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封術学園  作者: 遊馬瀬りど
第2章「新入生編」
23/111

第22話「因縁の決闘」

★☆★☆★



 決着とみた袋環が試合終了の宣言をして場内へと入った。


「二人とも良い戦いだった。特に牧瀬、お前の身のこなしは見事なものだったぞ」


 開始位置まで戻って互いに一礼する玲衣と堅持。

 すると、場外にいたクラスメイトたちも一斉に二人のところへ殺到した。

 女子学生たちの多くが玲衣の勝利を祝福し、残りの学生たちは堅持に励ましの言葉を贈った。


「残念だったな、堅持。今回は相手が悪かったよ」


 秋弥が綾たちを連れ立って堅持のそばに寄ると、肩を落として落胆していた彼がその声に顔を上げた。


「もう一歩のところだったのに、惜しかったね」

「玲衣ちゃんの最後の動きはとても速かったですし、目で追い切れなくても仕方がないですよ」


 奈緒と綾からも励まされ、堅持は若干いたたまれない気持ちになった。

 大見得を切って対戦相手を指名しておきながら、調律師志望の女子に封術の戦闘で負けるとは思ってもいなかったのである。


「沢村さん、お疲れ様でした」


 聖奈の透明感のある声が聞こえた。だが、彼女の労いの言葉も、意気消沈した今の堅持にはあまり効果がなかった。

 すると、跳ねるような足取りでこちらにやって来た玲衣が、指でVサインを作った。


「ふふ〜ん、どうだっ!」


 その満面の笑顔に、堅持を除くメンバーがそれぞれに賛辞を贈る。

 ありがとーありがとー、と笑顔を振りまく玲衣に秋弥は言う。


「最後は瞬間加速(クイック・アクセル)の術式が見事に決まったな」

「あ、やっぱりシュウ君にはわかっちゃうか」


 密かに使った封術を秋弥にあっさりと見抜かれてしまった玲衣が、照れ笑いを浮かべる。


「玲衣ちゃんの最後の動きって、封術を使ってたの?」

「全く気が付きませんでした」


 綾と聖奈が揃って首を傾げる。


「最後の極端な急停止と急加速は、加速術式の効果によるものだ」

「シュウ君の得意な術式なんだよねっ」

「たぶん俺よりも玲衣の方がずっと速く動けてるよ。さすがは陸上部といったところだな」

「……ということは、牧瀬さんも部活で封術を教わったのですね」

「そゆこと。速かったでしょ?」

「はい、一瞬消えたのかと思いました」

「あはっ、それは言いすぎだよっ」


 と、一人ふて腐れた態度でそっぽを向く堅持の正面に回り込んだ玲衣が得意顔で彼と視線を合わせた。


「な、なんだよ……」

「うぅん、何でもない何でもない」


 何でもないわけがないだろうに、はぐらかすような態度で堅持から離れる玲衣。模擬戦を終えて和気藹々としている学生たちを暫く眺めていた袋環は、頃合いを見計らうと、「静かにするように」と言った。


「二人とも初めてにしては良い戦いぶりだったが、ここでいくつか注意しておかなければならないことがある。だがこれは沢村と牧瀬だけではなく、ここにいる全員に関係のあることだから、しっかりと訊いていてほしい」


 全員の注目が集まったことを確認した袋環は、ほとんど素人同然の二人に模擬戦を行ってもらった理由を話し始めた。


「この模擬戦を行った目的は、君たち全員に実技による封術訓練と装具を伴う戦闘訓練の必要性について正しい認識を持ってもらうためだ。その点で言えば、二人とも私の期待通りの戦い方をしてくれた。まず、実技による封術訓練の必要性。これは沢村と牧瀬の戦いを見ていてわかったと思うが、二人は封魔の基本術式を発動させることには成功したが、肝心の干渉力がほとんど足りていなかった。それがなぜかわかるか?」


