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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第2章「新入生編」
24/111

第23話「再生術式」

★☆★☆★



 炎と水の接触により発生した爆発の衝撃は、悠紀たちの立っている場所まで届いていた。

 その最中、悠紀は瞳孔に封術紋が刻まれた蒼い左眼で決着の一部始終を捉えていた。


「……シュウヤが勝ったね」


 やがて、場内を包む蒸気が薄れて袋環が試合終了を告げると、スフィアが顔だけで振り向いて言った。


「それにしてもすごい爆発だった。調律術式の影響で術式の効力が減衰しているにも関わらずあれだけの威力が出るとはね。今度、ワタシの双銃でも試してみようかな」


 水球は薄い空気の膜の内側に水を閉じ込めて創り出す術式だ。その内部の水が炎球の高熱によって急激に膨張し気化したことによって、空気膜を破砕して爆発現象を引き起こしたのである。


「さてと、ユウキ。爆発の後でいったい何があったんだい?」


 スフィアは灰色の瞳で悠紀の蒼い瞳をジッと覗き見た。

 その瞳の圧力に押されたわけではないが、悠紀は左眼で視たことをスフィアに話した。


「鶴木君は自分の眼の代わりに、索敵用の糸を周囲に張り巡らせたのよ。そして、そのうちの一本に秋弥君が触れてしまった。鶴木君はそれを察知すると、場内を満たしていた蒸気を利用して三本の氷の錘を創り出して、方向だけを頼りにして放ったの。だけど、狙いはいずれもわずかばかり浅かったわ——氷錘の一本はギリギリ秋弥君の左肩に刺さったけれど、残りの二本は封術結界の境界面に接触して消えてしまった。その後、秋弥君は氷錘の射線から鶴木君の位置を特定して接近。鶴木君の頭部に向けた掌から振動波を放出して彼の意識を奪ったのよ」

「なるほどね。それにしてもユウキの(オッドアイ)は便利だね」

「お褒めに与りまして、大変光栄だわ」


 良いように使われただけの悠紀はやや皮肉混じりの台詞を返したが、そんなものは右から左へと聞き流してしまうスフィアを相手にしたのでは、単なる自己満足にしかならなかった。

 悠紀が露骨に溜息を吐き出したのを見届けてから、だけど、とスフィアは首を捻った。


「なぜシュウヤは氷錘の一撃を受けてしまったんだろうね?」


 どういう意味? と悠紀が視線で訴えると、スフィアは「何を言ってるんだ」という眼で見返した。


「シュウヤの実力なら、全部避けられたんじゃないかって言ってるんだよ」

「ああ……」


 その言葉で悠紀も得心がいったようだったが、腑に落ちないという表情は秋弥にではなく、むしろスフィアに向けられた。


「秋弥君もまだ一年生なのよ。あまり過大評価しすぎるのも良くないわ」

「ユウキが『星鳥』の仲間を庇いたい気持ちもわかるけれど、ワタシはシュウヤを過大評価していないよ。これは純然すぎるほど十全で正当な評価さ」

「別に鶴木君を庇っているわけじゃないわ。……家柄にしがみついて生きるなんて、私はイヤよ」

「おやおや、キミがそれを言うのかい?」


 『星鳥の系譜』序列第一位、星条家。その次期当主候補の筆頭である悠紀が口にするにはかなり問題のある台詞だったが、幸いなことに、その言葉を聞いていたのはスフィア一人だけだった。


