第37話「2053/08/21 14:43:00 九槻秋弥」
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袋環教諭は次の会議が入っていると言って、話も早々に自治会室を出て行ってしまった。
俺たちはソファに向かい合って座り直すと、まずはもう一度、袋環教諭から転送された文書データに眼を通した。
被害者が失踪した程度では、テレビのニュースにも早々取り上げられはしない。俺も会長も、近隣で失踪者が出ていることを知らなかったのがその証拠だ。
失踪したとみなされているのは現時点で七名。下は十四才から上は三十九才まで。男女比は三対四。なるほど、確かに共通点らしきものは見られない。
続いて俺は二ページ目の画像ファイルを表示する。
神来駅周辺の地図に七つの目印が付けられている。旧市街近郊に五箇所、新市街近郊に二箇所。いずれも人目に付きづらい路地の近くばかりだった。
「秋弥君はこの事件をどう見るかしら?」
文書データを読み返し終えたタイミングを見計らって、星条会長が俺に尋ねた。
顔を上げると、既にウィンドウから視線を外していた会長と眼が合う。
「『神隠し』の正体が隣神か違法封術師の仕業かは五分五分といったところでしょうね」
俺がそう答えると、会長は満足そうに頷いた。
「一般人の仕業という線は考えなくても良さそうね」
星条会長が手元のデバイスを操作すると、被害者の最終目撃地点のマーキングされた二ページ目の地図がローテーブル上に大きく投影された。
「七名の失踪者はいずれも、最後に目撃されたのが人目の少ない路地に入っていくところだった。ということは、失踪者は自分の意思でそこへ向かったということになるわ」
星条会長が路地の入口付近を人差し指でなぞると、その跡が黄色の輝線となってマーキングされる。俺はその輝線を眼で追った。
「当然、失踪した封術師も自らの意思によって行動したことになるわね。そう……警察を呼ぶのではなく、自身の力で解決しようとしてね」
警察機関が頼りにならないと封術師が判断できる基準は何かを考えたとき、真っ先に浮かぶのは異層認識力の有無だ。
多重層世界における問題は、異層を認識することができる封術師でなければ解決できない。
「おそらく、失踪した封術師はこのポイントで自身が知覚できる"何か"を目撃したのよ。そして、その後を追った……」
仮にその封術師の行動が何らかの精神操作によるものだったとしても、一般人の仕業であるという線が消えることには変わりない。
俺と会長が最初に一般人の仕業という線を消したのは、まさにそれが理由だった。
「失踪した他の六名も、その封術師と同じように"何か"を目撃したのでしょうか」
「きっとそうでしょうね。だけど、封術師以外にも目撃できる"何か"となると、隣神の仕業という線が薄くなるわね」
前言を否定するような言葉だが、その"何か"が異層世界に関わるモノであるならば、異層認識力をほとんど持たない一般人には知覚することすらできないのだから、会長の意見は尤もだった。
「ですが、事件の発生時刻やその発生期間から読み解く限りでは、違法封術師の仕業にしては無計画すぎると思います。今となっては確認する手段もありませんが、その"何か"は己を知覚することができる人間だけを狙ったのではないでしょうか」
すなわち、この事件は高い異層認識力を持つ者を狙ったものではないかと俺は推測した。
「なるほどね。それならば対象がバラバラなのも頷けるわね。となると問題は、その手口がわからないということかしら」
俺は腕を組んで、ライセンスを持つ封術師ですらも失踪させる"何か"の正体とその手段について考える。
現時点で既に七箇所もの地点で『神隠し』が発生していることを考えると、そもそもこの事件は同一の事象なのだろうかと、俺は疑いたくなった。ほとんどの隣神は異層領域の存在する場所付近にしか顕現できず、その存在力も異層領域から離れるほどに弱くなる。仮にこれだけの広範囲で行動を制限されない隣神が神来町に顕現しているのだとしたら、それはもはや看過できない事態だといえるだろう。
「……直接、現場を見てまわった方が良いかもしれませんね」
机上で立てられる推測はここまでだと判断した俺がそのように提案すると、星条会長はすぐに同意した。
「そうね。実際にその場所を見てみれば何か手がかりが掴めるかもしれないわね」
「すぐに向かいますか?」
四校統一大会の運営準備も大切な仕事だが、七名もの被害者を出している『神隠し』の実態調査も急を要することだろう。
たとえその調査結果がどのようなものになろうとも、早いに越したことはないはずだ。
「そうね。夏季休暇だから神来駅周辺に出かけている学生も多いでしょうし、我が校の学生からも被害が出てしまう前に、この件は解決させた方が良いでしょうね」
「それじゃあ……」
俺がソファから腰を上げようとしたところで、
「待って」
「? どうかしましたか?」
「うん、ちょっと待ってて。すぐに着替えてくるから」
(着替え?)
