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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第2章「新入生編」
26/111

第25話「初めての課外活動」

★☆★☆★



 封術の専門的技術を学ぶことに主軸を置いた専門学校である封術学園であっても、前期中間考査試験前の一週間は部活動が全面的に休部となることは、一般高校と変わりない。

 だが、問題が起こりそうな出来事さえなければ必然的に仕事量が減る治安維持会と違い、学生自治会は年中無休で何かしらの仕事を抱えている。それでも役員になったばかりの秋弥に振られるような仕事はほとんどなかったので、彼は試験勉強に専念することができた。ちなみに、試験期間の終了後に自治会役員の証である専用制服が届くように悠紀が取り計らったため、聖奈もこの時点では正式な役員とはなっていなかった。

 勉強期間を含めて約二週間にも及ぶ試験期間は、あっという間に過ぎ去った。

 試験期間中の空気が張り詰めたような状態もすっかり弛緩して、一年三組に限らず、皆はまるで憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとした面持ちで普段の学生生活へと回帰していった。


 そして試験から数日後、前期中間考査試験の結果が発表された。

 学生たちを競い合わせることで各自の向上心を煽り、自主的に能力を高めるという教育方針を取っている封術学園では、学年別、クラス別、科目別、教科別、総合と学業成績に細かく順位付けがされて、その上位者の名前が講堂前の電子スクリーンに大々的に発表される。

 同様の情報が同日同時間に学内のローカルネットにもアップロードされているのだが、全学年の学生たちが入り乱れてそれぞれが一喜一憂する空気を共有したいのか、発表当日には多くの学生たちが多目的棟へと詰めかけていた。


 そんな日の朝。

 講堂から少し離れた場所に立って人目を避けているつもりが、その白い制服姿だけで電子スクリーンを見上げる学生たちと同じくらいの数の視線を集めている二人の一年生がいた。

 自治会役員専用の白い制服に身を包んだ秋弥と聖奈は、元気よく人垣の中を突き進んでいった賑やかし系男女二人と、その場の雰囲気に飲み込まれてふらふらと歩いていった大人しめ系女子二人の背中を見送ってから、携帯端末(デバイス)で己の成績を確認していた。

 封術学園の考査試験では、語学などの一般教科試験に加えて専門教科の筆記試験と実技試験も実施されるため、入学してからまだ日の浅い時期に行われる一年生の前期中間考査試験といえども、全体の試験科目数は一般教育機関のそれと比較してかなり多い。

 一般教科と専門教科の筆記試験では、選択式、記述式のテストが行われる。

 専門教科の実技試験では事前に発表された課題術式に対して、情報体を作り出す構築力とその発動速度を示す演算力、そして改変結果を持続させる干渉力の三項目が試される。

 秋弥たち一年生の前期中間考査試験は一般教科が五科目、専門教科が筆記三科目と実技二科目で合計十科目の試験を四日間かけて行った。


 その結果は——秋弥にとって些か意外なものとなっていた。


 まず、専門教科の実技二科目——今回の課題術式である火の基本封魔術式『火球(ファイア・ボール)』と風の基本封魔術式『風刃(ウィンド・エッジ)』の二科目では秋弥が順当に学年一位の成績を収め、専門教科五科目の総合成績でも学年一位となった。

 専門教科の総合二位は鶴木——ではなく、なんと聖奈であった。その内訳を見てみると、実技二科目では秋弥と鶴木に次ぐ三位の成績であり、筆記三科目のうち、封術基礎では僅差でありながらも学年一位に彼女の名前があった。

 その他、馴染みのある名前を探してみると、

 三位が鶴木真。

 七位が朱鷺戸綾。

 十一位が星条奈緒、十三位が太刀川夜空、十四位が牧瀬玲衣、二十三位が沢村堅持となっていた。

 ちなみに、公表されるのは二十五位までである。

 クラス編成が成績順で行われているため、馴染みのある名前が成績上位に名を連ねていることに疑問はない。

 専門教科の総合二位が聖奈であったことは少し意外ではあったが、それは一般教科の総合順位に比べればたいしたものではなかった。


 では、その一般教科五科目にスポットを当ててみると、こちらの総合順位は、

 一位、天河聖奈。

 二位、九槻秋弥。

 三位、太刀川夜空。

 六位が沢村堅持、七位が牧瀬玲衣となっており、封術師の名家『星鳥の系譜』である朱鷺戸綾が九位、鶴木真が十三位、星条奈緒が同率十三位と、一般科目では軒並み順位を落としていた。

