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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
間章「真夏の日の夢」
33/111

第32話「2053/08/21 13:01:00 天河聖奈」

★☆★☆★



 料理を食べ終えたわたしたちは、食器を下げにきた店員さんが食後にコーヒーか紅茶のサービスをしているというので、三人分の紅茶を頼みました。

 ティーセットが運ばれてくると、一礼して下がった店員さんの後ろ姿を見送ってから、玲衣さんが口を開きました。


「そだ。あたし、聖奈にも訊いてみたいことがあったんだ」

「何でしょうか?」

「聖奈ってさ、聖條女学院には幼稚舎から中等部まで通ってたんだよね?」

「えぇ、そうですよ」

「聖條女学院って全寮制だったよね?」

「はい」


 ひとつひとつ確認するように尋ねる玲衣さんに、わたしもひとつひとつ答えました。


「聖奈は、男子とかって平気なの?」


 わたしは、玲衣さんの質問の意図がわからずに小首を傾げました。

 それをどう解釈したのか、玲衣さんは慌てて言い直しました。


「や、変な意味とかじゃなくってね。聖奈はずっと、男の子のいない環境で暮らしてきたわけでしょ? そうするとほら、何かいろいろとあるじゃない?」

「……男性恐怖症とか免疫がどうとか、そういったお話でしょうか?」

「そうそれ!」


 玲衣さんは我が意を得たりとばかりに、指をパチンと弾きました。

 綾さんは完全に訊き役に徹しているのか、ティーカップに落としたミルクをティースプーンで丁寧にかき混ぜながら、わたしたちの言葉に耳を傾けていました。


「最初に来たときからそういう感じがあまりしなかったんだけど、実際のところ、どう思っていたのかなって」

「そうですね。聖條女学院は幼稚舎から大学院まで一貫して『女子校』ですし、院内に在籍されている先生方も、みなさん女性でしたね。ただ、聖條女学院に通う生徒の多くは経済界や政界でも著名な方々のご息女ばかりでしたので、社交パーティなどで男性と接する機会も多いと思います。それでなくても、聖條女学院ではそういった場を想定しての礼法や作法、男性との接し方を学びますので、変に取り乱したりするようなことはありませんよ」

「あ……そうなんだ。やっぱりお金持ちは違うなぁ」


 玲衣さんは少し不満げに言いました。


「ですが、男性に全く免疫の無い方ももちろんいましたし、理想と現実の男性像に差異があって嫌いになった方や、男性の視線が怖いという方もいましたよ。……細かいことは個人のプライバシーに関わるので話せませんが、そういった方々もたくさん、聖條女学院には通われていました」


 わたしは話をしながら、聖條女学院に通っていた頃のことを思い出していました。

 幼稚舎の頃からずっと仲が良かった子は男性恐怖症の持ち主で、わたしが共学校である鷹津封術学園に通うことを決めたとき、瞳に涙を浮かべて、必死になって引き留めてくれました。

 

『男の子は獣です! 野獣です! 聖奈ちゃんなんてきっと、頭からがぶりと食べられてしまいますっ!』


 わたしのことを慕ってくれていたあの子は、今も学院で元気に過ごせているのでしょうか。


「そっか。いろんな事情があるんだね」


 玲衣さんがしんみりと言いました。


「でも、それじゃあ聖奈は男子に免疫が無いとか、そういうことは全く無かったんだね」


 玲衣さんの言葉に、わたしは頷きました。

 玲衣さんと綾さんに向かって、偽りの肯定(・・・・・)を示したのです。

 なぜなら、わたしは聖條女学院の外に出たことがほとんどなくて。

 わたしにとって男性というのは、それまで映像やメディアの向こう側にいる人だったのですから。

 ですが、わたしがそれを口に出してしまうことで、玲衣さんと綾さんに余計な心配を掛けたくはありませんでした。

 とは思っているものの、実際問題として、たとえわたしにそういった免疫が無くとも、男性と接する際の淑女としての心得は学院で学んでいましたし、万が一の場合に備えての護身術——非力な女性でも男性に対抗できる合氣術——も身に付けています。