「確かに『星鳥』は強い封術の力を持っているわ。それに、権力もね。……だけど、それがいつまでも続くとは限らないわ。だって永遠なんてどこにもないんだもの」

「有り難い言葉だね。心に染み渡るよ」

「あら、染み込むだけの心があったのかしら?」

「ここにいっぱいあるだろう!」


 得意満面に豊満な胸を張るスフィアの様子に、きっと潤いで弾いてるんだろうなあと悠紀は苦笑した。


「それよりも、意識を失ってるだけの鶴木君は良いとして、秋弥君の怪我はそうも行かないわよ。治療のために一度、保健室へ連れて行った方が良いんじゃないかしら」

「おっと、そうだったね」

「あの怪我じゃ、自然治癒力を促進する術式を行使しても、完治までに二、三日はかかりそうね」


 場内では秋弥が左肩に突き刺さった氷錘を苦々しげに見詰めてから、徐にそれを引き抜いたところだった。

 氷錘は付着した彼の血液だけを残して元の水滴へと戻り、傷口から溢れ出た血液が秋弥の左腕を伝って床に滴り落ちていた。


「……あぁ、とっても痛そうだね」


 それを見た彼のクラスメイトたちから息を呑む声が聞こえたが、模擬戦とはいえ封術師同士の戦いで怪我人が出ない例の方が少ないだろう。

 むしろスフィアは、この程度の怪我で済んで良かったと思っていた。

 だがしかし、本来ならこうなる前に止めに入るべきじゃなかったのかと、彼女は審判役を務めた三組の担任教師に非難の眼を向けた。

 特別訓練棟には訓練中の負傷に備えて救護室が隣接されているが、治癒術を専門とした保険医が務めている本棟の保健室まで連れて行った方が良いだろう。

 秋弥を保健室へと連行していくため、スフィアが手すりに手を掛けて飛び降りようとしたところで、彼女は秋弥のそばに真っ先に駆け寄っていく一人の女子学生に気付いた。


「おや?」


 飛び降りの動作を止めて、スフィアは女子学生を見詰める。


「あの娘は確か……天河聖奈さんね」


 三組に新しく入った——否、遅れて入学した学生だったはずだ。

 その現実離れした美貌を持つ女子学生に、同じ女子ながら目を奪われてしまったスフィアは、それを誤魔化すように口角を小さく釣り上げた。


「ふむ。もう仲良くなっているなんて、シュウヤも隅に置けないね」

「……それもそうなんだけど、何か少し様子が変よ」


 駆け寄った女子学生が初めて見る形状の——木の枝を加工して蔓を巻き付けた、まるでお伽噺の魔法使いが用いていた『魔法の杖』のようにも見える装具を召還し始めたところで、二人は会話を止めて事の成り行きを見守ることにした。

 女子学生は秋弥の怪我の様子もろくに確かめることなく、杖型の装具を両手でぎゅっと握りしめると、その先端を傷口にかざした。


「傷を癒やしますので、少しの間動かないでくださいね」


 スフィアは女子学生の言葉に、違和感を覚えて首を傾げた——自然治癒力を促進する術式でも使うつもりなのだろうか、と。

 封術には厳密な意味での『怪我を治す』術式は存在しない。封術によって実現可能な範囲はあくまでも『怪我が元の状態に戻ろうとする力を高める』ことまでであり、怪我そのものを治すことを可能としてはいない。

 肉体強化系に分類される治癒の術式は、人体構造学に精通していればそこまで難度の高い術式ではない。それは肉体強化系の術式に問われるのが術式の構成や演算ではなく、その状態を維持し続けるだけの干渉力を設定することだからだ。

 最近入学したばかりの一年生が、特に長い持続力(干渉力)が求められる治癒力促進の術式を満足に扱えるとは思えないが——それ以上に術式を発動できるかどうかも怪しいほどだが——スフィアと悠紀は秋弥の怪我のことを一旦忘れて、微笑ましいものを見るような視線でその様子を眺めた。

 そして女子学生が術式の演算を始めた瞬間、二人の表情は驚愕へと変化した。

 突如、杖型の装具の先端から放たれた強大な干渉力を持つ未知の情報体が九つの光情報流(・・・・・・・)を螺旋状に束ねながら、秋弥の傷口と結合し始めたのだ。明滅を繰り返す光は、その傷口があたかも初めからなかったかのように、完全に塞いでしまったのである。

