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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
間章「真夏の日の夢」
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第40話「2053/08/21 16:02:00 九槻秋弥」

★☆★☆★



「地下の下水道ならば旧市街と新市街を繋いでいるはずですし、隣神が身を隠して移動するのにも好都合でしょう」


 そう話す俺のそばで、会長がデバイスを操作して下水道のマップを確認していた。


「……秋弥君の言うとおりかもしれないわ。七か所の現場付近の地下にはいずれも下水道が通っているし、それらはすべて繋がっているわね」


 天河のデバイスと電波が通じなかったのは、天河の居場所が区画整理途中で設備が整っていない下水道だからかもしれない。


 俺は足元の錆びついたマンホールの蓋を開けるために、蒼の装具を召還する。

 封魔術式によって錆びを一瞬で還元すると、装具の形状を変化させてマンホールの蓋を開く。その場に膝をつくと、光が届かない地下へと向かって手を突き出して、探査術式を発動させた。

 俺の掌から放たれた固有振動波が穴の底へと落ちて、再び俺の掌へと戻ってくる。

 その波が、わずかだが変質していた。


 ——正解だ。


 俺たちの足元に、現層とは異なる領域が広がっている。

 俺が隣神や異層領域の気配を感じ取れなかったのは、俺の用いた探査術式が波の反射を利用する系統の術式だったためだ。

 領域ではなく空間そのものに作用する探査術式を用いていれば、障害物や遮蔽物を無視した全範囲の探査を行うことも可能だ。しかし、空間に対する異層探査術式は調律術の中でもトップクラスの難度を誇り、プロの調律術師でさえも行使できる者は数えるほどしかいない。

 調律術を得意とする浅間さんでさえ、その探査術式は使えないと以前に訊いたことがある。俺が知っている中では『星鳥の系譜』序列第六位の斑鳩(いかるが)家現当主くらいだろう。