 封術学園では専門教科にこそ授業の比重を置いているとはいえ、低学年では一般教科と専門教科に大きな比重の差は見られない。むしろ一般大衆向けの社会的教養を早期に学ぶという意味では、一般教科の比重がやや勝っているとも言える。

 家が封術師の家系でもなければ、封術学園に入学した時点の学生たちのほとんどが封術よりも一般教養の方に知識が傾倒しているため、前期中間考査試験の一般教科と専門教科で成績の上位が逆転していることにも頷ける。

 しかし、それも一般論の話。

 一般教科の総合一位である聖奈の成績は他の追随を全く寄せ付けないほどのダントツ一位であり、科目別の成績を確認してみても五科目中三科目で三桁の数字が並んでいた。


 そして一般教科と専門教科の成績を総合した学年成績では、

 一位、天河聖奈。

 一位、九槻秋弥。

 なんと二人が同率で一位となっていた。

 氏名の昇順で並んでいるため、聖奈の名前の方が秋弥よりも上にあったが、そんなことにさしたる意味はない。元よりあまり順位にこだわりのない——というと嫌味にしか聞こえないかも知れないが——秋弥にとってはどうでも良いことだった。


「おい、こりゃなんて冗談だよ。お前らすげぇな、人間じゃねぇよ」


 と、人垣の中から戻ってきた堅持が、開口一番に褒めてるのか貶してるのかわかりづらい感想を述べた。


「俺にしてみれば、お前が一般教科で総合六位というのが意外なんだけどな」

「そうだよっ! あたしより成績が良いなんて、堅持のくせに生意気だよっ!」


 すかさずぶつくさと文句を言う玲衣だったが、学年別の総合成績で見れば堅持との間には結構な開きがあることから、玲衣もそれなりに高いポテンシャルを秘めているということが窺えた。


「はっは、オレだってやればできるんだよ。まあ何にしてもだ。天河さんと秋弥が同率一位ってのがまたすげぇよな。こんなこと学園始まって以来なんじゃねぇか?」


 堅持が大仰なことを言うと、かもしれないねー、と玲衣も同意した。


「だけど、遅れて入学してきたのに学年一位を取っちゃうなんてね。噂には聞いてたけど、聖奈の通ってた聖條女学院って頭もすごく良いお嬢様学校だったんだね!」

「どうでしょうか。今回は偶々良くできただけかもしれませんよ」


 冗談めかしたような口調で聖奈が応じる。


「またまたぁ、謙遜したって偶々で満点は取れないんだよ。それに実技科目に関して言えば、運の要素なんて一切絡まないしね」


 と、賑やかし系二人が加わったことで騒がしさが増した秋弥たちのところに、今度は綾と奈緒が一人の女子学生を連れて戻ってきた。

 否、それは女子学生ではなく——。


「お、夜空じゃん。お前も見に来てたのか」


 女子用制服を着用——していることもなく、普通に男子用制服を着用した夜空だ。

 少女然とした容姿の夜空はどこからどう見ても男装をした女子にしか見えなかったが、これでもれっきとした男子学生である。見慣れたウェイトレス姿——女装を見慣れたというのも言い得て妙だが——ではない制服姿の夜空と会うのはこれが初めてであったため、一瞬誰なのかわからなかった。


「おはようございます、皆さん」


 ぺこりと頭を下げてあいさつをする夜空に秋弥たちもあいさつを返す。面を上げた夜空は秋弥の横に並び立つ白い制服姿の聖奈を認めると、ハッとしたように息を呑んで眼を丸くした。


「……まぁお前の気持ちもわかるよ、太刀川」


 堅持がそっと夜空の近くに寄ると、彼の肩に手を置いて同情にも似た雰囲気を漂わせた表情で言った。

 というのも、少し前にも同じようなことが三組の教室でも起こったからだ。


 遡ること数十分前。聖奈の新しい制服姿を真っ先に見たい一心で、考査の成績発表が行われる講堂には立ち寄らずに教室で待機していたクラスメイトたちは、聖奈が登校して教室に入ってきた途端、今の夜空のように一斉に言葉を失った。