 眼を見開き、言葉を失ったのはスフィアと悠紀だけでなく、袋環や秋弥もまた、二人と同じような表情を浮かべていた。

 術式発動による影響だろうか。術式の行使を終えると、額に汗の玉を浮かべた女子学生が大きく息を吐いた。

 未知の術式の触媒となった杖型の装具を仕舞うと、安心したようにニコリと微笑む。


「これでもう、大丈夫ですね」


 その天使のような笑顔に、真っ先に我に返った秋弥が「あ、ありがとう……」と半ば自動的に礼を返した。

 少し前まで考えていたことが一瞬で否定されたことに絶句していたスフィアだったが、両眼をぎゅっと瞑ってから見開くと、改めて秋弥の左肩——氷錘を受けて怪我を負ったはずの部分を遠くからまじまじと見詰めた。

 左肩からは傷口が跡形もなく消えて——あろうことか氷錘が刺さって穴が空いたはずの衣服までもが完全に元の状態へと戻っていた。


「これは、いったい……」

「——秋弥君」


 と、すぐ隣で悠紀が言った。

 大声ではないが良く響く凛とした彼女の声に、眼下の一年生たちと袋環が一斉にこちらを向いた。

 名前を呼ばれた秋弥と眼が合うと、悠紀は用件だけを簡潔に告げた。


「実習が終わったらすぐに学生自治会室に来てください」


 それだけで呼び出しの意味を理解した秋弥が頷きを返すと、悠紀は袋環に目礼をして足早に第一訓練場を出て行った。


「なかなかに見物だったよ。じゃあね、シュウヤ。また後で」


 悠紀の意図を察したスフィアも、内心では模擬戦よりも聖奈の行使した未知の術式の方が気になってしょうがなかったが、それでもいつもどおりの緩い態度で秋弥に向かって手を振ってから、悠紀の後を追った。



★☆★☆★



 二人の会長が去った後、袋環は意識を失ったままの鶴木の目を覚まさせてから——目覚めた鶴木が思いの外大人しかったのは、九槻の実力を素直に認めたからだろうか——何事もなく講義の続きを再開した。

 会長二人が模擬戦の見学に来ていたのは幸いだった——おかげで報告する手間が省けた。

 聖奈の使った未知の術式については、ひとまず学生自治会に任せておけば良いだろう。

 実際、封術式に治癒術が存在しないことを知っていた学生は三組の中に数えるくらいしかいなかったようだ。

 封術を魔法や奇跡だと勘違いをしてしまい、実現可能な事象か不可能な事象かを判別することができていなければ、どんな事象に対しても等しく驚嘆するしかないのだ。

 封術師見習いとなったばかりの今ならばまだ、無知であることは恥ではない。しかし、知らないことの恐ろしさは早めに知っておくべきだろう。

 袋環は講義を続けながら、そんなことを思っていた。



★☆★☆★



 秋弥は実習が終わると、すぐさま衣服を着替えて学生自治会室に直行した。 

 二人の会長は次の授業も空き時間なのか、ソファに向かい合って座り、それぞれのホログラムウィンドウを眺めていた。


「ずいぶん早かったね」


 ウィンドウから顔を上げ、ここに座って、と手で隣のスペースを示してくるスフィアに、秋弥はアイコンタクトで「このままで良いです」と答えを返す。


「急に呼んでごめんね」


 わずかに申し訳なさを滲ませた声音で、しかし悠紀は高速でスクロールするウィンドウから片時も目を離さずに言った。

 やがてスクロールが真下に到達した後、悠紀は視線を秋弥に向けると、急に立ち上がってつかつかと彼の正面まで歩み寄った。


「左肩の傷はもう何ともないのかしら?」


 指を伸ばして秋弥の左肩——怪我を負った箇所に触れて彼の反応を確かめる。

 もしも理由を知らない第三者が二人の様子を見たならば、校内で公然とじゃれ合うカップルのように映ったかもしれないが、それにしても悠紀の表情は真剣味を帯びており、逆に秋弥は感情の読めない表情を向けていた。