 否、もう一人だけ、いる。

 リコリスの持つ力(・・・・・・・・)は、意識することなく空間へと働きかける。

 領域を飛び越えて、空間へ。

 空間を突き抜けて、異層へ。

 『波』の原質を操るという特異な力を介すれば、今の俺でも空間へ向かって探査術式を発動させることはできるだろう。

 それもまあ、結果論なのだが。


「間違いないですね。地下に異層の反応があります」


 俺は顔を上げて、会長に探査結果を伝える。

 下水道への入口を囲うようにして、会長たち三人が頭を寄せた。

 玲衣たちには真っ暗な光景にしか映らないだろうが、穴の底をジッと見詰めている会長の蒼い瞳には、何かが映っているのだろうか。


「ねぇシュウ君……。聖奈、ここに落ちちゃったのかな?」


 上目遣いで俺を見詰める玲衣の瞳が揺れる。

 まだ断言はできないが、おそらくそうだろう。

 下水道に巣くう隣神は、マンホールの蓋の上に立った被害者たちを地下へと引きずり込んだに違いない。

 しかし俺が洞察眼(インサイト)を発動して穴の底を覗き見た限りでは、マンホールの底に天河の姿を見つけることはできなかった。

 それでも、異層の反応がある以上、まったく見当違いではないだろう。

 ならば、落下した後に移動したのだろうか。

 穴の底は深く、ここに落下したのであれば怪我のひとつくらいは負っているはずだ。さすがに無傷ということはないだろう。


「地下に降りましょう。きっとそこに、聖奈さんがいるわ」


 俺たち自治会役員は二人以上で行動しなければならない。

 互いが互いを監視する——それが『課外活動』における封術を行使する制約である。

 しかし、ここには俺と会長以外に二人、役員ではない学生がいる。

 まさか全員で地下に降りるつもりなのだろうか。


「会長、まさか全員で地下に降りるんですか?」


 だから俺は、心の中で思ったままを言葉にした。


「そうよ? 決まっているじゃない」


 すると会長は当たり前だと言わんばかりに、小首を傾げて見せた。


「何か問題でもあるの?」


 あるだろう。玲衣と綾の二人は封術師見習いの制約上、封術を行使することができない。

 俺が言えた義理でもないのだが、誰も見ていなければ何をしても許されるということにはならない。

 俺はこれ以上、二人を巻き込みたくはなかった。

 とはいえ、会長に二人のそばに付いていてもらって、俺が一人で地下に降りるという提案をしたとしても、おそらく一蹴されてしまうだろう。

 これは単に体裁面の問題として、学生たちの手本となるべき学生自治会の長が制約違反を見過ごすわけにはいかないからだ。

 ならば、やはりこのまま、行き着くところまで四人で行動しなければならないか……。


「……わかりました。それじゃあまずは俺が先に降りて安全を確かめてきますから、合図をしたら会長たちも降りてきてください」


 やれやれと、俺は溜息混じりにそう提案したのだが、


「秋弥君は最後よ」

「シュウ君は最後だよっ!」

「秋弥さんは最後です」


 三人は異口同音で俺の提案を一蹴したのだった。



★☆★☆★



 最初に星条会長がはしごを伝って地下へと降りる。

 次に玲衣、綾と続き、最後に俺が地下に降りた。

 会長の掌から生み出された微弱な光量を放出する術式によって、地下水道内が薄ぼんやりと映し出された。

 設備点検用に作業員が歩くために敷設された細い通路。それと平行して流れる下水。

 長い影が四つ。いずれも俺たちの影だ。


「何か、想像していたのとちょっと違う」


 どんな下水道を想像していたのか。興味津々といった様子で辺りに視線を向けていた玲衣がぽつりと呟いた。

 その声が、反響して木霊する。

 仄暗い地下水道はルートが幾重にも分岐している。過去七件——天河の失踪も含めれば八件のすべてが、地下水道を通じて繋がっているという。もちろん、実際にはその何倍もの道に枝分かれしており、何処かで大本となる一本の道に繋がっているはずだ。

 だが、俺たちの目的は下水の流れを追うことではない。

 天河は隣神に惹きつけられて、この下水道に落ちたのだろうか。入口付近には天河の姿どころか人の気配すらなく、下水道内にはよりいっそう濃くなった異層領域だけがあった。


「ひゃぅ」


 と、俺の目の前で突然、綾が短い悲鳴を上げた。

 前を歩く会長と玲衣が足を止めて振り返る。

 掌の光源が会長の身体によって遮られて、下水道の奥が仄暗い暗闇に変わる。逆に光源を向けられた綾は胸の前で両手を握り合わせ、オロオロとしながら視線を彷徨わせた。


「どうしたの?」


 心配になった玲衣が声を掛ける。

 しんがりを歩いていた俺の眼にも特に異常は見られなかったのだが、いったいどうしたというのだろうか。


「あ、えっと、そのぅ……」


 全員から注目されてしまったことで軽いパニック状態に陥ってしまったのか、綾はろれつが回らない様子だった。


 ——ピシャン。


 と、俺たちが足を止めたことで静まりかえった下水道内に、かすかな音が響いた。

 ピシャン、ピシャン、と。

 不規則ながらも同じ音量、音程を響かせている音の正体を、俺は瞬時に理解した。

 地下水道の天井から地面へと、水の滴が落ちたときの音だ。


「……そういうことか」


 会長が光源を掲げるようにして天井を見詰めた。どうやら会長も、音の正体と綾が悲鳴を上げた理由がわかったらしい。


「秋弥君、二人に防護膜(ハード・コート)の術式をかけてあげることはできる?」


「可能ですが、防護膜は他者に付与することを前提とした術式ではないので、付随効果はたかが知れていると思いますよ。それに、身体全体のカバーもできません」


 防護膜は身体の周囲に防塵や防熱など、様々な付随効果を持たせた薄い膜を構成する術式だ。強化系術式に分類されている以上、術式の対象物——つまりは己の身体や身に付けている衣服についての情報を正確に理解していなければ、身体全体を均一に包む込む膜を生み出すことはできない。

 ゆえに、顔だけならまだしも、他者の身体全体に防護膜を用いることは非常に難しいとされている。


「構わないわよ。何もしないよりは良いでしょう」

「……わかりました」


 俺は蒼の装具を召還すると、無意識領域内で術式を構築しながら、玲衣と綾の二人に視線を移した。


「会長が言ったとおり、二人に防護膜の術式をかけるけど、問題はないか?」


 一応二人からも了承を得るために訊ねると、


「あたしは全然、大丈夫だよっ」


 玲衣が元気に応じて、


「ご迷惑をお掛けして、すみません……」


 綾が萎縮しながら応じた。


「それじゃあちょっとだけ、ジッとしていてくれ」


 構築が完了した術式を発動させるため、俺は装具を握っていない方の手を二人に向けて、水平に払った。

 たちまちのうちに事象が上書きされる際の淡い発光現象が起こり、撥水性の付随効果を加えた防護膜が二人の身体を包み込んだ。


「二人とも、身体に違和感はないか?」


 今回は対象物(衣服や身体の寸法)の情報を視覚から得た情報のみに頼って術式を行使している——異性の身体をあまりジロジロと眺めまわすわけにも、ましてや触れて確かめるわけにもいかなかった。防護膜は眼に見えない衣服のようなものなので、二人は身体のサイズに合っていない洋服を無理矢理被せられているような変な心地を得ているはずなのだが。


「んー、とりあえず問題はないかなっ」

「わたしも、大丈夫です」


 確かめるように小さく身体を動かした二人は、首を縦に振った。


「そうか。多少窮屈に感じることや動きづらいこともあるだろうけど、少しの間我慢してほしい」

「うぅん、ありがとっ!」

「それじゃあもう少し奥まで行ってみましょうか」


 光源が再び正面を向く。

 俺の無意識領域内には、二人に付与した防護膜を常時展開し続けるための占有領域が形成されている。その影響で術式の演算可能域が多少狭まったが、今回は星条会長も同行しているので、俺が手出しをするような場面はおそらく皆無だろう。

 前を歩く三人の背中を見詰めながら、着実に大きさを増す隣神の気配——干渉圧にも、俺は一抹の不安も覚えてはいなかった。

2013/01/05 可読性向上と誤記修正対応を実施

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