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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第1章「封術師編」
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第3話「オリエンテーション(前編)」

★☆★☆★



 鷹津封術学園の各学年各クラスは、一クラス三十人で編成されている。

 一学年で五クラス。五年制の高等専門学校なので、学生の総数は最大で七百五十人となる。

 これは一般的な普通科高校や専門学校と対比してみても決して多い数字ではなく、そこにはある明瞭な理由が存在していた。


 明瞭な理由——それは封術師を目指す学生たちが持つ高い異層認識力の多くが、生まれ持った才能に起因しているためだ。

 異層を認識できる人間は全人口の一パーセント以下。異層に干渉することまでできる人間は、そのうちのさらに一パーセント以下と言われている。

 異層世界を認識して干渉することができる限られた一握りの者だけが、異層世界に対抗するための力を——事象を操る力を手にすることができるのだ。

 封術学園の入学試験には異層認識力を見極めるための適正試験と一般教養の試験、さらに封術を学ぶための最低限、基本的な知識が問われる専門教養試験がある。

 そのうち、前期中等教育にあたる一般教養の試験レベルは有名進学校にも引けを取らないほど高い。封術に特化した部分を差し引いても、封術学園四校は、現代日本における受験最難関校の上位に名を連ねているのだった。


 そんな封術学園に入学した学生たちが最初に行うこと。

 それは、これからの五年間を過ごすことになる学舎のオリエンテーションと、情報体(事象)にアクセスして事象の改変を行うための特殊機構——装具(そうぐ)を手に入れる『装具選定』の二つの行事である。


「本日のオリエンテーションの概要を説明するぞ。まず我々のクラスは、寮や部室のある別棟から回ることになる」


 立体オブジェクトを用いた鷹津封術学園の地図アプリケーションを学生たちのデバイスに転送した袋環は、地図を俯瞰視点に切り替えて学園全体を投影させると、ある一点を輝点で指し示した。


「基本的に私は君たちを連れ回しながら、逐一設備の説明をするようなことをするつもりはない。そんな幼稚なことを君たちに対して行うのは失礼だと考えているからだ。そして、顔を合わせたばかりで何を言い出すんだと思うかもしれないが、ある程度の信頼もしている」


 袋環は教卓に両手を突いて口の端を吊り上げた。


「まずは私が君たちを信頼することから始めなければ、互いに良好な関係を築いていくことはできないからだ。だから私は、君たちが私の眼の離れたところで羽目を外して好き勝手なことをするとは思っていないし、考えてもいない」


 不敵な笑みを浮かべ、袋環は白々しいにもほどがある言葉を堂々と並べ立てた。

 ここまではっきりと言われてしまえば、言葉の真偽を見極める以前に、下手な行動に出ることはできなくなる。

 実に有効的な手段だ。

 だが、友好的な手段ではない。

 そんな風に秋弥が捻くれたことを考えているうちも、オリエンテーションの説明は続いた。


「割り当てられた時間内は、該当する棟の中を自由に見て回ってくれて構わない。各施設の資料は追って転送するので、そちらを参照してほしい。また、私も引率者として同じ棟内にはいるから、資料では解決できない疑問には答えよう」


 昨日の袋環の言葉を借りるならば、資料に書かれていることでも尋ねたら答えてくれるのだろうが、極力、そうならないように注意しようと秋弥は思った。

 袋環が手元のウィンドウを操作すると、輝点のある別棟オブジェクトから離れた棟——秋弥たちの教室がある本棟に紫色のマーカーが一つ、浮かび上がった。


「この紫のマーカーは私のいる地点を表している。オリエンテーション中は常に可視化させておくので活用してほしい。それと、これは言われるまでもないことだと思うが、時間厳守だ。守らなければ他のクラスに迷惑を掛けることになるからな。各自、タイムスケジュールで棟の移動時間をしっかりと確認しておくように」


 その後、立体オブジェクト地図の使い方やオブジェクト上に他人のマーカーを表示させる方法などの簡単な説明を終えて、朝のSHRは終了となった。




 教室を出て行く袋環を見送ったクラスメイトたちは、早速行動を開始して少人数のグループを作り始めた。

 その間を掻き分けるようにして、玲衣が秋弥の席までやってきた。


「あたしはいつでも、シュウ君の事を見ているんだよ!」


 と、開口一番にそう告げる。


「というわけで、シュウ君の識別番号教えて」


 いきなり何を言い出すのかと思ったが、後に続く言葉を聞いて、なるほどと納得した。

 識別番号というのは、各自の学園地図アプリに割り当てられたユニーク番号のことだ。袋環の説明によると、自分の地図上に友人のマーカーを表示するためには、この識別番号を互いに登録しあう必要があるとのことだった。