 学生自治会の白い専用制服は聖奈の纏う清楚で上品なイメージと絶妙に調和しており、見る者を一瞬で釘付けにしてしまう、魔力にも似た力を持っていたのだ。


「……はっ!? ごめんなさい。天河さんがあまりにも綺麗だったので、思わず見とれちゃいました」


 かぶりを振って硬直状態から脱した夜空が、手放しで賛辞の言葉を贈る。

 聖奈はこれまでと違う自分の装いを気にする風もなく、ましてや気取る風でもなく、普段どおりの自然体でにこやかに微笑んだ。


「それにしても……こうして秋弥くんと天河さんだけがお揃い(・・・)で同じ制服姿だと、何だかとっても映えますね」


 それは特に裏表もない、何気ない一言だったが、とあるキーワードを耳にした瞬間、玲衣が反応した。


「学生自治会の役員は全員、この制服を着ないといけないんだから。仕方なくなんだからねっ!」

「あれ? 何かボク、牧瀬さんの気に障るようなことを……あっ!」


 そこで何かに勘付いたらしい夜空は、しかし慌てて口をつぐんだ。長い黒髪と同色の瞳を左右に忙しなく動かして辺りの様子を気にする素振りを見せると、最後に視線を玲衣に向けてアイコンタクトで頷いて見せた。玲衣は急に恥ずかしくなって、怒ったように顔を背けた。


「……ということは、天河さんも自治会に入られたんですね、おめでとうございます。定期考査の成績も主席入学の秋弥くんと並んで学年一位だなんて、まさに才色兼備ですね」


 さりげなく秋弥のことも持ち上げながら、手放しを通り過ぎて最早野放し状態で聖奈を褒め称える夜空。それは何かを誤魔化しているようにも捉えられたが、考えてみれば普段から接客のバイトをこなす夜空にとって、このくらいの会話が普通なのかもしれなかった。


「ホント、羨ましいです。ボクも天河さんのように在りたいですね」


 才色兼備とは普通、女性を指していう言葉なのだが、男装の女子にしか見えない夜空にそれを言うのも、どうしてだか間違っていないような気がした。


「才色兼備といえば……夜空、お前今回の考査結果、ずいぶん良いじゃねぇか。学年総合七位なのに、何でお前、一組にいるんだよ」


 堅持は以前、秋弥から教えられてクラス編成が入試の成績順であることを知っていた。

 入学後最初の定期考査で学年総合七位ということは、単純に考えても入試の成績でトップ三十に入っていてもおかしくはない。

 そこから導き出される疑問を、トップ三十にギリギリ滑り込んだと思しき堅持が問うた。


「あー……、うん。ちょっと情けない話になるんだけど、まさかボクが封術学園に合格するなんて思ってもなかったから。入学してから皆に置いていかれないように、ずっと勉強してたんだよ」


 クラス編成の秘密を知らない夜空は、堅持の後半部分の台詞には触れずに、今回の好成績の種明かしをした。


「努力することは別に恥じることじゃないだろ。その結果がこうして表れてきたんだ。俺は素直に尊敬するよ」

「あはは。ありがとう、秋弥くん」


 夜空は気恥ずかしげに照れ笑いを浮かべた。


「お前がもう少し早く勉強していれば、オレたちと同じクラスになれたかもしれないのに、惜しかったな」

「ん? それはどういう意味?」

「クラス編成が入試の成績順で決まってるってことだよ」

「あ、そうなんだ」

「んー? あんまり興味ないみたいだね、夜空君」

「そうではないですよ。ただ、もしもボクが堅持くんたちと同じクラスになれたとしても、今みたいな関係にはなれなかったかもしれないし、同じ寮室にもならなかったかもしれないから……。出会いは一期一会だから、これまでの偶然の積み重ねがあって今の必然があるんだって、ボクは思うんです」


 満面の笑みで夜空が言う。その言葉に心打たれた玲衣が、一見美少女にみえる夜空を思わず抱き締めようとして、彼が異性であることに気付いて思い留まった。


「むむ……こんなに可愛いのに。理不尽じゃないかなっ」

「理不尽なのはお前の頭ん中だろうが……」


 不満げに夜空を見上げる玲衣に、堅持がげんなりしながら肩を落とした。


「何よ堅持。あんた、あたしに文句でもあるの? ここだと人目に付くから、講堂の外に出よ」


 すると、玲衣の攻撃対象が堅持へと切り替わった。


「お前模擬戦やってからずいぶんと好戦的になってねぇか!?」

「そんなことないよね。ねーっ?」


 たじろぐ堅持を一瞥してから玲衣が周囲に笑顔を振りまいた。最初に彼女と眼が合ってしまった綾が言葉に詰まりながらも、どうにか「う、うん……」と微妙な返事を絞り出した。