 それにこれは単なる自己評価に過ぎませんが、わたし自身、共学校である鷹津封術学園でも無難に過ごせていると思っています。

 もっとも、今のところ一番身近にいる男性が九槻秋弥さんと沢村堅持さんだけということもありますが……。

 他の男性の方々は(同級生、上級生問わずですが)必要以上にわたしに話しかけてこようとはせず、ただ時折、遠巻きにわたしを眺めているような視線を感じたりするばかりでしたので……。


「そかそか。急に変なこと聞いちゃってごめんね」


 どうやら玲衣さんの話はこれでおしまいのようです。

 わたしは、ほんの少しだけ冷めた紅茶を一口飲みました。


「……せっかくならホットじゃなくてアイスにしてくれれば良いのに」

 同じように紅茶に手を伸ばして口に運んだ玲衣さんがボソリと呟いた言葉に、わたしは夏場ということもあって、内心で小さく同意しました。



★☆★☆★



 少し遅めの昼食を終えたわたしたちは、アクセサリーショップにいました。

 店頭に並ぶ色とりどりのブレスレットやイヤリング、ネックレス、指輪に、無意識のうちに足が吸い寄せられていったからです——主に綾さんが。

 とはいえ、わたしも宝石のように煌めくアクセサリーにいつの間にか眼を奪われてしまったので、他人のことは言えません。

 アクセサリーショップには身に付ける装飾品だけではなく、カード型のデバイスをデコレーションするためのキットも売っていました。聖條女学院ではアクセサリー型デバイスの使用が禁じられていたため、わたしもずっとカード型デバイスを使っていましたので、物珍しさから、つい興味を引かれてしまいました。


 結局綾さんは何も買わず、それでもお気に入りのアクセサリーを見つけたようで、また今度来たときにそれを買うそうです。

 それから、玲衣さんオススメのアパレルショップに入って、洋服を見立ててもらったりもしました。

 今年は海やプールに行く予定が無いと言っていた玲衣さんですが、綾さんと一緒に真剣に水着を選んだりもしていました。

 余談ですが、封術学園には室内プールはあっても水泳の授業は無く(もっと言えば運動系科目は全て封術の実技科目に吸収されています)、プールは専ら、部活動や封術の実技科目で使用されます。