 ここで袋環は一拍置いた。この一呼吸は学生たちの中で解答を導かせるためのものだ。


「それは、私が今日(こんにち)までに君たちに教えてきた封魔の基本術式が、あくまでも理論と構造だけだからだ。牧瀬の使った火系封魔『火球ファイア・ボール』と虚空系封魔『電光ライトニング・ショット』、沢村の使った風系封魔『風刃ウィンド・エッジ』は講義で得た知識だけを頼りに術式を構築して行使した。ゆえに、事象として現層世界(このせかい)に干渉するための力を完全には伴っていなかったのだ」


 封術による事象改変に必要なことは三つ。

 元の情報体から新たな情報体を作り出すための『構築』。

 事象改変を行うための『演算』。

 そして、事象改変の結果を維持するための『干渉』。


 袋環が座学によって教えたことは、改変後の情報体を生み出すために必要となる原質の情報と、その演算方法。

 つまり、構造と理論だけだった。


「干渉力を高めるには無意識領域下で行う演算処理をより複雑に行う必要があるが、そのために術式の発動速度に直結している演算処理に時間をかけてしまっては元も子もない。当然、時間をかけなさすぎて意味がない。干渉範囲を見定めて必要最低限の演算処理を素早く行うためには、知識だけではダメだ。それは自己の鍛錬の中で実際に学んで行かなければ身に付かない。模擬戦を行った二人は、そのことを身を以て実感できたと思うぞ」


 途中で燃え尽きた火球。目眩まし程度の電光。髪をなびかせただけの風刃。

 いずれも事象の改変に伴う干渉力が弱かったため、情報体が元に(・・・・・・)戻ろうとする作用(・・・・・・・・)によって改変の効力を失ってしまったのである。


(ただし、牧瀬はその弱い干渉力を理解して、近距離から火球を放つことによって沢村に一撃を与えたのだがな)


 その点については評価すべきだろうと、袋環は心の内だけで思った。


「封術は知識だけでは扱えない。正しく扱おうとするためには日々の鍛錬が大切だということを忘れるな」


 返事はなかったが、袋環は学生たちから向けられる視線を返事の代わりとすると、「次に」と言葉を続けた。


「次に、装具を伴う戦闘訓練についてだが、牧瀬。お前はなぜ、無抵抗だった沢村に装具を向けた?」


 唐突に名指しされた玲衣は吃驚して眼を丸くする。


「え、えっと……、だって勝つためには装具で攻撃しなくちゃダメじゃないですか」

「そうだな、確かに牧瀬の言うとおりだ。それは正しい」


 ホッと安堵の息を吐く玲衣に、袋環は言った。


「だが、これがもし装具ではなくて本当の武器であったとしても、お前は沢村に同じ事ができたか?」

「えっ!?」


 瞬間、玲衣の背筋に嫌な汗が流れた。


「その手に本物の短剣を持ち、無抵抗で膝を突く相手に、お前はその刃を振るえるのかと、そう聞いたんだが」

「そんなの、ムリに決まっているじゃないですかっ!」


 思わず声を荒らげる玲衣だったが、袋環は表情を一切変えなかった。彼女は静かに頷くと、その通りだ、と玲衣の言葉を肯定した。


「本物の武器だったらできない。当たり前のことだ。しかし、装具であればできる。その違いはなんだ? 装具が人を傷つけることはないと、事前に知っていたからじゃないのか?」


 袋環は召還したままの己の装具を皆の前に見せて、五指を開閉させた。


「装具はただ召還をしただけでは、我々の目に見えているだけで、実体は現層(ここ)とは違う領域に存在している。同じ(レイヤー)に存在している装具同士は互いに干渉し合うが、人と装具は直接干渉し合わない——例外として、装具の所有者にだけは実体を感じられるのだがな。しかし、装具を現層に定着させることもできる。たとえばこんな風に——」


 袋環の五指に嵌められた装具に、情報改変の光情報流が生じる。彼女はスーツのポケットから一枚のカードを取り出して空中に放ると、五指でカードを貫いた。


「このように装具を扱うことで、人間を含めた現層の情報体に対しても、装具で物理的な影響を与えることもできる。ちなみに装具を武器として扱う技術については、後期から本格的に行う対人戦闘訓練の授業で君たちに教える」