「あんまり女の子に酷いこと言っちゃダメだよ、堅持くん。牧瀬さんはいつも元気があって、周りのみんなも元気付けてくれる素敵な女の子じゃないか」

「ちょっと夜空君……そんなにストレートに褒められちゃうと、あたしもさすがにドキドキしちゃうかなっ」

「そこのキミたち、何を騒いでいるんだい?」


 そこへ、治安維持会の腕章を巻いた女子学生と、秋弥と同じ白い自治会制服に身を包んだ女子学生が近付いてきた。


「雑談するだけならば、教室に戻ってからやってくれないかい」


 棒読み口調で、スフィアが形だけの注意を呼び掛けた。


「すみません、スフィア会長」


 秋弥もまた、おざなりな謝罪を返す。


「朝から巡回しているんですか?」

「今日みたいな日は特別にね。見回る対象がここだけとはいえ、こうも人が多いと、ただ歩き回るのも一苦労だよ」

「それは……お疲れ様です」

「まあこれも治安維持会の仕事だからね。試験期間中まったりしていたツケだと思えば安いものさ。ただ、治安維持会のメンバーだけじゃ人手が足りないから、こうしてユウキにも手伝ってもらってるんだけどね」


 視線を悠紀の方へと向けると、彼女は妹の奈緒を仲介役にして、堅持たちと自己紹介を交わし合っていた。そういえば星条会長は彼らとはほとんど初対面だったな、と秋弥は思った。

 秋弥は隣に行儀良く並び立つ聖奈とアイコンタクトと交わしてから、スフィアへと向き直った。


「俺たちも何か、お手伝いしましょうか?」


 すると、てっきり肯定的な応えが返ってくると予想していたのだが、スフィアは首をゆっくりと横に振った。


「平気だよ。一年生はまず、こういう雰囲気を楽しむところから始めないとね。ツルギにも同じ事を伝えて今日の仕事は免除してあるのに、ワタシの管轄下ではないキミたちをワタシの一存で働かせることはできないよ」

「そうですか、わかりました。……鶴木は結局、治安維持会に入ったんですね」


 治安自治会に誘うとは言っていたが、どうやら勧誘には成功したらしい。鶴木の性格や家系的な事情も鑑みれば誘いを断る可能性は低いと思っていたが、早速真面目に働いているらしい。


「ワタシの言うことには素直に従ってくれるからね。扱いやすくて助かるよ」


 ただ、その言葉からはあまり良い印象は受けなかったのだが……。


「——秋弥君と聖奈さんには、これからいろいろとお願いすると思うわ」


 と、一頻りあいさつと自己紹介を終えた悠紀が背後から秋弥に急接近してきて言った。

 空間領域の情報を組み替えて己の気配を最小に留める封術でも行使したのではないかと思えるような突然の登場に、聖奈が驚いたように声を上げた。


「おはよう、秋弥君、聖奈さん」

「おはようございます、会長」


 ただし、どんなに上手く気配を消したところで、『波』の原質を操る存在を内に秘めている秋弥にはお見通しだった。


「良かった。あの住所で(・・・・・)ちゃんと制服届いたみたいね。……月並みな言葉しか言えないけれど、とても似合っているわ」

「ありがとうございます」


 三組のクラスメイトたちや夜空のように言葉なく黙り込んでしまうようなことにはならなかったが、悠紀は上から下まで聖奈の制服姿を眺めた後で感嘆の吐息を漏らした。


「? どうかしましたか?」

「……いえ、何でもないわ。それよりも二人とも、学年一位おめでとう。秋弥君の実技科目の成績を今更疑う余地はないけれど、聖奈さんの成績は——気を悪くしないでほしいのだけれど、予想外だったわ。特に一般科目の成績なんて、とてもじゃないけれど私には真似できないわ」

「会長の方こそ、必修教科の学年一位おめでとうございます。スフィア会長も、封魔専攻の学年一位ですよね」


 上級生は選択する科目によって考査試験の内容や予定が学生ごとに異なるため、学年全体で成績を評価することが難しい。例外は必修教科と封魔専攻、調律専攻くらいのもので、秋弥は学年単位で計れるこれら教科の順位を全学年確認していたのだった。