俺は首を傾げた。学園の制服を着用しているのに、何の着替えが必要なのだろうか。
「……わかりました」
とりあえず適当に頷いておくと、会長は執務机の上に置いていたハンドバッグを肩に掛けて、足早に自治会室を出て行く。
後に残されたのは俺一人だけで、自治会室に一人きりというのもこれが初めてだな、とか考えていた。
その矢先——。
「秋弥様ぁ」
袋環教諭がいる間は姿を隠していたリコリスが、再び顕現して俺の隣に座った。
「二人っきりだね、秋弥様ぁ」
「家でも頻繁に二人っきりだと思うけどな」
「家の中は別よ」
違いがあるのだろうか。俺にはさっぱりわからない。
「えっへぇ〜」
背が低いためか、リコリスは俺の腕にもたれかかってくるように身体を寄せる。その体重は非常に軽いため——もしかしたら封術で加重操作をしているのかもしれないが——俺はその重みを少ししか感じなかった。
それでも、確かに感じる重さと温もりが、そこにはあった。
会長が部屋を出て行ってそろそろ五分。
会長はまだ戻ってこない。
俺の記憶違いでなければ『すぐ』と言っていたはずだが、『すぐ』とはどの程度の時間量を指す言葉だったか。
待っている時間が勿体なかった俺は、左腕に寄りかかっていつの間にかスヤスヤと小さな寝息を立て始めたリコリスを起こさないように注意しながら、デバイスを再起動した。
ウィンドウを立ち上げると、右手操作一つで自治会の仕事を再開する。
とりあえず、できるところまで作業を進めてしまおう。
そう思って俺に割り当てられた仕事を確認したところ——。
「……おい」
俺は誰ともなしに一人、ツッコみを入れてしまった。自治会役員用アプリの個人領域下に文書化していたTODOリストに、見知らぬ項目がいくつか追加されていたからだ。
ファイルの最終更新者を確認すると、俺の上役であるところの——といっても学園組織内でのものであるが——西園寺先輩の名前になっていた。
おそらく、と考えるまでもなく、確実に、西園寺先輩が自分の仕事を俺に振ったのだろう。
まったく、何て人だ。
俺はそれをひとまず見なかったことにして、自分の仕事を再会する。
それから十分。
一向に会長が戻ってくる気配はない。自治会の仕事も、本日予定分の作業は終了してしまった。
俺は仕方無しに西園寺先輩から丸投げされた仕事に取り掛かることにした。あの人は普段からあまり自治会室に顔を出さないので、役職上では俺の上役とはいえ、今のところ絡みと呼べる絡みはほとんど皆無だった。ひょっとしたら俺の役職に付いている補佐という言葉の持つ意味内容を勘違いしているのではないだろうか。
そうは言っても西園寺先輩に割り当てられている仕事量は俺のそれよりも遙かに多いのだろう。この時期は特に四校統一大会の開催に備えて、学生自治会が最も忙しくなる時期の一つだ。役職が書記であるからといって、やるべき仕事はたくさんある。選手を安全に会場へと連れて行くための無人自動制御車の手配や、開催校が用意する宿泊施設への手続き、選手控え室の備品管理に伴う文書の作成などなど……。大小さまざまな仕事が、数えるのも億劫になるほどあるのだが、それでも開催校に比べれば負担は軽い方だろう。
そう思いながらTODOリストに追加されている仕事をよくよく眺めてみると、どうやら今の俺でもできそうな仕事ばかりだった。西園寺先輩はその辺りのことも考えた上で俺に仕事を割り振ったようだ。俺は少しだけ、西園寺先輩に対する考えを改めようと思った。
そして、さらに十分。
会長が出て行ってから二十五分が過ぎた頃、俺の背後で自治会室のドアが静かな駆動音を立てて開いた。
「ごめんね、秋弥君。待った?」
俺はようやく戻ってきた会長の方を振り向くために、リコリスの肩にそっと両手を伸ばして、俺に寄りかかっていた姿勢を元に戻した。その動きに連動させるように、クッション性の高いソファの圧力でリコリスのバランスが崩れないように注意しながら、慎重に振り返る。