 ところで、各自の地図上に袋環のマーカーが表示されているということは、彼女の地図にはクラス全員のマーカーが常に表示されているということだ。それはつまり、サボっていたり別の場所にいたりするようなことがあれば、簡単に彼女にバレてしまうというわけだ。

 まったく何が『信頼』だよ、と秋弥は内心で毒づく。

 しかし、このことに気付いているクラスメイトがこの中に一体何人くらいいるのだろうか。


「ありがとねっ! はい、これがあたしの番号だよ」


 デバイス同士の短距離無線通信によって、玲衣と識別番号を交換し合う。

 マーカーの情報はオリエンテーション中にのみ適用される機能(地図アプリは今後も使用可能)なので、教えたところで何か困るということもない。

 識別番号の登録が完了したことで、地図上に赤のマーカーと玲衣の名前が表示された。


「あの……私のも良いですか?」


 玲衣の声に比べれば、いささかか細く、弱気な声だ。

 いつの間に現れたのか、綾が玲衣の隣に立っていた。秋弥は言葉を返す代わりに、識別番号を綾のデバイスに送信した。頭を下げて「ありがとうございます」を言いながら、綾も識別番号を送り返す。

 ちらりと窺った綾のデバイスは、秋弥や玲衣が使用しているブレスレット型ではなく、軽量性や携帯性を高めたカード型だった。


「シュウ君は、誰かと回る予定とかってある?」

「いいや、特にないよ」

「それじゃああたしたちと一緒に回ろうよ」

「俺は別に構わないけど——」


 途中で言葉を切って、玲衣の背後へと視線を向ける。

 そこでは女子グループだけでなく、男子グループまでもが玲衣を誘おうとしてこちらの様子を窺っていた。

 持ち前の明るく活発な性格に加えて、幼馴染だとはいえ異性である秋弥や人付き合いが苦手そうな引っ込み思案な綾とも仲良くしていることからもわかるとおり、玲衣は誰とでも分け隔てなく接している。

 それが高じて中学の頃は男女問わず人気者だったが、どうやら昨日一日だけで、早くもクラスメイトたちの心を掴んだようだ。

 皆の思いを知ってか知らでか。玲衣は人差し指を(おとがい)に宛がって「んーっ」と唸り、思案げに首を傾げた。


「……そしたらシュウ君がひとりぼっちになっちゃうかなぁって思ったから、とか?」

「れ、玲衣ちゃん」


 わざとらしい玲衣の仕草と声とは対照的に、彼女の言葉に困惑した表情の綾を見やり、秋弥は苦笑を浮かべた。


「残念ながらオレはひとりぼっちじゃないんだ。こいつと一緒に回る予定なんだ」


 ——と言ったのは秋弥ではなく、彼の前の座席で椅子の背を足で跨ぐようにしてこちらを見ていた堅持だった。


「……残念ながら俺はひとりぼっちだったんだ」

「なっ、どうして言い直すんだよ! おいおい、眼を逸らすなって。マジで傷つくだろ!?」

「傷は浅いうちの方が、痛みが小さくて済むっていうぞ」

「出来たてホヤホヤの友人関係に早速ヒビが入っちまったよ!」

「……シュウ君。このちょっと(うるさ)い人は、どちらさんかな?」


 お前が言うか、と言いかけて、秋弥はそれを理性で押さえ込んだ。確かに、急に大声で騒ぎだした友人(暫定)は、朝から妙にハイテンションだった。


「いったい誰のせいだよ……。あっ、オレは沢村堅持。親しみを込めて、ケンちゃんと呼んでくれていいぜ」

「ふ〜ん」

「……興味無しですか」


 ユーモアのある(と自分では思っていた)自己紹介を軽く流され、肩を落として脱力する沢村を尻目に、玲衣と綾の二人もそれぞれに自己紹介をした。


「それじゃあ今回は特別に、堅持が一緒に行動することを認めてあげましょう。綾もそれで良いよね?」


 おどけた調子の玲衣に同意を求められて、綾は頷いた。


「私は全然構いませんよ。よろしくお願いします」

「……有り難き幸せにございます」

「そうしないと堅持がひとりぼっちになっちゃうもんね」

「……誠に、身に余るほどの有り難き幸せにございます!」


 堅持をすっかり手玉に取った様子の玲衣が、楽しそうな笑みを浮かべた。傍目から見ている限りでは、玲衣と堅持はなかなか気の合いそうな感じだった。


「それじゃあ、俺たちもそろそろ移動しようか」


 教室に残っているのはいつの間にか秋弥たちだけになっていた。

 秋弥が音頭を取ることで、彼らはようやくのこと、教室を出て別棟へと向かったのだった。



★☆★☆★



 本棟の西側にある別棟は、学園の全体図を俯瞰視点で見ると『ロ』の形に似ていた。

 鷹津封術学園は全国にわずか四校しかない封術専門の学校として、受験生が全国からやってくる。別棟の一部は親元を離れて入学した学生のための寮として機能しているのである。