「そういえば言ってなかったけれど、学生自治会の役員は一科目以上で学年主席じゃないと、解任させられちゃうんだよ」

「え、そうなのですか?」


 聖奈がスフィアの言葉を信じて眼を丸くする。だが秋弥にはその人の悪い笑みがとても本当の事を言っているようには見えなくて——。


「嘘よ、信じちゃダメ」


 にべもなく一蹴する悠紀に、ノリが悪いね、とスフィアが肩を竦めた。


「学年一位って言ってるそばからそんな嘘吐いたって、効果ないでしょう」


 しかしそれは単なる一蹴ではなく、その嘘に意味がないからこその一蹴だった。効果的な嘘なら大歓迎だったのかと、秋弥は人知れず溜息を吐き出した。


「さてと、秋弥君たちもそろそろ教室に戻りなさい。今日は一コマ目が全学年自習になっているとはいえ、自習時間は自由に遊んでいて良い時間じゃないのよ」


 それは数週間前に勝手に人の欠席届を提出した者の口から出る言葉だとは到底考えたくもなかったが、悲しいことに事実だった。

 悠紀の背後でスフィアが声を押し殺すようにして笑っている姿を見て、脱力した秋弥は力なく首肯した。

 元より携帯端末で確認ができるのに、わざわざ講堂に来てまで己の成績を確認する必要性を感じていなかった秋弥は、否定の言葉を持ち合わせていなかったのだ。むしろ、いつまでもこんな公衆の面前で話していると、いい加減人の視線が痛い。

 学園に七人しかいない学生自治会役員の白い専用制服姿は、制服の着用が義務づけられている学園内では目立って仕方がないのだった。


「ごめんね、お姉ちゃん。お仕事の邪魔しちゃって」

「いいのよ、これが私たちの仕事だから、気にしないで」

「話の続きはオレたちの教室でしようぜ。夜空も、それで良いだろ?」

「ボクは構わないけれど、さっき星条会長が自習時間は遊び時間じゃないって言ったばかりなんだけど……」

「ふふっ、今日は大目に見てあげましょう」


 少なくともそれを決めるのは悠紀ではないはずなのだが、自治会長から直々に許可されたことで皆の表情が一気に和らいだ——ただ一人、半眼で悠紀を見詰める秋弥を除いて。


「それと秋弥君と聖奈さん。二人は放課後、授業が終わったら学生自治会室に来てね」

「承知いたしました」

「わかりました」


 聖奈が深々と頭を下げ、秋弥が軽い会釈をして、会長たちに別れを告げた。




 背を向けて去って行く一年生たちを見送った悠紀は、携帯端末から自治会アプリを起動すると、役員一覧の中から一人の学生を選択した。別ウィンドウで立ち上がった簡易メーラーにメッセージを入力して送信をすると、退屈そうに——だが、実際には周囲に問題が発生していないか視線を這わせているスフィアに話しかけた。


「今日の放課後、貴女も空いているわよね?」

「一応治安維持会の仕事があるんだけど、もしかしてアレかい?」

「そうよ」


 短く答えると、スフィアがふと表情を消した。


「良いよ。仕事は他のメンバーに回せば良いだけの話だからね」

「そもそも貴女、いつも真面目に仕事をしていないじゃない」

「仕事を下に回すのも、上に立つものの大切な仕事だよ」

「誤魔化そうとしたってそうはいかないわよ」


 そんな漫才にも似たやりとりを聞いている者はいない。

 講堂に集まった学生たちは、ただ遠巻きに悠紀とスフィアの姿を眺めていることしかできなかった。



★☆★☆★



 放課後、学生自治会を訪ねた秋弥と聖奈の二人は悠紀と話す先客の存在を認めると、会話の邪魔にならないようにそっと部屋の隅へと移動した。

 先客——秋弥たちの担任教師である袋環が話の終わりに一枚の書類を悠紀に手渡した。そして振り向き様に秋弥と聖奈に視線を向けたが、特に何かを言うこともなく、きびきびとした動作で自治会室を出て行った。


「待たせてしまってごめんなさいね」


 席を立って袋環が出て行くのを見送っていた悠紀が気遣わしげな言葉を二人にかける。いつまでも立ちっぱなしの二人にソファに座るように勧めると、率先して悠紀がソファに腰を落ち着けた。