 袋環は装具に刺さったカードを引き抜いて無造作にポケットの中に戻した。

 呆気に取られた顔をしている学生たちに、袋環は説明を続けた。


「本当の対人戦闘ともなれば、装具は本物の凶器へとかわるだろう。そのとき、君たちは先ほどの牧瀬のように凶器となった装具を相手に対して向けなければならない。そのことを心しておいてほしい——」

「そんな! できません!」


 大人しく聞いていた女子学生の一人が叫ぶ。


「今はそうだろう。だからこそ、そのための訓練が必要なんだ。私は君たちに『凶器を相手に向けることに慣れろ』と言っているのではない。君たちに戦闘訓練を通じて、必要なとき、必要な場面で躊躇わない心を学んでほしいんだ」


 使い手が未熟であれば、力はただの暴力となってしまう。

 装具が物事の善悪を決定付けるのではなく、所有者の意思が物事の善悪を決定付けるのだと言うことだ。


「さて、それでは封術の扱いに長けた者同士による封術戦闘がどのようなものか、次の模擬戦で見せてもらうとしようか」


 袋環のその言葉を受けて、玲衣たちの視線が秋弥へと向いた。



★☆★☆★



 秋弥と鶴木を残してクラスメイトたちが場外に出ると、二人の間に立った袋環が再び模擬戦のルールを確認した。


「ルールは先ほどと同様、装具が身体の一部分に触れた時点で終了とする。異論はないか?」

「先生、そのルールではすぐに勝敗が着いてしまいます」


 だが、鶴木はそれに意義を唱えた。


「ほう……。ならばどうする?」


 鶴木の装具『ペンデュラム』が持つ特性を考えれば、確かにそのルールでは彼が有利になるだろう。

 もちろん、異議を唱えたのならば、何か代替案を用意しているはずだ。


「はい。勝敗のつけ方は単純に、先生の判断に任せる、ということでどうでしょうか? 先生ならば勝敗を公正に判断してくれると思いますし、いざとなれば直接、試合を止めることもできるでしょう」

「ふむ……、九槻。お前もこのルールに異論ないか?」

「はい。確かに鶴木の言うとおりだと思いますし、他の案も特に思い浮かびません」

「そうか。それでは模擬戦ルールはそのように変更し、決着の判断は私が行う。また、戦闘続行不可能と私が判断した時点でも試合は終了とする。良いな?」


 はい、と異口同音で返事をする二人。

 と、秋弥たちがいるところよりも高い場所——第一訓練場内を一望することができる手すりつきの廊下に通じる扉が開いて、二人の女子学生が顔を出した。


「ほら、見てごらんよユウキ。やはり模擬戦に出るのはシュウヤだったじゃないか」

「ちょうど始まるところだったみたいね」

「……え、お姉ちゃん!?」


 その姿を見て声を上げたのは奈緒だ。眼を白黒させて姉を見上げる妹に向かって、悠紀が小さく手を振った。


「なんだお前たち。授業はどうした?」


 下級生の授業に突然現れた悠紀とスフィアの二人に、袋環が訝しげな眼を向けた。


「今日の午前は空き時間でしたので。ここで授業の見学をしても良いでしょうか?」


 悠紀が打てば響くように淀みなく答える。

 学園の四年生である二人が一年生の模擬戦を見学したいと申し出たこと自体珍しいことではあったが、加えて二人が学生自治会と治安維持会の会長であるということも、それに拍車をかけていた。


「……そういうことであれば構わないが、くれぐれも授業の邪魔だけはするなよ」


 一年三組全員の注目が二人に集まっていることを言外に咎めながら、袋環は見学の許可を出すと、


「思いがけない見学人が増えたが、それでお前たちが気負う必要は全くないからな。互いにベストを尽くしてくれ」


 そう言って、ゆっくりと場外へ出て行った。



★☆★☆★



「スフィアの予感もたまには当たるものね」


 悠紀は手すりにもたれかかり、場内で向かい合う二人を高い位置から眺めているスフィアに話しかけた。


「たまにとは失敬だね。予感が当たっているときに限って、ユウキがそばにいないだけだよ」

「それはそれでどうかと思うのだけれど……」


 二人が特別訓練棟を訪れたのは、偶然にも一年三組——秋弥のクラスの授業計画(カリキュラム)を見たからであった。

 授業の空き時間を学生自治会室で過ごしていた二人は、委員会の雑務を行うことで空き時間を潰していた。

 といっても仕事をしていたのは悠紀であって、スフィアはソファに座って眠たそうに悠紀がまとめ終えたファイル群を何ともなしに眺めていた。

 その際に、偶然にも一学年のカリキュラムデータに眼が留まった。暇をもてあましていたスフィアがそのカリキュラムデータの中から秋弥のクラスのものを開いて、今頃何をしているのかと調べ始めたのだ。