「寮は男子寮と女子寮にわかれてて、男子寮はL字型をしてるんだ。残りは部活動用の部室と女子寮だな。ちなみに部室のある棟と各寮は繋がってるけど、寮同士は繋がっていないんだぜ」


 別棟の立体オブジェクトを良く見てみると、確かに堅持の説明のとおり、辺の一か所だけが繋がっていなかった。


「地方から入寮する男子学生は女子学生よりも多いからな。それに合わせて寮の規模も倍近く大きい。寮室は二人一部屋で六畳くらいの大きさで、たぶん女子寮も同じ構造なんじゃないかと思うんだけど。女子寮のことは朱鷺戸さんに聞いてくれ」


 別棟への道すがら、堅持から入学以前の話を聞いてみると、どうやら彼が地方出身の男子寮生であるということがわかった。そして、綾は女子寮の寮生であることも。

 そこで、玲衣の提案によって堅持と綾を解説役にして別棟を見て回ることにしたのだが——。


「はい。たぶん同じだと思いますよ」


 性格ゆえにあまり積極的に話すタイプではない綾は、堅持が行う解説の補佐という役回りに就いている。


「まぁ今日はオリエンテーションってことで各寮とも一般開放されてるけど、普段は寮生じゃないと寮には入れないんだぜ」


 つまり、寮生でなくても寮の内部を見られる機会は、特別な場合を除いて今日のオリエンテーションしかないということだ。

 とはいえ、秋弥はあまりそのことに興味がなかった。部活に入るつもりも寮に入る予定もない彼にとって、別棟は学園生活でほとんど関わりのない場所だと思っていたからだ。


「とりあえず、男子寮から見ていこうぜ」


 本棟から他の棟へ向かうためには、一度外に出てから少し歩かなければならない。

 同じ学園内にあるとはいえ、封術学園は一方が六百メートルほどの開けた土地に建てられているからだ。

 別棟は寮棟、あるいは部室棟を総称した呼び名だ。外観こそ本棟に似ているが、各部屋の窓には寮生たちの生活の片鱗が垣間見える、さまざまな模様のカーテンがかけられていた。

 部室棟と呼ばれる一辺だけが各寮の入口に繋がっているため、寮に入るためには一度、部室棟へ入る必要がある。

 部室棟と男子寮を隔てるガラス扉には、生体認証端末とカードリーダ端末が備え付けられていた。

 鍵は封術学園に通う学生たちが常に携帯する学生証に設定された入寮権と網膜認証、指紋認証の複合鍵であると堅持が説明をした。そのガラス扉は今日のオリエンテーションのため、一時的にセキュリティ機能がオフに設定されているとも。ガラス扉を抜けた際、秋弥は光走査式の感知システムの存在に気付いた。ガラス扉の両縁に施されたその装置が、共連れの入寮を防いでいるようだ。

 一介の学生が入る寮にしては厳重すぎる管理手段だと思うかもしれないが、それも仕方のないことだと言える。

 世界的に見ても異層に干渉できる能力を持つ人間は、極めて希少な存在だ。

 その希少な人材が一か所に集まっているのだから、過剰なセキュリティですらも、やりすぎだとは誰も思わない。

 我が家のように男子寮に入った堅持に続いて、秋弥と玲衣も男子寮に入る。

 男子寮の玄関そばには、寮長室があった。寮長は寮生の中から選ばれるのだが、現在、上級生は授業時間中であるため、電子表札には『寮長不在』と表示されていた。


「ん? どうした、綾」


 玄関口で綾がキョロキョロと何かを探しているような仕草をした。

 怪訝に思った秋弥がそう尋ねると——。


「寮室以外は土足でオーケイだぜ。……もしかして、女子寮の方は違うのか?」


 堅持がそう答えた。寮生ではない秋弥と玲衣は何とも思わなかったが、どうやら綾は、女子寮との微妙な違いに困惑していたようだ。


「女子寮は土足厳禁なので、ここで皆さんスリッパに履き替えるんです」

「へぇ、どうして?」

「えっと……なんでも一昨年の寮長が潔癖症な方だったらしくって、その際に決められたルールなのだそうです。でも、その方が卒業した今でも皆さんそうしているようです」


 それを聞いて、堅持はかすかに苦い顔をした。

 昨今では近隣住宅への砂埃被害などが特に問題視されており、広い土地を持つ封術学園ではそれらの対策の一環として、屋外の施設には低反発性の特殊なラバーソールを採用している。学園の外に出かける場合にはその限りではないが、寮室では靴を脱いでいるのだから、そこまで汚れを気にするほどのものだろうか。