「袋環教諭と、何か大切なお話でしたか?」


 様子を覗うように、無遠慮にならないよう注意しながら、秋弥が問うた。

 二人の会話が己と隣神リコリスに関係のあることかもしれないと、そう考えていたからだ。

 しかし悠紀は首を小さく左右に振って否定すると、袋環から受け取った書類を二人の前に示した。


「これは?」

「特別許可証よ。二人が課外活動に参加することを、袋環先生から承認していただいたの」


 差し出された紙面を見ると、そこには秋弥と聖奈の名前が並んでいた。紙面の最後には袋環のサインが直筆で書かれている。


「課外活動、ですか?」


 首を傾げる聖奈に、悠紀が課外活動の説明をした。


「そういえば聖奈さんにはまだ話していなかったわね。私たち学生自治会役員は、学校行事の運営以外にも、封術師たちのように学園の外で封術関係の仕事もしているの。それを課外活動と呼んでいるのよ」

「それは、封術師見習いとしてでしょうか?」

「えぇ、そうよ」

「封術師見習いは封術師認定位(ライセンス)を持つ封術師の方が監督者としてそばに付いていなければ、学内と学園が所有する施設以外での封術の行使を認められていないはずですが」


 模範的な解答を淀みなくつらつらと答える聖奈。

 その言葉を予想していた悠紀は意味深な笑みを秋弥に向けてから言った。


「普通はそう考えるわよね。だけど、学生自治会の役員にはそれが許可されているのよ。ただし、そのためにはいくつかの制約があって、その一つがこの特別許可証なのよ」


 手に持っていた書類をテーブルの上に置くと、立てた二本の指のうちの一本を反対の手で折り畳んだ。


「もう一つについては既に秋弥君には話してあるのだけれど、封術師を監督者としない代わりに、必ず二人以上の役員でグループを組んで、互いに互いを監視し合うのよ」


 そもそも封術絡みの仕事は、隣神と戦う封魔師と異層領域の調律を行う調律師の二人一組(ツーマンセル)となるのが一般的とされている。封術師が封術師見習いと組む場合に発生する監督責任が封術師見習い同士に生じるという点を除いてしまえば、それは破格の緩和処置とも言えた。


「何にしても調律が関係する封術の仕事は一人ではできないのだから、こっちの条件はあまり意識しなくても大丈夫よ。後は秋弥君と聖奈さんの担任教師から今回の課外活動へ参加することの承認をもらわなければならなかったのだけれど、二人とも一緒のクラスだから、手間が少しだけ省けたわね」

「担任教師の許可が下りない場合もあるってことですか?」


 特別許可証に視線を向けていた秋弥が顔を上げてそう尋ねた。


「もちろんよ。役員の担任教師には課外活動——封術の仕事内容に眼を通していただいて、仕事の難度と役員の技量を天秤に掛けて最終的な判断をしていただくことになるから」


 言うと、聖奈は納得したように頷いてから、再び首を捻った。


「お話は承知いたしました。ですが、わたしはまだ調律術も満足に扱えませんし、きちんとした封魔術の手解きもほとんど受けてはおりません。それに、役員となったばかりの者が課外活動に加わっても問題はないのでしょうか?」

「その点については袋環先生も心配されていたわ。だから聖奈さんを課外活動に参加させるために、今回はある条件を追加で付けさせてもらったのよ」

「条件ですか?」

「えぇ。本来であれば秋弥君と聖奈さんを組ませたかったのだけれど、聖奈さんには今回の課外活動に見学という形で参加してもらいます」

「そういうことでしたら、承知いたしました」

「秋弥君には封魔師として参加してもらうけれど、それで良いかしら?」

「構いませんよ。ところで、そうすると調律は誰が担当するんですか?」


 自治会室には秋弥と聖奈、それに悠紀の姿しか見られない。スフィアが自治会室にいない光景は珍しかったが、彼女にしても悠紀にしても、専攻が封魔であるため、調律術を担当するとは到底思えなかった。

 他に誰か来るのかと悠紀に問おうとした矢先、自治会室の扉が開いて背の低い女子学生が顔を覗かせた。


「お、遅くなりましたぁ〜」


 三年生の鵜上亜子がちょこちょことした小動物のような動きで自治会室に入ってきた。三人が座っているソファの近くまで歩み寄ってくると、秋弥と眼が合って一瞬ビクリとして、次いで聖奈の役員制服姿を認めて言葉を失い、最後にぎこちない動きで悠紀へと向き直った。


