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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
間章「真夏の日の夢」
39/111

第38話「2053/08/21 15:30:00 九槻秋弥」

★☆★☆★



 無人自動制御車専用発着場からペデストリアンデッキを抜けて噴水広場までやって来た俺と星条会長は、玲衣たちの姿を探した。

 広場の噴水は神来町を代表するモニュメントの一つで、九つの噴水口から強弱様々な水が噴き出す仕組みとなっている。夜はライトアップもされ、季節に応じて特別な演出も見ることができるため、休日ともなると多くのカップルがこの場所に集まる。だが、俺たちのような学生にとっては夏季休暇期間中でも、今日は暦の上では平日なので、俺たちと同年代くらいの人々の姿が多く見られた。

 噴水広場には移動販売車の姿があった。売っているのは……クレープか。女性が列を作っているところを見ると、どうやら繁盛しているらしい。

 移動販売車の周囲には即席のテーブルと椅子、日除けのパラソルが設置されている。買ったクレープはそこで座って食べることができるようだ。


 幸いなことに、玲衣と綾をすぐに発見することができた。


「あっ、シュウくぅ〜ん」


 パラソルの下で椅子に座っていた玲衣も俺たちに気付いたようで、頬杖を突いていた姿勢から手を伸ばして、俺の名前を呼んだ。

 途端、周囲の人々がぎょっとしたように玲衣の方を向いたが、玲衣はまったく意に介した様子を見せず、ぶんぶんと手を振る。

 肝が据わっているのか、はたまた鈍感なだけなのか。


「待たせたな」


 近付いてみると、玲衣の手には包み紙が握られていた。おそらく、移動販売車の売っているクレープを食べていたようだ。


「うぅん、全然待ってないよっ」

「どうぞ、こちらに座ってください」


 綾に促されて、俺と会長は空席に腰を下ろす。クレープの包み紙を丁寧に畳んでテーブルの上に置いていた綾が、会長に視線を向けた。


「お二人は無人自動制御車に乗って来られたんですか?」

「えぇ、そうよ」

「ねえシュウ君、聖奈に何かあったのかな?」


 玲衣が眉尻を下げて不安げな表情を向ける。二人が俺に天河の話をしてから俺と会長がここに来るまでの時間を考えれば、今がただならぬ状態であることは容易に想像が付くのだろう。


「それは後で説明するわ。だけどまずはもう一度、聖奈さんのいなくなったときの状況を詳しく話してもらえないかしら?」


 それでも会長は、まずは現状をしっかりと把握するため、真剣でありながらも落ち着いた口調で玲衣に問い返したのだった。



★☆★☆★



「——つまり、貴女たちがクレープを買いに行っている間に聖奈さんがいなくなっていた、ということね?」

「はい、そのときも結構人が並んでいたよね?」

「私たちが並んでいたのは七、八分くらいでしょうか。その間、聖奈さんはちょうどあの辺りに座っていました」


 綾が指し示したのは、噴水広場を円形に囲む外縁に設置された一脚のベンチだった。背もたれの裏に植えられた木々が日差しを遮って、薄い陰を作り出している。


「移動販売車のクレープを食べようとしているのに、こっちのテーブルじゃなくて、向こうのベンチに座っていたの?」


 綾が示したベンチは、移動販売車のパラソルからずいぶんと離れている。

 玲衣たちがクレープを買ってくるのを待っているだけならば、外縁部分のベンチではなく、移動販売車の用意したテーブルと椅子を利用していても何の問題もないはずだ。

 それをどうしてわざわざ——。


「どうだったっけ、玲衣ちゃん?」

「んー……、そのときはテーブルが空いてなかったような?」


 二人の記憶も微妙に曖昧のようだが、とりあえず、玲衣たちが天河を最後に目撃した場所は外縁のベンチで間違いなさそうだ。


「あの……星条会長。そろそろあたしたちにも何が起こっているのか教えていただきたいのですが」


 玲衣が躊躇いがちに尋ねる。

 『神隠し』事件のことを玲衣たちに話せば、自治会の行っている『課外活動』についても触れなければならなくなる。

 俺は視線を会長へ向けて、発言を委ねた。


「私たちは学園からの指示で、最近この辺りで発生している事件を調査しているのよ。『神隠し』と呼ばれている事件なのだけれど、聖奈さんがいなくなったときの状況は、この事件にぴったり符合しているのよ」


 会長が事情を説明すると、玲衣と綾の二人は程度の違いこそあったが驚きを隠し切れない様子を見せた。

 俺はというと、二人とは別の理由で——こんなにもあっさりと、自治会が行っている『課外活動』の一端を一般学生に話して良いものなのかと、息を呑んだ。


「朱鷺戸さんは知っていると思うけれど、私たち学生自治会はその調査のために特別な条件のもとで学外での封術の行使が許可されているわ。今回は貴女たちも関係者の一人だから話したのだけれど、できるだけ他言はしないでね」


 話してしまってから誰にも言うなとは、強かな性格をしているものだ。

 会長は玲衣と綾の二人としっかりと眼を合わせて、肯定の返事を受け取った。


「あ、でもそれならきっと、聖奈は大丈夫だよね。だって聖奈も学生自治会役員だもん。何かあっても封術を使えば何とかなるよねっ!」


 その話を聞いて嬉々とした声を上げる玲衣だったが、それとは対照的に、俺と会長は揃って眉根をひそめた。


「……言い辛いことなのだけれど、聖奈さんはきっと封術を行使できないわ。今回、私と秋弥君が一緒に行動しているのは、それが封術を行使するための条件になっているからなのよ」