 そして、ちょうどその時間が訓練棟利用許可後初めてとなる実習科目であり、その科目が前期日程の授業としては珍しい対人戦闘訓練で、さらには実習の内容が模擬戦となっていたことに目敏く気が付いたのである。

 二人は最初、その珍しい授業計画に眼を惹かれたのだが、初めての実習科目で封術師同士の模擬戦を満足に行える学生は誰かと考えたとき、真っ先に秋弥の存在が思い浮かんだのだった。

 あとはスフィアが「シュウヤが出るかもしれないから見に行ってみよう」と言い出し、悠紀が「授業の邪魔にならなければ良いのだけれど」と渋々、しかし楽しげな笑みを隠そうともせずに言ったのである。二人以外の誰もいない自治会室で適当な言い訳をでっち上げると、雑務を放り出して学生自治会室を飛び出し、今に至るのであった。


「ところでユウキ、シュウヤの対戦相手は誰かわかるかい?」

「鶴木真君よ」


 悠紀の短い回答に、おぉなるほど、とスフィアは頷いた。


「『星鳥の系譜』序列第七位、ツルギ家の子息か。これは予想外に好カードじゃないか!」


 封術の黎明期以前から、その力や技術がもたらす新たな可能性を見出して独自に研究し、力の強化や向上を企図した神職者の一団があった。

 異層認識力(オラクル)や装具を操る技術——装術(そうじゅつ)を血の交配や格式によって高め、黎明期以降の封術師たちとは一線を画する力を手に入れた彼らの家系は『星鳥(ほしどり)系譜(けいふ)』と呼ばれ、封術師の名家として歴史の舞台裏に君臨した。

 事実、半世紀にも満たない封術の歴史において、彼らの貢献はあまりにも大きかった。

 現在の封術体系のほとんどは、序列第一位である星条家の研究成果を基盤にしており、封魔術においては序列第三位の鴫百合(しぎゆり)、調律術においては序列第六位の斑鳩(いかるが)が多大な研究成果を上げている。


「『星鳥』相手に、シュウヤはどこまで善戦できるかな。ユウキ、ここはひとつ、ワタシと賭けをしないかい?」

「……それは賭けになるのかしら?」


 二人ともが同じ相手に賭けるであろうことを前提とした悠紀の問い返しに、スフィアは人の悪い笑みを浮かべた。


「見て、そろそろ始まりそうよ」



★☆★☆★



 場内が静まりかえり、皆が袋環の合図を待った。

 つかの間の静寂。


「始め!」


 試合開始の合図とともに、先に動いたのは鶴木だった。

 彼は右腕の肘から先を覆う篭手を召還すると、秋弥目がけてコンマ以下の時間で振子(ペンデュラム)を射出した。

 その見事な手際に、スフィアが思わず口笛を吹いた。


 装具召還と術式発動の並列演算。

 鶴木は意識領域と無意識領域の両方で別々の演算処理を行い、装具の召還から術式発動までの時間差(タイムラグ)を削減したのである。

 鶴木の装具——強化型中距離系振子『ペンデュラム』とは、与えられたカテゴリに反して、その本体は振子ではなく、右腕に装着された篭手である。

 振子はあくまでも篭手の補助具であり、事象改変によって複製可能な部品(パーツ)として数えられる。

 補助具を持つ装具(こころ)の在り方は『乖離』。

 特定の感情を己から切り離して、自己を保つ——。


 事象の改変によって生み出された振子が、秋弥の心臓に狙いを定めて飛翔する。秋弥は鶴木よりも少し遅れて、蒼の刀身を持つ流麗な装具を召還すると、下から上へと跳ね上げた刃で、迫る振子を弾いた。