「はい。傷も痛みもありませんし、おそらくは記憶を除いて、怪我をしたという事実ごとなくなっていると考えられます」


 予め用意していた秋弥の答えに、同じくその可能性を考慮していた悠紀はあまり驚かなかった。

 代わりに、困ったように眉尻を下げた。


「……他人の術式をあれこれ詮索することがマナー違反なのはわかっているんだけどね。さっきまでスフィアと一緒に、過去に使われた術式のデータベースから秋弥君にかけられた術式を照合していたの」

「だけど残念ながら、合致する術式の記録は見つからなかったよ」


 悠紀の言葉を引き継いで、スフィアが結論を述べた。


「未知の術式……。それも、実現不可能と言われた完全治癒術になるのかしらね」


 悠紀は再びソファに腰掛け直すと、背もたれに深く身体を預けて、ふぅっと息を吐いた。

 封術による事象改変は現在から未来への一方向に対してしか行使することができない。

 例えば『ある機械を組み立てる前の部品に戻す』という場合、それは『ある機械を組み立てる前の部品に分解する』と解釈され、現在から過去への事象改変にはなり得ない。

 治癒の術式においてもそれは同様で、術式によって治癒力を高めることで、将来治るべき傷の治癒力を促進させているにすぎないのである。

 ゆえに、怪我や病気になる以前と同じ状態にする完全な治癒術は不可能であると結論付けられたのである。


「……マズいことになったわね。これが本当に完全治癒術なのだとしたら、その存在は、とてもじゃないけれど公にはできないわよ」


 完全治癒術——もしもこれが構造さえ理解できれば誰にでも行使可能な術式であるなれば、悠紀の言うように公にするべきではないだろう。どんな怪我や病気でも一瞬にして治してしまう術式の存在は、封術社会だけでなく、一般社会においても与える影響が甚大となり得る。

 しかし——、


「いえ、俺にかけられた術式は、治癒術とはまた別の種類のものだと思います」


 秋弥は言葉に注意しながら言った。


「……なぜそう思うの?」

「傷だけじゃなくて、破れたはずの服までが元の状態に戻っていたからだよね?」


 スフィアから視線で肯定を求められた秋弥は、首を縦に振った。


「あの術式はもっと別の術式……『治癒』というよりも『再生』に近いでしょうか。それこそ『星の記憶』から情報体の過去を投影したような——」


 言いかけて、しかしそれは有り得ないな、と秋弥はかぶりを振って否定した。

 『星の記憶』はすべての情報体の過去から未来に至るまでのあらゆる情報を記録していると言われている概念である。その概念に何らかの形——たとえば特異な性質を持つ装具などを用いてアクセスすることができれば、対象物の過去の情報を取得することが可能なのではないかと、頭の片隅で考えていた。

 しかし、膨大な情報量を持つ『星の記録』から特定の情報体だけを抜き出して、ある時間時点の状態に修復(リストア)するなんてことは、到底できるはずもない。


「……会長は、あの術式が誰にでも扱えるものだと思いますか?」


 秋弥はその考えを一端脇に追いやって、悠紀に質問した。


「いいえ、思わないわ。……おそらく術式を可能にしているのはあの杖型の装具でしょうね」


 だが、術式が聖奈にしか扱えない特別なものであった場合においても、公にできないことに変わりはない。

 なぜならば、その場合は彼女の存在を巡って関係組織や各機関による争奪戦が起こることが想像に難くないからだ。悠紀はむしろ、こちらの可能性を危惧していた。


「天河聖奈さんの装具は、公式には特殊型遠距離系霊杖として登録されているようだけれど、杖型の装具なんて私も初めて訊いたし、もちろん装具のデータベースにも前例がないわ。秋弥君の魔剣と同じく、ね」