「ホントにごめんね。着替えるのに手間取っちゃって」
そう言った星条会長の服装は、学園指定の制服ではなく、余所行き用の私服だった。
肌触りの良さそうな薄い生地で仕立て上げられた涼しげなワンピース。丈は膝上で、健康的な生足を惜しげもなく晒している。肩から腕にかけてもそれは同様で、肌はいつもより少しだけ白く見える。おそらく紫外線予防のために美白成分のあるクリームを塗っているからだろう。
加えて靴も履き替えてきたのか、星条会長は清涼感のあるサマーサンダルを履いていた。
「えっと、どうかな?」
恥ずかしげに上目遣いで尋ねられた俺は、一瞬言葉に詰まった。
何がですか、ととぼけることも難しい。会長は間違いなく、俺に自分の服装について問うてきているのだから。
「……」
正直に言えば、とても良く似合っている。
星条会長のファッションセンスは、彼女の持つイメージにぴったりと合致しているし、実に夏らしいファッションとも言える。
学園内では校則として制服の着用が義務付けられているが、長期休暇中はその限りではない。運動部や自主的に封術の訓練をしている学生たちの中には私服で登校してきている人もいるし、学生寮で暮らしている人たちも、普段は私服で生活しているだろう。
それでも俺は、夏季休暇中の今ですら、何故だか星条会長の私服姿を見る機会があるとは微塵も考えていなかったのだ。
「……えっと、変かな?」
不安げに視線を揺らす会長に、俺は急いでかぶりを振ると、
「そんなことないですよ。とても良くお似合いです」
「そ、そう? ありがと」
会長が上機嫌そうにはにかむ。身体を半回転させて背中側も気にするような素振りを見せた際にワンピースの裾がひらりと舞って太ももの付け根までもが見えそうになり、俺は思わず視線を逸らした。
「えぇっと……その洋服はどうされたんですか?」
不自然な沈黙を作らないために、俺は半ば無理やりに言葉を捻り出した。
「うん? もちろん家から持ってきたのよ」
いや、制服を着ているのに、どうして私服を持ち歩いているのかと俺は聞きたいわけで……。
「こんなこともあろうかと、ね」
星条会長は悪戯っぽくウィンクする。制服姿では見慣れた仕草だが、服装が変わるだけでその印象もずいぶんと違った。
具体的に言うと、その仕草はとても様になっていた。
「こんなことって……、外出しないといけないような用事ですか?」
「えぇ、そうよ。もしかしたら何か事件が起こりそうな気がしていたのよね」
「事件が起こりそうって……」
会長には先見の明でも備わっているのだろうか。
まさか……姉さんでもあるまいし。
「というのは冗談で、これも乙女の嗜みよ」
そんな嗜みがあってたまるかと俺は思いながら、しかし否定するのも馬鹿馬鹿しく思えて、それ以上言葉を続けなかった。大方、学生寮にいるクラスメイトか誰かの部屋に外出用の私服を置かせてもらっていたのだろう。あるいはこの自治会室か。
「秋弥君の方はもう準備万端?」
「ええまぁ……、デバイスを閉じたらすぐに出られますよ」
言いながら右手でデバイスを操作してウィンドウを閉じようとしたとき、常駐させていた通話アプリの呼出音が鳴り響いた。
「? どうかしたの?」
デバイスの直接接続機能を用いているため、その音は俺にしか聞こえない。俺は新たに立ち上がったウィンドウに表示されている呼出相手の名前を眺めたまま、数秒固まった。
「……いや、何でもないですよ」
しばらく待っていると呼出音が止んだので、俺は改めてウィンドウを閉じる。いつの間にか会長が背もたれにのしかかるようにして、ソファの後ろから顔を覗かせていた。
「電話、出なくても良かったの?」
映像付き電話——映話がシェアの大部分を占めているとはいえ、電話という言葉が廃れることはなかった。むしろ映話という言葉を使う人の方がずっと少ないくらいだ。