「むむぅ……聖奈でいろいろと着せ替えしたい……」


 じぃーっとわたしを見詰める玲衣さんの眼が、本気でした。



★☆★☆★



 時刻は午後三時を少し過ぎたところ。

 陽はようやく沈み始めたところで、まだまだ暑い時間帯です。

 そんな中、わたしたちはショッピングモールの外に出ていました。

 その理由は、外にクレープ屋さんの移動販売車が来ているからです。

 この辺りの事情に詳しい玲衣さんが言うにはとても美味しいクレープだそうで、綾さんも以前に玲衣さんから勧められて食べてみたそうなのですが、絶品だったそうです。

 であれば当然の話の流れとして、三人でクレープを食べようということになりました。

 わたしは一人、日陰のベンチに座って、クレープ屋さんの前に並んでいる玲衣さんと綾さんが戻ってくるのを待っています。

 わたしはクレープというものを今まで一度も食べたことが無かったので、内心でワクワクしていました。


 そんなときです。

 わたしは、誰かの視線を感じました。

 それはわたしのことを見詰めている視線でした。

 視線に質量があったのならば、間違いなくわたしの身体に穴が空いてしまいそうな——気のせいだと割り切るには、あまりにも強すぎる視線でした。

 普段から良く感じている他人の視線とは別種の……いえ、はっきりとこう言った方が良いでしょうか。

 別次元からの刺すような視線に、わたしは反射的に周囲を見回しました。

 すると、わたしのことをさりげなく眺めていた視線の多くが慌てて眼を逸らしました。

 ですがわたしは、そのことには一切気を留めることなく、なおも強烈な視線を送り続ける相手の姿を探しました。

 視線の相手は、意外とすぐに見つかりました。

 広場を出た通りの反対側。

 ビル間であるため影が差した狭い路地に、その姿はありました。


「……?」


 わたしは首を傾げました。

 何故なら、その人型はあまりにも朧気で、そこに存在しているはずなのに、まるで別の、何処か遠くの世界にいるように思えたからです。


 わたしはふと、瞳を閉じました。

 呼吸を静かに整えて、意識を自身の内側へと向けたまま、ゆっくりと瞳を開きます。

 そうすると、わたしの眼には路地にいたはずの人型が見えなくなりました。


 今度はそっと、意識を外側へと開いていきます。

 途端、人型が陽炎のように浮かび上がり、わたしの眼に映るようになりました。


(やはり、隣神ですか……)


 わたしが行ったのは、異層認識力(オラクル)と呼ばれる多重層世界を見極める力を意識的に閉塞、開放することによる現層と異層の情報切り替えでした。

 異層認識を閉塞させたことで人型が見えなくなり、開放させたことで見えるようになったということは、つまり、人型が現層ではなく異層に存在しているということになります。

 わたしはデバイスを取り出しました。

 隣神を発見したことを自治会役員の誰かに連絡しようと思ってアプリケーションを開きます。

 しかし、わたしはすぐに思い直すと、ウィンドウを切り替えて玲衣さんと綾さん宛てにメールを送りました。

 そしてベンチから腰を上げると、今もこちらを見詰めている人型のもとへと向かって歩き出しました。

 役員の誰かに報告をする前に、出来る限り状況の確認をしておこうと思ったのです。

 人型のいる路地とわたしのいた場所を直線で結んだ間にある車道には、横断用の信号機が設置されていなかったので、わたしは少し遠回りをしながら道路を渡りました。

 歩道の位置からではオフィスビルに遮られてしまって路地の様子が見えず、人型の姿が完全に隠れてしまっていました。それでも、人型の隣神が放つ干渉圧と証明(エリシオン)の光情報流を、わたしは常に感じ取っていました。

 わたしは、路地の入口に立ちました。

 暗がりに、ぽつんと佇む人型が、ひとつ。

 正面か背面かの判断もできない人型のシルエットと、わたしは向き合います。

 すると、人型はくるりと振り返って——その行動でシルエットがどちらを向いていたかがわかりました——路地の奥へと入っていきました。

 今になって思うと、わたしはこの時点ですぐにでもスタンバイ状態のアプリケーションを開いて役員宛のメールか電話を行っておくべきでした。

 ですが、それも後の祭りですし、それこそ結果論にすぎません。

 このときのわたしは、人型が遠くへと走り去ろうとしていたので、目を離さないようにと思って追いかけてしまったのです。


 そして——。


 わたしは袋小路に一人、佇んでいました。

 ここまで一本道だったにも関わらず、わたしは人型を見失ってしまったのです。


 正面と左右はオフィスビルに覆われ、とてもじゃありませんが上方向に移動することは難しいでしょう。

 ではビルの中に入ったのかというと、それも叶わないでしょう。だって、わたしの視界に映る範囲には、窓のひとつも無いのですから。


 わたしは訝しみながら、視線を四方八方へと向けました。

 わたしの異層認識力が現層の空間領域に干渉している隣神の干渉圧を感じ取っているのですから、このあたりの何処かに隣神が隠れ潜んでいることは間違いありません。


 と、まるで透明な液体に墨の滴を落としたように、わたしの視界が一瞬で暗転しました。


 それと同時に、わたしの身体全体は重力から解放された感覚を得ました。

 羽が生えたように軽くなったわたしの身体と意識が乖離を始め、融けるように離れていったのでした。

2013/01/05 可読性向上と誤記修正対応を実施

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