 悠紀は少しだけおどけてみせた。

 魔剣『紅のレーヴァテイン』は隣神リコリスの装具であり、原質への直接干渉が可能であるという特異な性質を持っていることは既に話してある。

 ただし、その中でも『波』の原質操作に特化しているということは、秋弥たち九槻家の人間しか知らないことであるし、それを他の誰かに話すつもりも、今はまだない。


「それに天河聖奈さんの装具選定記録には、とても興味深いことが書かれていたわ」

「というと?」

「天河聖奈さんの装具は、学園の『マナスの門』で手に入れたものではないそうよ」


 悠紀は手元のウィンドウを操作すると、聖奈の装具選定を行った際の報告書を開いた。ウィンドウを少し下にスクロールさせて、その内容を掻い摘んで読み上げた。


「天河聖奈さんは、入学時点で既に杖型の装具を所有していたようなの。だけど、封術学園四校のいずれの『門』でも彼女が装具選定を受けたという記録が残っていなかった。そのため、学園側は天河聖奈さんの所持装具をひとまず神器と判断して、彼女を『マナスの門』に通したそうよ。でも『マナスの門』は彼女を心象世界へと導かなかった——それはつまり、『門』が彼女を拒絶したということになるのかしらね。その現象が『意』の具現化である装具を既に持っているケースと酷似していたことから、学園側はやむなく彼女の神器を彼女自身の『(こころ)』の力であると認めた。ということよ」

「つまり、その装具は出自も怪しい装具だということになるね」


 歯に衣着せぬスフィアの結論に、悠紀と秋弥は揃って苦笑いを浮かべた。


「まあ装具のカテゴリなんてほとんど自己申告なんだから、どこで手に入れようがあまり関係はないのかな」

「そんなことないわよ。新たな『門』が見つかった何てことになれば、大事件になるわよ」

「ちなみにだけど、神器を除いて今の時代で『門』以外から装具を手に入れることなんてできるのかい?」


 これは悠紀本人というよりも、日本全土にいる封術師の頂点に君臨する星条家の人間に向けられた問いかけだった。

 悠紀はたっぷり時間を取って思案すると、


「可能性はない……、とは言い切れないわね」


 答えながら、視線を秋弥へと向けた。


「……確かに方法がないわけではないと思います。リコリスの装具は少なくとも、『門』で手に入れたものではありませんから」


 どこで手に入れたのかはわかりませんけどね、と秋弥は軽く肩を竦める。


「わからないことだらけだね。次から次へと、困ったもんだよ」


 言葉以上にあまり困ってなさそうなスフィアの態度に、やや重苦しくなっていた空気が弛緩した。

 ここで考えていても詮ないことだが、現時点で確実に言えることが二つだけあった。

 一つは、聖奈の装具が出自不明で分類不詳の装具であるということ。

 もう一つは完全治癒術、否、完全再生術だとは判断し辛いが、どちらにしてもその未知の術式の存在は公にはできないということ。


「……うん、決めたわ」


 不意に悠紀が何事かを決心したように、伏せていた瞳をゆっくりと開いてから言った。


「天河聖奈さんを学生自治会役員に加えましょう」


 その突飛な発言に、秋弥は虚を衝かれて愕然とした。


「ふむ、それはいい考えだね」


 そして指をパチンと鳴らして賛同するスフィアの方に、秋弥は驚愕を通り越して表情の死んだ顔を向けた。

 それは役員任命の会長同意がこんなに簡単に決まってしまうものなのかという驚きと、もしかしたら自分が役員に選ばれたときにも、影では同じようなやりとりがあったのではないかという脱力にも似たやり場のない気持ちゆえだった。


「あの……一応伺いますが、天河を選んだ理由は何でしょうか?」

「天河聖奈さんの持つ未知の力を、外部の人間や機関に利用させないためよ」


 少し固い声で問うと、悠紀が間を置くことなく即答した。

 その意外にもシンプル且つ明快な理由は、高い説得力を伴うものだった。


「そうすれば、少なくとも天河聖奈さんがこの学園の学生であるうちは——誤解を招くような言い方になってしまうけれど——彼女の身柄は学生自治会与りということになるわ。その五年の間に封術の見識を深められれば、卒業後に進むべき道が自ずと見えてくることでしょう」