それは何故かというと、俺のようにアクセサリー型デバイスを用いている場合はカメラ機構が組み込まれていないため、音声のみの通信が基本となるからだ。その点でカード型デバイスを選ぶ人もいるようだが、使い勝手の良さを取るのであればそれは不要な機能だった。
「こちらが出る前に通信が切れてしまいましたからね」
「ふぅん、私にはそうは見えなかったけど」
会長の方に視線を向けると、可笑しそうに微笑む会長の顔と鎖骨の浮かぶ綺麗なラインが間近に迫っていて、扇情的なその姿に俺は遅れながらも身体を退かすと、ソファから腰を上げた。
そして、思い出したように眠っていたリコリスの肩を揺すって優しく起こす。
寝ぼけ眼を擦るリコリスに『課外活動』で会長と外出することを伝えると、リコリスは不満げな表情で会長を睨み付けてから、歩くように姿を消した。
こんなところで一悶着を起こしたら洒落にならないので、俺はリコリスが素直に言うことを聞いてくれて、内心でほっとした。
「準備は良いかしらね。陽が昇っている時間が長くなったとはいえ、七箇所も見てまわるにはそれなりに時間がかかってしまうと思うし、できることなら明るいうちに済ませてしまいましょう」
「わかりました、それでは早速——」
行きましょう、と言おうとした俺だったが、再度呼出音が鳴り響いて、俺は言葉を止めざるを得なかった。
訝しげな会長に軽く会釈をすると、左腕を持ち上げて通話アプリの簡易ウィンドウを表示した。
またか、と俺はそう思いながら呼出相手の名前を見て、かすかに眉根をひそめた。
「すみません、会長。ちょっと呼出に出ても良いですか?」
念のため会長に確認を取ってから——会長は即、頷いてくれた——俺は通信許可アイコンに触れた。
すると、ウィンドウが自動的に切替わって、画面いっぱいに何かが映し出された。白くてヒラヒラしているこれは一体……。
『こ、こんにちは、秋弥さん?』
呼出相手が若干声を上ずらせながら、俺の名前を呼んだ。画面がズームアウトすると、一瞬全体がぼやけてから徐々にピントが合わされていき、その全体像が映し出された。
「ああ、俺だ。珍しいな、綾の方からかけてくるなんて」
俺が応じると、綾は安堵したように胸元に手を当ててから息を吐いた。最初にアップで映っていたのは、綾の着ている白のブラウスだったようだ。背景に青空が見えることから、どうやら屋外にいるようだが、綾の立っている場所には全体に陰が落ちている。日陰となる場所にいるようだ。
『あの……今はご自宅にいるのですか?』
俺のデバイスにはカメラ機構が組み込まれていない。そのため、綾の方にはこちらの様子が映っていないのだ。
「いや、自治会の仕事で学園に来ているんだ」
ちらりと会長の方を見ながら、俺は言った。相手の声も呼出音の直接接続と同じ原理で、俺にだけしか聞こえない。端から見れば俺が独り言を言っているように見えるだろうが、デバイスを起動しているのであれば日常的に見る光景だ。
『あ、そうなんですか……』
途端に、綾の言葉が消え入りそうなほどか細いものに変わった。
俺が学園にいると、何か不都合でもあるのだろうか。
「どうした、何かあったのか?」
どうも綾の様子がおかしかったので俺がそう声を掛けると、彼女は微かに視線を揺らした。
否、カード型デバイスを何処かに立てかけて話をしているのだろう。綾が視線を向けた先——画面外から、別の誰かが映り込んできた。
『ちょっとちょっと、シュウ君っ』
それは俺が半ば予想していたとおりの人物で、
『どうしてあたしがさっき電話したときには出てくれなかったのかなっ』
入学初日に比べればずいぶんと伸びた髪をふわりと柔らかくカールさせて、フェミニン系カジュアルヘアスタイルにアレンジした玲衣だった。
「いや、出ようと思ってたところで通信が切れたんだよ」
適当に嘯いておくと、玲衣はあまり信用していない様子だったが、それを確かめる術もなかったからか、割とすぐに大人しくなった。