 しかし、弾かれた振子は(ワイヤー)で結ばれた篭手からの制御命令を受けて、まるでそれ自体が意思を持っているかのように空中で軌道を変えると、再び秋弥を襲った。

 一瞬だけ眼を見開いた秋弥は振子の追撃をバックステップで回避するが、振子は地面スレスレのところでさらにもう一度軌道を変えて、三度秋弥を狙う。

 振子による攻撃が有効となる範囲は——篭手と振子を結ぶワイヤーを考慮しなければ——所詮は小さな点でしかない。

 秋弥は篭手と振子の位置関係に注意しながら、振子の連続攻撃を足技によるステップ回避で躱そうとした——。

 その瞬間、黒曜石を思わせる振子が唐突に揺れて分裂した。

 枝分かれしたワイヤーの数は五本。その先端には、寸分違わぬ大きさと形状を持つ振子が繋がっている。

 枝分かれした振子が回避ルートに先回りをして、各方向から秋弥を狙う。

 ステップ回避を封じられた秋弥は蒼の装具——特殊型遠近接系流剣『クリスティア』を正面から迫る振子へと向ける。タイミングを合わせて左から右へと振った斬り払いが振子に命中すると、情報体は原質(メディオン)の残滓を残して粉々に砕け散った。

 次いで、右側のルートに回り込んだ振子を返す刃で破壊する。

 それと同時に、かざした左手から生み出した気流操作の封術によって、左側面から急接近する振子の軌道を逸らした。左上段へと抜けた刃を上段から下段へ振り下ろして、逸らした振子を破壊する。

 しかし、鶴木の攻撃はまだ終わっていない。

 残り二本。

 秋弥は床を思い切り蹴って封術による補助を加えながら高く飛び上がると、背後から迫る振子を躱してすれ違い様に一閃した。

 そして最後の振子は——装具を振って伸びきった秋弥の右腕を捉えた。

 振子を錘にして、ワイヤーが秋弥の右腕に何重にも巻き付いて拘束する。

 瞬間、鶴木が電撃の封術を発動させた。

 電撃が篭手からワイヤーを伝って秋弥へと流れ込む。

 封術結界の影響でその威力は大分軽減されているが、それでもスタンガンを当てられたときのような電気ショックを身体に受ければ、その動きは一瞬にしろ静止するはずだ——。

 だが、電撃は期待どおりの効果を発揮しなかった。

 ワイヤーで拘束されている秋弥の平然としている様子から、有効的な結果が得られなかったことを悟る。

 なぜ、と訝しむ鶴木は、ワイヤーを介して伝わる情報に違和感を覚えた。拘束部分に目を凝らす。

 そして、鶴木は秋弥を拘束しているはずのワイヤーと彼の右腕との間に、極わずかではあるが、間隙が生まれていることに気付いたのだった。



★☆★☆★



防護膜ハード・コートだと!?」

 手すりを掴んで身を乗り出しながら、スフィアが思わず叫んだ。

 防護膜は多彩な付与効果を持つ汎用性の高い防御系の封魔術式であるが、封術に対して有効な術式ではない。本来は悪条件な環境下において身を守るために使う術式であり、その付与効果は微々たるものだ。さらに封術結界による性能の減衰を受けた場合、ほとんど効力を為さない術式でもある。

 しかし秋弥は、身体全体を覆うのではなく、ワイヤーによって拘束された右腕の一部分にのみ干渉範囲を絞って、耐電性能を付与した防護膜を展開したのである。

 これにより、耐電効果は狭い範囲に集約されて電撃の相殺を可能にした——。


「あの一瞬で、あそこまで精密な術式制御の演算と発動をできるなんて……」


 隣では、悠紀がかすかに声を震わせていた。

 ヘテロクロミアの黒と蒼の瞳が、二人の戦いに釘付けとなっていた。



★☆★☆★



 ——何者なんだ、こいつは!?