「あの……、その、えっと」

「まずは座って落ち着きなさい、亜子」


 亜子は悠紀に促されるまま彼女の隣に遠慮がちに腰を下ろすと、身を縮こまらせてちらりと秋弥を覗き見た。


「今回の課外活動には、亜子を調律師として参加させるわ」


 一息吐いてから悠紀がそう説明をする。亜子の調律術については違法封術師の一件で少しだがわかっていたので、秋弥は座ったままで軽く会釈をした。


「そうですか。よろしくお願いします、鵜上先輩」


 すると、亜子はおろおろしながら悠紀と秋弥の顔を交互に見詰めた。


「あの、会長ぉ……、ひょっとして会長は課外活動に参加しないんですか?」

「うん。今回の封魔は秋弥君に担当してもらうことになったから。上級生として下級生の面倒をちゃんと見るのよ、亜子」

「えぇーっ!? そんなことわたしには無理ですよぅ」


 亜子が眼を泳がしながら涙声で訴えかける。

 その反応をある程度予想していた悠紀は、眉尻を下げながら手の掛かる妹の面倒を見るような慈愛に満ちた表情を亜子へと向けた。


「大丈夫よ、亜子。貴女たちのサポート役にスフィアを同行させるから、きっと手助けしてくれると思うわよ」

「……それなら少し安心です」


 それを聞いて、むしろ余計な心配事が増えたような気がしたのは秋弥だけなのだろうか。わずかにだが安堵した様子を見せる亜子は、秋弥とは異なる感想を抱いたようだった。


「それじゃあ課外活動の話をするわね。秋弥君たちは隣町の外れにある森林公園には行ったことがあるかしら?」


 悠紀がデバイスから周辺地図を展開して森林公園の場所を示した。

 封術学園の最寄り駅から数駅ほど離れた隣町のさらに東側。地図上の一帯が緑の木々で囲まれている土地が目的の森林公園だ。

 秋弥は過去に一度、その場所を訪れたことがあった。幼い頃の記憶であるため細かい部分はほとんど思い出せなかったが、その頃には既に父親は他界していて、珍しく母親に連れ出された秋弥は、姉と三人で森林浴に出かけたのだ。


「一週間前、野鳥観察のために数人のグループが森の中に入ったそうなの。だけど、いつまで経ってもそのグループは森から戻ってこなかった。ちょうど同じ頃、この森林公園では獣の鳴き声を聞いたという報告もあって、町の自治体はこの辺り一帯を立ち入り禁止にして野犬狩りを雇うことにしたの。でも……、その人たちもやっぱり戻ってこなかった。これが普通の野犬だったのなら、今とは違う結果になっていたと思うわ」

「つまり、この事件は野犬の仕業ではなく、野犬の姿をした隣神の仕業ではないかということですね?」


 悠紀が頷く。


「少なくとも学園側はそう考えて、自治会に仕事を依頼してきたわ。課外活動の大まかな概要はこんなところで、目的は隣神の討伐および異層領域の調律よ。何か聞いておきたいことはあるかしら?」


 三人の顔をそれぞれ見回しながら悠紀が尋ねる。亜子が「特にないですよぉ」と返事をして、秋弥と聖奈も同じく頷いた。


「校門のところに無人自動制御車オートメーション・ビークルを用意しておいたから、それに乗って森林公園へ向かってちょうだい」

「あれ……会長、ちょっと良いですか?」


 悠紀が三人を送りだそうとしたところで、亜子がふと、誰か一人足りないことに気付いて彼女に問うた。


「あの……、スフィア会長は?」


 自治会室を出ようとしていた秋弥と聖奈も、足を止めて振り返る。

 キョロキョロと室内を見回してスフィアがいないことを訝しんでいる亜子に、悠紀が安心させるような笑みを見せた。


「スフィアならもう、無人自動制御車に乗っていると思うわよ」


 そして、伝え忘れていたことがあるというように、悠紀が言葉を付け足した。


「それと秋弥君。スフィアが一緒だから大丈夫だと思うけれど、もしものときは彼女の力(・・・・)を借りても構わないから、みんなを護ってあげてね」


 悠紀の言葉の意味が理解できずにきょとんとした表情で彼女を見詰める聖奈と亜子。

 秋弥は二色の瞳を見返して、ゆっくりと首肯した。


2013/01/04 可読性向上と誤記修正対応を実施

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