そして今更気付いたことだが、綾と玲衣の二人が画面に映っていることで多少背景が見えづらくなったが、二人の後ろに見える建物は神来駅だった。
「二人は駅前で買い物か?」
俺がそう尋ねると、玲衣が頷いた。
『そうだよっ、まあ二人じゃなくて三人なんだけどね』
ふと、昨夜会長と電話で話していた内容が俺の脳裏に過ぎった。
そういえば今日は、天河がクラスメイトと駅前に買い物に出かけるから休みだと言っていなかったか。
俺はそこで、胸騒ぎにも似たものを感じた。
それは、つい先ほどまで会長と話していた——そして、これから俺たちが向かおうとしている神来駅近辺で発生した『神隠し』事件と、無関係だとは思えなかったからだ。
「三人? もう一人は天河か? 姿が見えないようだが……」
胸の内にもやもやしたものを残しながら、俺が尋ねる。
『む……』
すると、画面の向こうでは玲衣が難しい顔をしていた。
口元を尖らせたその表情は、怒っていても何処か可愛らしかった。
「そう、聖奈さんです!」
と、玲衣が何事かを言おうとして口を開きかけたところに、綾が割って入った。
「聖奈さんがいなくなっちゃったんです!」
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二人から話を聞き終えた俺は、一旦二人に断りを入れてから音声をオフにして、星条会長に眼を向けた。
神来駅前にあるショッピングモールへ買い物に出かけていた天河が、突然姿を消した。
場所も現象も、『神隠し』事件と符合している。
そのことを会長に掻い摘んで説明すると、会長は表情を曇らせた後で、通信をオープンチャネルで開くようにと言った。
俺は通話アプリの設定を変更すると、ウィンドウサイズを拡大して星条会長にも画面が見えるようにした。
「こんにちは、牧瀬さん、朱鷺戸さん」
『え、星条会長!?』
『あ、ああああの、ご無沙汰しております』
オープンチャネルモードに変更したことで、通信先の音声が星条会長にも聞こえるようになったのである。
会長は軽く咳払いをしてから、
「秋弥君から話は聞かせてもらったわ。それで、二人には申し訳ないのだけれど、その場所から何があっても動かないでいてくれるかしら?」
玲衣たちと話す会長の声音は、学生総会や行事の際に全校学生に訊かせるような、毅然としたものだった。
『星条会長、それはどういう……』
『はい、わかりました』
玲衣がその理由を問い質そうとしたところへ、綾の声が重なる。
普段の気弱げな声とは違う、はっきりとした意思を宿した声だ。理由を一切聞かず、全く刃向かうことなく従う。そこには少なからず『星鳥の系譜』に縛られた絶対的な支配関係が窺えた。
「よろしくね」
会長が目配せで俺にバトンタッチする。どうやら話はその一言だけだったようだ。
しかし、再び視線を向けたウィンドウの向こう側には、緊張した面持ちの二人が映っていた。
「……というわけだから、せっかくの休みなのに不自由をかけてすまないな」
玲衣たちにはこちら側の様子が見えないため、急に話し相手が変わってしまうと驚くだろうと思い、俺は努めて静かな口調で後を引き継いだ。
すると、俺の声を聞いた途端、二人の緊張状態が少しだが弛緩したように見えた。
『いえ。秋弥さんこそ、自治会の仕事だけでも忙しいのに、変な理由で電話をかけてしまって、ごめんなさい』
「気にするな。俺と会長もすぐにそっちに行くから。それじゃあ、通信を切るぞ」
手元の小ウィンドウに表示されている通話アプリアイコン群の中から通信切断アイコンに触れて通信を切る。巨大化させていたウィンドウがたちまちのうちに消えて、通話時間が数秒間小ウィンドウに表示された後、自動的にアプリが終了した。
「会長、俺たちも——」
振り返り、俺が言うと、
「無人自動制御車を門のところに呼んでおいたわ。急いで向かいましょう」
その手際の良さに、俺は続く言葉を呑み込んだ。
2013/01/05 可読性向上と誤記修正対応を実施