「えっ、そんな……」


 玲衣はショックを受けたように表情を強張らせた。隣で表情に影を落としている綾が口を挟まずにいたのは、自治会の『課外活動』や封術を行使するための制約(ルール)を知っていたからだろう。


「いざというときは制約を破ってでも封術を行使して自分の身を守ってくれていれば良いのだけれど……、私たちが今、それを心配していても仕方がないわ」


 会長は首を左右に振ると、次の行動に移るために視線を俺へと向けた。

 だが、会長が口を開く前に、綾が小さく挙手をして発言の許可を求めた。


「星条会長。私たちはこれからどうしたら良いでしょうか?」


 一見すると綾の様子は落ち着いているようにも見えるが、俺には逆に不自然に見えた。

 まだ数か月の付き合いしかないとはいえ、綾の性格からして内心では玲衣と同じくらい不安に思っているはずだ。それなのに、無理して気丈に振る舞おうとしているように見えた。


「う〜ん、本当は真っ直ぐに家へ帰ってもらう方が良いのだけれど、私たちと一緒にいる方が安全かしら。どう思う、秋弥君?」


 そんなこと、俺に振られても困る。

 一緒にいたところで封術師が監督していない状況で玲衣たちが封術を行使すれば、それは重大な制約違反になってしまう。たとえそれが正当防衛であったとしても、違反内容がわずかに緩和されるだけで、罪に問われることに代わりない。

 かといって、家に帰れと言っても素直に言うことを聞くとは思えない者が一名いる。

 『神隠し』を引き起こしている隣神がどのような手段で人々を失踪させているかわからない以上、この場所から動かずに待っていろというのも危険かもしれない。

 ならば、俺たちと一緒にいる方が一番安全だろうか。事件が解決したならばそれで構わないし、そうでなくても、俺たちが二人を自宅まで送り届ければ良いのだから——。


「……俺たちと一緒に行動する方が良いでしょうね」


 俺がそう言うと、二人は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「わかったわ。それじゃあ二人とも、私たちのそばから離れないようにしてね。秋弥君、まずは聖奈さんを最後に目撃したベンチの辺りを見てみましょうか」


 俺たちはテーブルを離れると、ベンチへと向かった。

 玲衣と綾の二人は会長の言うとおりに、俺たちの——もっと正確に言うならば俺の両隣にぴったりとくっついて歩いている。

 さすがにリコリスのように腕を組んだり抱きついたりするような積極的な行動こそ起こさなかったが、これはまた、期せずして気まずい状況になってしまった。

 夏という季節の後押しもあってずいぶんと開放的な格好の三人に、一人だけ制服姿の男子(つまり俺だ)。なまじ三人ともタイプこそ違うが整った顔立ちをしているだけに、周囲の視線が痛い——主に男性の視線が。

 だが俺は今、『課外活動』で『神隠し』事件の調査をしているのだ。

 それに、クラスメイトで俺と同じく学生自治会役員が一人、その事件に巻き込まれたかもしれないというおまけ付きで。

 決して、遊んでいるのではない。

 たとえ周囲からどのように見られようともだ!

 俺は調査に集中すべく、くだらない雑念を振り払う。

 ベンチの前に立つと、俺はそこから見える周囲の風景を眺めた。

 この風景の中に、天河が姿を消した理由が隠されているかもしれない。

 そんな期待をしていた俺だったのだが、噴水広場が円形の造りとなっている以上、視界の中央には必ず噴水が映る。右側には複合型ショッピングモールの外観。左側には五車線の大通り。あまり有益な情報は得られそうになかった。


 否、待てよ……。


 俺は会長とアイコンタクトを交わすと、ベンチに腰掛けて端末(デバイス)を素早く操作した。

 最近開いたドキュメントから、『神隠し』の文書データを選択して開く。

 すぐさまデータが読み込まれると、俺は二ページ目の神来駅周辺地図を水平に表示して見詰めた。


「この丸印が付いている場所が、事件が起こったところなのかな?」

「しっ、玲衣ちゃん。秋弥君の邪魔をしちゃダメだよ」


 ……俺は『神隠し』の被害者たちが最後に目撃されたポイントがマーキングされた地図を回転させて、今現在、俺たちのいる場所と向きを正確に重ね合わせた。すると、俺の視界に映る範囲で一か所だけ、マーキングされたポイントが見える場所があった。


「……なるほど」

「何かわかったの?」


 俺の隣に腰掛けてホロウィンドウを覗き込んでくる会長に、俺は地図上のポイントと、実際にこのベンチから見えるポイントを交互に指し示した。


「ここのベンチから、ちょうどこのポイントが見えます」

「三番目の被害者……高校二年生の女の子が失踪したポイントよね。……あっ、秋弥君。ちょっとこの部分を拡大してみて」


 俺は会長に言われたとおりに、『3』のマーキングがされている辺りの地図を拡大する。


「見て。ここにもう一か所。人目に付きづらい路地があるわ」


 確かに会長の示した場所はベンチに座った状態からでも肉眼で確認することができる。


「これまでに同じポイントで失踪事件が発生しているケースは無いけれど、可能性がゼロとは限らないわ。念のため、両方の路地を見ておきましょう」


2013/01/05 可読性向上と誤記修正対応を実施

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