 鶴木は内心で叫んでいた。

 中距離戦闘を得意とする彼は、先手を取ったことで秋弥を振子の射程圏内に足止めすることに成功していた。そうして、振子に制御命令を送り続けることで、振子による連続攻撃を行ったのである。

 回避されるであろうことは、ある程度計算の内だった。

 ゆえに、通常の単一攻撃を複写投影術式の見せ球として使った。

 結果、四本までは偶々(・・)破壊できたようだが、最後の一本は確実に秋弥を捉えることができた。

 その瞬間を待っていた鶴木は、電撃の封術を放った。

 装具による拘束から電撃による無力化は、国家の公安機関に身を置く鶴木家が最も得意とする戦法のひとつだ。

 同じ一年生とはいえ、『星鳥の系譜』に連なる者でもない同級生に後れを取ることなどあるはずがない。

 だからこそ鶴木は、この一撃で勝敗は決したと思った。

 しかし、実際にはその電撃は無駄に終わり、直後に耳にしたスフィアの言葉と、ワイヤーから伝わる情報から何が起こったのかを悟った鶴木の背筋に、冷たい汗が流れた。


 ——これは、恐怖なのか?


 馬鹿な、と内心で否定してかぶりを振った。

 有り得ない。

 僕は『星鳥』の鶴木だ。

 普通の封術師とは違う。

 その高慢な想い込みが、今の鶴木を突き動かしていた。


 防護膜の効果によって電撃を無力化した秋弥は手首を返して流剣を振ると、ワイヤーを容易く切断して器用に着地した。

 そして着地と同時に左の掌に炎球を生み出したのを見た鶴木は、正面に構えた篭手に左手を添えた。

 秋弥が炎球を投げるのと、鶴木が篭手の射出口から封術で創り出した水の球を発射したのはほぼ同時だった。

 二つの情報体が中点でぶつかり合う。

 秋弥の放った高温の炎球は、水球を一瞬にして気化させた。

 しかしこれによって、思わぬ事態が生じた。


 轟音と震動——水蒸気爆発だ。


 辺り一帯が蒸気に包まれ、視界が奪われる。

 数メートル先にいるはずの対戦相手の姿が蒸気によって覆い隠されて、鶴木は秋弥の姿を見失う。

 だがこれは、相手にも同じ事が言えるはずだ。

 ならば、と鶴木は視界不良の状況を利用するために、周囲に向けて大量のワイヤーを射出した。

 秋弥がワイヤーに触れれば瞬時にその位置が伝わるよう、干渉強度の低い極細のワイヤーを展開したのだ。

 意識を装具に集中し、周囲の状況を感じ取る——。


「——そこだ!!」


 鶴木は大量に存在する蒸気を情報改変して錐状の氷塊を三つ創り出すと、篭手を構えて十時の方角へと連続して放った。


 そして——ドスッ、という音を聴いた。



★☆★☆★



 訓練場は三重の封術結界によって内外を隔てている。そのため、よほど術式の難度と干渉力の高い封術を使わない限りは、内部で発生した封術が外部に影響を及ぼすことはない。

 しかし、水蒸気爆発は情報改変によって創り出された情報体の起こした、単なる現象にすぎない。

 轟音と震動は周囲で観戦していた学生たちのところまで届き、劈くような音に耳を覆う学生、風圧に顔を覆う学生、衝撃に膝を突く学生が続出した。

 音と衝撃はすぐに収まったのだが、辺りに立ち籠める蒸気によって視程が狭まり、場内の様子がわからなくなる。

 やがて、何かが倒れたような鈍い音が聞こえた。徐々に蒸気が薄れていくと、二つのシルエットが浮かび上がった。

 一方が地面に倒れ、それをもう一人が見下ろしている。


「——そこまで!」


 袋環の鋭い声が場外から飛んだ。

 模擬戦の勝敗は袋環の判断によって決まる。

 すなわち、立っている方が勝者——。

 視界が晴れ、左肩を押さえて直立するシルエットを皆が見詰めた。




「勝者、九槻秋弥!」


11/2:仕事が山場を迎えたため更新が遅くなりますがご容赦ください。

2013/01/04 可読性向上と誤記修正対応を実施

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