「そんなに汚れるもんか?」

「まあいいじゃない。そっちの方が清潔感もあるし」

「おい、まるで男子寮が清潔じゃないみたいな言い方だな」

「被害妄想じゃないの?」


 玲衣が意地悪な笑みを浮かべる。


「寮長は寮の見回りもしていますので、たぶんちょっとした汚れも気になってしまったのかもしれませんね」

「へぇ……男子寮の見回りは当番制だけどな。だけど寮長って大変そうな仕事だよな。朝早く起きなきゃいけないし、寮生の管理もしてるし、連絡の周知もしなきゃいけないんだぜ」

「寮長はどうやって選ばれるんだ?」

「さぁ、まだ良くわかんねぇな。入寮して一週間も経ってないんだぜ」


 確かに愚問だった。

 寮長用の寮室を除いて、寮生の部屋はすべて、一階より上の階に用意されている——これもセキュリティ上の観点から考えてのことだ。

 一階には寮長室と、共同スペースとして使われる食堂、大浴場がある。

 四人はまず、入口からほど近い食堂を見ることにした。


「朝は六時から七時半までの一時間半。夜は特別な事情がない限り、十六時半から二十一時の二時間半の間ならいつでも飯を食べる事ができる。食堂自体は二十四時間開放されてるから、雑談用のフリースペースとして使われることもある」

「本棟の食堂とは違うの?」

「あっちの食堂はまだ使ってないからわからないけど、設備は一緒だと思う。まぁ学園も広いからな。飯食うためにいちいち移動するのも非効率ってことだろ」


 大人数を収容可能な寮の食堂は全体的に白を基調とした配色で、長テーブルが規則正しく並べられていた。人の姿がほとんど見られないのは少し寂しく思えるが、朝夕は寮生で賑わっていることだろう。


「結構広いんだね」


 既に寮生として食堂を利用している二人はそうでもなかったが、玲衣は興味深そうに辺りを見渡した。


「……ところで、あれは何?」


 そして、何かに気付いた様子で、玲衣が食堂の一点を指で指し示した。

 視線を玲衣の指の先へと向ける。と同時に、秋弥もまた首を傾げた。

 食堂の一画に、場の雰囲気にそぐわないレンガ敷きのスペースがあったからだ。

 寮生の二人も入寮当時は同じような思いをしたのだろう。綾が口元に笑みを浮かべた。


「おそらく、寮生が造ったものだと思いますよ」

「食堂はフリースペースにも利用されてるってさっき言ったろ。ここには寮生が持ち込んだものを共同備品として置いてもいいことになってるんだ」

「備品っていうか、あれは明らかに改築じゃないの」


 レンガ敷きの床に半球型の天井。そこから吊り下げられたシャンデリアには装飾用のロウソクが立てられ、消えることのない火を灯し続けている。さらに壁面にはレンガ造りの暖炉があった。おそらくは雰囲気作りの飾りなのだろうが、こちらもロウソクの火と同じように、炉にくべられた薪に恒久的な偽物の炎が灯っていた。

 その中で備品と呼べるものは毛先の長いカーペットや、座り心地の良さそうなソファ、木目調の丸テーブルくらいだろう。


「オレが先輩から聞いた話だと、何か洋風の談話室っぽい雰囲気を造りたいとかって考えた寮生が、昔にいたらしいぜ。それで造られたのがアレだ。夜になると結構雰囲気出るんだぜ」

「むしろ、何か出そうだねっ」

「棟は封術結界が張られてるから、隣神は出ないぜ」

「言ってみただけだよっ!」


 封術学園ならではの冗談だった。


「それはそうと、どうやってここでご飯を食べるの?」


 談話スペースを視界から外して、食堂へと視線を向ける。玲衣の言うとおり、食堂には食事用のテーブルはあるが、料理を受け取るためのカウンターが何処にも見当たらなかった。


