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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
間章「真夏の日の夢」
35/111

第34話「2053/08/21 12:03:00 九槻秋弥」

★☆★☆★



 記憶は確かではない。


 思い出せる過去の記憶は断片的であったり部分的であったりして、当時の出来事とは似て非なるものだ。

 だが、それもひとつの過去であることに違いはない。


 過去があって現在が成り立っている以上、過去は不変であり、絶対だ。


 改竄も改変も、己の中だけで完結してしまっている。


 では、真実の記憶は、真実の過去は何処にあるのだろうか。


 人間は、過去から現在に至るまでのすべての真実に名前を付けた。

 概念としての名前だ。


 『星の記憶』。


 その概念は、あらゆる情報体の歴史を記録し続け、記憶し続けている。

 真実の過去も、真実の現在も、そこには在る。



 これから俺が語るあの夏の出来事は、あくまでも俺の主観による出来事に過ぎない。

 その背後でいったい何が起こり、この先に何が起ころうとしているのか。


 このときの俺は、まだ何も知らなかった。



★☆★☆★



 二〇五三年八月某日。


 俺は夏季休暇期間であるにも関わらず、学園指定の制服に身を包んで鷹津封術学園の正門を跨いでいた。


 時刻は十二時を少し回った頃。

 照りつける日差しが陽炎を生み出し、ミラービルが太陽の光と熱を容赦なく反射している。

 気温は毎年のように前年比を上回り、留まるところを知らない。地球温暖化が騒がれていたのは半世紀ほども前のことになるが、ほとんど何も進展を見せていないのが現状だ。


 それでも、世の中は停滞することなく進歩を続けている。


 身に纏う衣服の生地には制汗作用のあるものが用いられているし、今や空調の完備されていない場所は、野外以外には存在しない。

 汗の臭いを抑えるスプレーや香水も効力と持続性が高まり、制汗スプレーと併用すればそれなりの効果は得られる

 鷹津封術学園の制服にも当然、制汗作用のある生地が用いられている。外を出歩いたことでわずかに汗ばんではいるが、空調の効いた室内に入ればすぐに乾くことだろう。


 ところで、何故俺がこの暑い時期の暑い時間帯に、夏季休暇期間中の鷹津封術学園に通っているかというと、話は昨日の夜の出来事にまで遡ることになる——。




 昨日、俺が自宅のリビングで寛ぎながら、十月末に迫った四校統一大会に関する事務作業を行っていたときのことだ。

 デバイスの個人回線プライベートチャンネル音声のみ(サウンドオンリー)呼出(コール)があった。


 発信相手の名前は星条悠紀。


 鷹津封術学園の四年生にして学生自治会長であり、『星鳥の系譜』序列第一位、星条家の次期当主候補である星条会長からの呼び出しだ。


「……」


 学生自治会の連絡用回線でなく個人回線にかかってきたのは、これが初めてのことではない。

 連絡用回線を使用した場合、誰が誰に通信を行ったのかが記録(ログ)として他の役員にも公開されてしまう。それと同時に通話内容もすべて記録されるのだが、こちらは封術教師クラスの権限がなければ参照することはできない。もちろん、よほどのことでもないと通話内容が他人にチェックされるようなことはないのだが。


 しかし、星条会長は誰が誰に(・・・・)通信を行ったかを他人に知られたくはないのか、しばしば俺の個人回線宛に通信を行ってくる。言うまでもないことだが、その場合は大抵、大した用事ではない。


 つまり、俺が何を言いたいかというと、公然の事情がない限り、星条会長が連絡用回線を使用することはないということだ。ゆえにこの呼出(コール)もおそらく、他愛もない雑談や、それに類する何かだろう。

 呼出を無視しても良いとは思うが、その場合、後で何を言われるかわかったものではない。言い訳はいくらでも思い浮かんだが、逆に、呼出に応じない理由もなかったので、俺はとりあえず通信を受けることにした。