 全学生を統べる学生自治会長らしい悠紀の言葉に、思いつきで決めたんじゃないかと勘ぐっていた秋弥は己の考えを深く改めた。

 きっと伝わらないだろうが、謝罪の意味も込めて首肯する。


「だけど確か、他の役員からも合意を得てから決定すると言っていませんでしたか?」

「何事も、大抵の場合は事後承諾でまかり通るものなのよ」


 意味深な台詞にウィンクを付け加える悠紀。

 アハハ、と笑ったスフィアが、悠紀の言葉で思い出したように話題の色を変えた。


「自治会役員枠の最後の空席が暫定的に決まったところで、治安維持会(ワタシ)の空席も決めたよ」


 そういえば治安維持会にも空席が一つあると言っていたか。

 入学してもうすぐ二か月になろうかというのに、スフィア以外に治安維持会の役員を見たことがないという事実に、秋弥は今更ながら思い出した。


「メンバーには、シュウヤと見事な模擬戦を披露したツルギを指名しようと思う」


 これもまた予想外の配役(キャスト)だったが、考えてみると鶴木の得意な束縛術式は治安維持会と相性の良い技術かもしれない。


「鶴木真君ね。ちょっとクセがありそうだけど、まあ良いんじゃないかしら?」

「それじゃあ決まりだね。カレには後でワタシから連絡しておくよ」


 それにしても、と秋弥は思う。

 偶然なのか必然なのか——否、偶然も必然も裏を返せば同じ事なのだから、これはやはり必然なのだろう。


「同じクラスから自治会役員が二人と、維持会メンバーが一人も選出されるなんて、ずいぶん偏っていますね」


 思った言葉をそのまま口に出してみると、悠紀はわずかに首を傾げた。


「それはそうよ。そういう風に(・・・・・・)クラス編成がされているんだもの」

「? それはどういう——」

「封術学園の各クラス編成は適正(オラクル)試験と専門教養試験の結果で決められているのよ。今年は秋弥君のいる三組が最上位者の集まったクラスということになるわね。気付かなかった?」


 言われてみれば、朱鷺戸綾、星条奈緒、鶴木真といった『星鳥の系譜』の血族が同じクラスに集まるなんて、不自然なことだとは思っていた。

 それに加えて、異能型の装具と隣神リコリスを連れた九槻秋弥。

 そして、杖型の装具を持ち、強大な干渉力で未知の術式を行使した天河聖奈。


「そうだね。ワタシとユウキとカグヤが三年間ずっと同じクラスだったのも理由は同じだよ。高い能力を持つ者に見合った教養を与えることは、何も間違った事じゃないさ」


 学校という組織では、未だに生徒たちの学力を平均的に底上げしようという試みを続けている。それは各人の頭の良し悪しに関わらず、個人の力を蔑ろにして個性をなくす行為に他ならない。結果、頭の良い人は学校を見切って独学し、頭の悪い人は授業に置いていかれて腐っていく。

 封術の世界に平等はない。

 才能も血縁も、現層世界(このよ)に産まれ出でたその瞬間に決定され、努力だけでは抗えない要因は圧倒的に多い。

 そういう意味では、封術学園は誰に対しても平等に不平等な組織だ。

 他人から与えられた環境の中で、自己を高めていくことしかできないのだから——。


「そういうわけだから、秋弥君。できるだけ早いうちに天河聖奈さんをここに連れてきてね」


 何が『そういうわけ』なのかと問い詰めたい気分だったが、反論しても無意味な時間を費やされるだけだろう。

 溜息を吐きながら頷いて返事をすると、次の授業もあるので学生自治会を出ようとする秋弥。


「どこへ行くの? もう授業は始まってるわよ」


 だが、背中越しにそう言われても、秋弥だって時間くらいは確認している。

 途中からでも授業に参加するつもりだと告げようと思って振り返ると、二人の会長がにこやかな笑みを浮かべていた。


「次の授業は会長名義で特別欠席扱いにしておいたからね」


 その笑顔の裏に人の悪い笑みを貼り付けている二人の姿が、秋弥にははっきりと見えていたのであった。


仕事が多忙のため暫く更新が不定期になると思いますが、ご容赦ください。


2013/01/04 可読性向上と誤記修正対応を実施

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