ちになりながら、お兄さんたちの前に静かに立っていた。


 すると、ぼくの一番近くに立っていたお姉さんが、左手から天使の翼を生やした。


 もしかして、魔法?


 うぅん、これはきっと『げんかく』なんだと思う。

 だって、手から翼が生えるはずがないじゃないか。

 それも、天使の翼だよ。

 天使なんてホントはいないんだってこと、ぼくにもわかるよ。

 それに、ぼくのところに天使が迎えにくるはずがないんだ。

 だってぼくは、「ぼく」を見つけてもらうためにもう何人も死なせてしまっているんだから。

 だから、最期にぼくのところへ来るのはきっと、悪魔なんだと思う。


 天使のお姉さんは、お兄さんと何か話をしていた。

 どうしたんだろう。

 ぼくがその様子を黙って眺めていると、今度はお兄さんがぼくの前に立って、右手から真っ赤で『いびつ』な形をした剣を出した。


 また魔法だ!


 それも、何となく悪魔のようにもみえる剣だ。

 やっぱり悪魔が迎えにきたんだと、ぼくは思った。


 お兄さんが、ぼくを見て何かを呟いている。

 そして、その真っ赤な剣をぼくに向けて、ゆっくりとぼくの胸に突き刺したんだ。


 ——え?


 ぼくは突然のことに『あっけ』に取られていたのだけれど、剣で刺された痛みはなかった。

 むしろ、刺されたところがとても暖かくて、心地良かった。


 何だろう、とても不思議な感じ。


「……そうか」


 お兄さんが屈み込んで、ぼくと目線を合わせた。

 その表情は『はかなげ』で、どこか寂しげで。


 そっか、ぼくは——。



「やっと、見つけたよ」



 あーぁ、見つかっちゃったか。


 それじゃあそろそろ、家に帰らなくちゃね。

更新を一週お休みしてしまいました。


余談ですが、手すりは「枠」、足場は「格」というそうですね。蓋の重さは上に人や自動車が乗っかっても変形しない様、五十キロ近くもあるそうです。


2013/01/05 可読性向上と誤記修正対応を実施

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