『——あ、星条悠紀です』

「お疲れさまです、九槻です」

『お疲れさま。今、平気?』

「ええ、大丈夫ですよ」

『良かった……ちょっと、困ったことになったのよ』

「……どうかされたんですか?」


 困ったことと訊いて、俺はわずかに居住まいを正した。

 俺の個人回線に繋いできた以上、よっぽどのことはないと思っていた。

 けれど、学園に知られたくない何らかの事情があったのかもしれない。


『聞いてくれる?』

「俺で良ければ」


 そう言うと、通信先で星条会長が安堵の吐息を漏らした音が聞こえた。


『困ったことというのはね……明日の事なのだけれど』

「明日、ですか?」

『うん、明日。秋弥君は何か用事が入ってたりするの?』

「いえ、今のところ特には。おそらく家で自治会の仕事をしていると思います」

『そう……なんだ』

「明日に何かあるんですか?」


 俺が促すと、星条会長はやや間を置いてから言った。


『……うん。明日ね……自治会室に来るのが私だけになっちゃうの』

「…………は?」


 俺は素っ頓狂な声を出した。


『だから明日、みんな用事が入っていたりして誰も自治会室に来ないから、私一人だけになっちゃうのよ。スフィアと亜子は帰省中だし、朝倉君は夏季講習でしょ。時任君は休みの間ほとんど来ないし、美空はこの時期になると毎年何処かに籠もってるらしくて連絡が一切つかなくなるのよ。女子寮で生活している聖奈さんは、来られる日はいつも私のお手伝いしてくれていたんだけれど、明日はクラスメイトの子と駅前にお買い物に行くからお休みするって』

「…………はあ」


 俺は心底、どうでも良さそうな声で相槌を打った。

 やはり大した用事ではなかったのだ。


「だったら星条会長も、明日くらいは自宅で仕事をすれば良いじゃないですか。外部に持ち出せない仕事ばかりではないでしょう?」

『それはそうなんだけど……』


 そこで、星条会長はわずかに言葉を濁した。

 その様子から他人には話しづらい家庭の事情がありそうだと察して、俺はそれ以上追求することを止めた。

 封術の名家——その頂点に君臨する星条家直系のしがらみがあるのだろう。

 俗人の俺には、とてもじゃないが理解できないだろうが。


 そういえば夏季休暇に入る少し前に、奈緒も愚痴を言っていたか。いろいろな行事に出席させられるから全然友達と遊べないとか何とか、そういうようなことを。


『そういうことだから、秋弥君。明日、何も用事がないのなら自治会室に来てね』

「……わかりましたよ。行くのは昼過ぎで良いですか? 昼食べてから行くんで」

『うん。午後は二人きりでイイことしましょ』

「…………」




 ——というやりとりがあって、俺は夏季休暇中の鷹津封術学園にやってきたのである。


 それにしても、全国に四校のみ建てられた封術の専門学校、鷹津封術学園といえども、夏季休暇中の本棟は物寂しいほど閑散としている。


 まあしかし、それも仕方のないことなのかもしれない。夏季休暇期間中でも自主的に封術の鍛錬を行う学生は、本棟よりも特別訓練棟に出向くからだ。


 グラウンドの方角から聞こえてくる運動部の掛け声をBGMにして、俺は本棟に入った。

 昇降口を左に折れて、別名、多目的棟とも呼ばれる、本棟東の一階にある学生自治会室を目指す。

 途中、誰ともすれ違うことなく自治会室の前まで辿り着くと、入室認証を済ませてから中に入る——。


「いらっしゃい、秋弥君」


 ——よりも先に扉が開いて、星条会長が柔らかな笑顔とともに俺を迎えてくれた。


「こんにちは、星条会長」


 俺は反射的にあいさつを返しながら、急に物理的な距離が縮まった相手から身体を遠ざけるように、軽く身を引こうとした。

 しかし、それよりも先に星条会長が「入って入って」と促したので、俺は会長に言われるがままに、もはや見慣れてしまった自治会室に入ったのだった。


2013/01/05 可読性向上と誤記修正対応を実施

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