「受け渡し用のカウンターは時間になると出てくるんだよ。ちょっとわかりづらいかもしれないけど、そこの壁に切れ間があるだろ」


 言いながら、壁の近くに寄った堅持が手の甲で壁を二回叩いた。すると、内部が空洞になっていることがわかる、軽い音が鳴った。


「食堂のメニューは寮生専用のアプリから見られるんだ」


 ほら、と堅持がハンディタイプの無骨なデバイスからアプリを起動させた。可視化されたウィンドウの上部には、男子寮食堂メニューと書かれている。トップ画面には今日の日替わりメニューといくつかの定食が画像付きで掲載され、左側のナビゲーションには単品メニューへのリンクが項目別に用意されていた。


「あらかじめ食べたい料理と時間を指定しておくと、ここで受け取ることができるんだ。ちなみに、カウンターが閉まっても食器を返すことはできる」


 まるで既に経験があるような物言いだったが、触れない方が良いのだろう。


「カウンターが開閉する仕組みになってるのは食堂をフリースペースとして広く使えるようにするためだと思う。寮室は基本的に相部屋だから、生活リズムの違うかもしれない相手に迷惑を掛けないようにって、ここを利用する寮生は結構多いんだぜ」

「女子寮の方でも造りは大体同じですね」


 表示した資料によると、現時点で寮生活を行っている学生の総数は三百四十一人——その内訳では男子が約二百六十三人となっていた。これは全学生の約半分にあたる。一人一部屋では部屋数が足りなくなるのも頷けた。


「食堂はこんなもんで良いだろ。次は大浴場の方を見に行こうぜ」

「男子のお風呂場なんて、あんまり興味無いんだけど」

「きっと女子寮と構造は同じだって」

「じゃあ女子寮を見るときに行けばいいじゃない」

「……ジョシリョウのヨクジョウ」

「ごめん、やっぱ今のなしね」

「なんで!?」

「ていうか、あたしとシュウ君はどうせ使えないんだから、この辺はあまり見る必要はなかったかもね」


 もっともな意見だったので、秋弥も首を縦に振って同意した。寮の施設については当人だけが知っていれば良いと思う。

 しかし、有事の際には寮を仮住居として利用することもある、と資料には書かれている。万が一を考慮するならば、一応施設の確認はしておいた方が良いかもしれないという思いもあって、秋弥は何も言わずにいたのだった。

 それでも玲衣の多感で繊細(?)な乙女心としては、『男子の浴場に近づきたくない』、『女子の浴場に男子を近づけたくない』という気持ちが働いたようで、このままでは平行線になると思った秋弥は、折衷案として寮生の二人に立体オブジェクトを用いた説明をお願いすることにした。

 堅持は不満げな表情を見せたものの、女子二人からの冷たい視線を受けて、機械のように首を縦に振った。玲衣と綾に視線を向けて同意を確認すると、近くの長テーブルに腰掛けて別棟のオブジェクトを表示させた。


「大浴場は朝五時から深夜一時までの間なら自由に利用できます。学年による利用時間帯の区別はありません。とはいえ、食堂ほど広くはないので、ある程度時間を見計らって行かないと、満員になっている場合がありますね」

「洗濯物はどうしてるの?」


 説明をする綾に、玲衣が女子らしい質問をした。これに堅持が答える。


「浴場の隣に洗濯室ってのがあるんだ。こっちは二十四時間使えるけど、数に限りがあるから、寮室ごとに利用できる日が決まっている。オレのとこは毎週水曜と土曜だな」


 科学技術の発展によって、洗濯から乾燥までの工程はほとんどが自動化されており、その作業にかかる時間も日進月歩の勢いで短縮され続けている。余談だが、洗濯室の設備は入寮者の増加に伴って去年入れ替えたばかりだということだった。


「ん? 洗濯にそんなに時間かからないだろ?」


 自宅で家事全般を行っている秋弥は、経験則からの疑問を声に出した。


「女子寮はいつでも利用できますよ」

「男子は女子よりも人数が多いからな。混雑を避けるためのローカルルールだ。……っておい、牧瀬。何だその眼は。何なんだその眼は! そんな眼でオレを見るなよ!」


 急に玲衣からジト眼を向けられて、堅持は狼狽した。


「べっつにぃ。男の子は数日分をまとめて洗えて楽で良いね、なんて思っても口には出さないよ」

「アレアレ、おかしいな。何故か思いっきり聞こえたような気がしたんだけど。もしかしておかしいのはオレの方なのか?」

「元気の良いやつらだな、まったく」


 秋弥が独り言のように呟くと、隣で綾がクスクスと笑った。

4/14:文章校正

2013/01/02 可読性向上と誤記修正対応を実施

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